〜記憶の散策〜
文・上山 環三
彼女――旧姓・河野美帆はうつろな表情をしたまま、母校の黒 ずんだ壁を見つめている。時折頭痛がするのか、右手で頭を押さ える。 肌を引き裂きそうな北風が吹いてきて、私たちは校舎の中へ逃 げ込むように入った。窓の向こうの裸になった樹木が針金のオブ ジェのように突っ立っている。 「菊池・・・君・・・」 不意に彼女が私の名を呼んだ。「・・・あの」 「何です?」 私は彼女の気を少しでも解そうとして、明るく応える。しかし 彼女の表情は一向に晴れない。むしろここに来てから頭痛が始ま り彼女のコンディションは悪化するばかりに見えた。 「何か思い出せましたか?」 「いえ・・・」 私のその問いに、彼女は居心地が悪そうに答えた。私はそれに 気づかないふりをして続ける。「大丈夫ですよ。散歩でもする気 で気楽に行こうじゃありませんか」 「・・・そう、ですね」 彼女はそう言って健気にも微笑んだ。 |
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