許されざる  14


14.誤解


 いまだ二人(+あるふぁ)で旅をしていたとき。ふと何気無く聞いた事がある。
「そう言えば、アメリア。お前の姉さんって、どんな人なんだ?」
「姉さんですか?えっと、年は私より6つ上で、私に黒魔術と精霊魔法を教えてくれたんです。真っ黒な髪と母さん譲りの美貌だって有名でした、けど・・・・。なんでそんな事聞くんです?………っは、まさか!!私より姉さんの方がいいんですか?!」
「違う!そうじゃなくて。急ぎの旅でもないから、ついでにお前の姉さんでも探そうかと思っただけだ。だから、特徴とか聞きたかっただけだ!」
「え、ええ?姉さんを、ですか?」
 戸惑った表情をするアメリアに、ゼルガディスは憮然とした表情を空に向けた。
「まあ、フィルさんの合意があったとはいえ、お前を無理に連れて来た事には代わり無いからな。せめて第1王女の安否くらい、セイルーンに知らせても罰は当たらないだろう」
 ぶっきらぼうに答えるゼルガディスに、アメリアは嬉しそうに笑みをこぼした。なんだかんだいっても、結局はアメリアと国の事を考えてくれているのだ。
「わかりました。姉さんはですねぇ、結構優しい所があって、でも体力的には私よりすごいです!」
「…………お前より?」
「はい!!」
 ゼルガディスが軽く頭をおさえた。アメリアの体力,と言うか頑丈さだけでも驚きなのに、これを上行くと言う。果たして相手は、人間なのだろうか…。
「…………探すの,考え直そうか」
 小さな呟きは幸運にもアメリアの耳には届かず,結局彼女は延々姉の特徴を語りつづけた。
 曰く
 その1、背はガウリィ並みに高い
 その2、頭に響く高笑いを良くする
 その3、ざる
 その4、ときたま魔法が味方に飛んで行く 
 その5、興奮すると目的を忘れる    etc,etc

 ロクな物がなかった・・・・…・・・…。


「まさか、それと鉢合わせるとはな・・・・・・・・・」
 しかもこんな時に。
 ゼルガディスは一人眉間を抑えて,深く溜息をついた。その様子を聞きとがめたナーガが、ぴくっとその眉を吊り上げる。
「ちょっと、まちなさいよ!あなた、一人で納得しないでくれる!一体どういう事か,きっちり説明してもらいますからね!!!」
 自分の事がばれて,すっかり開きなおったようだ。出て行こうとしていたのをやめ、つかつかとベッドに座りこんでいるゼルガディスの正面に立つ。
「説明?」
 不本意ながら見上げる形になったゼルガディスが,訝しげに眉を顰めた。
「そうよ!私の事を知ってる事,アメリアのブレスを持ってる事!どこで知りあって、どういう関係?!そもそも,あなた何者なの!!」
 今にもかみついてきそうなナーガの勢いに、ゼルガディスはやや体を引きながらかすかに眉を顰めた。
「そう立て続けに質問されても困る。それに、あんたがアメリアの姉だからって,全て答える義理はない」
 冷淡に返すゼルガディスに,ぴきっとナーガの表情にひびがはいる。ふるふると震える全身が、彼女の怒りを表していた。それをなんとか押し込めるナーガは,やはり妹には甘いのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、改めて聞くわ。あなたの名前は?命の恩人に名前くらいは教えるのがスジってもんでしょう?」
 一段低くなったナーガの声に、さすがにひねた答えを返す気にはなれなかった。
「………ゼルガディス」
 答えた瞬間,ナーガが凍りついた。
「?」
 怪訝そうに見上げて来るゼルガディスに対し,ナーガはいきなり両手を付きつけた。
「っな!!」
『フリーズ・アロー!!!』
 きゅあ!
 解き放たれた氷の刃が、安物の寝台を貫き、凍てつかせる。紙一重でそれを避けたゼルガディスが、横目でそれを見ながら剣の柄に手をかける。
「なんのつもりだ?」
 殺気、とまではいかないまでも,十分な敵意を含んだ瞳でナーガを睨み上げた。ばさっと、ナーガが自分の黒髪を跳ね上げる。
「それはこっちのセリフよ!"レゾの狂戦士""白のゼルガディス"が、うちの妹に何をしたの?!」
 勘違い大爆発である。慌ててゼルガディスが両手を振る。
「ちょ、ちょっとまて!!」
 確かに自分の名は表よりも裏の方が良く通っている。しかし、まさかそれを一国の王女が知っているとは思わなかった。外見はともかく、かなり裏の情報に精通しているようだ。
 妙な感心をしていると、ナーガが再び手の平をこちらに向けた。
『フリーズ・ブリッドォ!!』
 ごがぁぁぁ
「っく!」
 横に転がりながらなんとかそれを避ける。彼がいた場所の床が、破壊され凍てついた。狭い宿の中で、平気で呪文を連発するその神経に、ゼルガディスは寒気を覚えた。
 とにかく、このままでは他の人間を巻き込みかねない。
「……は、話しを…!!」
『ダム・ブラス!!』
「っちぃ!!」
 どがぁぁぁああ!!
 伏せたその後ろの壁が、振動を受けて粉々に砕け散った。
 いち早く身を起こしたゼルガディスが、ひらりとその向こうに身を躍らせる。
「待ちなさい!!」
 続けてナーガも飛び降りた。二階から飛び降りたというのに、対した衝撃もなく二人とも走り去っていく。
 その後ろ姿を、宿を半壊させられた宿の主人が呆然としながら見送っていた。


