許されざる 8
8.襲撃
雲1つ無い青空のもと、なんて事は無い平凡な一日。
ディルス王国にほど近い、街道にある一軒の宿屋兼食堂。いつもは数人の客で僅かに賑わう場所だが、今日は特別に騒がしい。
「ちょっと、ヴァル!少しは遠慮しなさいよね!!」
「やだ!あっ!これとった!!」
「ああ!それは俺が食べようと思っていたてり焼き!なら、これは俺が貰う!」
「甘い!それはあたしのテリトリーよ!!」
「なんだよ、そのテリトリーって!!」
がちゃがちゃ、ずるる、ずー、がつがつ、はぐはぐ。
食事中に出るであろう全ての音を、最大限に発生させながら三人が食事している。黙って立っていれば衆人の視線を集めまくるであろうこの人物達は、今は別の意味で視線を集めている。
「ちょっとー!追加まだぁ?!!」
赤毛の魔道士風の恰好をした少女が、奥に向かって空になった皿を振る。
「まだ食べるんですか、リナさん?」
一人だけ違う席についてゆっくりとお茶を飲んでいた金髪の女性が、軽く眉を顰めた。その視線をものともせずに、リナはからからと笑った。
「当然じゃない。この程度、あたし達にとっては腹8分目でもないわ!」
ねぇ、と机を振りかえると、金髪長身美形剣士が皿から顔を上げずにうんうんと頷いた。そのまま、別の皿へと手を伸ばす。
「あーー!!人がちょっと目を離した隙にぃ!ガウリィ!それはあたしのよ!!」
机の上に増えた空の皿を決然と見やって、リナは再び猛然とした食事風景の中へ戻っていった。
毎回の如くのこの食事。いい加減慣れたいとは思うのだが、中々感情はついてきてくれない。すっかり彼等になついている彼女の養い子を優しく見守りながらも、やはり小さく溜息が漏れる。
ミルガズィアからの連絡で旅だって、すでに4日が過ぎようとしている。あれから特に連絡もなく、これといった情報もない。仕方なくディルスに向かって来てはいるが、なんとなく気だけが焦る。
「本当に、何を考えているのかしら・・」
突発的に行動を起こした同族。今まで連絡をとってなかった分だけ、謎が多い。
「………分からないことだらけだわ」
暗澹と呟いて、少し冷めた紅茶に口を付ける。
刹那、衝撃が下から突き抜けた。
ずぅぅうううん!
「な、なに?!」
「何か来たのか?!」
突然の衝撃にリナとガウリィが机にしがみ付きながら、立ち上がった。
「ヴァル!!」
机に捕まり損ねて床に放り出されたヴァルの体を、フィリアが寸での所で受け止める。
「出るわよ!!」
衝撃が収まったのを見計らって、リナが外へと飛び出した。後にガウリィが続き、遅れてフィリアとヴァルが飛び出す。
そこには、数人の男達が黙然と佇んでいた。
1,2,3、………4。目だけで数を数えながら、リナは体を正面に向けた。
目の前の地面がえぐれ、直径五メートルほどのクレーターができている。
「……随分なご挨拶ね?それとも,出会い頭に一発食らわせるのが竜族の挨拶なのかしら?」
半眼を向けるリナの言葉に息を飲む音は、当の襲撃者達ではなく後ろから聞こえてきた。鈍器・骨董マニア竜族には痛いほどに心当たりがあるらしい。
「ふむ、噂通りに口の悪い」
四人目の人物、細木を思わせるような老人が意地悪く口元を歪めた。その様子から,何となく男達の首領であることがうかがえる。
「そっちこそ。仕事のイメージ通りに陰険そうよねぇ」
腰に手を当て、斜めから老人を睨み付ける。隣ではガウリィが片手を柄に掛け、周囲の者達が動くのを牽制している。
リナの言葉に、老人の片眉がぴくんとはね上がった。
「…物知りな嬢ちゃん。情報源は、そこにいる元火竜王の巫女どのかな?」
"元"にさりげなく力を入れるあたり、老人の性格がうかがえる。視線を向けられたフィリアは、後ろにヴァルを庇いながらきっと睨み返した。
「おお、怖い。あんまり年寄りを脅かさんでくれ」
わざとらしく肩をすくめると、くくくと咽喉を鳴らした。耳障りなその声に、リナがいらいらと腕を組む。
「それで?御大自らお出ましで、一体なにが目的なのかしら?それとも、まさかゼルのこと殺すの,容認しろとか言うんじゃないでしょうね?」
皮肉たっぷりのリナの言葉に、老人は多きく目を見張った。そして、多きく咽喉を震わせる。
「ひょっひょっひょ。それは思いつかなんだが、いい考えじゃのぉ。どうじゃ、やって見るか?」
「冗談きついわね、じいさん。そうなる前に、きっちりあんたの首絞めてあげるわよ」
「それは勘弁願おう。まあ、儂等の目的は別にあるからの、安心せい」
「別に・・・…?」
訝しげに眉を顰めるリナに向かって、老人はすっと人差し指を指した。いや、正確にはその咽喉元に光るもの。
「"魔血玉"………。それはお主が持つには過ぎた力だ。いつまた再び,世界が崩壊の危機に晒されるか分かった物ではない。おとなしく渡すならよし……」
「渡さないなら?」
揶揄するようにリナが口元を歪めた。ただし、組んでいた腕を解き、やや腰を落とした状態の臨戦体勢で。
老人の口から、微笑が消える。
「………無理に奪うまで」
ざざざざざ!
