許されざる 11
11.衝突
「さぁて、どうする?」
ヴァルを人質にとった老人が、にやりと口元を歪めた。ヴァルの咽喉元に押しつけられた刃を見て,一歩も動けずに歯噛みする。
「……で?おとなしくこれを渡せっての?」
硬直した空気の中で,リナが自分の咽喉元を押さえながらうめいた。鈍い赤に輝く,『魔血玉』。竜族の狙う、魔力増幅の装置。
そこまで考えて,ふと疑問が沸き起こる。
「ちょっと待ってよ。あんたら一応竜族でしょ?これってば,魔族のもんよ。どうやって使うのよ?」
脅されている立場にありながら、いっそ堂々と相手に言及するのはこのパーティの特色かも知れない。言われた老人は、一瞬目を見張ったが,すぐに顔に皺を寄せた。
「ほっほ。わざわざそれを教えてやる義理もないのぉ。まあ、一言言うなら,わしらが使うわけではない、と言う事はあたっとる」
「じゃあ、なんに使うんだ?………インテリアか?」
「んなわけあるかぁぁああ!!!」
すぱしーんっと、ガウリィにつっこみをいれてから,リナは老人に半眼を向けた。
「で、本当の所は?まさか,このくらげの言う通り祭壇に飾るわけじゃないでしょ?」
「まさか!神に仕える者が、祭壇にそんな穢れたものを置くはずはありません!そんなこと、竜族としての恥です!屈辱です!!最っ低の行為です!!!」
「だぁぁぁ!!あんたも黙ってなさい,フィリア!!あたしは,この猿の干物と話してるのよ!!!」
「ひ、ひもの………」
リナに指を付きつけられ、皺だらけの顔をひくひくと反応させる老人。大きく咳払いすると,ちょっと沈んだ肩を持ち上げた。
「…それで?渡すんか、渡さんのか?」
じと目になった老人の言葉に,リナがバツが悪そうな笑顔を向けた。
「あ、あれ〜?もしかして、怒った?や〜ね〜、気が短いのは年寄りの証拠、よ!」
「年寄りで結構。答のみを聞いておるのじゃ」
こめかみに血管数本浮き上がらせた老人の声に,リナはちぇっと口をとがらせた。
「そ〜んな事言わないでさ。何に使うかくらい,教えてくれたっていいじゃない。あ、あたしが持ってるとまた世界に危機が来るって言う理由は受けつけないからね。もっと、納得出来るもん教えてよ」
「断る」
「え〜!ヒントだけでも良いからさ〜」
「だめ」
「けち」
「けちで結構」
「…………っち、駄目か」
小さなリナの呟きに、老人は軽く嘆息した。
「茶番はもう良かろう。渡すか,渡さぬか。渡せばこの子供は解放し、お主等にはもう干渉はせん。渡さぬならば,どちらかが力果てるまで……」
老人が軽く片手を挙げた。それに合わせて、さっと武器を構える残りの男達。対応するように,思わず身構えるリナ達。にたり、と老人の口元が歪んだ。
「戦うまでじゃ」
男達から湧き上がってくる戦意に、肌がぞくりとあわ立った。戦力的に完全ではないまでも,簡単に負けるとは思っていない。しかし、今向こうには人質がいる。
それが分かっているからこそ,老人はこちらを愚弄するように戦力をちらつかせているのだ。
その余裕ぶった態度が気に触る。
だからリナは,唐突に肩の力を抜くと,ふっと鼻先でせせら笑った。
「これ以上聞き出せそうも無いわね。もういいわよ…………。ヴァル」
「なに?」
竜族の誰かが猜疑の声をあげた。その刹那,それまでおとなしくしていたヴァルがにぃっと、笑った。
自分を捕まえている男を見上げると,すっとその手を前にかざす。
『ふぁいやーぼーる!!』
ぐどぉん!!!
「うあぁぁああ!!!」
ヴァルを捕まえていた男の顔面に、炎の固まりが炸裂した。両手で顔面を押さえた男から解放され,ベーっと舌を出すと黒い羽根を出しふわりと空へと舞い上がった。
「古代竜?!馬鹿な!!」
呆然と叫ぶ老人。
その隙を逃す者達ではない。
「行くわよ,ガウリィ!!」
「おう!!」
がきぃぃん!!
金属のぶつかり合う音が響く。ガウリィの剣が竜族の男の鉤爪を受け流す。幾度もそれが繰り返され、数瞬の膠着の後,ふっとガウリィがその見を屈めた。その頭上を,もう一人の男のレイピアがかすめて過ぎる。
いきなり相手に屈まれて体勢が崩れた鉤爪の男の足元を,ガウリィがそのまま駆け抜けていく。そこには、両手をかざすリナがいた。
『バーストフレア!!』
ぐごぉぉぉおお!!
