「天使を封印する方法か」
ため息混じりに寺子屋は眩いた。が、それは不毛な呟きだった。 自宅――。案の定、学校は閉められてしまうので、彼は仕方なく帰ってきていた。 「それにしたって・・・・」 麗子にあぁは言ったが、なかなかいい知恵は浮かばない。 今までの事件の記録はまるで役に立たなかった。天使を駆逐する逸話、神話の類を思い出してはみるが、それでも駄目である。 もう机の上には何冊もの本が山積みされている。本棚からは今も分厚い本が取り出されてはいるが、結果は同じだ。 ――カバラ神秘学だって基本はテトラグラマトンなわけだから『Y・H・V・H』か。天使を上としているわけだ。ユルバン=グランディエは悪魔と契約こそしたものの、神に反逆したわけじゃないし・・・・。 とまぁ、いくら考えたところで結論には結びつかない。いい加減煮詰まってきて、寺子屋は気分転換にパソコンの電源を入れた。 ――そして、彼は異変に気付いた。 これは・・・・!? 画面に見慣れぬ文章が出来上がっていた。
《主の御名の元に心ある者に伝わる事を祈りながら 今深刻なる事態が起きた。卑しくも神の御前において 最も忠実であるべき我々天使の中に 強烈な自我を持つ者が存在してしまった。 彼の名はマモネル、心ある者がこの言葉を見たならば 助力を願いたくここに記す。 》
「へえ・・・・。あの天使はマモネルって言うのか」 突然の事に感嘆しながら、寺子屋は呟く。
《そちらに控えし若者よ。 マモネルは既に堕天しておる。 今となってはただの悪魔に過ぎない。 いかなる手段を用いても封殺せん事を――。 》
「なんだ、こっちの声が聞こえてるのか・・・・? それなら話は早い」 寺子屋は眼鏡を上げると、至極当然のように口を開く。 「そのマモネルって奴が堕天した理由を聞きたいな」
《彼の者は偉大なる父の意志とは別に 父の為に信者を楽園に導くつもりなのだ。 》
「おいおい、それは死へ誘うってことか? 何でまた・・・・」
《若者よ。 ――神とはいかに広く、深く信仰されているかによって その力の程度が決まってくるものなのだ。 彼の者は来たるべき最後の審判の為 父の力を強大にしようと独断で決めたのだ。 》
「なるほど、それで分かったよ。マモネルって言う名で気付くべきだったかな。あんたたちの七つの大罪の一つ、強欲の象徴たる悪魔の名はマモン( Mammon)だったな・・・・」寺子屋は指を鳴らした。
《若者よ、よく知っておるな。 》
「まぁ仕事柄ね」 彼に言わせれば初歩知識である。
《だがそれとどう結びつくのかは分からないが・・・・。 》
出てきた文章を読んで、寺子星は答えた。 「つまり、マモンに神聖祝福接尾語の『 el』が付いただけなんだよ。そう考えると、マモネルはマモンと言う言霊にあてられただけなんだろう」言霊――、その自分の言葉にヒントを得たような気がした。
《成る程・・・・。あの忌々しい堕天使と同じ表現を 下界でしてしまったがための乱心であると? 》
「そこまでは考えてなかったけど――」 ま、それは十分に考えられる。
《それでは若者よ。彼の者をその言霊の呪縛から 開放する事を引き受けてはくれぬか? 》
頼まれなくてもそうするつもりである。寺子屋はしかし、返事を返さずに質問した。 「その前に聞いておきたい事がある」
《助力を仰ぐ為なら何なりと。 》
「僕たちの陰陽道が、マモネルに通じるものなのかどうか知りたい。――もし通じないのなら、どうすればいい?」
《その陰陽道とやらがどのようなものかは知らぬが 信仰形態からして難しいかも知れぬな。 何とかしてみて欲しい。 》
「何だ、頼りにならないなぁ」 当てが外れて苦笑する。
《そう言うてくれるな。人間の中には 『人間は考える葦である』と言うた者もおる。 言葉通り考えてみてはくれぬか。 》
「まぁ、それはいいとして、何であんたたちだけで事態を収拾しようとしないんだ? その方が手っ取り早くていいだろう?」
《我々が動けば当然父の知れる所となる。そうなれば つまらぬ事に父に思考を裂く事になるのだ。 それは極力避けたいのだ。 》
「なる程ね・・・・。あんたもか」
《何の事だ? 》
寺子屋は画面を挟んで対時しているだろう相手に向かって、見透かすように言った。 「『我思う。故に我あり』って言う言葉も、こっちの世界にはあるんだよ」 |