 全力疾走をする事数十分。街を抜けて、木がまばらに生える街道外れに辿りついた。後ろからは,相変わらず追いかけて来る常識外れの気配がする。
「待ちなさいぃぃいい!!」
 と言われて本当に止まるゼルガディス。思わず勢いつきすぎて、その横を駆け抜けてしまったナーガ。慌てて振り帰ると、呆れたようなゼルガディスの瞳とぶつかった。
 切れた息を整えもせず、ナーガはぎろりとゼルガディスを睨みつけた。
「ぜーはー…、っふ。…よ、ようやく…ぜーはーぜー。あきらめたようね!!っう!げほげほ!」
 息切れしているのに勢いこんで喋ったために、思わずむせ返る。思わずつっこみそうになるのをぐっと抑え、ゼルガディスが軽く両手を持ち上げた。
「ちょっと話しくらい聞いたらどうだ。手当たり次第破壊しまくりやがって・・・・・…」
「うっさいわね!あなたにそんな事言われたく無いわよ!!」
 半眼になったゼルガディスの言葉に、真っ赤になったナーガが怒鳴り返した。
「大体、ひょこひょこ避けるあなたが悪いんじゃない!」
「誰だって避けるわ!!」
「おーっほっほっほ!まあいいわ!!」
「何がいいんだ、何が・・・…」
 会話になり得ない応答をするナーガに、ゼルガディスが軽い眩暈を覚えた。それを無視して、ナーガが豊かな胸をはる。
「この白蛇のナーガから逃げ切れるなんて思わない事ね!!さあ、おとなしくつけ代払って貰いましょうか!!」

 ひゅ〜〜〜
 
 虚しい風が一陣通りぬけた。
「ちょっとまて!目的が変わってないか?!!」
「問答無用!!ヴ・レイワー!!」
 ナーガの呪文に答えて、石竜が四匹、地表から這い出してくる。異様な容姿を取るそれらが、ぎろりと地表にいるもの達を睨み受けた。そう、地表にいる者達、を。
「………え?」
 ナーガの声が、妙に大きく聞こえた。
 次の瞬間、石竜が二人に向かって急降下する。
「うわ!!」
「きゃぁぁぁああ!!」
 なんとかそれを避けるが、攻撃を食らった地面がえぐれて粉々に砕け散っていた。思わず顔を見合わせるゼルガディスとナーガ。
 一拍の間。
 次の瞬間、空中に舞い戻っていた石竜が次々と攻撃を繰り出し始めた。
「っと!…っくぅ!おい!!コントロールはどうした、コントロールは?!!」
「きゃぁ!…そ、そんなの!うきゃ!みて分からないの?!!」
「だったら…、ちぃ!なんで呼び出すんだ、こんなもの!!!」
「決まってるじゃない!……考えてなんかないわよ!!」
「いばるなぁぁぁああ!!!」
 口喧嘩をしながらもひょいひょいと攻撃をかわす二人。ナーガの方は、何回かかすってはいるようだが、気にする様子もない。しかし、周囲の景色は確実に荒廃していっている。
「おい!あれを引っ込められんのか?!!」
「できればやってるわよ!」
「だぁぁあ!もう!!」
 ゼルガディスがいらいらと頭をめぐらした。 
 似ていない似ていないと思っていたが、彼女とアメリアは間違いなく姉妹だ。自分から多大なトラブルは引き起こすが、結果と規模を頭にいれていない。そして、否応なく後始末に借り出されるのは・・…。
「また、俺か!」
 諦めというか悟りというか、怒りもまじリあった声で、ゼルガディスは叫んだ。しかし、叫んだところで解決するわけでもない。
(リナでもいれば、ドラスレ一発でカタはつくんだろうが・・・…)
 それにしても呪文を唱える時間がない。絶え間無く繰り出される攻撃を避けるのにも限界がある。誰かが時間をかせがなくてはならない。
「おい!ナーガ!!」
「なによ!!」
 いきなり呼び捨てにされて、不機嫌あらわにナーガが振り返る。その腕を掴むと、上空で睨みをきかせている石竜に向かって
「ちょっと、いってこぉぉい!!」
 ぶん投げた。
「きゃぁぁぁああああああ!!」
 与えられた餌に群がる鳩のように、石竜達がナーガに向かっていく。
 その隙に、ゼルガディスが呪文を唱える。
 ――凍れる森の奥深く 荒ぶるものを統べる王 
    滅びを誘う汝の牙で 我らが道を塞ぎしものに 
     我と汝が力もて 滅びと報いを与えんことを
『ゼラス・ブリッドォ!!!』
 ぐごがぁぁあああ!
 光りの帯が石竜を絡めとり、粉々に打ち砕く。
 地に降り注ぐ岩の欠片を見つめ、ゼルガディスはほっと肩の力を抜いた。
「………おさまったか」
 ついでに,あの哄笑女も。アメリアには、出会わなかったとごまかしておこう。
 声にせずに一人納得し、ゼルガディスがその場に背を向けた。刹那,
「おーーっほっほっほっほっほ!!やっと片付いたようね!でも、この程度の腕前であたしに勝ったなんて思わない事ね!!…………きゅぅ」
 背中に響く人が倒れる音に、ゼルガディスは軽く溜息をついた。
「捨てて行きたい・・・・・…」
 それができないのは、やはり彼女がまがりなりにもアメリアの姉だからだろう。ゼルガディスは、暗澹たる面持ちでナーガを担ぐべく,身を翻した。

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