許されざる 15
15.辿道
「さて、と………」
「さて、と。じゃありませぇぇぇええん!!」
落ち着き払ったリナの言葉に、フィリアの怒声が重なった。ほうっておけば、またぞろ鈍器を取り出しかねない。
「な、な〜によ。ちょっと、空気を軽くしようって思っただけじゃない」
フィリアの剣幕に頬を引きつらせながら、リナがちょっと後ずさった。世界広しといえども、リナを後退させられるのは両手を使って余りある。さすがに相手が馬鹿力の黄金竜では、リナも相手が悪いらしい。
「なにが『ちょっと空気を軽く』ですか?!この状況で、よくそんなにのんびりしてられますね!!」
フィリアの怒鳴り声に、両耳を押さえる。風穴が開いているとはいえ、密閉空間でのフィリアの大声は脳天に響くのだ。
フィリアは大げさに両手を広げると、今自分たちがいる空間を指す。
「何が一体どうやったらこんなになるんですか?!なんで密閉空間でこんな大規模な破壊がされてるんです!?これじゃあ、ゼルガディスさんの逃げた手がかりさえもわからないんですよ?!!それなのに……」
フィリアの説教を適当に流しながら、リナも周囲に視線を送った。
そこは見事な破壊の後。
地面はえぐれ、天井は崩れかけている。これでフィリアあたりが大暴れすれば、3秒とたたずに崩壊するだろう。
そう、彼らは今、3日前までゼルガディスが囚われた場所に来ていた。
―3日前―
ぴこーんぴこーんぴこーん。
「うわ!びっくりした!!」
いきなり光だしたフィリアの腕輪に、ガウリィが食べていた骨付き肉を落とした。まあ、普通食事中にウル○ラマンのカラータイマーのような音が聞こえてきたら、驚くだろう。しかも、光っているし。
リナもヴァルも驚いて、食事の腕を一時止めている。
「通信ですね」
一人冷静なフィリアが、なれた様子で腕輪に指を走らせた。
光が収束し、鏡のような通信盤が現れる。揺らめくような画像が、やがてゆっくりと像を結んだ。
『久しいな、人間たちよ』
「挨拶はいいわ。なにかわかったの?」
画面に現れた竜族の言葉を半ば遮り、リナは持っていたフォークを野菜に突き刺した。やけ食いの途中なので、ちょっとイラついているらしい。
『よかろう。先ほどここドラゴンズピークより西。ヒラリア高山で妙な爆発があった。まだ詳しい調査はしていないが、時期が時期なだけ気にかかる』
ミルガズィアの言葉に、リナがにっと口元をゆがめた。
「OK。まずそこで間違いないと思うわ」
『なぜそう言いきれる?』
不敵な笑みを浮かべたリナに、ミルガズィアが眉をひそめた。リナの横からフィリアが答える。
「あ、それは…。どうもゼルガディスさんが騒ぎを起こしたらしくて」
『どういうことだ?』
「それが………」
ミルガズィアに向かって説明しだしたフィリアをおいて、リナはサラダをつつきながら考え込む。その横で、ガウリィが妙に真剣な顔をしながら考え込んでいた。
「なあ、リナ………。あの人・・……」
「シャラップ!!『あったことなかったけ?』とか『誰?』とかなら聞かないわ!!」
「………う、わかった」
