T-C

明     ―原案・秀―

 

 

 「さて――、あなたはここで何をしようとしていましたか?」

 「それはヤーウェの為、信者を増やし――」

 マモネルは自分自身の信仰心の為に言う。

 「――楽園へと導こうと・・・・!」

 「それはヤーウェの考えだったのですか?」

 「いや、私の独断だった。しかし、主もきっと同様の事をお考えになっていたに違いない!」

 「・・・・では聞きますが、この世に万能な者は存在しますか?」

 「万能の力を持つ者は唯一無二なるヤーウェに決まっている!」

 「では――あなたはどうでしょうか?」

 寺子屋の質問に、ようやく体勢を立て直したマモネルは機然として答える。

 「私など主に比べれば万能には程遠い」

 「そうですか。ではあなたは万能の力を持つわけではないと自らが認めた事になります。そのあなたが、万能の力を持つヤーウェの考えを読み取る事は可能なのでしょうか・・・・?」

 「確かに、読み取る事は不可能であるが、偶然同様の思考を持ったとも考える事はできるのではないか!?」

 しかし、そう言うマモネルの表情からはまた――、言いようのない不安と困惑のそれが見え隠れし始める・・・・。

 「おや? それではあなたが先程おっしゃったヤーウエは唯一無二のはずです。そのヤーウェと同様の思考を持つ、あなたもやはり唯一無二なのですか?」

 「――それは違う。そもそも天使とはその唯一無二の存在の意志、思考が生んだのだ。つまり私の独断で行なった行動とは、すなわち主の潜在意識に潜んでいる思考とも考える事ができるのだ」

 「では聞きますが、あなた方天使が行動を起こすきっかけとは何でしょうか?」

 「主の意志を貴様らに伝えんがため、主が我らに命令を下す事だ」

 「それでは、今回のあなたの行動はそれに準じたものでしょうか?」

 寺子屋はマモネルに問う。もちろん、マモネルは答える事ができない。それを承知で寺子屋は続ける。

 「――違うでしょう? あなたはまず、行動を起こし、それを主の意志と結びつけた・・・・!」

 「・・・・結果は同じではないか!」

 「いいえ、大きく違います。先程――あなたは天使はヤーウェの意志、思考が生んだ、とおっしゃいました。それこそが今回の矛盾なのです」

 「矛盾、だと?」

 「あなたは当然アダムとイブが楽園を追放された、つまり堕天した理由をお分りのはすですね?」

 「あの二人はサタンに唆され禁断の果実を口にしたから堕天した。当然だ。サタンの言葉などを信じおって」

 「それは・・・・、あなた方から見た結論でしょう。それだけではないはずですよ。肝心の禁断の果実について触れていませんが・・・・?」

 「あの果実についての事など・・・・私に分かるはずもない」

 「いいえ、あなたは知っているはずだ。あなたはそれをわざと口にしないだけだ・・・・!」

 「貴様は私に言わせようとしているのか?」

 「あなたがどうしてもおっしゃらないのならば、僕の口から・・・・」

 「――分かった。あの果実を口にした二人は、知恵を、思考を、人格を、意志を持ってしまった。・・・・そして追放された」

 「――よく言えました。誉めて差し上げますよ。そこから先の事も、ご自分で言いますか?」

 「や、止めてくれ! 私の口からは恐ろしくてとても・・・・!」

 「それなら僕が言いましょう」

 マモネルは寺子屋を苦渋に満ちた視線で射る。しかし、それ以上の抵抗力をマモネルは持ち合わせていない。

 「そう。二人は意志を持ってしまった。禁断の果実を口にした為に・・・・。そして楽園を追放された」

 何故か――?

 寺子屋は言う。

 「意志を持つ者は唯一神だけで十分だったからだ。――全ての者の頂点に立つ方法はいたって簡単だ。自分以外が全て愚鈍でありさえすればいい。だが、自分の他に意志を、思考を持つ者がいればどうなるのか? ――いずれは自分を脅かす力を付けるかも知れない・・・・! だからこそアダムとイブは追放された!」

 「・・・・そうだ・・・・。確かに強大な力を保持するのは唯一神だけでよい。貴様の言う通りだ・・・・」

 初めて、マモネルは寺子屋の言い分を認めた。

 「ここまで話せば、もう自分の事がお分りでしょう? あなたは天使にとって最も重い罪を犯してしまった。それは楽園を追放された二人同様、自らに意志を持ち、更にそれを実行した事なのです」

 寺子屋は天使に宣告した。

 「つまり、私が人間的性格を持ってしまったと言う事なのか? 

