許されざる  4


4.夢と真


 漆黒の暗闇。
 果てのない浮遊感。
 そこに、ゼルガディスは浮かんでいた。
 辺りを見渡し、ゼルガディスは軽く息をついた。
「………どこだ、ここは」
 なにも存在しない。
 何の音も聞こえない。
 誰の気配も感じられない。
 そう。彼と共にあるはずのレゾの意識すら感じられない。
 軽く腕を組み、しばし考え込む。
「レゾがいないという事は、これは意識か・・・・・…」
 自分の体を見下ろし、しみじみと呟く。レゾの魂は彼と共にあるとは言っても、意識は別々に存在している。
 という事は、封じられた拍子に意識が浮遊を始めたらしい。ただし,どこを浮遊しているのかは、分からないが…。
 封印された影響だろうとは思う。
 他に、原因が思い浮かばない。
 だが、原因が分かっても対処する方法は分からない。いつまでこの空間にいるのか。それとも、ずっとこのままなのか。それすらも分からない。
 まったく、厄介この上ない自体なのだが、焦ってもどうなるものでもない。
 至極落ちついたようすで、ゼルガディスはぽつりと呟いた。
「さて、どうしたものかな」
 刹那、視界が白熱する。
 周りの空間が歪み、押し寄せる津波のように、景色が押し寄せてきた。

 それは、何の事はない普通の町だった。
 人々は穏やかな表情ながらも、一生懸命働いている。子供たちの笑い声や、家畜たちの鳴き声がのどかに響いている。
 一つだけ、異常な事があるとすれば、誰もゼルガディスに気がつかないという事だ。いきなり通りの真中に現れたはずだというのに、誰も気にも止めない。
「………どういう事だ?」
 呆然とゼルガディスが呟いた時、いきなり目の前に子供が飛び出してきた。危ないと思う間こそあれ、そのままゼルガディスに向かって突っ込んでくる。
 ぶつかるっと思った瞬間、子供はすぅっとゼルガディスの体を通りぬけた。
 触れた感覚も、空気の流れさえ感じなかった。
 ただ,通りぬけたという事実だけが,ゼルガディスに嫌悪感を与える。
 はっとしたように、ゼルガディスは周囲のものに手を伸ばした。物も、人も、触れる事が叶わない。すっと、通りぬけてしまう。
「幻・・・・・…。しかし、何の為に・・・…?」
 訝しげに呟いた時、いきなり轟音が響いた。

 音と同時に大地が揺れる。慌てて振り返る先には、オレンジに輝く炎が空を絡めとろうと手を伸ばしている。
 それを確認する間に、空から炎が降りそそぐ。
 のどかな町の風景が、一瞬にして地獄へとかわる。
 大人も子供も、我先にと駆け出す。
 その上にも、容赦なく火の雨が降り注ぐ。
 怒声と泣き声。
 親を求める子供の叫び、子供を捜す親の叫び。
 火に焼かれた恋人の体を抱き、泣きくずれる少女。
 厩舎から放たれた馬が暴れ、人々を蹴倒し逃げる。
 燃える家が、空を焦がさんばかりの熱をだし、周囲の緑を舐め尽くす。

