許されざる  3


3.凶報


 とある町の、とある骨董屋.兼鈍器店。
 今日も今日とて、二ヶ月前から日課になった騒音が、街をとどろかす.
「うぁぁぁぁああああああああん!!」
『ああああああああああ!!またヴァル様が泣いてるぅぅうううう!!』
 幼い子供の泣き声と、それに続く従業員達の悲痛な声.それは、4ヶ月以上前と一緒だった.違うのは、それに続く女性の声.
「ああああああ!!またヴァルを泣かせましたね、ジラスさん!グラボスさん!!」
『ひぃぃぃいい!姐さん!!』
「全く、本当に役に立たないわね。このでこぼこコンビは!いっそ、二人揃って宇宙にでも上げたら?フィリア!!」
『そ、そんな!ひどいっす!リナさん!!』
「そうですね。店番も子守りも満足にできないなんて、雇うだけ無駄ですよね。リナさん!ドラスレで、派手に打ち上げちゃってください!!」
「OK!!派手に行くわよぉぉおおおお!!」
『いやぁぁぁああああああ』
 毎度同じみの叫びを抱き合って二人が叫んだ.二ヶ月前、彼らの主人たるフィリアはヴァルと共に二人の客を連れ帰ってきた。
 一人は、以前とことんひどい目にあわされていた、極悪非道の魔道士リナ=インバース.黄金竜のフィリアと一緒に、毎日グラボスとジラスを怒鳴りつけている.
 もう一人は・….
「まあまあ、二人とも.何もこの二人だってわざと泣かしてるんじゃないんだから、許してやれよ」
 リナ=インバースの相棒で、底無しのお人好しそのものの天才剣士、ガウリィ=ガブリエフだ.いつも、怒鳴りつける二人を諌めて、グラボス達を庇う.
 ジラスとグラボスが、目に涙を浮かべて、ガウリィの背中に逃げこんだ。
『ガウリィの兄貴〜.ありがとうございます〜』
 涙ながらにガウリィの背中に感謝する.それが、いつの間にか根付いた習慣だった.
 その様子に、フィリアとリナがやれやれといった風に見詰め合い、肩をすくめる.
「なんだか、叫んだら喉が乾きましたね.お茶にしましょうか?」
 そして、フィリアがくるりと向きを変えると、すたすたと厨房へと入っていった。リナが、奥の部屋にある椅子にすとんと腰を下ろす.続いて部屋に入ったガウリィがその隣に腰を下ろした.
 そして、両肘を付いてぼんやりと空を見つめる.
「もう二ヶ月にもなるんだなぁ.こんなにゆっくりしたの、久しぶりじゃないか?」
「そうねぇ。ゼル達は今頃どうしてるかしら?」
 同じようにぼんやりとしたリナが言葉を返した.
 人の体に戻り、自由に旅をすると言って別れた仲間.同じように平穏であればいいのだが.
「大丈夫ですよ.あの二人の事ですから」
 湯気の立つ茶器セットを抱えてやって来たフィリアが、にっこりと微笑んだ.手際よくお茶の準備をしながら、いつの間にか泣きやんでいるヴァルを椅子に座らせる.
 フィリアが、ヴァルの前にお茶菓子を置くのをみながら、リナも頷いた.
「そうね、どうせアメリアがトラブル巻き起こしてるでしょうけど・・…」
「ゼルガディスが苦笑いしながら、片付けてるだろ」
 ガウリィも、うんうんと頷いた.なんだか、その様子が目に浮かぶ様だった.
 クスクス笑いながら、フィリアが椅子に腰掛けた瞬間、いきなり彼女が腕につけている宝玉が輝き出した.
「な、なに?!なんか光ってるわよ、フィリア?!」
「なんだ?!クッキングタイマーか何かなのか?!」
「んなわけあるかい!!」
 フィリアが、輝き出した宝玉を抑えてうめいた.
「これは……、竜族の通信機なんです。でも、誰が・・・…!」
 戸惑いながらも、すっと宝玉に指を滑らせる.
 その刹那、宝玉から溢れていた光が手の平代の鏡のようになる.
 息を飲む三人の視線の中、その鏡の中にぼんやりと人影が浮かびあがってくる.
 長い金髪のナイスミドルなおぢさま(byリナ)
「ミルガズィアさん!」
 リナの叫びが、乾いた空気を引裂いた.

