許されざる  18


18.故郷


 近くに見える大公宮を見ながら、ゼルガディスはゆっくりと辺りを見渡した。あまり観光名所のないル・アースの街道の為、人通りは少ない。
 真昼だというのに、人の影はぽつぽつとしか伺えない。
 その街道に似つかわしくない、所々に見える火の燃えたあと。そして抉られた地面。けして古くないその痕跡は、明らかに戦闘でできた物だとわかる。
「……何かあったか」
『どうします?』
 顔を顰めたゼルガディスに、レゾがそっと尋ねて来る。そのなかには、同行の女性に対することも含まれているだろう。
 ル・アースは元来情報収集によって生きる国。その中枢は門外不出とされ、国営は最高機密でもある。
 その場に、まさか大国のしかも次期女王候補を連れていくわけにもいくまい。
「…………あんたがくれた道を使うか」
『ああ、なるほど』
 こそこそぶつぶつ呟いているゼルガディスにまったく気付かず、ナーガは遠くに見える城に向かって手を翳していた。
 そーっと、その後ろを気配を殺してゆっくりと遠ざかっていく。

「それで?これからどうするのよ?って、いないー!!」
 振り返ったナーガが、素っ頓狂な声をあげた。それはそうだろう。今まで真後ろにいたはずの人物が、影も残さずに消えているのだから。
「おーほっほっほ!やはり私には言えない事があるようね!その正体、この白蛇のナーガが暴いてあげるわ!!おーっほっほっほっほ!!!」
 街道のまん中で高笑い(エンドレス)を繰り広げるナーガに、街道を歩く旅人達が気の毒そうな視線を送っていた。
「可哀想に。男において行かれたんだよ」
「悪い男に騙されて…」
「ああなったら、いくらいい女でもなぁ」
 そんな声にまったく気付かず、ナーガは勝利の確信にうち震えていた。
「まっていなさい!この私からは逃げられないんだからー!」
 ナーガの叫びに、旅人達はそっと目を見交わした。
「男も気の毒にないぁ」
 ある意味、的を得た発言であった。


 大公宮にある、会議室。
 円卓を囲み、国の重臣達が年若い青年の声に頭をたれていた。
「これから後、ル・アースの全力をあげて情報を集めてください。これは国を上げての総力戦です。僕らができる、魔族に対しての……」
「承知しました、陛下」
 苦々しい青年の言葉に、重臣達が重々しく頷いた。魔族に対する戦い。武力のないル・アースが魔族に対して叛意を表せば、滅ぼされるか、それとも鼻で笑われるだけか。
 分の悪い賭けである事にはまちがいない。
「……もしかしたら、国ごと滅ぼされてしまうかもしれない。しかし、負けるわけにもいかないんだ。だから…」
「物騒なことを話しているな、レイス?」
 突然、会議室に第3者の声が響いた。
 関係者以外何者の侵入を許されないように作られたこの場所に、あってはならない事だ。
「何者だ!」
 がたがたと椅子を蹴倒し、重臣達が一斉に立ちあがる。殺気立つ空気のなか、会議室の扉がゆっくりと静かに開き始めた。
 徐々に姿をあらわす侵入者の姿。
 それに伴い、明るくなっていく中央の青年の顔。
「………久しぶりに帰ってみれば、大層な歓迎ぶりだな」
 重臣達の目に、懐かしい姿が映る。
 皮肉げな笑顔の、銀髪の青年。その目は空を映したような青。もっとも、右目は髪に隠れて見えないが。
 昔から母親似と言われていた少年は、今は青年の姿になっていた。
「ぜ、ゼルガ…」
「にいさん!!」
 誰かが彼の名を呼ぶ前に、陛下と呼ばれた青年が机を飛び越え走り出した。そのまま、白い巻頭衣に縋りつく。
「にいさん!ごめんなさい!ぼくは…ぼくが!」
「……いい年して、泣く奴があるか」
 苦笑を含ませて、飛びついてきた青年の頭を軽くたたく。今まで厳しい顔をして命を下していた姿は跡形もなく、青年はただひたすら泣きながら頭を下げていた。
「……無事のご帰還、お喜び申し上げます。――――ゼルガディス様」
 しばし、呆然としていた重臣の一人が、意を決して一歩前に出た。その言葉に軽く頷き返し、ゼルガディスはわしわしと青年−レイスの頭をかき混ぜた。
「さて、俺への伝言の意味を教えてもらおうか?」
 ゼルガディスの言葉に、レイスは涙を拭い頷いた。