黙りこむガウリィ。そんな事しか考えてなかったらしい。
「ねぇねぇ、リナ。ゼルにぃの場所、わかったの?」
口の周りにソースをつけたヴァルが、口をもぐもぐ動かしながら二人を見上げた。リナが指で栗色の髪をぽりぽりと掻く。
「ん〜。多分、もうそこには誰もいないでしょうね。そこまで大騒ぎおこしといてのんびり悠長にしてるんなら、はっきりいって、馬鹿ね」
『ふ〜〜〜〜〜ん』
ダブルで頷くヴァルとガウリィに、リナは軽く額を押さえた。
「だけど、まぁ。手がかりが他にないんだから、一応はそこに行ってみましょ」
一人結論を出すと、持っていたフォークでぴっとフィリアを指す。ちょうど話が終わっていたらしいフィリアが、いきなりでちょっと引いている。
「って訳だからフィリア!がんばってね!」
「えぇーー!!飛ぶんですかぁ?!」
「当然じゃない。せっかく乗れるもんがあるのに」
「竜族は乗り物じゃありません!!それに3人って結構重いんですよ?!!」
「だぁいじょうぶよ!昔のゼル一人分ぐらいじゃない?」
「十分ですよ!!」
『あー、ごほん』
「そんな事言って…。フィリアはゼルの事心配じゃないの?!あたしは一刻も早くその行方が知りたくて言ってるのに、フィリアは心配じゃないのね!!」
「そ、そんな事は言ってませんけど……・・」
『…………』
ささやかな自己主張を無視されて、ミルガズィアが寂しそうに黄昏ていた。フィリアの通信機で話しているため、他に移動する事もできない。
結局、リナがフィリアを言い包めるまで、彼はそのまま無視されつづけた。竜族の長なのに……。
ちなみに、ガウリィとヴァルは無心に食事を続けていた。
そんなこんなで、彼らは今、その場所にいた。
「お〜い、リナぁ。ここなんだぁ?!」
先のほうを歩いていたガウリィが、崩れかかった残骸に足をかけてリナ達を振り返った。
「あ、ほら。なんかあったって!」
「あ、リナさん!!」
リナは一方的に話を打ち切ると、これ幸いとガウリィに向かって駆け出した。すぐにフィリアも続く。
ガウリィの横から部屋を覗き込むと、そこにはきらめく絨毯があった。
「フィリアぁ。これ全部、水晶だ」
黒い翼でその上を飛んでいたヴァルが、ばさりと3人の前に降りてきた。リナが落ちている破片をひとつ拾い、フィリアに投げる。
「見覚えは?」
受け取ったフィリアは、軽く眉をしかめた。
「いえ……。でも、すごく力を感じますね。抜け殻のような、残りかすみたいな感じですけど………」
フィリアの言葉に、リナは小さく頷いた。
「やっぱり、ここにゼルはいたようね」
一歩部屋に踏み入ると、じゃりっときらめく水晶の絨毯を踏みつける。そのとき、ふわりと髪が流れた。
自分達が来たのとは違う方向から、風が流れてきていた。
風の道を辿ると、壁にぽっかりと穴があいていた。まるで削り取られたような跡に、指をはわせる。
「ここから逃げた・・……?」
「おおー。すっごい眺め」
つぶやくリナの隣で、ガウリィが眼下に広がる光景に大きく伸びをした。はるか下方に青々と茂る森が、延々と広がっている。
(こんな時にこの男わぁ!!)
