〜記憶の散策〜
文・上山 環三
教室で一休みした後、私たちは再び校内の散策を始める。私 の後を付いてくる美帆は、今度はどこに案内されるのかと不安 げな視線を私に向けてくるが、なに、気にすることはない。 階段を上がる。 その間も忘れずに私は色々と思い出を語った。リアクション は期待できないがこの際、それはやむを得ないだろう。 二階の窓から眺める景色は随分と違って見えた。いや、当時 の眺めなど覚えてもいないのだが、そう感じるのは街が変わっ てしまったことを知っているからか。 私はさり気なく部活の話題を振ってみる。 私たちは共に演劇部に入っていた。私は誰の演技が上手かっ たとか、台詞を覚えないのはあいつだとか、彼女の気を引きそ うなことを次々と喋った。 ここまで来て、彼女の症状は良くなってきているように思え た。このままいけば彼女の心に巣食う闇を吐き出させることが できるかもしれない・・・。 階段をさらに上がると、当時我々が練習用にと使っていた教 室がある。今、その教室はパソコンルームになっていた。引き 戸を開けて中に入ると、整然と並んだ白い箱が私たちを出迎え てくれた。ひどく殺風景だ。 教室の中を横切ってベランダに出る。 「ここでよく発声練習してましたよ」 北風は一向に弱まっていなかった。 寒さの為、出たのはいいがまたすぐ戻ると言う、意味のない 行動をしてしまい、私は照れ隠しもあって「覚えてますか?」 と発声練習の基礎をやって見せた。 『お・え・い・う・え・お・あ・お』などと言う、誰が考え たのかも知らないその呪文はしかし、私の記憶がないせいで唐 突に終わった。 実際、今のであっているかどうかもかなり怪しかった。 |
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