現封鬼委員会委員長・東雲 麗子の所へ、OBである三宅 弘一から電話があったのは、大地たちが清香から相談を受けた日の前日の事であった。 三宅は麗子の封魔術の師である。そして何より、麗子は彼の事が好きだ。彼女は今、三宅のいる大学へ入ろうと、文字通り必死の猛勉強中なのである。 しかしながら、三宅の方は感情と言った類のモノをあまり外へ出さないタイプで、恋愛に関してもそれは同じ。クールとはよく言ったもので、愛想のない事極まりない。どちらかといえば直情型の、熱しやす(く冷めやす)い性格である麗子が、ずっとその想いを伝えずにいるのも、三宅のそう言った性格の所為なのだ。 もっともどこかの鈍感少年とは違って、口には出さないが三宅も麗子の好意には気付いているらしく、彼女が同じ大学を受験すると宣言した時も、一応は歓迎してくれたのである・・・・。これを尚たちが悪いと受け止めるかどうかはともかく、少なくとも麗子は、その時の三宅の反応を好意的に受け止めたのである。 いつかきっと――! そう思いながらも、彼女は苦しい受験勉強を続けている。勉強机の一角に無理矢理取った一つしかないツーショットプリクラを貼って――。 さて、話がやや逸れてしまったが、麗子の家にその三宅から電話がかかってきたのである。 それは―― 「あぁ、麗子か? 俺だ」 と言う、相変わらずそっけない一言から始まった。たまたま電話に出た麗子は、当然驚いた。 「先輩っ――!?」 と、彼女は絶句して、思わず髪の毛なんかを手入れし始める・・・・。「で、電話をくれるんなら一言言ってくれればいいのに・・・・!」 「無茶を言うな」 三宅が返事をする間に、麗子は身だしなみを整え、嬉々として受話器を持ち直す。 「あの――、先輩?」 しかし、悲しいかな、彼女には三宅が電話をかけてきた理由がさっぱり分からない。これが愛の告白ならどんなに嬉しい事か! ――が、地球が滅んでも(!)そんな事はありそうにはないのであった。南無。 「麗子にちょっと聞きたい事がある」 「は、はい、何ですか?」 誕生日? 星座に血液型? あ! 彼氏がいないのは言ってたっけ! 「そっちで放火事件とか、火に関係した事件が起きてないか・・・・?」 「え? 放火・・・・、ですか?」 三宅の冷めた――、いや、真面目な問いに、ややオーバーヒート気味だった麗子も否応無しに我に返る。そして思案。・・・・大地からは特に何も聞いていない。順風高校の今年の二学期後半は、やけにドタバタした一学期とは違って、平和なものだった。「特に、何もなかったと思いますが」 「そうか・・・・」 今度は三宅がやや落胆した様子で呟く。「参ったな」 その呟きに、麗子はある事に思い至る。「あの、先輩。それってもしかして――」 「あぁ。俺は連続放火事件を調べてる」 ――最近、この辺りの地区で、連続放火事件が起きていた。ここ一ヶ月の間に、小火騒ぎも合わせて既に四件も火事騒動があったのである。 消防団、自警団等の見回りも虚しく、火の手は容赦なく上がっている。四件目になってとうとうワイドショーの取材が来て、事件の概要は電波に乗って瞬く間に全国津々浦々へ放送されてしまった。ご丁寧に『恐怖! 放火魔があなたの家を襲う』云々と、けばけばしいテロップまで付けて、である。 ――と、麗子はクラスメイトが自宅近くの街並がテレビに映ったと喜んでいたのを思い出して、苦笑いを浮かべる。が、今はそんな事に気を取られている場合ではない・・・・。何より、彼女の耳には最初の三宅の質問が引っかかっていた。 「でも、この辺りで起きている連続放火事件と学校が何か関係があるって言うんですか?」 そう言っているうちに、麗子の脳裏に三宅の言わんとしている事が浮かび上がってきた。「まさか、先輩・・・・!」 今度は即答が返ってこない。沈黙がそれに応えていたにも関わらず、麗子は自分の考えを否定する為に口を開く。「放火魔が、順風高校の生徒だなんて・・・・嘘・・・・!」 「嘘ではない」 「・・・・!」 