老人の声を合図に、男達が一気に散開する。すっと下がる老人の代わりに前進し、半円状にリナ達を取り囲む。
「ガウリィ!!」
「おう!!」
リナの声に応えて刃を抜き放つ。
「フィリア!ヴァルを庇いつつ援護!!」
「はい!!」
ヴァルを後ろに庇ったまま、スカートの裾を翻してメイスを取り出す。
その様子を遠巻きに見ている老人が、からかうように笑い声をあげた。
「そんな子供と一緒に、我ら竜族を相手取ろうとは。火竜王に仕える者の耄碌も、ここまで極まったのかのぉ」
侮蔑まるだしの言葉。だが、それに答えたのは幼いながらに誇り高い、当のヴァルだった。
「うるさい!!ゼルにぃを返せ!猿の干物ジジィ!!!」
静寂。
ひゅ〜、と冷たい風が一陣通り過ぎた。
次の瞬間こだまする、リナ達の笑い声。
「あ〜っはっはっは!確かに干からびてる!あは、あーはははは!!」
「くくくくく!上手いこと言うなぁ、ヴァル!くく、はははははは!!」
「ちょ、そんなに受けなくて(ちら)………っぷ、くく」
遠慮なく笑うリナとガウリィ。抑えようとしているのだろうが堪え切れなくなって噴出してしまうフィリア。
静かなのはきょとんとしている言った当人と、呆然としている竜族の男達。そして、小刻みに震えている老人だけだった。
「………っさ、さるのひもの。ええい!我ら竜族を捕まえて何たる言いぐさ!構わん、やってしまえ!!」
怒りのあまり,思いっきり悪役のセリフになってしまう老人。だが、どんな言葉でも命令は命令。一瞬にして呆然自失から立ち直った竜族が、一気に間合いを詰めに来る。
「ガウリィ!まがりなりにもこいつらは竜族よ!馬鹿力はフィリア並みだからまともにやりあっちゃ駄目よ!!」
「了解!」
答えながら突き出された槍の穂先をするりとかわし、代わりに振るう"斬妖剣"。覇王でさえ退けた刃。竜族に効かないはずはない。
「くぁ!」
脇腹をかすめられた男が、多きく後ろに飛んで距離を取る。ガウリィが、そのまま刃を突き立てようと追いすがる。だが、一瞬の後目の前に別の男が肉薄していた。
「でりゃぁ!!」
鋭く突き出される一本の小刀。避けきれる距離とスピードではない。
『エルメキア・フレイム!!』
じゅあ!
ガウリィに迫っていた男の目の前を青白い光状が通りぬける。思わずその足を緩める男。
「隙あり!」
一瞬スピードが落ちた男に向かって、逆に突っ込んで行くガウリィ。薄紫の刃が男の咽喉元に伸びる。
「くぅぅうう!!」
ガウリィの目の前にいた男が、ぐっと身を逸らした。虚しく空を切る、ガウリィの剣。そこに、待っていたかのように先程の男が槍を突き出す。
『フレイム・ブレス!』
横合いから特大の炎が、その男を襲う。ついでに、惰性で思わず前に行ってしまっていたガウリィにも。
「うあっちぃ!」
「ああ、すいません!!」
「それくらい気にしないで!次が来るわよ!!」
リナの声に、ざっと二人が構え直す。その一瞬の隙に、もう一人の男が背後に忍び寄っていた。すっと、その手が伸ばされ、何かを捕まえて飛びすさる。
「ヴァル!!」
一気に距離を取った男が、腕の中のヴァルにレイピアの先を突きつけた。
「動くな。動けばこれが、突きぬけるぞ」
低い声に、咄嗟に飛び出しかけていた3人に抑制をかけた。
じたばたともがくヴァルを抑えつけながら、男は微かに口元を緩めた。その背後に、先ほどの老人が平然と立っている。
「卑怯な!それでもあなた方は神に仕えるものだと言うんですか?!」
怒りをあらわにするフィリアに、老人は薄く笑いを閃かせた。
「それをお主が聞くのか?ええ?火竜王の巫女よ?」
かつて、火竜王に仕える者達が何をやったのか。それをさして老人は笑った。その行いがいかなる物か知っているフィリアは、何も言えずに唇をかみ締める。代わりにリナが口を開いた。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。いまここで小さな子供を人質にとってるのはあんた達でしょ?昔のこと掘り起こして、自分達の行為を正当化するんじゃないわよ」
「ほぉ。それではお主は、今まで卑怯な事など何もしてないと言うんじゃな?」
「っう!」
そう言われると、何も言えなくなってしまう、今まで行いが目に見えてしまう自称天才魔道士。隣で近年最も被害を受けている男が、何度も頷く。
「うんうん。確かに言えないわなぁ」
「納得してるんじゃないわよ!!」
乙女の必須アイテムでガウリィの頭を叩いてから、ぎっと老人を睨みつける。
「上等じゃない!だったら、どんな手を使ってでもあんた達の計画、ぶっ潰してやるわ!!」
「リナさん。………ヴァルはどうするんですかぁ?」
「………あ」
ひゅ〜〜〜。
←BACK NEXT→