「ゼル!」
目の前に現れた盟友に、リナたちの声が響く。
自分が氷漬けにした竜たちを横目に、口元をゆがませる皮肉っぽいその姿。別れた時と寸分たがわないと確信させる。
ぱしぃぃぃいん
ゼルガディスがふっと息をついた刹那、頭の後ろに衝撃が走った。
「〜〜〜〜!!いきなり何をする、リナ!」
スリッパでどつかれた後頭部を抑えながら、ゼルガディスが非難の声を上げた。
「なぁにが、『人を水晶漬けにしてくれたささやかな礼だ』よ!人に心配掛けといて、何さらっとかっこつけて登場してんのよ!アメリアはどーしたのよ、アメリアは!どーしてナーガが一緒にいたのよ!それにあんた!ナーガになんか変なこと吹き込んだでしょ!だいたい、あんたたちのせいで宿は取れないはおいしいご当地料理は逃すは、挙句の果てに宿の修理代まで請求されたんだからねぇぇぇ!!」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐり
「待て待て待て!後半は完全な濡れ衣だ!!」
こめかみを両拳で抑え込まれながら、ゼルガディスが悲鳴混じりに非難の声を上げる。が、その程度で外れるのなら、今まで誰も苦労はしない。
「どやかましい!くぉ〜んな辺境くんだりまで何の楽しみもなく来たあたしたちに、ナーガなんかけしかけおってからにぃ〜〜〜!!」
「そ、それはだな!いた、いたたたた!ちょっ、お前マジで痛いぞ!」
「おいおいリナ〜。ゼルの体はもう岩じゃないんだから、それはマジできついだろう」
ガウリイが慣れた所作でリナの両腕をつかんで引きはがす。それでもガルガル言うあたり、相変わらずのようだ。
「離しなさいよガウリイ!このむっつりスケベのかっこつけ魔剣士は一回きっちりしつけ直さないとだめなのよ〜!」
「御免だな。旦那じゃないんだから、お前に躾けられたらこっちの体が持たん」
解放されたこめかみを軽くもみながら、ゼルガディスが嘆息をもらす。
「どーゆー意味よ!」
「言葉のままだ。しつける対象は旦那だけで我慢しろ」
「そーだぞ、リナ。おれだけで我慢しろ」
意味が分かっているのかいないのか、天然リナ使いの発言に、当の本人が毒気を抜かれて肩を落とした。ゼルガディスの言葉の裏に隠された皮肉を感じ取ったはずもないだろう。
おとなしくなったリナに安心したのか、竜族ふたりがうれしそうにゼルガディスに近づいた。
「ゼルにぃ〜〜〜」
「御無事で何よりですね、ゼルガディスさん」
にこにこにこにこと、邪気のない笑顔を向けてくるヴァルの頭をなでながら、ふフィリアに軽く頷いて返す。
「しかし、よく俺たちの位置がわかったな」
「ああ、それはまぁ。何分、とてもわかりやすい跡を残してくださっていたので」
遠まわしなフィリアの言葉に、たらりとひとすじ汗が流れる。
(いけませんねぇ、ゼルガディス。隠密行動の基本は教えておいたでしょう)
意識の中でレゾが、わざとらしく嘆息する。いわれない非難に、ゼルガディスの額に青筋が浮かぶ。
(・・・・それは俺のせいじゃない)
「そうよ、ゼル!途中で立て替えさせられたツケ、耳揃えて払ってもらうんだからね!」
「・・・・・それもおれのせいじゃない」
空しいほどかわいた彼のつぶやきは、誰の耳にも届かなかったらしい。
はぁ
合流した途端にもれる溜息。
結局、誰にあっても誰と組んでも一番の気苦労は彼に与えられるものらしかった。
お互いの顔を見合わせた安心感。
襲撃してきた者たちを撃退した安堵感。
その一瞬が、彼らの張りつめていたものを確かに緩めさせた。
そのわずかな瞬間。
「・・・・・!なにかいる!!」
動物的勘を持ったガウリイが警告を発する。
だが、それも間に合わないほどの速さで、何かが竜族の氷が作る影から飛び出した。
黒い球体が、たった一人に向って真っ直ぐぶつかる。
「っが?!」
胸部に走る鈍い痛みに、ゼルガディスが声を上げる暇こそあれ、幼子の拳ほどのそれはそのまま衣服を通り抜け、彼の中に身を沈めていく。
「 な に?!」
「ゼル!」
「ゼルガディス!!」
後ろに倒れこむゼルガディスの体を、駆け寄ったガウリイが抱きとめた。
フィリアとリナが、ゼルガディスの腕を払い、その胸元を確認する。
だがそこには、何もなかった。
「そんな・・・!確かにさっき!」
フィリアの声に、ガウリイが白い上着を託しあげる。
先ほどの球体がぶつかったあたり、ちょうど胸の真ん中。心臓の真上だ。
そこには何かが当たった跡はなく、ただ奇妙な文様が浮かび上がっていた。
「何よ、これ?」
なにかの紋章のように見える。けれどそれは、まがまがしいほどの暗い、紅い色。まるで溢れ出る血で描いたかのような、深い紅。
心臓の真上で両翼を広げ、その中心に楕円の模様が二重に絡んでいる。
その禍々しさは紋章というよりも
「・・・・・・・・・・呪紋?」
楕円に書かれている文様は、文字となっていた。複雑で、古い文字だ。
「なんて書いてあるんだ?」
魔術方面にはさっぱり疎いガウリイがリナに尋ねる。が、彼女にもその文字の意味するところはわからなかった。
「こんな文字、今まで見たことがないわ。・・・フィリア?」