「久しぶりだな、人間達よ」
 光の鏡の中で、ミルガズィアが真面目な顔のまま挨拶をする。呆然としているリナとガウリィを見て、フィリアが首を傾げた.
「あの……、リナさん、ガウリィさん.この方は一体…・・・…」
 フィリアの言葉に、ガウリィが大きく手を打ち合わせた.
「思い出した!あのでっかいトカゲのえら…」
「トカゲはやめていただこう」
「ああぁぁぁあ!!すんません!!」
 いきなり巨大化し、間近まで迫られてガウリィが必死で謝り倒す.
 それをぼうっと見ていたフィリアが、はっとしたようにミルガズィアを見つめた.驚きに、声を震わせる.
「ミ、ミルガズィアといえば、まさか…・・・…」
 リナが、こくりと頷いた.
「ドラゴンズ・ピークで長老の役目をしているミルガズィアさん.れっきとした黄金竜よ」
 リナの言葉に無言で頷き、ミルガズィアがフィリアの顔を向けた.
「火竜王に仕える者よ.初めて会うな。ミルガズィアだ」
「あ!え、こちらこそ、初めまして!フィリア=ウル=コプトと申します!!」
 緊張し、どもりながら挨拶をするフィリアに微かに頷きつつ、視線をその傍らに向ける.そこには、興味津々といった表情でミルガズィアを見つめている子供がいる.
「ヴァル・・・…か。噂には聞いていたが・・・・・・・…」
 ミルガズィアの口から自分の名が出た事に気がついて、ヴァルがぺこりと頭を下げた.
「初めまして.ヴァルです」
 そのかわいらしい仕草に、ミルガズィアが微かに口元を緩めた.
「良い子に育っている様だな。安心した」
 その言葉に、ヴァルがぱっと顔を輝かせた.『良い子』といわれて嫌がる子供はいない。嬉しそうにフィリアのスカートに顔をうずめる.
 その様子を微かに目を細めながら見ているミルガズィアに、リナが小首を傾げた.ヴァルの様子を見るために、連絡を取ろうと思ったわけではないようだ。
 リナが、ぽりぽりと頭を掻きながらミルガズィアに声をかける。
「ところで、一体何の用なんです?」
 その言葉に、ミルガズィアの顔が真面目なものへと戻る。
「うむ。実は、火竜王の巫女のもとにおぬし達がいると聞いてな。過去の通信機を使わせてもらったのだ。少し耳にいれておきたい事があってな」
 暗いミルガズィアの言葉に,背筋に冷たいものが走ったような気がした。
 そこで、ミルガズィアがためらった様に言葉を切った。
「ところで、一緒に旅をしていたあの二人はどうした?」

 ミルガズィアの言葉に、リナが勢いよく顔を上げた。
「どういう事?!ゼル達に何かあったっていうの?!!」
 ミルガズィアが映像でなければ、その襟を掴んで揺さぶっていた事だろう。だが、今は触れる事は叶わない。
 変わりに、ぐっと拳を握り締める。
 ミルガズィアが、軽く腕を組み、そして重苦しい声で告げた。
「その人間の男が、地竜王に仕える物達に連れ去られた」
 と。

