「謙二!」 清香は病室へ入るなり、比嘉の眠るベッドにすがりついた。 比嘉は死んだように眠っていた。側にいた医者が鎮静剤がどうのこうのと話すが、清香の耳に入るはずもない。 五件目に狙われたのは、言うまでもなく、比嘉の家であった。家は半焼。比嘉を含め、家族全員がそれぞれ重軽度の火傷を負った。その中で比嘉自身の火傷が――命に別状はないとは言え――一番酷いらしい・・・・。 病室には清香の他に三宅と麗子の二人。先程の医者は、三宅に比嘉の様態を話すと病室から出ていった。 三宅と麗子が何故ここに――? と、思われるかも知れないが、麗子から清香の話を聞いた三宅は、彼女を監視していたのである。とは言っても、彼が自論を覆したわけではない。比嘉が放火現場で三宅に目撃された不審な男性ではない事は、麗子が持ってきた写真によって確認済みであった。そうして、三宅は清香の話に食指を動かされたと言うか、彼女から辿っていけば、必ずあの現場で見た男に行き着くのではないかと考えたのである。 ――これまでの四件の放火事件は全て木曜日の深夜十二時前後に起きていた事が分かっている。三宅はそこから毎週木曜日の夜、清香を見張る事にしたのだった。そして張り込み二回目のその夜、五件目の放火事件は起きた。 その木曜の夜、清香の家の門が見える位置に車を止め、寝ずの番をしていた三宅は不意にドサッと言う物音を耳にし、急いで車から降りた。周囲を見渡すと、西の夜空の一角が明るい。 火事――! 三宅はその事だけを確かめると、清香の家の門を鮮やかに飛び越えその敷地内へと躊躇う事無く侵入した。 清香は猫の額程の庭に倒れていた。 やられた・・・・! 三宅は唇を噛む。周囲に怪しい気配はない。彼は清香を起こす前に何か異変の痕跡はないかと、辺りを見回した。だが、これも徒労に終わった。 そこへ微かにサイレンの音が聞こえてきた。 三宅はようやく清香を抱き起こした。すぐに彼女は意識を取り戻す。しかし、周囲の状況を彼女は把握できていない。 果たして――、清香はここを出て行こうとしたのか、それとも何者かに連れ出さられたのか・・・・? 判然としないまま、怯える清香に、三宅は事務的な口調で火事が起きた事を告げた。 「あぁ・・・・」 絶望的なため息。「わ、私何て事を・・・・!」 清香は愕然として座り込んだ。その様子に、驚いたのは三宅の方である。 「おい、どう言う事だ? お前がやったのか!?」 清香の様子に、ただならぬものを感じて問いただす。 「お、覚えてるんです。さっき、謙二の家に・・・・」 清香は泣き笑いの表情で答えた。「こう、ライターで――」 その目が据わっている。清香の精神は軋み、崩壊し始めていた。自分が放火魔だと言う確信を彼女自身が持ってしまったのだ。しかも、今し方火を付けてきたのは恋人の家だと言う・・・・。 三宅は軽く息を吐いた。 護身石は持っているか・・・・。こいつが通用しないとなると――。 清香の服のポケットに入っていたお守りに気が付いて、微かに眉を寄せる。 「とにかく立て! そいつの家に行くぞ!」 そう決めると三宅は清香を促す。清香はハッと我に返ると、すがるような視線で三宅を見つめた。 「その謙二という奴がお前の知り合いなら、ここでこうしている暇はないんじゃないのか?」 もちろん、謙二某が、比嘉の事だと言う事は先刻承知である。三宅は強引に清香の意識を現実へと引き戻させる。彼の言葉に彼女が反応すると言う事は、まだ手後れではないと言う事だ。 三宅は清香の手を強引に引っ張った。 「・・・・はい・・・・」 清香は弱々しく、しかしはっきりと頷いた。 こうして、二人は鎮火した比嘉の家の前で、そこへ駆けつけていた麗子と出会う。そしてその時には比嘉家の人間は病院へ収容された後だったのである・・・・。
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