sakana.JPG (6332 バイト)                    by くらげ

 

 水の世界に魅入られてから幾許かの時が流れた頃、俺は不意に後から声をかけられた。

 「ようこそ。楽園へ」

 吃驚して飛び上がる。ぱくぱくいっている心臓が落ち着くのを待ち、恐る恐る振り向く。

 「はは、驚いた?」

 「・・・」

 誰か人がいるのだろうと思って振り向いた先にいたものは、魚だった。勿論只の魚じゃない。さっき俺の目の前を飛び眺ねて横切った、あの魚だ。だが、だからといって驚かないわけがない。魚が喋ったのだ。魚が。今みたいに、開いた口が塞がらなくなり、台詞が「・・・」になるのも無理はない。いや、寧ろ普通の反応だろう。たぶん。そう思いたい。

 やや強引に納得しながらも、いや、納得じゃない。理解しながらも、確認のため、一応聞いてみる。

 「あなたが・・・喋ったんですよね?」

 何故か丁寧語になってしまった。

 「ええ」

 魚が答える。

 「でも・・・魚・・・ですよね?」

 夢なら早く覚めてくれ、そう叫びたいのを堪えて、尚も追求する。好奇心のバカヤロー。

 「如何にも。僕は魚です。この世界では神魚、と呼ばれている種族です」

 「シン・・・ギョ?」

 「はい。神の魚、と書いて神魚です」

 「・・・」

 「はは、なかなかどうして、表情がころころ変わって面白い」

 そういう自分がころころと笑っている。

 「わるかったな・・・」

 ――随分な仏頂面で言い返す。それがまた面白かったのか、さらに笑い始める。

 「それはそうと、あんた名前ないのか?」

 何時迄も笑われ続けるのは嫌だったので、とりあえず聞いてみる。すると神魚は笑うのを止めて答えてきた。

 「名前・・・ですか? ありますよ。ただ・・・」

 「ただ?」

 「あなたの世界にはない発音なもので・・・」

 「俺の世界に・・・ない発音?」

 そんな事考えもしなかった俺は、ただ茫然と聞き返した。それに俺の世界って・・・? やはりここは違う世界だったのか? 疑問ばかりが細胞分裂のように増えていく。

 まあいい。全て彼に聞けばいいことだ。それからの事はその後考えよう。

 

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