sakana.JPG (6332 バイト)                    by くらげ

 

 混乱している頭をすっきりさせるため、俺は今一度顔を洗うことにした。

 水を掬う。

 その水で顔を思いっきり洗う。叩きつけるように、そして何かを塗り込めるかのようにごしごしと、ひたすらにごしごしと洗う。

 「ふう・・・」

 溜め息を一つ。いい感じだ。だいぶ落ち着いてきた。

 徐に目蓋を開く。

 「・・・」

 絶句。あまりの驚きに言葉がでない。

 俺が眼を開いたその先に・・・それはいた。

 それは明らかに他の魚達とは違っていた。こう表現するのはあまりに陳腐な気がするが、とにかく巨大だった。その魚は、驚きで声がでない俺の眼前を優雅に横切っていく。その優雅さは、魚が水中を泳いているときと何ら変わり無かった。

 そして、他の魚達が只一色で輝いているのに対し、それはこの宇宙に存在するであろう全ての色と輝きとで、その身を包んでいた。

 驚きで声がでなかった最初とは、明らかに違う理由で今度は声がでない。

 奇麗だった。この世に存在する、ありとあらゆる宝石を束ねたとて、この美しさにはかなうまい。そんな気がした。

 そして、これだけ輝いているにもかかわらず、金や宝石などに感じられる俗っぽさは、微塵も感じられない。あくまで清らかだ。かつて存在したという聖母マリアのように。

 そんなこんなと考えているうちに、魚は湖へと還っていった。

 「そうか、飛び跳ねてたのか・・・」

 今更ながらに気付く。どうも驚きすぎて頭が少し鈍っているらしい。

 「ふう・・・」

 溜め息を吐く。それに続いて腰が抜けたようにその場に座り込む。そして空を仰いで、

 「はあ・・・」

 又も溜め息を一つ。さらに月を眺めて、又も、

 「ふう・・・」

 と、溜め息。駄目だ。溜め息しかでてこない。相当に参っているらしい。まあ、それもそうか。

 勝手に独りで納得したところで、再び水面に目を向ける。

 相変わらず水は光っており、その仄かな明かりを身に受付て、泳ぐ魚達もまた、光り、輝いていた。

 「奇麗なものだ・・・」

 咳く。そうして俺は再び水の中の楽園に魅入るのだった。

 

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