許されざる 10
10.暗闇
「人通りがないとは言え、街道のど真中での乱闘騒ぎ!しかもそこのあなた!以前、私の睡眠の邪魔をしましたね!!いろいろ聞きたいこともあります!このアメリアの正義の拳に全てを告白なさい!!とぅ!!!」
ばっ!くるくるくる………、ごきゅ。
「……なんか、鈍い音が聞こえなかった?」
「……首も変な方向に曲がって見えるわ」
頬に冷や汗一つ流したレイスとルーシャが、引きつった顔で唐突に現れて自滅したアメリアを眺めている。
「……ど、どうしよう」
「……な、何すれば良いのかしら?」
凍てついた空気の中、声を出さなければ押しつぶされてしまいそうだった。とりあえず、二人して彼女を助け起こすべく歩き出す。その時、
がば!!
『うわ!起きた?!!』
ギョッとする二人をよそに、アメリアはびしっと三人の男達を指差した。
「さあ、覚悟なさい!!」
力いっぱい叫んだ言葉が、なぜかかなり説得力がない。冷たい風が一陣通りぬけた。
それを取り直すように、マントを外していた男が軽く咳払いをした。
「……身のほど知らずめ」
侮蔑に満ちたその声に、アメリアはぴくっと反応した。
「身のほど?それは何を指していうのです?!竜族のあなた達に刃向かう事ですか?!それとも、あなた達の正義に同調しない事にですか?!」
アメリアの言葉に、はっとレイスとルーシャが顔を向けた。彼らが知りたかった事の片鱗がその言葉のうちにあったのだ。
彼らは、何者なのか。
なぜ、争っているのか。
はっきりとしたことは分からなかったが、彼等が元凶である事は分かった。そして、それで十分だった。
「お手伝いします」
「私も」
すっと、レイスとルーシャがアメリアの横に並んだ。二人の言葉に一瞬だけ目を見張ったが、すぐに笑顔を浮かべる。二人の表情が、拒否される事を望んでいないと読み取ったのだ。
「無理しないでくださいね」
『あなたこそ』
声を揃えて言われた言葉に、アメリアはちょっとだけ引きつった笑みを返した。
(こういう所だけは、ゼルガディスさんにそっくりですね)
思った言葉は突っ込まれそうだったので、飲み込んだ。
「3人になった所で、結果は同じ事。出来れば無用な殺生はしたくはないのだが・・・・・…。引く気は無い様だな。一人を残して、後のもの達は消えてもらおう」
くっと男の口元に笑みが広がった。
ざっと、3人が構える。
『アストラル・ヴァイン!』
レイスの呪文がルーシャの双剣にも魔力を宿す。赤い3本の刀身を構えた二人が、真っ先に飛び出した。
「体勢を崩します!」
スピードが速いレイスが先に、男に剣を繰り出す。が、それは全てつぶてに相殺されてしまった。7つめのつぶてを弾いた瞬間、その横をルーシャがすり抜けて前に出る。
『フレイム・ブレス!!』
吐き出された炎を寸での所でしゃがんでかわす。そのまま滑るように男の足元に駆け込み、双剣を降るう。
「っつ!」
だが、踏み込みが浅いせいで両足の表面を傷つけただけ。倒れるまでもいかない。逆に足元に踏み込んだままのルーシャの頭上に、男の拳が振り下ろされる。
「ルーシャ!」
側にいたレイスが、彼女の腕を掴み自分の方へと引き寄せる。目の前を炎の固まりが通りぬけていく。
『ラ・ティルト!!』
きゅごぉぉおお!
間髪入れずにアメリアの必殺呪文が炸裂した。青白い閃光が男を包む.