 見えているのに、何の手だしも出来ない。その事に、ぎりっと唇をかみ締め、拳を握る。
 誰が、一体、何の目的で自分にこれを見せているのか分からない。
 架空の出来事なのか、過去か、未来かさえも分からない。
 しかし、ただの幻と割り切ってしまうには、生々しすぎた。
「…………悪趣味だな」
 嫌悪を込めて吐き捨てた時、しかいに何かが引っかかった。紅い・・・…法衣!
「レゾ!!」
 叫んで、駆けだす。
 逃げ惑う人々は彼の障害にはなり得ない。すぐに彼の目の前に辿りつく。目の前にいるレゾは、呆然と目の前の光景を"見て"いた。空色の瞳が、炎を映して紅くかあやいている。目の前に現れたゼルガディスには、全く気がついていない。
「レゾ!」
 その様子に危険なものを感じて、無意識に手を伸ばす。
 それが触れるか否かの時、レゾがふらりと動いた。
 よろよろと、一歩づつ踏み出す。それはまるで、初めて歩く赤子のような頼りなさだった。それが、ゆっくりと確実なものへと変わっていく。
「おい、レゾ!」
 様子がおかしい。
 このまま行かせれば、この人が壊れてしまう。そんな予感が、背筋を駆けぬけた。
「駄目だ!!」
 後ろからその法衣を掴む。思った通り、同じ意識体であるレゾには触れる事が出来た。掴んだそれを引き寄せ、しっかりとその腕を掴む。
「離せ、離してください・・・・・…」
 レゾがその腕を振りほどこうと必死でもがくのだが、あまりにも弱い。体中から力が抜けているようだった。
「一体どうしたんだ、レゾ!ここは一体何なんだ?!!」
 耳元で怒鳴っても、彼の目はただひたすらに前方を凝視している。ゼルガディスも、同じ方向に目を向けた。
 そこは,一番初めに炎が上がった方向だった。
 一番強く炎が上がっていて、煙と炎で何も見る事は出来ない。炎の発する熱で、景色が歪んで見えている。
 その刹那、どぉんという爆発音とともに火柱が上がった。空にも届きそうなほどの、巨大な火柱だ。
 ゼルガディスが思わず見上げた瞬間、レゾがはっとしたようにその下を見つめる。
「駄目だ、駄目だ、やめてくれ!」
 レゾが叫び、急に暴れ始めた。
 それを必死で抑えつけながら、ゼルガディスは炎に必死で目を細めた。
 何かが見える。微かな、人影のようなもの。
 誰かが立っているようだ。
「レスティ!!駄目だ!やめろぉぉぉぉおおおおおおお!!!」
 血を吐くようなレゾの声の中、人影がゆっくりと膝をついた。こま送りの画像のように、そのままゆっくりと大地に倒れる。

「あああぁぁっぁああああああああああああ!!」
 レゾが、激しく両手を伸ばす。空色の瞳から、とめどなく涙を流しながら、必死でその姿を求める。
 ゼルガディスが必死でそれを抑えつけながら、耳元に怒鳴る。
「しっかりしろ、レゾ!!これは幻だ!現実じゃない!幻には、俺達は触れられないんだ!!」
 しかし、レゾの耳には届かない。ゼルガディスの体を引きづりつつ、ゆっくりと炎に向かって進んでいく。
 ゼルガディスは苛立たしく空を振り仰いだ。
「地竜王に仕える者たちよ!!貴様らの狙いは俺だろう!!いい加減このくだらん幻を消せ!!!」
 この幻は、明らかに過去のことだ。そして、このレゾの様子から、本人が望んで出したわけではない事が分かる。
 となれば、のこる可能性は一つ・・・…。
「ほっほっほ。なぜ、儂らの仕業と分かったのじゃ?」
 独特の笑い声と共に、あの老人の声が響いた。
「わからいでか」
 ゼルガディスは、憎悪をこめた声で吐き捨てた。殺意が、全身から溢れ出す。

