許されざる 7
7.交渉
「……で、その獣王がなんだってこんな所にこれるんだ?」
まだ痛む頭を抑えながら、ゼルガディスが憮然とした表情でゼラスを睨みつけた。対するゼラスは、口元に微笑を浮かべたまま軽く首を傾げる。
「簡単よ。ここは夢の檻。夢は心が見せるもの。つまり、精神の世界。入り込むのは難しいけど,不可能じゃないわ。最も、私だから簡単なんだけど」
確かに、夢は精神(こころ)が見せるもの。それはある意味、アストラルサイドに近いものなのかもしれない。
「しかし、ここはあの竜族の老人が見張ってたはずですけど?」
見る者のほとんどをうっとりさせるような笑みを浮かべているゼラスを、鬱陶しそうに見ながらレゾが疑問を発した。
この夢の檻に入ってからずっと、あの老人は二人になにかに付け声をかけてきた。ある時は諭すように、ある時は脅すように。時間感覚の消え失せた二人にとって、それがどれくらいの間隔であったのかははっきりしないが、他者の侵入に気付かないはずはない。あの嫌みったらしい老人のことだ、二人の監視に手を抜くとは考えられなかった。
だがゼラスは、レゾを横目で見るとふっと鼻先で笑った。
「私が見つかるなんてへまをすると思うの?ゼロスじゃあるまいし。大丈夫よ、今は竜族の者達は留守にしているわ」
「留守に?どこに行ったんだ?」
眉を顰めるゼルガディスに、ゼラスは妖艶に微笑みかけた。
「あら?分からない?」
嬉しそうなその声音に、頭のどこかで何かが点滅する。
ふいに思い浮かぶ、最も可能性の高い事。
「まさか…!」
嫌な予感が走る。
彼等の願いは世界の安泰。そして魔族を滅ぼす事。
その為に、自分は封印されている。だが、その為に幾人かの彼に縁の深い者は動き出しているだろう。この時、ゼルガディスは彼らが動く事に何の疑問も持っていなかった。
そして、その者達もまた世界の破滅か安泰かをもたらすもの。
殺すか、取り込むか・・・・。
「…………やっぱり、頭はいいわね〜。本当に欲しいわ」
「駄目です」
「けち」
「欲張り」
「陰険」
「性悪」
「…………消えたいの、レゾ?」
「……簡単にはいきませんよ?」
考え込んでいるゼルガディスの隣で、どう考えても五賢者と魔王の服心の会話とは思えないものが繰り広げられていた。同時に立ち上る、肌を突き刺すような殺気。
「やめんか、鬱陶しい!!」
堪りかねてゼルガディスが叫んだ。すっと、その体をレゾとゼラスの間に割り込ませる。そして、やや不満そうにそっぽを向いているゼラスの顔を睨みつけた。
「わざわざそれを言いに来た訳じゃないだろう?一体、なにが目的だ」
切り付けるようなゼルガディスの口調に、ゼラスは大きく髪をかきあげた。ばさりと、金糸の髪がはね上がる。
「頭の良い子は話しが早くて好きよ。………ここから逃がしてあげましょうか?」
「なに?!」
「何が、望みなんです?」
二人とも、魔族が単なるボランティア精神など持ち合わせてはいない事など、百も承知だった。驚愕の表情が、すぐに一変して警戒するものになる。
ゼラスは、そんな二人の態度にわざとらしく口元を覆った。
「ひどい、ひどいわ!どうして私が何か企んでるなんて思うのよ?!」
「企んでるんでしょう?」
「疑う余地も無いな」
かわい子ぶるゼラスに、二人は冷淡に返した。あくまで冷静な二人の反応に、ゼラスはぷぅっと頬を膨らませた。
「可愛くない子達ね―、本当に。まあ、いいわ。私の目的は単なるいやがらせよ」
『嫌がらせぇ?』
レゾとゼルガディスが声をはもらせ、思わず顔を見合わせた。その反応に、ゼラスが満足そうに頷く。
「そう、い・や・が・ら・せ(はぁと)」
一言一言を区切って、ゼラスは嬉しそうに微笑んだ。
薄い唇に人差し指を当て、本当に嬉しそうに言う所など、間違いなくゼロスの上司である事を痛感する。ぞんなゼルガディスの思いを知ってか知らずか、くすくすとゼラスは笑いをもらす。
「だって、当然でしょう?竜族は世界を護る為、私達は滅ぼす為。相反する理念に基づいて行動するなら、相手の行動を阻害するのは初歩的な事でしょう?」
ゼルガディスを下から見つめるような形ですりよりながら、ゼラスがゼルガディスの頬に触れてくる。それを身を引きながらかわしながら、ゼルガディスは少し考え込んだ。
確かに、竜族の目的が世界の保護である以上、その行動を魔族が妨害する事に疑問はない。しかし、その妨害のために、自分を解放する意義はあるのだろうか?大体、前回の騒動で以前より力を増し、しかもアストラルサイドを覗けるという奇妙な力を付けたゼルガディスを助ける。
ただ信じるというわけには、いかない気がした。そんな思いが如実に出ていたのだろう。ゼラスが不機嫌そうに眉を顰めた。
「勘ぐり深い子ねぇ。出るのを助けてあげるって言ってるんだから、素直に受ければいいのに。それとも、あの辛気臭い映像をまだ見ていたいの?」
私には楽しい映像なんだけどねぇ、とゼラスは微笑みながら呟いた。口元に微笑をたたえてはいるものの、目からは苛立ちがこぼれている。決めるなら早くしろ、と言う事だろう。
「どうする、レゾ?」
「……そうですね。確かに彼女の言っている目的と言うのは,全てじゃないでしょう。しかし、私達だけではここを出るのは不可能。利用されるのを覚悟で乗るか、それとも別の解決法が分かるまでここに居るか」
眉根を寄せて、レゾが可能性をあげてくる。二者択一で、しかもベストの方法はない。ゼルガディスは大きく溜息をついた。
「ただ待つだけより、行動した方が何か変わるだろう。それに、人質として他の奴等の足を引っ張るのも、ごめんだな」
「では……」
「ベストがないならベターを・・・・」
仕方ない、と言うように二人は頷きあった。諦めきったような表情でゼラスを振り返ると、溜息とともに吐き出した。
「いいだろう。乗ってやる、獣王」
「…………何故だろう。すごくむかつくわ」
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