T-C

明     ―原案・秀―

 

 

 体育館の中では聖美の身体を通して、マモネルの声がこだましていた。

 「ここに集いし者たちよ! 汝らの望み、それは楽園へ臨む事か――っ!?」

 その言葉に、全ての人間が歓声を上げる。言葉の意味を理解している者はいない。皆、この場の雰囲気が作り出した高揚感に流されているのだ。

 右手を高々と差し上げて、マモネルは声を張り上げる。

 「――よろしい。それでは一人ずつ導いて行こうではないか! 先導を切りたい者よ、前に出るがよい!!」

 マモネルがそう言い終えるや否や、信者たちは一気にステージへと動き始めた。我を我をと、押し合いへし合いをしながら、団子状になって、彼らはステージ上の聖美に手を伸ばす――。

 押し寄せる波に呑み込まれ下敷きになる者も現れた。

 周囲の状況すら見えていない、とはまさにこの状況の為にある言葉である。

 マモネルはその様子を悦に入りながら眺めていた。そして一人目の信者を誰にしようかと迷っている。

 ――ちょうどその時、信者の最後尾に大地たちはいた。

 体育館の中の、もの凄い光景に

 「・・・・少し悠長に構え過ぎていたのかしら・・・・!」

 と、麗子は唇を噛んだ。

 「先輩、どうします!?」

 「このチャームを、何とかするしかないわね!」

 雫に向かって麗子は決然と言った。

 「それは・・・・」

 「麗子さん、それじゃあ雫がもちませんよ!」

 詰まる雫に代わって大地が答える。チャームの効力を打ち消す為には、雫の退魔術が多用される事になるだろう。しかし、これだけの大人数となると、さすがに彼女の力でもどうにもならない。

 「でも、これじゃあいつまでたってもステージには辿り着けないわ・・・・!」

 人、人、人――。

 大地たちからはステージの聖美は豆粒程にしか見えない。

 「気合いですよ。気合い!」

 大地は力こぶを作って見せて

 「要は障害物競争みたいなもんです!」

 と言い切った。

 ――違うよね? と、才女二人は顔を見合わす。

 「行くぞっ!」

 しかし、人込みに向かって大地は構えた。

 「ちょっ――! 大地!?」

 慌てて雫が大地の腕をつかむ。

 「あ、あんた何考えてるの! 相手は普通の生徒なのよ。怪我でもさせる気!?」

 「何言ってんだよ、これのどこが普通だって言うんだ?」

 大地は有無を言わさない調子で続ける。

 「早く何とかしないと、ステージであのマモネルって野郎がうちの生徒を生け贄にしちまうんだぜ!?」

 「あっちは寺子屋先輩が――」

 「うるせぇ! 指くわえて見てる暇があるんなら、僕はこいつらぶん殴ってでも正気に戻す・・・・!!」

 ――大地・・・・言ってくれるじゃないの!

 その言葉に麗子が胸を詰まらせる。

 その時――。

 「なぁにちんたらやってんスか」

 「誰っ!?」

 一斉に三人が振り向く。

 「さっさとしないと生け贄第一号が出ますよ!」

 太陽の光を背にして、栗間は声を張り上げた。

 「臭い芝居は後にして、今はこの操り人形をどうにかする事が先なんじゃないっスか!」

 栗間の影が、彼のその叫びに呼応して、大きく広がったように見えた。

 「・・・・そうね!」

 麗子は視線をステージに戻す。「もう、時間がないわ」

 お互い、自己紹介をしている暇もないようである。そして麗子は大地と雫に向かって頷いた。

 「そうと決まれば、行きますよ・・・・!」

 うおおぉぉぉ!! と、大地が吠える。

 「そう、案ずるより生むが易し!」

 そう言いながら栗間が先頭に走り出る。

 一体何をする気――!?