「そう、怒りなさんな。まだ、これは序の口じゃぞ?」
 楽しげな老人の声と同時に、周囲の景色が掻き消えた。初めと同じ、漆黒の空間に戻る。
「……………っく」
 レゾが、放心した様にその場にがっくりと膝をついた。その背中に軽く手を当てたまま、ゼルガディスは虚空を睨みつける。
「序の口だと?」
「そうじゃ」
 くっくっくと、老人の笑い声が空間を震わせる。
「封じの術は、悪夢の檻。そこにある限り、覚める事のない悪夢がおぬしを責めつづける。ま、おぬしだけでなく、同じ体におった男もまた、悪夢に責められるがの」
 それは仕方ない事じゃて。
 可笑しそうに老人は笑う。ぎっと空を睨みつけて、ゼルガディスは叫んだ。
「ふざけるな!仕方ないで済まされると思っているのか!!!」
 憎悪を含んだゼルガディスの声に、老人はこ馬鹿にしたような笑みを送る。
「吠えるが良い、そこにおる限り、おぬしには何も出来んのじゃから。ま、儂らに従う気になったら、出してやっても良いぞ?もちろん、その証に少々心をいじらせてもらうがの」
 どうする? 
 問いかける声に、ゼルガディスの理性は弾け飛んだ。
「貴様らは、絶対に殺してやる」
 怒鳴りつけずに、囁く様に声をだす。その静かな怒りこそ、彼が本気で切れている良い証拠だった。
 老人がおどけたような声をだす。
「おお、怖い。では、気が変わったら呼んでくれ。わしらが、おぬしの抹殺を決定する前にな」
 それを最後に、声が完全に消える。
 そして、空間にはゼルガディスとレゾだけが取り残された。
 ゼルガディスは、ただ静かに涙を流すレゾの背中を、そっと撫でていた。

「よろしいのですか?」
 人型を取った一人の竜族が、目の前で怪しく笑う老人に声をかけた。老人が、軽く頷く。
「今はこれで良い。悪夢がゆっくりと、二人の精神を壊してくれるじゃろう。まこと、人というのは弱いものじゃな」
 ひょっひょっひょと、のどを震わせる老人に、質問をした竜族はそのまま下がった。
 老人が、ゆっくりと集った竜族を見渡した。
「さて皆の集。これからまたちっと、忙しくなると思う。南からリナ=インバースが迫っておると言う情報も入っておるし、ゼロスと連れの女子の行方も掴めておらん。というわけで、これからなんじゃが・・・・…・・・…」
 竜族たちは頷き、次の瞬間光と共に消えていった。
 それを見送り、老人は上を見上げた。
 そこには、水晶に入ったゼルガディスが浮いている。微かに、それが苦悶に歪んでいる様に見えるのは、己の先入観のためか。
 どちらにせよ、彼の心は自分の手にかかっている。
 それを思い、老人は口を歪めた。
 それはすでに、神に仕えるものとは思えぬ、禍禍しいものであった。

「―――――――――ゼルガディスさん!!」
 はっと、アメリアは跳ね起きた。
 全身から噴き出した汗が、全身をぐっしょりと濡らしている。額に流れ落ちる汗をぬぐって、アメリアは大きく息を吐いた。
「ゆめ……?」
 呟いて、軽く頭を振る。
 ただの夢と言うには、あまりにも生々しすぎた。
 どこか、暗い空間で、業火に焼かれながら苦しむゼルガディス。
 自分は必死に、名前を呼び、手を伸ばす。だが、その声が彼に届く事はなく、手が彼に触れる事は叶わなかった。
 ただ、苦しむゼルガディスを見ているだけ。
 その中で、一瞬、ゼルガディスの叫びを聞いた気がした。
 暗く、憎悪に燃える、彼女の聞いた事のない声・・・・・…。
 それが、自分を夢の世界から放り出した。

 アメリアは、軽く息をつくと、のそりと寝台から降りた。
「ここは……?」
 ふらりと部屋を見渡し、眉をひそめる。
 知らない場所、知らない部屋。
 訝しげに首を傾げた瞬間、軽いめまいが襲ってくる。軽く目を閉じ、それが収まるのを待った。
 閉じた瞼に、あの時のゼルガディスの姿が浮かび上がって来る。
 耳にゼルガディスの声が残っているようで、やるせない。
 寝台の側にある窓に腰を掛け、そっとカーテンを押し開いた。
 空には、爪を押し付けたかのような細い月が、白銀の光を地上に降らしている。それが、夜露を含んだ庭の草花をほのかに浮き上がらせていた。
 見覚えの無い風景に、軽く首を傾げた。
 あの時、確かゼロスとともに逃げ出す羽目になったのは、覚えている。しかし,その後気を失ってしまったらしく、今いるこの位置が分からない。
 どうして自分は、ここにいるのか。
 なぜ、ゼロスはいないのか。
 いつもなら、もう少し活発的に動くのだが、夢の余韻と、寝起きという状況のため、頭が全く働かない。
 ぼうっとしたままふと目を落とすと、自分は白いネグリジェのようなものに着替えている。
「……………」
 瞬間、頭の中が真っ白になった。

