彼の幸せ by 味けずり
そうそう、自己紹介しておかなくっちゃいけなかったっけ?
面倒くさいのは嫌なんだけど、まぁ、一応この物語のヒロインみたいだしね。かと言って気の利いた王子様でも出てくるかと言うとそうでもないんでしょ?
あ。今、何かふられた事思い出しちゃったじゃないの・・・・! もう。
私の名前はティン。本当はもっと長いんだけど、省略してティンでいいわ。
え? 何者かって?
・・・・何者って言われても困るんだけど、そうね、みんなは私の事を『小悪魔のティン』、って呼ぶわね。
以後お見知りおきを――。
え? まだなんかあるの? スリーサイズ!?
あのねぇ、もっとましな質問ってないの? こう見えても伊達に二百年は生きてないのよ。――でも、教えな〜い。そんな事ばっかり気にしてると、今回のターゲットみたいな根暗な人間になっちゃうわよ。
かまわない?
それはあんたの勝手だけど――、あ。ココね。
悪いけどこれから仕事なの。後にしてくれる? じゃ。
現場は喧燥としてた。すごい野次馬の数に私は辟易する。 どうして人間はこうもすぐに群がりたがるのかしら? 火事は消し止められている。火の手の上がった家には真っ黒な焼け跡。ただ、炎の割には大事には至らなかったらしい。消防士や警官が事後処理のために慌ただしく行き来していた。ご苦労様。 私は野次馬を押しのけ、焼け跡を見上げた。もちろん、ただの好奇心。 まだ周囲には熱気が渦巻いていて居心地は悪かったので私は早々に群衆の中から出る事にする。 ・・・・またやられたのか? ・・・・出しておいたゴミに火を付けられたらしいぞ。 と、誰かの囁く声が耳に入った。多分、と言うか間違いなく、最近連続で起きている不審火の事を言っているのだろう。被害的には今日のはまだましな方だった。ま、私には関係ない事だけど。 その時、視界の端に小太りな男の姿が入った。眼鏡のフレームが一瞬、光を反射する。 「あ!」 私が思わず声を上げたその時、男と目が合った。 ターゲットだ! 私はその男を追おうとして身を捩った。 「痛っ!」 ――!? 何かを踏んづけて、私は身を固まらせた。この感触は――と、下げた視線の先には誰かの足を見事に踏んでいる私の足。そして、ゆっくりと上げた視線の先には、見知らぬ恐そうなお兄さんがその顔をもっと恐そうにしてヌッと立っている。 「痛ぇじゃないか」 「す、すみませんっ!」 私はそう謝るや否やそこから飛び出す。――肝心の、眼鏡の男の姿はもうどこにもなかった。
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