許されざる 19
「ここは場所が悪い。移動するぞ!」
ゼルガディスが、点から肉眼で確認できるほどになった金の塊を睨み付けながら呪文の詠唱に入った。
「移動するって、でもここに来るんじゃぁ?!」
目をむくレイスに、ちらりと目を向ける。
「やつらの狙いは俺だからな。出て行けば追いかけてくるさ」
「やっぱりアメリアを巻き込んでいるわけね」
同じく詠唱に入る前に、ナーガが軽くゼルガディスに一瞥をくれた。
「後できっちり説明してもらいますからね!」
「後でよければ」
一瞬視線を交差させ、お互いに微笑を浮かべる。
「行くぞ!」
ゼルガディスが飛び立とうとした瞬間、
きゅごぉぉぉおおお!
正面の竜の斜め下から、真紅の光線が貫いた。
「っな!」
ゼルガディスとナーガが、驚きで息を呑んだ。同時に、呪文で形成されていた風のマントが解ける。
「あれは・・・・・・ドラグ・スレイブ?!」
レイスが、手をかざしながら呟く。
「でも、竜の群れにいきなりぶっ放すなんて、いったいだ・・・・・んあ!」
「・・・・・・・・その想像で当たりだろう」
眉間にしわを寄せた二人を横目に、ナーガがあきれたように息をつく。
「無茶な知り合いがいるのねぇ。あんなことするの、リナくらいだと思ってたわ」
ナーガの呟きに、今度はゼルガディスとレイスが唖然と顔を見合わせる。
「って、あなたもリナさんとお知り合いなんですか?!」
レイスの言葉に、ナーガは張っている胸をさらに張った。
「知り合いじゃないわ!私とリナは永遠の、そして宿命のライバルよ!!」
そこまで言い切り、ふと顔をしかめる。
「あなたも・・・・・って、もしかしてあんた達も?! って、まさか、あれもリナなの?!」
ぎょっとした顔で、二人から空へと視線を移す。
5匹の竜の一匹に当たったらしく、弱々しく羽ばたきながら失墜していくものがいる。
まっすぐこちらに向かってきていた竜が、こちらと砲撃地点のどちらに行くべきか迷っているらしく、その場で滞空している。
「・・・・・ほーっほっほっほ!ここで会ったが100年目!」
いきなり高笑しだしたナーガに、びくりと二人が肩をすくめた。
「今日こそ長年の決着をつけてくれるわ!リナ=インバース!!」
「そっちかよ!」
「待っていなさい、リナ!今日こそあなたの大草原より平らな胸に海よりも深い後悔を刻んであげるわ!」
ばさり、とマントが翻る。
その後姿を見つつ、眩暈を抑えたゼルガディスにレイスがこっそりと囁いた。
「大丈夫、兄さん」
「いや、いっそこのまま倒れてしまいたい」
こめかみを押さえたまま、レイスに答える。そしてある決意を抱えたままナーガの肩を軽くたたいた。
時をさかのぼること数分前
ル・アースに続く街道を急ぎながら、フィリアがリナの首根っこを押さえている。
傍から見ると、駄々っ子を引っ張っている母と子の図だ。いや、実際それに近しいものがあるだろう。
「いーやーだー!あいつと関わるのだけは絶対にイヤーーー!!」
「もう、リナさん!いつまでも子供みたいなこといわないでください!ほら、もうすぐル・アースに着きますよ」
遠くに見える城壁を指差しながら、フィリアがリナを諭す。
もう片方の腕は、リナの襟をつかんだままだ。
「はーなーしーてー!あいつに関わったら、あたしだけじゃなくて、あんた達もタダじゃすまないのよ〜!」
「そんなことはリナさんで散々味わってますからご心配なく。あなたクラスになったら一人も二人も大して変わりありません」
きっぱり言い切るフィリアに、ガウリィとヴァルがリナから見えない位置でうんうんと頷いていた。
ふ、と暴れていたリナがおとなしくなり、悲壮極まりない笑みを口元に浮かべた。
「甘いわね。あいつが関わると黒字が赤字に。被害は10倍になるような女なのよ」
静かに平坦な声で笑いを漏らす言葉に、さすがにフィリアは顔を青くした。が、すぐに気を取り直す。
「とにかく!このままゼルガディスさんたちを放って置くわけにはいかないじゃないですか!その方がいて被害が広がるなら竜族相手になら丁度いいじゃないですか!」
開き直りにしか思えないフィリアの台詞に、リナが再び暴れだす。