 ―自分がこれを着ている、と言う事は、着替えたという事で、
 ―でも、自分には着替えた記憶など無い(当然)
 ―誰かが着替えさせたという事で、
 ―自分の側にいたのは、ゼロスのはずで、
 ―それは、つまり……………

「っき、きゃぁぁああああああああああ!!!」
 アメリアの絶叫が、静かな夜に響き渡った。

「まだ、ゼルガディスさんにも見せてないのにぃぃぃいいいい!!」
 大声で叫び、その場に突っ伏してしまう。
 頭の中で、ゼルガディスの顔が回る。
 もはや、なにも考える事は出来ない。
「うぁぁぁああああん!ゼロスさんの、ぶわかぁぁああああ!!!」
 盛大に、ここにいない獣神官を罵りつつ、だくだくと涙をながす。
 思考停止を決め込んだ頭の中で、ゼロスへの罵詈雑言を浴びせつづける。
(ゼロスさんの馬鹿!絶対に許しません!!次に出てきた時は、最大限でラ・ティルトをプレゼントしましょう!!獣神官だろうが、なんだろうが、絶対に、ぜぇぇったいに許さないんだから!!)
「ふぇぇぇぇぇええええん!!」
 自分で考えていながら、泣けてきた。
 見られたかもしれない、という思いだけが大きくなっていく。
「ゼルガディスさんに、なんて言えばいいって言うんですかぁぁああ!!」
 思わず大絶叫をかました瞬間、部屋の扉がいきなり開け放たれた。
「ど、どうかしましたか?!!」
 部屋に駆け込んだ人物をみとめ、アメリアは泣くのも忘れて呆然となった。

「レ、レイスさん?」
 そう。彼女の前でおろおろと慌てているのは、三ヶ月前にセイルーンの騒動の発端となった一人。
 くすんだ金髪。どこかおっとりしているようにも見える優しげな風貌。ゼルガディスの従弟にして、今はル・アース公国の大公をしているはずの『レイス・グレイワーズ』であった。
「ど、どうして、ここにレイスさんがいるんですか?」
 アメリアの問いかけに、レイスはきょとんとした顔を返した。
「そりゃぁ、ここは僕の家ですから………」
「ああ、そうなんですか………。って、ええええぇぇぇぇぇえええ!!!」
 何気なく返された言葉に、アメリアは再び大声を上げてしまった。ぐわしっと、レイスの襟を掴むと、激しく揺さぶる。
「どういう事ですか?!なんで、私はここにいるんです?!!ゼロスさんは?!!私、どれくらい寝てたんですか?!!大体、なんでこんな事になったんですか?!!あの、おじいさん達はどこに消えたんですか?!!」
 混乱のために、言動が支離滅裂である。レイスに聞いても分かるはずの無い事も、口を突いて出る。
「や、ちょちょちょちょっと、ままま待って下さい!!いったい、なな何の事ですか?!!」
 力任せに揺さぶられているレイスが、悲鳴じみた声をあげた。懇願する響きに、アメリアのからだがぴたりと止まる。
 そして、レイスの襟を離すと、大きく息を吸い込んだ。気持ちを落ちつけるために、二・三度深呼吸をする。
 そして、今度はしっかりとレイスを見据えた。
「で、ここはどこなんですか?私は、いつからここにいるんです?」
 何とか落ちつこうとしているアメリアの言葉に、レイスは軽くせき込みながら答える.
「えっと、ここは、ル・アースにある大公宮です.で、あなたは今から三日ほど前からここにいました。…………覚えてないんですか?」
 逆に問いかけられたアメリアは、ぶんぶんと頭を左右に振った.
「覚えてない、と言うか。その部分の記憶が無いんですけど………」
 不安げに顔を曇らせた.その反応にレイスは軽く眉をひそめる.
「じゃ、どうやってここに来たんですか?」
 至極当然の質問だが、それに彼女が答えられる訳はない。
「………私は、どうやってここにいるんでしょう?」
 当惑したアメリアの言葉に、レイスもまた顔を曇らした。顎に手を当て、軽く考え込む.
「私が直接見たわけではないんですが・・・・・….三日前、あなたはいきなり大公宮の庭に現れたそうです.それを見ていた何人もの証言があります.で、僕が見に行くと、そこには力尽きたように眠っているあなたがいたんです。なにか、心当たりは在りませんか?」
 レイスの言葉に、アメリアは少し頭を抱えた.
(ゼロスさん。人のことを放り出したんですね…)
 お役所仕事一筋のあの男(?)らしい。どうせ、報告だかなんだかがあるとかでアメリアを預けられる所に放り出したのだろう。
 その時、ふっと疑念が頭をよぎる。はっと顔を上げ、レイスの襟をはっしと掴み、そのまま無意識に締め上げる.
「所でレイスさん!私は一体、誰に着替えさせられたんでしょう?!」
「…く、くるしぃ!アメリア姫!…の、のど!!」
 途切れ途切れのレイスの声に、アメリアははっとその手を離した。いきなり解放されたレイスは、その場にがっくりと膝をつくと、全身で息を吸う。
「ちょ、ちょっと、ゆっくり、話しましょうか?」
 息の根を止められかけたくせに、優しく提案するレイスに、思わずアメリアは頭を下げてしまった。どうやって、この忍耐力が形成されたのだか………。

