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「今、私が犯人かも知れないって言ったんですか?」

今度は亜由美は、思わず声を上げていた。大地は口を開けたまま固まっている。

もう、どうしようもないくらい悲痛な声で、清香は答える。

「そうです」と――。

亜由美と大地は互いに顔を見合わせた。お互い信じられない、と言った表情をしている。聞き間違いではなかったようだ。

「・・・・あの、それなら警察に行った方が」

大地の間の抜けた、それでいて珍しく気の利いた進言を

「せ、先輩っ!」

と、亜由美は慌てて止める。そこへ間を取り繕う暇もなく

「そんな単純な話じゃない」

と、苛立った比嘉の言葉。「清香には放火の記憶がないんだ」

「・・・・!?

「放火のあった翌日の朝、目が覚めると手足にべったりと泥や土が・・・・」

清香の肩が小刻みに震えて、比嘉がそっと手を添える。

「この間の火事の時は、右手にススが付いていました。私、もうどうしたらいいのか分からなくなって――」

ついに、耐えきれなくなった清香が泣きだしてしまう。

「清香、大丈夫だ――。俺が何とかする・・・・!」

比嘉は一心に彼女を慰める。

――亜由美くん、どう思う?

一旦、話が中断したので、大地が目線で意見を求めてくる。

――もしかしたらもしかするかもしれないですね。

と言った微妙な表情を亜由美は浮かべると、声を殺して泣く清香を見つめる。

――特別、『何か』を感じるって事はないんですけど・・・・。

――そうか・・・・。

亜由美がそうなら大地には尚更よく分からない。

――それならどうするか、だな。

――はい。でも、一応、念には念を入れておきます。

二人のやり取りはそこで中断する。その時の亜由美の表情から、そう難しい事件でもないだろうと、大地は予想していたのだが・・・・。

「ごめんなさい・・・・。取り乱しちゃって・・・・」

と、気分を落ち着かせた清香がハンカチで涙を拭って顔を上げたからだ。

話を再開させた亜由美の第一声は

「片瀬先輩。聞きにくいんですけど、夢遊病とかそう言った事は・・・・?」

と言う質問。

「え?」

戸惑いを顕にする清香。そんな事は微塵も考えていなかったようだ。そこへ比嘉が口を挟む。

「それも含めてだな、君らに原因を突き止めて何とかして欲しいんだよ・・・・!」

夢遊病なら封鬼委員会の出る幕はないが。

「分かりました」

神妙な顔付きで大地が頷いた。「封鬼委員会としてできるだけの事はします」

ま、断る理由はこれと言ってないのだ。それに大地は先述の通り、この事件を楽観視していた節がある。

「――それはもちろん悪霊、鬼などが関している場合に限っての事ですけど。それ以外の――、その、科学的もしくは医学的解決が求められる場合には、速やかに相応の施設へ行って治療を受けて下さい」

亜由が大地の回答を受けて付け加える。努めて事務的にそう言ったのが、怯えている清香には少なからず効果があったらしい。

「よろしくお願いします」

そう言って彼女は弱々しく頭を下げた。その時点で、まだ何か言いたげだった比嘉とも、一応の話の決着を得ると、清香がおずおずと切り出した。

「それで、あの、私はこれからどうすればいいのでしょうか・・・・?」

と、もっともな質問。

「・・・・そうですね。とりあえず、片瀬先輩に何か憑いてるのかどうかを調べなければいけません」

「そうだな」

大地も適当に頷く。

「もし、悪霊の類が憑いているのなら払わなければいけませんし、憑いていないのなら当然別の原因を考えなければならないんですけど・・・・」

と、言いながらも、亜由美の第一印象ではその別の原因を考えなければいけないのであった。

「それはどうすれば分かるんですか?」

「えぇっと、しばらく待ってくれませんか。こちらにも色々と準備は必要なんです」

亜由美は眉を寄せる。清香の気持ちも分かるが、焦りは禁物である。それを聞いて清香は見るからに残念そうにうな垂れた。

「でも心配しないで下さい。必ず連絡しますから」

亜由美はすかさず笑顔を浮かべてそう言うと、ポケットから小さなお守りの付いたキーホルダーを取り出す。「とりあえずこれを――。なるべく離さずに、特に寝る時はできれば身に付けておいてください。先輩を守ってくれると思います」

「あ、ありがとう」

清香は両手でそれを大事そうに受け取る。

――今できる事はそのくらいだった。よろしくお願いしますと、もう一度懇願して、清香が教室を出て行く。彼女の脇には比嘉が心配そうに付いている。彼の態度には少々ムッとする所もあったりもしたが、清香の事を本気で心配しているのは亜由美にもよく分かって、彼女がほんの少し羨ましい・・・・。

「さて――と、亜由美くん。これからどうするつもりなんだ?」

依頼者がいなくなって、大地は亜由美に向き直った。

大地は術オンチ(?)だ。封魔術も退魔術もさっぱりなのである。もっぱら彼は破魔拳――、対妖魔直接攻撃用の武術を用いて、悪鬼の類を打ち払うのが役目なのであった。言うなれば、前衛として派手に暴れて、後衛の術者に術を用いられるだけの時間を与えるのだ。

「そうですね・・・・」

しかし、応える亜由美の表情は今一つ冴えない。

「・・・・? どうかしたかい?」

「いえ、何でもないです」

そこへ――

「みんな、いる?」

と、二人の目の前に姿を現したのは麗子であった。

「先輩!」

「あ〜、亜由美ちゃん! お久し振りぃ!」

「はいっ! お久し振りです、麗子先輩!」

「麗子さん、今日はどうしたんですか?」

「どうしたんですかって、私がここに来ちゃいけないみたいに言うわね」

ジト目でそう言われて、大地はそんな事ないですよと、慌てて弁解する。麗子の方は苦笑いする大地を尻目に

「二人の所にごめんネ」

と、亜由美に耳打ちしている。「お邪魔だったかしら?」

「そんな――」

真っ赤になってうつむく亜由美。

「やだぁ、冗談よ。亜由美ちゃん」

「せ、先輩・・・・!」

亜由美が唇を尖がらせて抗議する。

「ま、挨拶はそれくらいにしてと――」

一人、澄まし顔の麗子は今度はグッと真剣な表情になって口を開く。

「一体、何なんですか、麗子さん」

「さっきのカップルは何だったの?」

「え? あぁ、あの二人ですか?」

既に立場が入れ替わっている。大地は清香と比嘉の事を詳しく麗子に話す。最初は大きく目を見開いた麗子だったが、すぐに興奮気味に身を乗り出してきて、話を聞き始めた。

「・・・・と言うわけなんです」

亜由美は――いつの間にやら話し手が大地から彼女へと交代していた――最後に渡したお守りの事を言うと、話を終える。

 「そのお守りって――」

と、麗子は上目遣いに問う。

「護身石です」

 亜由美は即答した。ご親戚――、いや、護身石とは退魔の念が込められた石の事で、持っている者を邪気から守る効果がある。

「それより、麗子先輩・・・・」

亜由美はやや遠慮がちに麗子に切り出した。「今日は何か用があったんじゃ・・・・?」

「あぁ、そうそう・・・・」

麗子の表情に翳りが射す。まさか、こう言う展開になるなんてね――。

「事件、ですよね?」

沈黙したままの先輩に向かって、亜由美は駄目押しのように言う。その、きらきらした瞳に当てられて(?)

「三宅先輩から電話があってね・・・・」

と、今度は麗子が昨夜の事をゆるゆると話し始めたのだった。

 

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