思わずリナが握り拳を握り締めたとき、
「ん?何がある」
「え?どこですか?」
指差すガウリィに、フィリアも同じように目を向ける。
「………何も見えないんですけど」
「いや。ちっちゃいけど、村だ」
きっぱり断言するガウリィに、リナはぽんっとフィリアの肩をたたいた。
「いちいちそんな事に驚いてもしょうがないわよ。この男が言うなら、村があるんでしょ。とりあえず、そこに行ってみましょ」
あっさり言いきるリナに、フィリアは一瞬あっけにとられた表情をした。が、すぐに小さく笑みをこぼす。
「そうですね。お付き合いが長い人の言葉に従いましょう」
「ちょっと!なんか誤解招きそうな言い方、やめてよね!!」
「はい」
「その嬉しそうな笑顔も!!」
「はいはい」
「なにやってんだ、二人とも?」
「うるさい!!行くわよ!!!」
のほほんとした声をかけたガウリィを怒鳴りつけると、リナは一人断崖をけった。
「あ、おい!!俺はどうするんだよ!!…………なに怒ってんだ、リナのやつ?」
首を傾げるガウリィに、フィリアは一人笑いをこらえていた。
そこは、特に何の特徴もない、言いかえればド田舎の辺鄙な村だった。ただ、どこからともなく大工仕事の音が聞こえてくる。
「なんでしょうかねぇ、あれ」
「さあ?行ってみる?」
フィリアとリナが顔を見合わせ、音の方向に足を向けた。後ろには、文句も言わずにそれを追う2人。
たいした距離を歩く事もなく、4人は工事現場に到着した。
そこは、2階部分の一部が吹き飛ばされた、小さな宿だった。
そこら辺を歩いている男を捕まえて、半壊した宿について尋ねる。
「ちょっと。これ、どうしたのよ?」
「ん?ああ、これか。いや、2日くらい前に大酒のみで高笑いする変な露出狂女が、ほそっこい男を担ぎこんだんだが。次の日、二人して宿を半壊させまんま、宿代酒代食事代踏み倒してとんずらしたんだってよ。ひでぇ世の中だよなぁ」
さーーーーーーーーーー
リナの顔から音を立てて血の気が引いていく。
「そ、その変な女って、黒のビキニにすっごい趣味の悪いショルダーガードとかつけて、ウォッカをジョッキでのむようなやつ?」
「そうそう。よく知ってるな、嬢ちゃん。知り合いか?」
「ぜんぜん!まったく!見た事もないわ!!!」
激しく首を振るリナに、男は疑惑のまなざしを向ける。
「そうか?その割にはえらい詳しいように感じたが……」
「た、旅の途中で聞いたのよ!そんなのがいるから気を付けろって!!」
「そういうものかな」
結構無理のある言い訳だと思うのだが、男は深く追求する事もなくそのまま一行を離れていった。
「………なあ、リナ。その女が連れてたほそっこいのって、ゼルの事だよなぁ?」
「そうですよねぇ。他に考えにくいような………」
不思議な沈黙を続けるリナに、フィリアとガウリィがやや拍子抜けのような表情でつぶやく。意外なところで意外に手がかりがつかめたので、ちょっと気が抜けているようだ。
が、しかし
「帰る」
くるりとリナが身を翻した。
「あ、そうですか………。って、えーーーーーーーー!!!」
「おいおい、リナ!」
慌ててフィリアとガウリィが両方から、はっしとその腕をつかむ。
「いやぁぁぁ!離して!!この話し、下りるぅぅぅうう!!」
「なに言ってるんですか、リナさん?!ゼルガディスさんはまだ危険なんですよ?!」
「そうだぞ、リナ!そんなわがまま言ってる場合じゃないだろ!」
「いやよ!!大体ゼルはもう結界に閉じ込められてないんだから、アメリアとかミルガズィアさんとかと一緒なら平気じゃない!!」
「そんなわけないじゃないですか?!相手は竜族なんですよ?!!」
「だから、ドラゴンズピークでどうにかなるでしょうーーー!!」
「なにをそんなに嫌がってんだよ?!」
「あの女に関わったら、あたしが不幸になるのよぉぉぉおお!!!」
全力で暴れるリナに、フィリアとガウリィは顔を見合わせた。
以前彼女が恐怖するという珍しいものを見たが、今回のは恐怖というより嫌悪だ。限りなく恐怖に近そうだが……。
「…………お知り合いですか?」
「知らない!知り合ってない!見てもない!聞いた事もない!!」
「その割には詳しすぎるぞ、お前………」
呆れる二人に、リナはきっと目を向けた。