「少しは、落ちつかれました?」
 後者をすすりながら、レイスがやや引き攣った笑みで問いかけた。下手な事を言って、また首を絞められるわけにはいかないと思ったのだろう
 それに対しアメリアは、お茶菓子を頬張りながらこくんと頷く.レイスはほっと息を吐くと、手に持っていたカップをソーサーにもどした。
「早速ですが、えっと、先程の質問ですが…。着替えは、うちで働いている女性の方にやっていただきました。それと、あなたの体に無断で触れたものもいません.安心できました?」
 小首を傾げるレイスに、アメリアは大きく頷いた.
 誰にも見られてないし、触られていない.
 心の中の不安がすーーーっと消え、心の中に花が飛ぶ.はぅ〜〜〜〜〜っと息をつくアメリアに、今度はレイスが尋ねてきた。
「それで、アメリア姫.兄さんはどうしたんですか?あの人に、何かあったんですか?」
 いつもとは違う、静かな口調.だからこそ、彼の不安が伝わって来る.
 レイスは、本当にゼルガディスの身を案じている.尊敬し、恐らくは憧れていたのだろう、従兄を.
 そして、ゼルガディス自身も彼を大切にしている.
 だからこそ、巻き込めないと思った.
 だから、軽く首を振る.何でも無いと言うように、笑顔を造る.
「大丈夫ですよ。ちょっと、わけありで別行動をとっているだけです.私がここに来たのは、ちょっと予定外でしたけど」
「嘘はやめてください!!」
 アメリアの言葉に、レイスはいきなり席を蹴倒し立ち上がった.椅子の倒れる音と、レイスの叫びにアメリアは軽く身をすくませた.
 だが、それでも意味が分からないというふうに、顔をしかめて見せる.
「どうしたんですか、レイスさん?私は別に嘘なんて・・・・・…」
 言葉を紡ごうとするアメリアを、レイスは軽く片手を上げて制した.それにアメリアが黙り込む.
 沈黙が、重い垂れ幕のようにその部屋を包み込んだ.二人とも、ぴくりとも動かない.双方の目をじっとのぞき込み、一方は心を偽り、もう一方はそれを看破しようとしている.
 長いような、短い沈黙の瞬間.
 相手を騙しつづける事が、自分に出来るのか。
 アメリアは固く拳を握った。

