街はクリスマス一色だった。 通りを、自分達の世界を装ったままのアベックが行き交い、店先には様々な飾りを付けた煌びやかなツリーが立ち並んでいる。 片瀬 清香はショーウインドーをぼんやりと覗きながら、比嘉 謙二の事を考えていた。彼の事を考える時間だけが唯一、清香が幸せな気分に浸れる時間である。考えてみれば三年になって忙しくなり、比嘉といる時間が少なくなってから、清香の、彼に対する想いはますます強くなったと言える。 斎藤 祥子の話を耳にしたのはこの6月頃だったと思う。比嘉の事を彼女も好きだと言うのだ。 その時――、今まで幸せで満たされていたはずの心が、急速に不安に埋め尽くされていくのを清香ははっきりと感じた。自分でも性格は暗い方だと思っていたが、こうもネガティブな感情に捕らわれるとは思ってもみなかった。 ただ、比嘉は祥子の話を一蹴した。それこそ一笑に付して、相手にもしなかった。そして、清香に向かって、彼女にだけに愛を語ってくれた。清香も表面上はそれに応えた。が、自分の内面だけはどうしようもなかった。 どうしてこんなに自信を持つ事ができないのだろう。清香はその問いを毎夜の如く自問した。比嘉は相変わらず彼女にだけ微笑んでくれた。それは涙が出る程嬉しかったが、いつかその笑みが祥子に向けられるのかと思うと、いても立ってもいられなくなった。ただひたすらに恐かった。 丁度その頃から、成績が下がりだした。成績と言うものは落ちだすと歯止めが効かないものらしく、清香の非力な抵抗も虚しく、じりじりと、しかし確実にそれは下がっていったのだった・・・・。 ガラスの向こうに鎮座しているショルダーバッグを見て、清香はため息を付いた。 「いいなぁ・・・・」 何気に言葉が漏れる。――あんなの持てたら・・・・。 テストで高得点を取ったらこのバッグや、あそこのアクセサリーがもらえるようになればいいのに。そうすれば今の女子高生なんか、みんな東大へ行っちゃうかもしれない。 成績なんか――、何の役にもたたないと清香は思う。自分の成績が下がった事で何よりも彼女が困惑したのは、周囲の、彼女に対する対応の変化だった。 母親の叱宅。 教師のため息。 友人たちの視線。 比嘉だけは励ましてくれた。が、自分のパーソナリティーはそこにはない。 ガラスに、半透明の自分が映っていた。疲れ切った顔はまるでうすっぺらい幽霊みたいだ。 クリスマスに幽霊――? 清香は自分の思い付きに、くだらない、と顔をしかめた。――笑う気にもなれない。 同時に目の前の幽霊も何だかやるせない表情をする。 そうして、清香がショーウインドーの前から立ち去ろうとした時だった。 「??」 ガラスの向こう、陳列スペースの一角から、何やら煙のようなのものが漂い始めた。 ドライアイス? 演出かしら・・・・。 清香が小首を傾げる。それにしては変だけど・・・・。 見ていたショルダーバッグからもそれは出ている。 ――突然、ボゥッ! と言う音をたてて、バッグから炎が吹き出した。 「きゃぁっ!」 清香は思わず仰け反った。後ろにいた通行人にぶつかって、彼女は転倒する。 バッグは激しく燃え上がっている。 心臓がバクバク言っていた。尻餅を付いたまま、胸を押さえ、灰と化すバッグを一心に見つめる清香。 さっきのはドライアイスなんかじゃない! あれは本当に煙だったんだ・・・・! その場から逃げ出そうとしても、足に力が入らない。気は動転したまま。――清香は全身でガクガク震えていた。 何事だと通行人が集まってくる。ショーウインドーの中の炎に気付いた男性が、慌てて店の中へ駆け込んでいく。 全身から滝のように汗が吹き出ていた。清香は炎から顔を背けようとするが、視線が赤い炎からはがれない。 やがて、火は消火器で消し止められたが、清香はそれでもしばらく立ち上がれなかった・・・・。
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