 アメリアが攫われた時の様子を聞き、ゼルガディスは一人頷いた。
「ようするに、あいつは攫われた。というより、話から聞くと付いて行ったようだな」
「うん。特に戦闘の気配もなかったし、姫にも怪我をしている様子はなかった」
 レイスの言葉に、ゼルガディスは軽くため息をついた。
 ゼロスと獣王に何を言われたか知らないが、魔族の誘いにほいほいついていくとは。素直なのはいいが、それにも限度という物があろう。
(しかし、何に吊られたんだ?アメリアの事だから、多少の事では魔族についていくとは思えんしな)
『しかし、ゼルガディス。彼女の事ですからあなたの名前が出れば一も二もなくついていくような気がしますが』
 レゾの指摘に言葉が詰まる。ある意味一直線な少女の笑顔が思い出された。
 口元を覆い、考えこむ。その様子に、誰も口を出せずに会議室に沈黙が落ちた。時がただ流れすぎていく、かに思えた。
「きゃーーーー!!」
「うわぁぁぁああ!!」
「おーっほっほっほっほ!!」
 大層な喧騒と共に、床が揺れ、ぱらぱらと誇りが降って来た。
「な、なにごとだ!!」
 慌てて立ちあがるレイスと重臣達。窓に飛びつき、締め切っていたそれを開け放つ。そして、眼下で繰り広げられている光景に、言葉をなくしていた。
 それに対し、一人椅子から立ち上がれないゼルガディス。見なくても、何が起こっているのか分かってしまう。
「ここまで来るか?」
 がっくりと肩を落とすゼルガディスに、レゾが苦笑を浮かべた思考を送ってきた。
『まあ、アメリアさんのお姉さんですし、彼らの娘ですからねぇ』
 どうやらフィリオネルとその妻の事も知っているらしい。レゾの発言に痛くなった頭を抑えていると、さらに衝撃が来た。
「……人んちだと思って、遠慮なくやりやがって」
 こめかみを引きつらせたゼルガディスの言葉に、レイスが振りかえった。
「にいさん!心当たりがあるならどうにかしてよ!このままじゃ城が壊れる!」
「人に頼る前に行動しろ!ここはお前の守る国だろう!」
 目に涙を浮かべた従弟の発言に反射的に言葉を返しながら、ゼルガディスは立ちあがっていた。レイスの隣に並び、窓の外を見る。


 そこは、城の中に設けられたいわいる中庭だった。
 今の季節ならばバラの花が咲き乱れているはずだが、いまはその花々は凍りつき、別の場所では地面が抉られている。
 中心に立っていたのは、想像通りの人物。
「さあ、ゼル!とっととでてきなさい!ここにいるのは分かってんのよ!……多分だけど」
「………知り合い?」
 ぴくぴくと口元を引きつらせているゼルガディスの顔色を伺いながら、レイスがそっと尋ねる。
「……うちの国のお得意様だよ」
 渋いゼルガディスの言葉。それに頷き、レイスは少し考え込んだ。その表情に、ゼルガディスの中でなにかが弾ける。
「レイス?」
「僕、ちょっととめてみる」
 すっと表情が締まる。その顔は、さっきまでゼルガディスに泣きついていた時とは別人だった。国を背負う覚悟を決めた顔。
「…………そうか」
 ゼルガディスに了解を得、レイスは窓から身を躍らせた。3階から、魔術を使わずその身のこなしだけで地面に降り立つ。
 不意に降りてきたレイスの姿に、ナーガは破壊活動を止め向き直った。
「ちょっとあなた!ここにゼルガディスっていうなよっとした女顔の根暗そうな目つきした銀髪の男がきてるでしょ!隠すとためにならないわよ!とっととこの白蛇のナーガの前に出しなさい!!」
 高圧的なナーガの発言の内容に、レイスは頬を引きつらせた。頭上でゼルガディスがどんな表情をしているのか、想像しただけでかなり怖い。というか、側にいる重臣達に思わず同情してしまう。
 なんとか表情を引き締め、目の前の人物に向かって一礼する。
「お初にお目にかかります。僕はこの国の大公レイスと申します。我が大公宮にお知り合いがおいででしょうか?」
 冷ややかな青年の声に対し、ナーガは平然と胸を張った。
「ここの先代の大公に用があるのよ。今すぐに連れてきなさい!でないと、力づくでも引っ張り出すわよ!」
 両手に魔力が集まり、そこに冷気が集う。その様子に動揺のそぶりも見せず、レイスは冷ややかに腕を組んだ。
「それは構いませんが。あなたが力に訴えられるのなら、こちらも相応の手段を取らせて頂きます。いいですか?」
「ふん!たかだか青二才のお坊ちゃまが、何を…」
「我が国は、これより後一切のあなたからの依頼を拒否します!」
「な!!」
 レイスの宣言に、ぶひゅっという音と共にナーガの手の中の魔球が消滅した。それはそうだろう。ナーガにとって、ル・アースからの情報は貴重な物が多い。
 国に帰ったとしても、今の情報網は使っていくつもりだったのだ。それほどまでに、貴重な情報源。
「そ、そんなこと!」
「……それで構わないならどうぞ」
 冷静なレイスの言葉に、ナーガは完全に戦意を喪失していた。悔しそうに歯噛みしながら、レイスを睨みつける。
 と、そのレイスの表情に、ふとある面影が重なった。ぴんと、ナーガの脳裏に閃きが走る。
「……親戚一同やな家系ね!」
「ありがとうございます」
 ナーガの嫌味に、レイスは満面の笑みで答えた。


