許されざる  9


9.嫌疑


 ル・アース公国の城下町から少し外れた所に,一軒の小さな家が建っている。城下町から離れているといっても、そこは街道からほど近い場所。人通りは結構ある。その場所にあるその家は、そういう人達をターゲットにした食堂を開いている。
 その店に、城下町の方から一人の男が歩いてきていた。現ル・アース大公レイス=グレイワーズである。大公宮での華やかな服装ではなく、平凡な青年の服装を身につけている。手に何かをさげ、何やら考え込んだ顔で歩いているのだ。
 そして、店の前に立つと入りかねるようにその前をうろうろし始めた。一歩足を踏み込みかけ、またもどる。しばらくうろついたら、また踏み込もうとする。それを何度か繰り返し、一度立ち止まると、レイスは大きく息を吸った。そして、小さく頷くと意を決して一歩踏み出しかけた。
「何やってるの、レイス。さっきから」
 半分溜息を含んでいそうな声が後ろからかけられた。
「うわあ!!」
 驚いて、一歩下がりながら振り返るレイス。目の前には、呆れた顔で立っている一人の少女がいる。緩やかに波打つ髪を肩のあたりで軽くまとめ、動きやすい服装を見につけている。紫の瞳を半眼に閉じ、呆れた視線で自分の国の大公を見つめていた。
「そんなに驚く事ないじゃない。どうしたの、今日は?」
 冷ややかな少女の問いかけに、レイスが口元を引きつらせたまま手に持った者を彼女に差し出す。
「えっと。新鮮な果物が手に入ったんで、ルーシャと一緒に食べようかなって思って」
 差し出された袋を受けとって、ルーシャは中を覗き込んだ。確かに、中には新鮮なオレンジやリンゴが入っている。
「それで、何があったの?」
 袋から顔を上げずに放たれた一言に、ぎくりとレイスの顔が引きつった。
「な、ななななんのこと?」
「昔っから、言いにくい事があると私の好きな物持ってくるのよね。それで話しが逸れるならそのまま話さないでおこうってつもりで。確か、兄さんがいなくなった時にはケーキだったわ。ちなみに、兄さんからの誕生日プレゼントを無くした時はフルコース」
「っう!」
 冷静なルーシャのつっこみに、あからさまに顔色を無くすレイス。それでは、自分から何か隠していますと言っているようなものだった。
「それで、今回はどうしたの?」
 嘘は絶対に許さない、と瞳に宿らせて、ずいっとルーシャがレイスに一歩近づいた。びくっと、レイスがそれに合わせて一歩下がる。
「まさか,今回も兄さんの事だなんて言わないでしょうね!」
 ぎくっと、レイスの僅かに顔が引きつった。それを見逃すほど,彼女は彼との付き合いが短いわけではない。
「何があったのか、話してくれるわよね?」
 笑顔にのせた脅迫が、これ以上はないほどに怖かった。
 思わず頷きそうになるレイスの視界の片隅に、その時ふと何かが映った。普通なら,見逃しても差し障りのないほどの通りすがり。なのに、異常に心にひっかかった。
「レイス?」
 怪訝な顔をするルーシャをそっと横に押しのけると、すっと先ほど見かけた人物達の前に回り込んだ。

 土色のローブを頭から被った三人の男の前に、レイスが立ちはだかる。
「申し訳ないが旅の方々。これより先は我がル・アースの城下町。そのように素顔を現さずに入ってもらって欲しくはないのですが?」
 完璧に嘘だ。ル・アースには入国者の制限は特にない。要注意と思われる人物には、国境を超えた時点で密かに監視がついてるからだ。
 レイスの要求ははっきり言って、傍若無人以外の何物でもなかった。だが、男達はじっとレイスを見たまま、身じろぎもしない。すっと、レイスが軽く目を細めた。
「これ以上立ち入る事をお断りします。どうぞ、お引取りを」
「・・……っふ。ル・アース大公のレイス=グレイワーズ、か。なるほど、似てないとも言えぬな」
 嘲弄まじりに吐き出された言葉に、レイスの顔が瞬時に冷めたものになる。誰に似ているか言われなかったが、その意味する所は明白だった。レイスがすっと腰を落とし、腰に下げてある剣の柄に手をかける。
「兄さんをどこへ連れて行った?」
 脅しを含んだその声に、男達の一人がフードをとった。短く刈り込まれた明るい金髪が、日の光を受けて輝く。
「………アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンがここにいると聞いたが?」
 男の言葉に、レイスは内心で密かに頷いていた。やはり、向こうから接触を図ってきた。ならば、それを逃す手はない。
「失礼だが、セイルーンの使いとも思えないので」
 教えるつもりはないと言い切ったレイスに、すっと男が目を細めた。
「ならば、勝手に探させてもらおう」
「ま、まて!」 
 すぅっとレイスの横を通り抜けようとするのに、剣を抜き放ち慌ててその前に回り込む。
「僕の質問に答えてもらっていない!兄さんはどこだ!」
「愚かな、人間め」
「え?」
 嘲弄まじりの発言の内容に、一瞬だけレイスの気が逸れた。その刹那、男の手から小さな何かが飛来する。
「っく!」
 キィン!
 正確に眉間に飛んできたそれを寸での所で弾き返した。小さな金属の固まりが地面に落ちる前に、ひゅっという軽い音と共に男の元へとかえる。細い糸が付けられている様だ。軽く下がって、レイスは男との距離を取る。
「邪魔をすれば、命はない」
 背筋が凍りそうな、冷たい声。そこには、感情の欠片もこもっていなかった。ぎりっと,レイスが唇をかみ締める。
「それで、引けるとでも?」
「ならば、死ぬが良い!」
 同時に飛来する、金属のつぶて二つ。
 だが、レイスはそれを避けもせずに真っ直ぐに突っ込んでいく。
「自ら死を望むか?!」
「誰が!」
 すっと見をよじるその後ろから、新たな人影が飛び出してくる。
「…誰を連れて行ったですって?」
 双剣を構えたルーシャが、飛来するつぶてを糸ごと絡めとった。そのまま力任せに一気に引っ張る。不意を付かれた形の男は、バランスを崩して前へと倒れ込む。
「捉えた!」
 男に向かって刃を突き出した。避け切れる距離ではない。瞬間、男がかっと口を開いた。
「ディフレッシャー!!!」
 きゅごぉぉお!
 青白い閃光が二人の間をかすめて、突きぬける。
 おおぉぉぉぉぉ……ごかぁぁぁあああ!!!!
 衝撃と共に、後ろの方から轟音が響いた。
「あああ!!!僕のうちがぁぁぁぁぁああ!!」
 逸れたレーザーブレスが、大公宮の一部を削り取って破壊したのだ。レイスの絶叫に顔を顰めながら、ルーシャが双剣を振って糸を解く。
「何者?」
 小さな小さな呟きに、男達は唇に笑みを浮かべただけだった。