もしかしたら竜族、しかも火竜王の巫女である彼女なら分かるかもしれない。そう思い、フィリアに視線を投げかける。
「フィリア?どうしたのよ?」
見ると、真っ青になった彼女が、かすかに震える唇を両手で押さえている。精神的にリナたちに(図らずも)鍛えられ、多少のことでは動じなくなってた彼女がここまで表情を変えるとはただごとではない。
「フィリア!」
リナに腕をつかまれ、やっと我にかえる。
きつく問い詰める眼差しのリナの視線を避けるように、ゼルガディスの胸に現れた文様に目を落とした。
「・・・・・・・・・これは、古い竜族の文字です。といっても、こちらの大陸で若干の変化を遂げたようですけど・・・・・」
「竜族の文字かぁ。だからリナも読めなかったんだな」
ふんふんと頷くガウリイに、意味もなく同じ動きをしているヴァル。
「・・・・・・・・・で、何が書いてあるのよ。読めるのよね、フィリア?」
「・・・・・・私たちが使う文字と多少違うので、完璧にとはいきませんが・・・」
血の流れより紅き眼、
闇に囚われし魂、
汝 は 門
汝 は 道
輝きもゆる光よ集い
・・・・・貫く・・・・・・とならん
「すいません・・・。肝心なところがよく・・・・・・・わかりませんけど・・・」
言葉少なに語るフィリアに、リナがギュッと唇をかみしめる。
「十分よ」
そう
それだけ情報があれば十分だ。
なぜ竜族はゼルガディスに目を付けたのか。
そしてなぜ、殺さずに捕らえたのか。
魔族の計画で、ゼルガディスの魔力を、リナのタリスマンで増幅させてギガ・スレイブ打たされて、さらにそれを暴走させられたら困るから、なんてのはどうも引っかかると思っていたのだ。
これでようやく、ゼルガディスとタリスマン、そしてレゾを捕らえた理由がわかった。
そして、彼らが逃げてからの追撃。
数日はおとなしく探していたのに、急に強襲をかけてきた理由。
「これが完成したからね」
ゼルガディスの胸に浮かぶ、それは彼を最大限に利用するためのもの。
そして、これさえ打ち込んでおけば今回の作戦は成功なのだろう。
「なぁ、リナ。結局何がどういうことなんだ?」
会話に置き去りにされているガウリイが、ゼルガディスの衣服を整える。そのまま、とりあえずそこに横たわらせた。
「・・・・・竜族は、ゼルをアイテムにしたいのよ」
苦渋に満ちたリナの言葉に、ガウリイがぽんっとてをならす。
「おぉ!リナみたいな竜族がいるんだな!」
「だぁ あ っほ がぁあ!!!」
「ぐは!」
渾身の力でガウリイの下あごを突き上げる。ひっくり返っている長身を見下し、ギラリと目を光らせる。
「だ れ が いつ!ゼルをアイテム呼ばわりしたのよ!!」
「・・・・・・いつもしてたじゃありませんかぁ」
弱々しいフィリアの突っ込みをききつけ、ぎっと三白眼をうつす。
「なんか言った?」
「いえいえいえいえいえ、何にも言ってません!」
ぶんぶんぶんぶん頭を横に振るフィリアと、これ又その横で楽しそうに真似をしているヴァルを一瞥し、ふっとその視線を外す。
盛大に聞こえてくるため息を無視し、腕を組んだ。
(次にやつらが狙うのは、おそらくこのタリスマン)
だが、それは逆を返せばリナのタリスマンが無事な限り、彼の身もまた保証されるということだ。
それまでになんとか、相手の本拠地、もしくは首謀者をたたかなくては。
いつまでも逃げるというのは性に合わない。
「とりあえず、御飯よ!」
びしっとちょっと欠けている居城を指差した。
ここに居ても何も解決しないし、お腹もすいた。なにより、とりあえずゼルガディスを休ませる場所が必要だ。
「リナさん・・・・・。もしかしてル・アースにたかりに行く気ですね」
あきれたようなフィリアのセリフに、がばっとガウリイが起き上った。
「おー!!飯だ飯だ!!めぇしぃだぁぁぁあ!!」
雄たけびを上げるガウリイに、リナも一緒に腕を突き上げる。
「あったりまえじゃない!!ゼルにはつけ代返してもらわなきゃいけないんだし、ここは代わりにあの国で返してもらうわよ!いくわよ、ガウリイ!!」
「おうさ!!」
ずだだだだだだだ・・・・・・
「あ〜ん待ってください〜〜〜〜〜」
「まって〜〜」
一目散に駆け出す二人に、おたおたとフィリアがゼルガディスを背負って追いかけだした。それにヴァルが続いて駆け出す。
「・・・・・ん?」
ヴァルが何かを感じて一瞬立ち止まる。周りを見渡すが、凍りついた竜たち以外には何もない。
「何してるの、ヴァル〜〜。置いて行くわよ〜〜〜」
遠くからフィリアが呼んでいる。
気のせいかと、軽く頭を振り彼女に向って駆け出した。
「いまいく〜〜〜」
5人の姿が見えなくなった後、まるで空間を割くように光の中から一人の男が現れた。遠くにいる人影に目を細める。
「今は、その時間を大切にすればいい。すぐに・・・・・・・・」
すっとその手を、氷につける。
ざぁぁぁぁあああ
砂が崩れるような音とともに、そこにあった氷が崩れていく。
中にいた竜族も一緒に。
「・・・・・無限を与えてやろう」
最後の言葉と同時に、その男が消える。
その場に静寂が戻った。まるで何事もなかったかのように、そこにあった氷は跡形もなくなっていた。