その、三宅の言葉が信用に値する事を麗子はよく知っていたが、自分の学校の生徒に連続放火の犯人がいるとは思いたくなかった。 気まずい沈黙。そして 「俺はこの目で見たんだ」 と、三宅が唐突に口を開いた。 「え?」 と、それを聞き逃した麗子が受話器を持ち直す。 「二件目の小火の現場で、そいつは薄笑いを浮かべていた。――順風高校の生徒だ。野次馬の中にいたが、多分そいつが放火魔だ」 「せ、先輩、ちょっと待って下さい」 その様子を直接見たわけではない麗子には、いや――例えそうであっても、彼女は三宅の見解に異議を唱えていたであろう。 「それだけで放火魔になるんですか?」 「いや、それだけじゃない」 と、予想していた後輩の言葉を受けて三宅は続ける。何がしかの確信を持って、彼は自論にこだわっているのは明らかである。 「そいつを見たのはその時だけだが――」 「その時だけって、全部見に行ったんですか!?」 三宅の持論でいくなら、彼白身が最も犯人に相応しい(もちろんそんな事はないが)。 「俺はこの事件を調べてると言わなかったか?」 「――あ、そうでした」 と、麗子は舌を巻いて「男子生徒ですか? 顔が分かるのなら、何とか探せるかもしれませんが」 と、訊ねる。三宅の言う放火魔は女子生徒ではないらしい。そうであれば彼は『そいつ』とは言わない。 「いや、よく見ようとした時にはもう路地へ消えていたんだ。――俺に気がついて逃げたのかもしれない」 最後のセリフを三宅は独り言のように付け加えた。 「でも――、どうして、先輩が放火事件を調べてるんですか?」 「ん」 麗子の当たり前の質問は、三宅の虚を衝いたらしい。 「それは、依頼されたからだが・・・・」 一瞬、返答に詰まったのを彼女は聞き逃さなかった。気の所為かも知れないが、言外にある微かな背徳(?)を嗅ぎ取ったような気がしたのである。 「依頼? 誰にですか?」 麗子は食い下がって聞いてみる。不信感が質問に表れている様な気がしないでもないが、そんな事はお構い無しだった。 「何だ、その質問は麗子らしくないな。――依頼者の事を第三者に話すわけにはいかないだろう?」 当然、三宅は正論で返してきた。そう言われてはどうしようもない。麗子が得たのは『第三者』と言う、妙に胸に刺さる言葉だけだった。 受話器の向こうで再度沈黙してしまった後輩を気にしてか、三宅がため息を吐いた。 「困った奴だな――。依頼者は最初に放火された家の住人で、俺が大学で世話になってる人だ」 世話になったってどう言う事? と、次の質問が喉から飛び出そうになるのを麗子は押し込んだ。何となく依頼者が女性であるらしいという事は分かった。それは依頼者が奴ではなく、人だからである・・・・。 「おい、麗子?」 「あ、はい・・・・」 辛うじて、麗子は応えた。受話器を持つ手が思いの外、震えていた。 「聞いてるのか? ともかく、まだ百パーセント奴が犯人と、そう決まったわけじゃない。ただ俺の勘は間違いないと言ってる」 「・・・・はい」 しおらしくなった返事に何の疑問も抱かず 「それから、もう一つ。重要な点だ」 と、三宅は間をおいて続ける。「焼け跡には微量の邪気が漂っていた。――これは明らかに普通の放火じゃない」 その三宅の言葉が遠のいていく事に麗子は気が付かない。 「・・・・関わって・・・・が火の怪だとすれば・・・・、見逃す・・・・いかない・・・・な対応が必要だろう・・・・」 彼女の頭の中はそれどころではなかったのだから仕方がない。大学生と高校生と言う、たったそれだけの違いが、こうも恨めしく思えた事はなかった。 「・・・・もし、順風高校に放火魔がいるなら何か騒動を起こす可能性は高い。気を付けろよ・・・・!」 言うだけ言うと三宅は相変わらずあっさりと電話を切ってしまった。さすがに今回ばかりは三宅のその性格を恨んだが、どうしようもなかった。 かけ直す気力もある筈もなく、麗子は受話器を置くと、疲れた足取りで自室に戻った。 ――何だか急に受験勉強が苦痛に感じられた・・・・。 |