「被害が相手にだけかかるってんならいいわよ!でも、絶対こっちも痛い目に会うのが分ってるからいやなのよ!」
「あ、あれ!竜じゃないのか?!」
後ろを歩いていたガウリィが、右後方を指差しながら呟いた。
全員が、ガウリィが指差す方向に目を凝らした。
真っ青な青空に、目を細める。言われてみれば、小さな金色がちらちら見えるような気がするが。
「あー、やっぱり竜だ。ひぃ・・・ふぅ・・5匹だな」
断言するガウリィに、今まで引きづられていたリナがさっと立ち上がる。
その瞳が、怒りにらんらんと輝いている。
「あいつら、ル・アースを襲う気じゃぁないでしょうね!」
「いや、襲う気だろうな。まっすぐにあの城に向かってる。偵察っていう感じじゃないぜ」
ガウリィが確信的に話すのだから、間違いないだろう。
リナの頭に、徐々に血が上っていく。
今回ゼルガディスが襲われた理由もよく分らない
アメリアはどうなったのか分らない
そのうえナーガに関わらなければいけないらしい
それというのも、すべてあいつらが要らぬ手を出してきたせいだ。
「あ“―――――!!もう、いらいらするわ!それもこれも全部あいつらのせいなのよ!!」
きーーっと頭をかきむしるリナの勢いに、フィリアが掴んでいた手を思わず離してしまった。
さらっと髪を振り流す。
印象的な赤毛が、風に流れた。
さっきまで点にしか見えなかった金の粒が、今ではリナの目にも竜とはっきり形が分るほど近づいていた。
ただし、まっすぐにル・アースを目指しているためか、こちらにはまったく気づいていない。
その態度がまたリナの神経を逆なでする。
「お。おい、リナ。ちょっと落ち着け・・・・・」
その危険な気配を察して、ガウリィがその肩に手を置こうとした。
が、その瞬間、リナが両手をかざす。
黄昏よりも昏きもの 血の流れより紅きもの
時の流れに埋もれし 偉大なる汝の名において
我ここに闇に誓わん
我等が前に立ち塞がりし すべての愚かなるものに
我と汝が力もて 等しく滅びを与えんことを!
唇から流れる聞き覚えのある旋律と、両手に集まる赤黒い光。
「リナさん!まっ・・・・・!!」
「もう遅いわ!
ドラグ・スレーーーーイブ!」
真紅の光が、5匹のうち1匹を貫いた。
「さぁ!来るわよ!」
ぐっと袖を捲り上げたリナに反し、竜たちは迷うようにその場で旋回している。
その方向から目をそらせずに、フィリアがそっとリナに近づいた。
「あのー、リナさん?」
「なによ?!」
まっすぐにこちらに来ると思っていた竜たちの弱腰に少し心が静まったのか、リナがフィリアに返事を返す。
「リナさんが嫌がっていた、ナーガさんってゼルガディスさんと一緒にいるんですよね?」
「・・・・・・・多分ね」
「で、そのゼルガディスさんを追って、私たちここにいるんですよね?」
「当たり前じゃない」
「今のドラグスレイブ、ル・アースからも見えてますよね」
「何が言いたいのよ?」
言い辛そうなフィリアに、答えを迫る。
「その、ナーガさんって方。今のドラグスレイブ見たら、どうするかな~っとちょっと思っただけです」
びくびくしながら小声で答えるフィリアに、さーーーーーーっと目に見えてリナの血の気が下がった。
「し、しまったーーーーーー!!!」
頭を抱えたりなの大声に反応したかどうかは不明だが、竜たちがゆっくりとこちらに頭をもたげたのはそのときだった。
まずはこちらを叩く事にしたらしい。
さっきドラグスレイブが命中して落ちた1匹を除く4匹が、こちらに向かってくる。
「どーーーすんのよ!竜とナーガの相手なんかしてたらこっちが危ないじゃない!何とか逃げるのよ、フィリア!変身して!!飛んで逃げるのよ!」
「無茶言わないでください!3人乗せて逃げたって、どうせ追いつかれますよ!」
「それでもナーガからだけは逃げられるかもしれないじゃない!!さあ、今すぐここで直ちに変身しなさい!」
「もう遅いぜ、リナ!来るぞ!」
すらりと剣を抜いたガウリィの視線の先に、竜が4匹。
先頭の竜が、かっと口を開いた。
光が、集まる。
極限まで収束したそれが、まばゆい光を放って炸裂する。
「散って!!!」
大地が、激しい痛みに揺れた。