「そう言うけどね、出会った事を後悔する人種は存在するのよ!そのあとで、何言ったって遅いんだからね!!」
怒鳴るリナのマントを、ヴァルがくいっと引っ張った。
「あによ?」
不機嫌な面持ちで見下ろすと、ヴァルは無言で後ろを指差した。
くるり、と3人そろって振り返る。
そこには、顔面をどす黒く変色させた大工道具と調理用具を持っている、奇妙な男がたたずんでいた。
「…………どちら様で?」
あまりの怪しさに、つい丁寧口調になるリナ。男が、ずいっとその目の前にフライパンを突きつけた。
「怪しい怪しい思っていたら、お前達、あの女の知り合いだったんだな!!」
「へ?」
一瞬ぽかんとしたリナに、今度は逆の手に持っていたのこぎりを突きつける。
「ちょうどいい!あいつらが踏み倒したツケと、宿の修理代!!あんたらに代わりに支払ってもらおうか?!!」
男の言葉に、ひくっとリナの頬が引きつる。
「冗談じゃないわ!!なんであたしがナーガなんかのツケを肩代わりしなくちゃいけないのよ!!!」
「名前を知ってるなら、知り合いだろうが!!」
「ああ!しまった!!」
思わずナーガの名前を出してしまった事が運のつき。店を破壊され、営業に支障が出ている男の勢いはすさまじかった。それこそ、リナを一歩引かせるほどに。
結局、いくらかの金を置いていく事になり、その上村からも叩き出されてしまった。
仕方なく、今夜は野宿になる。
「リナさんの知り合いって・・……」
「言うな」
「お布団で寝れないのぉ」
呆れ気味の二人の言葉と、無邪気なヴァルの言葉が背中に痛かった。
「あたしのせいじゃないのに〜〜〜〜〜〜!!!!」
焚き火の前で、魚がこんがりと焼けている。
それも数十本。それがたった3人の腹の中に、吸い込まれるようにきえていく。
山積みになっていく串を横目で見ながら、フィリアが静かにお茶をすすった。満腹になったらしいヴァルが、フィリアの膝元に座り込む。
「それで、リナさん。これからどうします?」
半ばやけで魚をがっついていたリナが、最後の串を放り出すと、口元を布でぬぐった。
「ナーガを追いかけるわ。あいつの事だから、金づるになりそうなゼルと早々別れるわけないと思うから。別れてても、いくらか情報は聞き出せるでしょ………。多分」
(なんかリナに似ている<異口同音×3>)
と、その場にいた誰もが思ったが、誰も口には出さない。賢明な判断だ。
「はぁ。でも、いいんですか?お会いしたくなかったんじゃ………」
「…………立て替えたツケ代は、きっっっっちり、取り立てるに決まってるじゃない!」
こめかみに怒りマークを浮かべたリナが、ぐっと握り拳を握った。後ろに燃える、取立ての炎。
「幸い、あれは目立つから、追う分には問題ないわ。問題があるとすれば………」
「向こうにも目立ってるって事か……」
リナの言葉にガウリィが相槌を打った。
思わず頷きかけ、はたとリナとフィリアがとまる。
「ってガウリィ!なんてまともな事考えてたの?!!」
「大丈夫ですか、ガウリィさん?!!もしかして、熱でも!!」
「お前らなぁ………」
あまりな二人のリアクションに、ガウリィはがっくりと肩を落とした。そのまま地面にのの字を書き始めてしまう。
「ま、確かにその通りなんだけどね」
拗ねるガウリィをさらりと無視して、リナはフィリアを振り返った。
「急いで探さないと、また捕まりましたって事になりかねないわ」
ヴァルの髪をさらさらとなでながら、フィリアが頷き返す。
「そうですね。明日から急がないと」
「それにしても、あのでっかいあなぐら一体なんだったの?」
「あ、あなぐらって・・……。一応、神殿の仮作りって感じでしたけど、結構造りがしっかりしてましたから昔からあったものじゃないかと…・・」
「ふーん。じゃあ、次の隠れ場所もそんな場所だと思う?」
「さあ。本当にあの方達の事は、よく知らないので……」
「そっか。まあ、ガウリィの野生の感にでも頼ってみるかな?ね、ガウリ……」
「ぐーーーーーー」
「寝るなぁぁああああああ!!!」
今日も元気に、星空にリナの叫びがこだました。
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