――感情に流されるままに生きる罪深き生き物と同様に・・・・」

 しかし、窮鼠は――

 「人間的性格・・・・。そう、そうかも知れません。カバラ神秘学はヤーウェが人間を表現する為に作った思想です。あなたがそれに影響されていても不思議ではありません」

 猫を噛む。

 「――嘘だっ! 人間はどうあがこうとも所詮人間に過ぎない! ――天使は天使であって、人間に近づく事などあるはずがない・・・・!」

 しかしまた、猫はそれを手玉にとって――

 「そうでもありませんよ」

 鼠を袋小路へと誘う。

 「あなた方にはヒエラルキーが存在する。僕はこれを人間の視点からの一方的な解釈だと思っていました。だが、実際にはあなた方はそれを受け入れた――。これはどう言う事か? 理由はセフィロトの樹において天使と人間は起点こそ違えど、終点を同じくする存在だからなのです」

 「終点・・・・?」

 「人間の起点はイェソドから始まります。すなわち『深きイェソドをラクヘスに聖合せしむるが故に』。そして天使の起点はティフェレトなのです。すなわち『ティフェレトは魂を監視する心臓なり』」

 「確かにイェソドのすぐ上はティフェレトと言う配置にはなっている・・・・」

 「そうでしょう。実際の所はネツァクと、ホドを経過する進路もあるのですが、本質的にイェソドとティフェレトは隣り合わせているのです」

 「そ、それではマルクトとは一体何なのだ?」

 「そんな言葉は今は不要です。まぁ、ついでだから言っておきましょう。マルクトとは善悪を間わず死した人間が行き着く所、天使であれば神の寵を受けた者か、堕天してしまった者たちの終着点なのです・・・・」

 堕天と言う言葉にマモネルは微かに反応する。

 「さて、本題に戻りましょう。――ティフェレトから上に関しては全てが直接つながります。念の為言っておきますが、ケセド、ゲブラー、コクマー、ビナー、そしてケテルである事はご承知のはずです」

 マモネルは沈黙を続ける。

 「その中でもコクマーはすなわち、『来るべき啓示のもたらすコクマーと共にイェホバーのメルカバを召喚する為に』、ビナーはすなわち、『見えざるダートの声よりビナーせよ、エロヒムがベリアーに帰還するがために』、そしてケテルはすなわち、『肉の堕落を遠ざけよ、頂きたるケテルよ、眩きメタトロンよ、プリムム・モビーレを越え星雲に帰せ』、とあります」

 ――このセフィロトの樹に関してはリンクを参考にされたい(著者)。

 「・・・・ああ、そうだったな・・・・」

 「これらに共通する事は全て唯一神、もしくはそれに比する者の名が出てくる事なのです。つまり、カバラ神秘学を完全にマスターする事ができればそれに匹敵する力を得る事が可能なのです・・・・!」

 「それで先程、人間と天使は近しいもの同志だと・・・・」

 天使は喘いだ。

 抗う気力はもはや鼠には残されていない。

 「おや、話が早くていいですね。――その通りです」

 そして猫は仏陀の如き微笑みを見せた。

 「・・・・唯一神の気紛れによって、カバラ神秘学は人間に伝わった。――もちろんあなた方にも。だが、ユダヤから派生してきた者にとっては、それは究極の恐怖の対象にしか過ぎない。何故なら・・・・! これこそが次なる恐怖の発生源であるのだから!!」

 「ま、さか・・・・」

 マモネルは後ずさる。

 「マリオノール・ゴーレムをご存じでしょう?」

 「――やはり、あの狂乱の傀儡師か!?」

 「そう・・・・。コッペリウスが世に残した錬金術書だ。そしてそれこそがカバラ神秘学の叡知といっても過言ではない――、そうでしょう?」

 「・・・・まさか・・・・、私に・・・・!?」

 「ええ。・・・・話をするのもそろそろ飽きてきましたし、僕は一刻も早く日常を取り戻したいだけなんです」

 「わ、分かった。――今後はここには近寄らない。だから、だから消失だけは・・・・っ!」

 「もう、遅いんですよ・・・・」

 寺子屋は苦笑した。これ以上見苦しい様を見ているつもりもない。

 「『我は二に転ずる一なり 我は四に転ずる二なり 

   我は八に転ずる四なり 然るのちに我は一なり 

   全ての我が名をもて称えられる者を来たらせよ 

   我 彼らを我が栄光の為に創れり 

   我 先にこれを造りかつ成し終われり 

   称え創り造り成す その四階梯を生む「名」とは 

   テトラグラマトンの秘密とは』」

 「や、止めてくれっ・・・・! お願いだ! 頼む――っ!!」 

 「『Y・H・V・H』」

 そして、辺りは静寂に包まれる。

 

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