許されざる 20
閃光が ル・アースの公宮にまで突き刺さり、一呼吸遅れて爆音とともに風がたたきつけられてくる。
リナ達と、追跡してきた黄金竜たちが交戦に入る前に時は戻る。
「なによ?!」
ドラグスレイブの発せられた根元に向かって、今まさに飛び立たんとしているナーガの肩に、ぽんっとてがのせられたのだ。
はっきりくっきりイラついた表情を前面に出し、ナーガがぎりっと振り返る。
しかし、その先にあるものを見た瞬間、さっと顔色が変わった。
「な、なによ。その、いまだかつて見たこともないようなさわやかな笑顔わ・・・・・」
ひくっと口元を歪めてみている先には、まるで、そう、恋人にでも向けるかのような優しい、優しいゼルガディスの顔があった。
けれどその空色の真紅の瞳は、なんだか怖い。
「・・・・・・・・えーと、用がないなら、私行かなきゃいけないところがあるから・・・」
つつつっと離れようとしたが、それより早くゼルガディスが口を開いた。
表情と同じ、甘いささやきを。
「―――――――――?」
その言葉を受けて、ひくついていたナーガの表情が一変する。
驚きに大きく見開かれた瞳。
(アメリアと同じ色だな)
そのころころ変わる表情に、血の絆を感じ取りながら、ナーガに視線で返事を促す。
「どうする?」
挑戦的なほど優しいゼルガディスの声音に、にっと口を結ぶ。
「行くわ!」
胸を張り、いつの間にか破壊した噴水の頂点で見得を切るのを見て、周りの者たちは唖然としている。
その姿を見て、レイスとゼルガディスは目を見合わせ、軽く笑った。
同時に、まったく同じことを思ったのが分ったからだ。
――――――――血は争えないな
「散って!!!!」
リナの言葉に、ガウリィとリナ、フィリアとヴァルの二手に分断される形で散開する。
瞬間、彼らのもといた地点に光が落ちる。
地が抉られ、風が舞い上がる。
爆風で視界がさえぎられる。
視界が悪いのは黄金竜たちも同じらしく、ぐるぐると上空を旋回し始めた。飛び出してきたところを狙い撃ちするつもりのようだ。
ざわり、と煙が動く。
その方向に向かって、竜たちの視線が集まった。――――刹那
『ライティング!』
光量最大の明かりが、彼らの目の前で炸裂する。そのまぶしさに彼らの瞳が一時的に麻痺した。
ぼひゅ
同時に爆炎の中から小さな影が飛び出してくる。
『デぃフレッシャーーーー!』
翼だけを出したヴァルが、最も近くにいた竜にレーザーを吐き出す。
竜族特有の甲高い悲鳴が響き、そのほかの3匹が声のほうに向き直る。口を開き、頼りない視力で目標を定めようとする。
だが、それよりも一拍早く次の影が飛び出してきた。
怪しく輝く剣を、ヴァルのレーザーでのたうつ竜の首に下から突き上げる。が、竜の皮膚は硬く、致命傷になる位置まで到達しない。
きゅぉぉぉぉおお
背後で収束する光の気配を感じ、すばやく剣を抜き去ると竜の体を蹴り地上へと体を躍らせた。
『―――――ディフレッシャー!』
『―――――ディフレッシャー!』
『−ディフレッシャー!』
竜族のレーザーがガウリィに向かって放たれる。
しかし、空中にいるが故に逃れるすべがない。命中すると思われた瞬間、黒い影がガウリィの体を横からさらう。
直下、爆炎がうっすらと晴れた先に、二人の女性の姿が見える。
リナの手にはすでに真紅に光が収束している。
「しまっ・・・・!」
『ドラグスレイブ!!』
『カオティック・ディスティングレイトォ!』
きゅごぉぉおおお!