「やったか!?」
「!!まだです!!」
ホッと息をつきかける二人の側に駆けよって、アメリアが叫ぶ.その声と同時に、砂煙の中から男が飛び出してきた。まっすぐに突っ込んでくる。
「きゃぁ!!」
「うわ!!」
避け切れずにルーシャとレイスが吹っ飛んだ。
「レイスさん!ルーシャさん!!」
「人の心配をする余裕があるのか?」
視線を二人に向けたアメリアに、男の手が伸びた。反射的に腕をクロスさせるアメリア。二人の腕が触れ合った刹那、禍禍しい黒い光がその場に溢れ出した。全てを飲み込まんとする、その光。
「なに?!」
「これは!!」
アメリアの手から溢れ出した光が、流れるように男に向かう。男が慌ててそれを振り払うと、両手を前に掲げた。それまで傍観していた二人の男までも同じ様に手を掲げる。ぼぅっと、三人を囲う様に光の壁が浮かび上がった。それが、闇の光を弾きかえす。
弾き返された光は、目標を見失って別の標的に向かい始めた。すなわち、人間3人組である。
「え、ええ?きゃぁぁぁああ!!」
いきなりわけの分からないものに襲われて、やや混乱気味の叫びを上げるアメリア。ぶんぶんと両手を振りまわすと、
「いやぁぁぁああああ!!」
手に持っていた漆黒の宝玉を投げ捨てた。……竜族の3人組の方へ。それは、光の壁に弾かれる事もなく、ぽとん、と彼らの間ん中に落ちた。
「………」
「…………」
「…………………うそ」
当然と言うか何と言うか、その宝玉に導かれるように闇もまた壁を通過していく。そして、更に勢いを増して竜族達の上に傘のように広がった。
「っく!これを相手にするのは分が悪い!!」
「引くぞ!!」
男の声を合図に、フードの男が両手を掲げる。金色の光りが湧き上がり、目を貫く光が満ち溢れた。3人が目を覆った次の瞬間、光は消え失せた。竜族の者達も共に。
「え、え〜と、とりあず………ヴィクトリ〜(ぶい)」
『違うと思いますけど』
突っ込む声が重なった。
「………消え、た」
黄金の光が消えると同時に、漆黒の光もまた消え失せていた。ころんと転がる、漆黒の宝玉。
アメリアが近くから小枝を拾うと、つんつんとそれをつついた。何の反応もないのを確認して、そっと指先で触れてみる。
「………何にも、起きないですね」
拾い上げて、すっと日に透かしてみた。だが、その向こうには何にも見えない。底まで落ちそうなほどの、漆黒の闇。
「なんですか、それは一体?」
レイスとルーシャが剣を納めながら、アメリアに近づいた。二人とも、先ほどの漆黒の光の禍禍しさを感じているらしい。顔を顰めながら、アメリアの手の中の宝玉を見つめている。
「私にもよく分かりませんけど、どうも竜族には有効らしいですね」
指先で軽くつまみながら、アメリアが困ったように返した。レイスが怪訝そうに首を傾げる。
「分からないって、アメリア姫の物ではないのですか?」
「………あ〜、え〜と、ですね」
「そもそも、大公宮にいたはずじゃぁ?」
レイスの質問に、つい馬鹿正直に冷や汗をたらたら流し出すアメリア。それを見逃す二人ではない。
『説明して、いただけますよね?』
「……はい」
「え〜と、ですね、ゼルガディスさんの部屋にいたら、いきなり仕掛けが動いて、ひゅ〜っと落ちちゃったんです。で、気がついたら真っ暗な部屋にいて、そこの机の上にこれがあったんです。で、返そうと思ってたら、いきなり部屋が揺れて・…・・・…。また魔方陣が発動したと思ったら、この近くに転送されちゃったんです」
一息に説明しきって、アメリアは大きく息をついた。手元に出された水を一気に飲み干す。
いま、三人は街道沿いの店の中にいた。そこはルーシャ一人でやっている店らしく、従業員の姿は見えない。
目の前に座っているレイスが軽く額に手を置いた。
「……いつの間にか消えたり帰って来たりしていると思ったら、そんな仕掛けがあったのか」
溜息まじりの声に、ルーシャの頷きが加わる。
「絶対に、レゾ様が一枚噛んでいるわね」
確信に満ちた言葉に、なぜかアメリアを含めて納得してしまう辺り、赤法師の性格は理解されているらしい。机の中央に転がされた宝玉に、三人一緒に視線を落とした。
「……で、これは一体?」
「………レゾ様ならご存知なんでしょうけど・・・・・・…」
「聞かない方がいいような、気もしますね」
うんうんと、頷きあってしまう一同。
とにかく、目の事に関する研究以外で、あの人が発明するものにはロクなものがない。得体の知れないものにはなるべく近づきたくはないが。
「………効果あり、なんですよね」
は〜、とアメリアが息をついた。単身、もしくは複数でかかっても、あの人数相手に勝利を納める事は難しい。なら、訳が分からなくても効果がある物を捨てておくわけにもいかない。
「……持ちますか?」
「………仕方ないですね」
レイスの問いかけに、アメリアは顔を引きつらせながら頷いた。見ているだけでも嫌な予感が駆け巡る黒い宝玉を見下ろし、アメリアは大きく息をついた。
「それはそうと、レイス。なんで、兄さんが竜族と争ってるの?」
「え、さあ?僕も、まさか相手が竜族とは・・・・・…」
言いながらも、レイスが横目でアメリアをみる。言外に、隠していたことを責めているのだ。たら〜っと、アメリアの頬に汗が一筋流れた。
「そ、そんなことより!ゼルガディスさんがどこに攫われたのか探さないと!!」
『誤魔化すんですか?』
「そ、そんな二人で迫られても・・・…」
『誤魔化すんですね』
「ううぅぅ」
『嘘は悪ですよね』
「…………はい」
つい頷いてしまうアメリアだった。
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