「う、う〜ん」
 小さなうめき声を上げて、アメリアはゆっくりと目を開いた。だが、そこにあったのは闇。自分の目の前にかがげた手さえも見えないような,深い闇の中だった。
「こ、ここは・・・…?たしか、どこかから、滑って行って……」
 ゆっくりと体起こし、2・3度頭を振る。手や足に怪我がないことを確認して、アメリアはゆっくりと立ち上がった。光源がないので何も見えないのは変わらない。
「ライティング」
 ぽぅ。
 小さな明かりが周囲をぼんやりと浮かび上がらせた。そこは、暗い石造りの部屋…ではなかった。
 壁際には天井まで届きそうな本棚に、数え切れないほどの蔵書。棚の上には国宝級のマジックアイテムがずらりと並んでいる。部屋の中央にはいささか小さめの机と、それより五倍ほどの大きさの机が並んで置いてある。その机の上にもまた、ごちゃごちゃと色々なものが置かれている。
「ほえ〜〜」
 思わずアメリアは歓声を上げていた。それほどまでに、その部屋は魔道を学ぶ者にとっては高い価値を秘めているものなのだ。
「でも、なんでゼルガディスさんの部屋から・・・…?」
 そう考えて、何気無く小さな机の方に手を置いた時に,気がついた。そこに、小さな漆黒の宝玉。無造作に投げ出されていたそれが、なぜか妙に気になった。
 すっと手にとってみる。刹那、背筋に悪寒が走った。言い様のないほどの嫌悪感、拒絶、そんなものが直感的に駆けぬけた。
「な、なん……」
 ご、ごごぉぉおお!
 思わずそれを投げ捨てようとした時、足元から衝撃が突きぬけた。下から突き上げてくるそのうねりに、堪え切れずに膝をつく。
 その時、一瞬だけ手が何かに触れた。と、同時にぼぅっと床に明かりがともる。それは、円形の魔法陣でアメリアをすっぽりと包んでいる。
「ほえ?!!」
 まぬけな声を出した途端,光と共に彼女の姿はそこから消えた。


「一体何が目的だ!!」
 衣服のあちこちが破れ、顔に煤を付けたレイスが叫ぶ。赤く輝く刀身も、切っ先が僅かにぶれている。隣に立つルーシャも程度はましなものの、レイスと同じようにぼろぼろになっている。
 あの後、つぶての数を七つに増やされ、さらに波状的に出されるブレス攻撃に翻弄されて、一矢報いることも出来ていないのだ。
 無傷のままの男が、無言のままに両手を僅かに動かしている。それに合わせて、小さなつぶて達がひゅんひゅんと軽い音をたてて回っている。
「最後だ!」
 7つのつぶてが一気に襲いかかってくるべく,動きを一瞬だけ停止した。ざりっと、石を踏みしめて警戒する二人。その時、
「お持ちなさい!!」
 どこからともなく響く声。
 びくっと、その場にいた者達の動きが止まった。フードの男達がきょろきょろと周囲を見渡す。
 レイスとルーシャは、ついお互いの顔を見つめ合わせた。
「…………この声って、聞いたこと有るんだけど?」
「………奇遇ね、私もそう思っていた所よ」
 大きく溜息をついた時、フードの男達が一点を指差した。二人して、恐る恐る顔を向けた。

 はたして、そこに彼女は、いた。


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