「ほう。なかなか言うようになったな」
 その光景を上から見ていたゼルガディスが、ふっと小さく笑った。弟の成長が嬉しくて仕方がない、そんな表情だ。
『あなたの後をついて、泣いていてばかりの子でしたからねぇ』
 レゾもまた、面白そうにその光景を眺めている。重臣達も言葉少なく眺めているが、彼女の正体がセイルーンの第一王女と分かれば真っ青になるだろう。
 もっとも、レイスはかわらず同じ言葉を繰り返すだろうが。
 そう考え、ゼルガディスは誰にも気付かれないよう、そっと窓から身を離した。
『行くのですか?』
(ああ。この国に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない)
 自分がここにいれば、いずれ魔族竜族どちらかがちょっかいをかけてくるだろう。その前に、別の場所に行く必要があった。
 恐らく、ここにいてもアメリアの足取りは追えないだろう。それに、連れ去られた時の様子から、いずれ向こうから接触してくる可能性も高い。
 そう考えていた、その時
「おい!アレはなんだ!!」
 重臣の一人が空を指差した。それに続き空を見上げた重臣達が、声を呑む。多少の事では驚かない老練な者達が、息もできずにそれを眺めている。
「まさか!」
 ゼルガディスが再び窓に貼りつき、指差された方向を見上げた。

 そこに輝く、黄金の光。
 一つではない。5つほどの点が見える。
 

「遅かったか!」

 舞い降りてくるそれらを見ながら、ゼルガディスは窓から飛び出した。


「………竜族!」
「…また来たのか!」
 同じように空を見あげていたナーガの呟きに、レイスの苦い言葉が重なる。その言葉に、ナーガは目を見張った。
「また?この国って、竜族と戦争でもしてるの?」
「まさか!向こうからふっかけて来ただけだよ!にいさんと、アメリア姫に!!」
「なんですってぇ!」
 ナーガの驚きを無視し、厳しい表情のままマントの下から剣を抜き放つ。相手が降りてくる前から臨戦態勢だ。
「竜族と……」
 小さく呟くナーガの横に、白い影が並んだ。
「そういう事だ。巻き込まれたくないなら、とっとと俺から離れることだな」
 ばさりと白いマントを翻したゼルガディスの言葉に、ナーガはきっと目を吊り上げた。
「冗談じゃないわ!うちの妹が狙われたのよ!」
 ぎりっと唇を噛み締め、舞い降りてくる黄金の輝きを睨みつけた。正確に言うと竜族が狙っているのはゼルガディスだが、話がややこしくなりそうなので黙っておく。
「………助太刀なら歓迎だが、傍迷惑な魔術だけはやめてくれよ」
「そんなの、私に言わないで!!」
「にいさん、それって………(汗)」
 なんとも心許ない会話を交わしつつ、3人は空を見上げていた。

 敵は、既に目の前だった。


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