 しかし、次の瞬間、麗子は目を見張った。

 「影よ――!」

 栗間が全身に気をたたえる。

 「――闇より暗き深淵より黄昏なる産声あげし者たちよ。我が名は栗間 将吉。影の生き血すすり、影と共にあがく者なり・・・・!!」

 影と影が融け合う――。

 「我が名に従い彼者の動きを封じ賜え! 影なる影交わらせ闇なる闇侵したまえ・・・・!」

 栗間の周囲の信者たちが漆黒の影に覆われ、影はそのまま信者たちの動きを封じ込めた。

 「影使い・・・・!?」

 麗子は乱入者をまじまじと見つめた。

 「影技、影緩い――!」

 栗間は前へ、ステージヘと進む。一度に動きを止められる人数はそう多くはないが、それでも心強い助っ人には違いない。

 ――くそっ。ここは影が薄い・・・・!

 栗間は悪条件の中、ひたすらステージへ向かって突き進んでいく。

 もちろん、行動を開始した大地も負けてはいない。

 「はぁっ!!」

 彼の放つ気が、信者の体を通過していく。数人ずつながら、着実に――手当たり次第とも言う――大地は信者をなぎ倒していく。そして――

 「静心制魂覇っ」

 麗子の護符が飛び

 「・・・・オンッ!」

 雫も生徒にかかったチャームを解除していく。

 何十人かを気絶させて大地が声を荒げた。

 「くそっ! これじゃあ埒があかないぜっ!」

 「先輩!」

 ――と、不意に栗間が大地に声をかけた。彼もかなり疲れてきたように見える。「天使の方はどうするんですっ!」

 そう言いながらも、また幾人かの信者の動きが止められる。

 「亜由美くんと寺子屋さんが裏口から直接ステージに向かってる・・・・!」

 「――え!?」

 思わず栗間は聞き返す。

 しまったぁ! どうりで亜由美さんがいないわけだ・・・・!

 「――君、亜由美くんの知り合いかっ?」

 「えぇ・・・・そんなところです!」

 栗間は答える。そして、一瞬の逡巡の後、彼はとんでもない事を大地に尋ねた。

 「先輩は彼女の事どう思ってるんですか!?」

 「どうって・・・・!?」

 意表を突くその質問に、大地は栗間に視線を向ける。しかし、彼はその視線には応えず、信者に影緩いを仕掛けながら宣言した。

 「僕は亜由美さんを好きになりました! 先輩さえよければこの後にでも――、って思ってるんですけどっ・・・・!」

 「・・・・」

 「答えてくれないんですか、山川先輩!」

 沈黙する大地に、栗間はやっと彼の方に向き直る。が、今度は大地がそれに取り合わずに一際強烈な気を放った。

 周囲の信者が衝撃に崩れ落ちて、大地は栗間を見る。

 「――今はそんな話をしている場合じゃないだろう・・・・?」

 一瞬、二人の視線がぶつかった。今までとは別の、何とも言えない緊張した空気がそこだけに漂う。

 「・・・・まだ――」

 先にそれを逸らしたのは大地だった。

 「――まだ二百人はいる・・・・! ぐずってる暇はない」

 そう言うと、彼は再び群集に立ち向かっていく。

 栗間は頭を掻いて

 「それが答えですか」

 と、呟いた。――あの時亜由美の影に、強烈な潜在意識が浮き上がってきた事を、彼は思い出していた。

 時折、影にはその本体の強い想いが宿る事がある。そして、栗間はそれを読む事ができた(断っておくが、これは不可抗力である。彼には決してその気はなかった事を付け加えておく)。

 そう言う――天使の役回りは御免なんですよっ――!

 栗間はこれで十数発目かの影縫いを放った。

 

 

 ――その頃、職員室から持ち出した鍵を使って、ようやく亜由美と寺子屋はステージ側の控え室に入り込んだ。

 「神降、君はここにいろ」

 「えっ?」

 緞帳の端からステージの様子を伺って、寺子屋は亜由美に振り返った。

 「ここからは僕一人で行く。もし僕の身に何かあったらその時は頼むよ」

 そう言って彼は眼鏡を外すとそのレンズを丁寧に拭いた。

 「せ、先輩!?」

 「大丈夫さ。一人の方がやりやすいんだ」

 そして再び眼鏡をかけ直し、寺子屋は笑った。「最初で最後の大舞台にしては上出来だよ」

 

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