青白い炎が竜族に向って突き進む。ゴーレムをも溶かすほどの高温の炎。
「ちぃい!」
「ぐあ!!」
レイピアを持つ男はなんとか避けたが,鉤爪の男は避け切れずに炎がかすめ片腕が焼かれる。肩を抑えてうずくまる仲間を尻目に、レイピアを構えて男が再度突っ込んでくる。
「ガウリィ!鉤爪の方,回復が使えるかもしれない!!」
「了解!」
リナの叫びに、ガウリィが突っ込んできたレイピアの切っ先を巻きこんで跳ね飛ばした。勢いよくはね返されたために、男の体制が崩れる。
その脇をリナがすり抜けていく。
――すべての命を育みし
母なる下の 無限の大地よ
我が意に従い力となれ―――
『ダグ・ハウトォ!!』
ごごごご
大地が揺れ,錐状に土が延び上がる。
「くぅああ!!」
避け切れずに幾本かが男の体を付き抜ける。
「おのれ!!」
それを横目で見止めた男が,怒りの視線をガウリィに向ける。仲間の助勢に行きたくともガウリィの剣技がそれを許さないのだ。
歯軋りする男の顔を見て,ガウリィがにっと笑った。
「仲間の危機に怒るんだな。………勝手な奴等だ!」
珍しく怒気をこめた声で、ガウリィが叫ぶ。その迫力に、一瞬だけ男の剣先がずれた。ひゅっと、軽い音とともに、ガウリィの剣が流れるように男の足にのびた。
「っつぅ!」
かすめられた足から,暗赤色の血がに染みだす。大地にそれが落ちて,奇妙な地図を織り成し始める。
『ディフレッシャー!!!』
ヴァルの口からレーザーブレスの閃光がきらめく。
『おぉぉおおお!!』
槍を持つ男が同じくレーザーブレスを吐き,それを相殺する。二つの力がぶつかり,閃光と爆音が視覚と聴覚を奪う。
目の前に手をかざしてそれを避けようとする男に、フィリアがメイスをふりかざして駆けよっていく。
「てぇぇぇぇえええい!!!」
眩い閃光の中、一直線に男に向う。その気配を察したのか、男がはっと槍の柄を頭の上にかざした。
がぃん!という鈍い音と共に,なにかがぶつかる手応えが男に響く。
「な、なぜみえる?!」
かすむ目を無理にこじ開けると,黒いサングラスを付けたフィリアの姿があった。
「ふふん。リナさん達といるとこういうこともあるだろうと、事前に用意しておいたんです(はぁと)」
「詐欺だぁぁぁああ!!!」
お茶目な叫びを無視して,フィリアが更にメイスを振り上げる。が、さすがに竜族の戦士だけあって、うっすらと見える視界と気配だけでそれをかわしていく。そうしている間にも、閃光がうすれ、徐々に男の視力が回復していく。
それを察してフィリアが慌てて距離を取る。
「もらった!」
完全に視力が回復した男が、槍をかざして突っ込もうと駆け出す。その時,フィリアとの間に小さな影が舞い降りた。
いたずらっぽい光を浮かべたヴァルが,軽く両手を広げてその進路上に立つ。その目には、黒いサングラスが・・・…。
『ディフレッシャー!!!』
避け切れない距離にいた男は、思わずかっと口を開く。
『おぉぉおお!!』「って、しまったぁぁぁあ!!」
後悔の叫びは、閃光と爆音に掻き消されてしまった。
「何をやっておるか」
目の前で繰り広げられる戦闘風景に、ぎりっと老人が唇を神しめた。竜族が二人いるとはいえ、たかが人間にいつまでもてこずるとは。
「いや、ただの人間ではないが・・・・・…」
色々な魔族と敵対し,今まで生き延びてきている人間だ。なめてかかれば痛い目に見るのはこちらなのだ。それは承知していたはずだが,どこか人間に対する意識が認識を低下させていたらしい。
しかし、このままではこちらにも被害が出るのは目に見えている。
「………どうするか」
苦く呟いた時,かっと青白い閃光が老人の顔を照らした。戦闘の光ではない。それは、老人の付けている宝玉からの光だった。
「通信?」
いぶかしむ老人の意思を無視して,宝玉の光が円形に宙に固定される。その中に,うっすらと人の姿のようなものが浮かび上がってくる。
その姿がはっきりするなり,老人は鋭く息を飲んだ。
光の中には、額から血を流し息を切らしている一族の若い青年の姿があった。
「何事じゃ!!」
老人の驚きの声に,青年はくっと唇をかみしめた。
「非常事態が発生しました。捕らえていた男が結界を破り逃走中。その際,こちらに残っていた者達が捕縛に動きましたが結果は見てのとおりです・・・・・」
申し訳なさそうに目を伏せる青年の言葉に,老人は大きく目を見開いた。
「結界を破った、じゃと?!馬鹿な!いくら人より大きな力を持っていようとも,人間に壊せるようなものではないはずじゃ!一体誰が破壊したというのじゃ!!」