「なんだ?どうして竜族がゼルの事を誘拐なんかするんだ?」
 眉をしかめたガウリィの言葉に、ミルガズィアが重々しく頷いた。
「つい先程、使者の者が来てその理由とやらを説明していった。納得できないとは思うが、聞いてみるか?」
 リナが大きく頷いた。フィリアも、ガウリィもまた、それに続いて頷く。
 ミルガズィアが、真面目な顔のまま語りだす。それは,地竜王に仕える者達がゼルに語った物と、寸分変わらぬものだった。
 ゼルガディス達と同じく、全く同意できないリナとフィリアは怒りに顔を歪めている。ガウリィは、話しが分かったのか分かっていないのか、あんまり表情に変化はない。
 その様子を見ながら、ミルガズィアが厳かな顔で、更に続ける。
「だが、どうもその男にゼロスが協力していた、とも言っていたのだ。連れの女を、そのまま連れて逃走したというが・・…」
 フィリアが、ゼロスの名にぴくりと反応した。だが、リナは大きく溜息をついただけだった。
「どうせまた仕事かなんかで、ゼルの側をうろついてたんでしょ。で、体よくゼルに見つかって利用された。それだけでしょうね」
 リナの言葉に、ミルガズィアが軽く眉をしかめた。
「あの男は、ゼロスを利用できるのか」
 信じられないとでも言いたげなその言葉に、リナは軽く手を振る。
「違いますよ。どうせあとでまた、取引の材料にでもしようって思ってるんだと思いますよ。あの二人、協力するほど、仲なんて良くありませんから」
「っていうよりも、ゼルってゼロスの事が大っ嫌いだよな」
 うんうんと二人が頷きあっていると、ミルガズィアが納得したように頷いた。
「それならばまだ、得心がいく。それにしても,今回の地竜王に仕える者達の行動。我らとしては、ただ見過ごすわけにも行かぬ。しかし、我らとて仲間内の事。事を荒立てたくは無い」
 その言葉に、リナが頷いた。
「それで、私達に連絡をとられたんですね」
「うむ。影ながら手助けは出来るが、表だった行動はおぬし達に任せる事になる。どうする?」
 問うミルガズィアに、何を今更という表情を向ける。
「当然、行きますよ。あたしの仲間に手を出して、ただで済むとは思ってないでしょうね!二度と馬鹿な事はしないように、その頭と体に刻み込んでやるわ!!」
 クックと笑うリナに、ガウリィが頷く。
「よりによってゼルガディス達に手を出すとは……・・・。切れた時のリナとゼルガディスって、誰にも止められんぞ」
 そういうガウリィ自身も、けっこう怒っているのか、顔からいつもの笑顔が消えている。フィリアが頬に片手を当てて軽く溜息をついた。
「また、お店休まないと。グラボスさん達に言っておきましょう」
 その言葉に、リナが驚いた様に振り返った。
「あんた、ついて来る気なの?!同族と争う事になるのよ!!」
 心配するリナの言葉に、フィリアはにっこりと笑みを返した。
「私にとっては、馬鹿な事をする見知らぬ同族よりも、リナさん達の方が大切ですもの。それに…」
 ちらり、と足元に視線を落とす。それを待ち構えていたかのように、ヴァルが拳を振り上げる。
「僕もゼルにぃに会いに行く!!」
 異常にゼルガディスになついているヴァルが、瞳をきらきら輝かせながら叫んだ。それを見てフィリアがにっこりと笑う。
「ヴァルも行く気になってますし、この通信機は私が身に着けていないと動きませんよ?」
 輝いている宝玉を刺しながら、止めの一言をいった。
 リナががっくりと肩を落とす。
「わあったわよ。もう止めない。でも、無理はするんじゃないわよ?ヴァルも、ちゃんという事を聞くこと!」
「はい!」
「うん!」
 にこりと、会心の笑みを刻んだ二人の竜族を、リナがやれやれと見つめた。

「では、私は消えた地竜王に仕える者達の足跡を追おう。恐らくはディルス王国内にいるであろうから、おぬしらもひとまずこちらに向かってくれ。何かあったら連絡する」
 それを最後に、空気にとけるように光が薄らいでいく。
 最後の輝きが消えた時、リナは大きく息をついた。
「それにしても、また面倒な事になってきたわね。アメリアはゼロスとどっか行っちゃってるみたいだし、ゼルは封印されたって言うし・・…。大体、地竜王に仕える者達ってなんなわけ?!知ってる、フィリア?!」
 くるりと振り返ると、フィリアが顎に指を当て、軽く考え込んだ。
「なにしろ、長いこと連絡を取ってなかったらしいですから。ただ、私達はそれぞれ役割りがあったんです」
「役割?」
 ガウリィの言葉に、こくりとフィリアが頷いた。
 冷めたお茶を入れ替えながら、ぽつりぽつり言葉を紡ぐ。
「私達、火竜王に仕える者達は『実行する』。ミルガズィアさん達、水竜王に仕える者達は『守護し、研究する』。そして、地竜王に仕える者達は・・・……。『探査する』。つまり、現在の世界の情勢や魔族の行動について、調査することが彼らの役割なのです」
「じゃあ、なんで今回に限って動いたのかしら?」
 リナの言葉に、フィリアは軽く首を傾げる。
「さあ?もしかしたら、火竜王に仕える者がいなくなったので、自分達が動こうと思ったのかもしれません」
 軽く顔をしかめるフィリアに、リナは心の中で己の失態をのろった。しかし、謝ることはしない。それでは、フィリアを返って傷つけることになる。前を向いて歩いている彼女に、過去のことで謝ること。それは傷をえぐるだけの行為にしか他ならない。
 ガウリィが、なんでも無かったかのようにお茶菓子に手を伸ばす。
「どっちにしろ、ゼルガディスは助けに行かないとな。さすがに竜族の結界は、ゼルにも破れないだろう」
 その言葉に、リナは頷く。
 力は弱いとは言っても、カタートで魔王を氷付けにしているのと同じ要素の封印である。中から破れる可能性は、かなり低い。
「じゃ、早速行くわよ!とっとと準備する、ガウリィ、フィリア、ヴァル!!一刻も早く。ディルスに行くのよ!!」
『おう!!』
 

←BACK  NEXT→