一足先に教室を出た亜由美は、シューズロッカーで意外な人物に出会った。
「よぉ」 「何よ、何か用?」 亜由美はその人物を睨んだ。何だか段々馴れ馴れしくなるその人物とは――、もちろん栗間 将吉である。 「いや、まだ残ってるみたいだったから」 栗間はそう言って亜由美を見ると 「この間はゴメン。まさかあんな風にいきなり会えるとは思ってなくてさ・・・・」 そう言って謝った。 素直に謝られて腹を立てていられる程、亜由美もひねくれてはいない。それに聞きたい事もあった。 「もういいわよ。すんだ事だし」 「本当か?」 栗間はパッと顔を上げた。調子のいい事に、謝罪の色はもう消えている。 「あなたに嘘ついても仕方ないでしょ?」 「将でいいよ」 「将吉でしょ」 ――どちらにしても栗間を名前で呼ぶ気は毛頭ない。 「だからぁ、将吉ってのは嫌いなんだよ。時代劇じゃあるまいし・・・・!」 と、栗間は小節を入れて力説した(しかし、栗間には悪いが力説されればされる程、彼を将吉と呼んでみたくなる)。 「・・・・ねえ。私を待ってたの?」 何だかいつまで経っても埒があかないような気がして、亜由美は自分から切り出した。もっとも、コレが栗間の手なのかも知れないが――。 「え? ――あぁ、そうさ。君を待ってた」 栗問は一瞬とぼけてからすましてそう言った。 「志乃舞には学校に来るなって言ってあるし」 そこで亜由美は面食らった。「ちょっと待ってよ! ――学校に来るなってどういう意味!?」 「あれぇ、知らないかな? 今、学校は天使様を敬う奴らばっかりなんだよ。そうでなくてもどうでもよかった所なのに、これじゃあますます来る意味なんてないって事さ」 栗間は『天使様』と言う部分に揶揄を込めて言う。 そうして、亜由美はある事に気が付いた。 「あなた――、どうして平気なの・・・・!?」 「ひどいなぁ。自分たちの事は棚に上げておいて」 栗間は苦笑した。 「――でも、今はそんな事はどうでもいいんだ」 「・・・・!?」 「封鬼委員会はこの事態をどうするだよ?」 言ってくれるわね・・・・! 「志乃舞がうるさくてさ、僕は封鬼委員会として事の収拾に当たりたかったんだけど、そうもいかないんだ」 「それは、委員会に入りたいってことなの? それならそうとはっきり言いなさいよ!」 「いや、入りたかったってこと」 栗間は態度を崩さない。 「何が言いたいのよ!」 「――志乃舞を怒らせたくないから委員会には入らないでおくって事だよ」 怒らせる? どうして――? さっぱり分からない。 「天使を呼び出したの、誰だか知ってるか?」 栗間は話題を切り替えて亜由美に聞いた。 「え・・・・?」 「何だ、そんな事も知らないのかよ」 いつの間にか栗間と亜由美との距離はわずかに狭まってきていた。 「今回の騒ぎの首謀者だよ。――大元になっているのは三人だけど、どうにかしないといけないのはそのうちの一人なんだぜ」 「何でそんな事知ってるの!?」 亜由美が聞くと、粟間は嬉しそうに言った。 「これぐらい知ってないとね。情報化社会って言うじゃないか」 「ふざけないでよ! いい加減にし――!」 亜由美は栗間を見上げて――彼の背はかなり高い。百八十センチメートルはあるだろうか――怒ったが、途中でまた口を塞がれてしまった。その動作にそつがなくて、亜由美は虚をつかれた形になった。 「君には冗談ってものが通じないのかなぁ? ――いいかい、マモネルが憑いているのは中嶋 聖美って言う子だ。確か二年三組だったかな?」 そう言って栗間は、亜由美の口を塞いでいた人差し指を引っ込めた。 「・・・・マモ、ネル・・・・?」 少々赤くなりながら亜由美は繰り返した。赤面している事を栗間に気付かれないように必死で隠しながら。 「そう。――一応、天使らしいけど、残念ながら詳しい事は分からない」 幸い、もう薄暗いので亜由美の顔色は栗間にははっきりと分からなかったようだ・・・・。そして、栗間は失望を隠さずに言った。 「封鬼委員会も意外とたいしたこと無いんだな」 「・・・・!」 「放っておけば大変な事になるぜ。ま、そうならないように俺が何とかするしかないか・・・・!」 しかし、その言葉に亜由美はここぞと反論する。 「あ、あなたに何ができるって言うの! 相手は天使なんでしょう!?」 「心配してくれるのは嬉しいけど、その言葉はそっくりそのまま君たちに返すよ」 「なっ!」 絶句する亜由美を見て栗間は笑みを浮かべて続けた。 「ま、人間誰しも得手不得手ってものはあるさ。別に俺が得意ってわけでもないんだけど、君たちよりはましかもしれないって事かな」 一体、この余裕は何なのか!? 栗間は封鬼委員会に手を引けと言っている。自分が解決すると言うのだ。 「でも――!」 「まだ何かあるのか?」 質問にはほとんど答えてないくせに、栗間は聞いた。 「どうし・・・・きゃっ!」 顔を上げた亜由美の目の前に、栗間の顔が迫ってきていた。そして――いつの間にか亜由美の逃げ場は塞がれていて、ぶつかる(?)! と彼女が思った瞬間、その額に栗間の唇が当たった。それは文字通り当たったわけだが・・・・。いや、それとも栗間は狙っていたのか・・・・? 「志乃舞はいとこなんだ。妹みたいなものさ。いや・・・・あれなら小姑に近いか?」 サッと唇を離して、栗間は見当違いの冗談を言った。 もちろんここで亜由美が笑うはずもない。彼女は思いっきり彼を突き飛ばした。 そして、そのまま校舎を飛び出す――。 信じらんないっ!! アレは狙っていたとしか言えないようなタイミングだった! 突然の事とは言え――、亜由美は唇を噛んだ。 女を何だと思ってるの! ――一方、突き飛ばされ柱で背中を打った栗間は、小さくなる亜由美の後ろ姿を横目で見送りながら 「・・・・あ痛たた・・・・」 と、顔をしかめる。 ――でも、あの純情さが気に入っちゃったんだよなぁ・・・・。 もう、亜由美の姿は見えなかった。 |