2発目の紅い閃光、さらにフィリアの魔術が加わりが空を裂いた。竜がはいた光線を巻き込み、その先にいる彼らに直撃する。
光線によりいくらか相殺されていたが、それなりにダメージはあったようだ。
ゆっくりと巨体が落ち始める。ガウリィが地上に降りるのと同時に、すべての竜族が大地に叩きつけられた。
腹に響く地響きとともに、また砂が舞い上がる。
「やりましたか・・・・・?」
ひとところに集まった中、フィリアが誰にともなくつぶやいた。
じっと砂煙を見つめているガウリィが、再び剣を構える。
「まだだ。・・・・2匹・・・。いや、今は・・・・・・・・」
煙の中から現れる影に目を細める。途中できった言葉をリナが引き継いだ。
「3人・・・・・・ね」
現れた竜族は、人の姿へと転身していた。
「4対3。・・・・勝負としてはギリギリかしら?」
リナの言葉に、一番初めに現れた竜族が薄く笑う。
「・・・・・不意打ちでしか渡り合えぬ分際で」
軽い侮蔑に、リナは思いっきり鼻で笑った。
「あら?それを言う?あんたたちがゼルにしたのも、確か不意打ちだったわよね?」
挑発の応酬。
しかし、彼女の手はじっとりと汗ばんでいた。
けして分のいい勝負とはいえない。確かに戦力的にはフィリアとヴァル、二人の竜族がいるおかげで助かっている部分はある。
しかし、二人に圧倒的に足りないものがある。
戦闘の経験値だ。
不意打ちにおける連携ならあらかじめ打ち合わせることができる。しかし、正面からぶつかれば、否が応でも混戦状態になる。
そうなったとき、どうしても経験の浅い2人がついてこれないだろう。
戦場は経験にたたき上げられた一瞬の直感がものを言う。
あまたの戦いを経験し、直感の塊になっているガウリィがいい例だ(極端すぎる例だが)
「・・・・たかが人間の小娘が!とるに足らぬ命数しかない分際で、ほざいたな。己の言葉、後悔しながら死ぬがいい」
ざりっ
双方が構える。
一触即発の中。
ごぉっ!
不意に下から突き上げる振動が来た。
『ヴ・レイワーーーー!!!』
聞き覚えのある声。そして聞きたくなかった声。
呪文を聞いた瞬間、背筋を駆け上がるいやな予感と落ちる冷や汗。
『エア・ヴァルム!!』
リナの呪文が風を遮断する。刹那、目の前の大地が激しく震え、隆起し、まったく別の姿へと変わっていく。
ゴァァァァアアア!!!
生み出された命が、天に向かって咆哮する。
びりびりと震わす叫びの中から、まったく違う高音の声が響いた。
「おーーーーっほっほっほっほ!久しぶりね、リナ=インバース!ここであったが1000年目!!私のかわいいゴーレムの挨拶は気に入ったかし・・・・・・・あら?」
ゴーレムの足元。
つまり人型竜たちに向かって叫んでいたナーガが、目の前の光景に動きを止め、少し不安げな様子であたりを見渡す。
そして風の壁の向こうにいるリナに気づき、不安な表情が強くなる。
「あれ?・・・・・・・なんか、お邪魔?」
「って、なにやってんのよ!あんたわ!」
その子犬のような表情に、おもわず空手で突っ込みを入れてしまう。
「だって、ここに打てば絶対にリナに当たるからってゼルガディスが・・・・・」
きゅおぉぉぉおお
ナーガが抗議する前に、足元の騒ぎに気づいた石竜がゆっくりと鎌首をもたげた。
そう、ナーガ+いきなりの展開に一拍反応が遅れてしまった竜族へ。
「新手か?!」
「しかし、このような泥人形程度!」
「なんですって?!」
ナーガが侮蔑に肩を怒らせ、竜族が攻撃呪文を構え、上を見上げた瞬間。
『ボム・ディ・ウィン!!』
石竜のさらに上から、冷涼たる声が響く。
「あーーーーーーーれーーーーーーーーー!!」
吹き付ける突風に、石竜たちが地面に押し倒れる。ついでに呪文の巻き添えを食らったらしいナーガの姿が虚空へと消えていく。
石竜は、真下にいた竜たちを巻き込む形で崩れ落ちていく。
石竜の巨躯に呪文を放とうとする光が炸裂する刹那。
「リナ!」
上空からの声より先に、彼女の呪文は完成していた。
『ダイナスト・ブレス!!!!』
ぴきぃぃいいいん
風、砂、光
すべてが収まった後、そこには竜族を内包した巨大な氷竜の像が完成していた。
「・・・・・・・人を水晶漬けにしてくれたささやかな礼だ」
ふわりと舞い降りたゼルガディスが、氷竜を見ながら口の端だけを持ち上げていた。