「それが……。結界は内部から破られております。しかし、あの力は・・・…尋常のものではありませんでした。とにかく,原因については目下捜査中ですが、何分混乱が大きく……」
眉根を寄せる青年に、老人は大きく嘆息した。このままでは、向こうの所在地が他の人間,いや反対していた水竜王に仕える者達にばれるかもしれない。
「仕方あるまい。…………一時退くか」
「そうした方が,無難よね〜」
「ひょ?!」
一人言に,いきなり真横から相槌打たれて,老人がざっと横に飛びのいた。そこには、勝ち誇った目で自分を見下ろしているリナの姿がある。
老人は、わなわなと振るえる手をリナに向って伸ばす。
「お、おぬし!いつから聞いておった?!!」
「いつからって,ねえ?」
「まあ、最初からだわなぁ」
リナとガウリィがうんうんと頷きあっている。その横ではフィリアが、メイス片手にヴァルの頭を撫でていた。よくみると、全員に多くの傷が出来ている事が分かる。
「あ〜んな、怪しい光が見えたら、誰だって気が付くわよね?ヴァル」
「うん!だって、目立ったもん!」
にこにこと、微笑ましい光景に老人はかくんと付きつけていた指を落とした。
「それで、うちの一族の者は・・・・・…?」
力なく尋ねる老人に、リナはぴっと後ろを指さした。
「さっきから、一緒に聞いてたけど?」
「なに?!」
驚いて振りかえると,確かにそこには三人の同族の者達がいた。リナ達と同じように、あちこちに怪我を負っている。思わず怒鳴り付けそうになって,老人はぐっとそれを噛み殺した。
「………何をしておる?」
低い、だが怒気に溢れた声音に、男達は一斉に頭を下げた。
「いえ、その…。このような時の通信ですので,気になって・・・・……」
「乗せられたの?」
「そ、そのような事は・・・・…」
ぶんぶんと激しく首を振る男達に一瞥くれて、老人はリナ達に顔だけを向けた。
「ばれておっては仕方あるまいな。ここは一旦退かせてもらうとしよう」
嘆息気味に老人が言葉を紡ぐと同時に,眩い光が竜族の者達を包みこんだ。閉じた瞼も突き抜けるようなその眩しさに思わず目を庇う。
「また会うとしようかの」
人を小馬鹿にしたような老人の呟きと同時に,それが消え失せた。
竜族が消え失せた地点を見つめ,リナが鋭く舌打ちした。
「逃げられた。せめてどの辺に本拠地があるかは聞き出したかったのに!!」
悔しそうなリナの頭に,ぽしっと、ガウリィが手を置いた。
「まあまあ,リナ。とにかくゼルが逃げたって事が分かっただけでもよしとしようぜ?」
ガウリィが軽く片目を瞑った。それだけで,リナの中でイライラとわだかまっていた物がすぅっと晴れる。
「そ、ね。とりあえず,ゼルは逃げだした。どこに逃げたかはわかんないけど,隠れて移動するなんてのは得意だもんね」
隠密行動は、ゼルガディスにとっては昔とった杵柄,と言う所だろう。相手が竜族でも,そう簡単に捕まるとは思えない。
しかし、フィリアが訝しげに首を傾げた。
「でも……。捕縛に来た竜族の者達にあそこまでダメージ与える事が出来るなんて,ゼルガディスさんに出来るんでしょうか?」
通信に出た竜族の者は、全身ずたぼろであちこちに火傷のような痕が見えた。たった三人でも苦戦するような相手を,ゼルガディスはたった一人で退けたのだろうか。
フィリアの疑問に、リナはつい考えこむ。だが、すぐに肩を竦めた。
「じゃ、なに?誰か魔族でも力を貸したっての?そんなことしたら、通信なんて出来るわけないとおもわない?」
魔族が、襲った竜族を殺さずにとどめておくとは考え難い。彼等なら,根こそぎ息の根を止めているはずだ。
「でも、じゃあ、ゼルガディスさん、どうやって竜族を追い払ったんですか?いえ、なによりもどうやってあの結界が破れたのか?」
「すとーーーっぷ!!!」
次々と疑問を出すフィリアの口を,リナが両手でふさいだ。
「今はそんなこと言っても埒があかないわよ。判断するには情報が少なすぎるし、なによりそんなことゼルに聞けば一発じゃない?」
ね?と、片目を瞑るリナに、ガウリィがふっと微笑んだ。まるで、その通りだ,と言わんばかりに頭をぐしぐしとなで廻した。
すっとリナがフィリアから両手を離すと,フィリアもまた微笑んで頷いた。
青い空を見上げて,ヴァルが大きく背伸びをした。
「ゼルにぃ。今どこかな〜」
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