 重苦しい沈黙の中、先に動いたのはレイスだった。
 いまだ固い表情のまま、懐から数枚の紙を取り出す。報告書か何かのようだ。それを広げると、ちらりとアメリアをみつめる。
「今から三日ほど前、ディルス国内にある、小さな街で奇妙な現象が起きたと報告が入っています。数々の証言の中、気になるものがいくつかありました」
 すっと、手元の紙に視線を落とす。
「数人の集団が、旅人の男女を襲い、男の方を連れ去った。その男は、全身白づくめで、連れの女性も白づくめだった。また、数人の人間が、空に浮かぶ金色のものを目撃しています。残された女性は、その後行方不明」
 そこまで言って、レイスは目を上げた。真っ直ぐな緑の瞳がアメリアを貫く。アメリアは、ただ無感動にその瞳を見つめ返した。だが、どうしても小刻みに体が震えてしまう。
「………それで、あなたはどう思われるんですか?」
 ようやく、それだけを言葉にする。震える声が、真実を物語っているようにも思えた。
 レイスは溜息を一つつくと、自分が蹴倒した椅子を元にもどし、ゆっくりと腰掛けた。組んだ手を机にのせ、真剣な眼差しをアメリアに向ける。
「白づくめの男女。同じ三日前に、突如として現れたあなた。しかも気を失って!兄さん達に関係がないと言えるわけないじゃないですか?!」
 語気荒く言い切るレイスに、アメリアは軽く首を振った。
「けれど、それは憶測でしか……。偶然かもしれないじゃないですか、ね?」
 小首を傾げてとぼけるアメリアに、レイスはびしっと指を突きつけた。。
「大体!こんな奇妙な事件に巻き込まれる"白づくめの二人組"が、あなた達以外に誰がいるって言うんですか?!!」
 断定の形で下された結論。たしかに、これほどの騒ぎに巻き込まれる可能性が高いのは、自分達だけであろう。だから、とっさに反論できない。
 その沈黙を肯定と受け取ったのか、レイスは大きく溜息をつくと両手で頭を抱えた。
「まったく………。今度は一体、どんな騒ぎが起こってるんですか?僕にだって知る権利くらいあると思いますよ?」
 レイスの言葉に、アメリアは少し戸惑った。話してしまえば楽かもしれない。しかし、それではこの人を、ひいてはル・アースを巻き込んでしまうかもしれない。
 その思いが如実に顔に出ていたのだろう。レイスは、半眼をアメリアに向けた。
「今更巻き込むとかどうとかは、考えないで下さいよ?あなたが、うちに来た時点で十分に僕は関与しているんですから。何せ派手に現れてくださいましたから、あなたがここにいることは噂が広がっています。というわけで、話しておいてくれたほうが防犯上、とっても役に立つんですが?」
 半眼のまま早口に言い切ったレイスに、アメリアはそれでも踏ん切りがつかない。
「でも、今すぐに私が出て行けば、それは問題ないのでは?」
「どこに、ですか?」
「う」
 すぐに切り返されて、口篭もる。何せ、どこをどう調べればゼルガディスの行方がわかるのかさえも分からない。
 俯いてしまったアメリアに、レイスはふっと口元を緩めた。
「それに、ここにいれば噂を聞きつけた向こうの方から来てくれるかもしれません。情報を集める事も出来ます。だから、話してくださいませんか?兄さんに、一体何があったのかを……」
 提示された条件は、かなりおいしいものだった。いや、そう聞こえた。だが、上手くのせられている気がする。だから、アメリアは一つ息をついた。
「お上手ですね、レイスさんは。そう言われると、言わなきゃいけない気になりますよ」
 感心9割皮肉1割がブレンドされた言葉に、レイスは小さく笑みをこぼした。
「当然ですよ。この国は情報と取引で成り立つ国。口が上手くなければ、やって行けませんよ」
 にっこり笑ったその笑顔に、やはり話していいのだろうかと思ってしまうアメリアだった。



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