贖罪の時(3) 回-5
崩壊
「なぁ、リナ。結局何にもわかんないうちに、パーティの最終日になっちまったぜ」
「…・・うん」
ガウリィの言葉に、リナは悔しそうに頷いた。
そう。今日は、セイルーンにおける"大見合いパーティ"最終日。アメリアが、仮の婚約者を選ばなくてはならない日なのだ。
しかし、仮にとはいえ各国大使の見ている前で、誓いなど立てようものなら、容易にはそれを覆すことはでき無いだろう。だからこそ、リナは偽者一行の正体をあばきたかったのだ。それによって、一時期でもパーティが混乱すれば、それを理由にこのパーティ自体をうやむやにできるかもしれなかったのだ。
そう思って、毎日のように"偽者"と、"ジャベル"の周辺をかぎまわっていたのだが、相手もなかなかのもので、まったく尻尾を見せなかった。
それに加えて、アメリアの様子もまた、彼らの心配の種だった。
心労と、パーティからの疲労からか、日々やつれていっていた。毎日、ベッドには入るのだが、余り眠れていないようだった。
痛々しいほどにやせていく彼女に、リナとガウリィは何度も休息を勧めたのだが、「これが仕事だから」と頑として聞かなかった。
思えば、自分を追い詰めることで、悲しみを紛らわせようとしているのかもしれない。そんな様子を、傍で見ていることしかできないのは、辛かった。
毎日、焦りだけが大きくなっていった。
けれど、何の解決もできないまま、今日を迎えてしまった。
いつもの格好で二人は立っていた。会場の隅から舞台に立つ、アメリアを、ただ見つめることしかできない無力感と、後悔に包まれたまま。
リナとガウリィの視線の先では、まさしく見世物よろしく様々なカップルが誕生していっていた。
本当に愛が誕生したもの。
偽りと打算だけのカップル。
そんな様子を、アメリアはただぼんやりと見つめていた。まるで、自分だけが別世界にいるようだった。
今日のアメリアは、純白のドレスに身を包み、頭には小さなヴェールをつけている。その服は、明らかにウェディングドレスを意識している。それを最初に見たとき、リナは激怒した。
『これでは、そのまま嫁にやる意思を強調しているようなものじゃない!!仮に、と最初に言っていた筈なのに、あんの、たぬきどもぉぉぉぉ!!!』
そう叫んで、宰相の部屋に殴りこみそうになっていた。それを、ガウリィが必死に止めているのを、アメリアはただぼんやりと見ていた。
もう、どうでもよかった。
頭がぼんやりして、何の考えも浮かばない。感情も、今は奥底に沈んでしまっているようだ。
ただ、司会者の声だけが頭の中で響いている。
「さぁ!!次々とカップルが誕生していきます!!破れた人も、幸せになった人も、お待たせしましたぁぁぁぁぁぁ!!!今回の、メインイベント!!アメリア姫に告白タァァァァァァァァイムゥゥゥゥゥ!!!!!」
『う・お・お・おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
毎度おなじみになった、キースのマイクアクションに、律儀に返事を返す貴族達。いや、今回に限っては、かなり本心が入っているに違いない。
今、アメリアの前には3人の男性が立っている。その、一番最後には、はにかんだような、苦しそうな笑顔で立つ"ゼルガディス"もいる。
「彼女に挑戦するのは、この方達です!!一番!!ランドーグ王国王子、ルイス=リア=ランドーグ殿!!」
「アメリア姫、私とともに生きていきましょう!!私なら、あなたを幸せにできます!!」
「二番!!フリークエン皇国皇太子、デルス=シャオ=リーン=フリークエン殿!!」
「あんまり、お話できませんでしたが、あなたのことは本気です!!よろしくお願いします」
そして、
「三番!!ル・アース公国大公、ゼルガディス=グレイワーズ殿!!」
「…・あまり、信じてもらえないかもしれませんが、初めてお見かけした時からあなたを愛していました」
こころもち、青ざめた表情で、それでもしっかりとした口調で、それだけ言うとゆっくりと礼をとった。体が、小刻みに震えている。
けれど、アメリアはそんな様子にも気がついていない。もう、全てがどうでも良かった。
ただ、ぼんやりと、周りを見ている。いや、目は開いてはいても、その景色は意識に入ってきていない。立っている、という自覚も稀薄だった。今、のこっている五感は、恐らく聴覚だけだったのだろう。
かすかに、キースの声が脳裏に響いたのだ。
「さぁ!!アメリア姫の愛を得る人物は?!!」
(私の愛……?
私の愛する人・・……?
そんなの、世界中に一人しかいない……
いつも、ぶっきらぼうで、でも、やさしい…・
苦笑しながらも、見守っていてくれる・・…・…
あの人は………)
「……………ゼルガディスさん・・……」
ぽそり、とこぼしたアメリアの呟きを、キースは聞き逃さなかった。そりゃ、そうだろう。耳に手を当て、彼女の口元に耳を寄せていたのだから。
「おおぉぉぉぉぉぉっと!!!アメリア姫のお相手は、今パーティで何度もツーショットが見られた、ゼルガディス=グレイワーズ殿に決定されましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
今までに無い大声で、キースが叫び、くるっと後方に宙返りしてから、びしぃ!!とマイクを会場に向けた。
瞬間。
「………おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
一瞬、シーンとしてしまった会場から、歓声と拍手が、やがて大喝采へと変わっていった。
隅っこの方で、フィリオネルがハンカチで目頭を覆っている。
そこへ、キースが宙をくるくると回転しながら、その傍に舞い降りた。
「さぁ、フィリオネル殿下!!今のお気持ちは!!!」
「うおぉぉぉぉぉ!!むすめよぉぉぉ!!父は・…父はぁぁぁぁぁぁ!!」
「おやおや、どうやら感動で言葉がでないようですね」
リナ達に言わせれば、フィリオネル王子は、ただ単に無理な婚約のためにやせてしまった娘を嘆いているだけだと思うのだが、他人の目にはそうは映らないらしい。一人で納得すると、すたすたと、舞台の上へと戻っていった。
「では!この特設会場が、今から、仮の誓いの場となります!!!皆さんは、それにご出席いただけるでしょうかぁぁ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「いいお返事です!!では、誓いの儀式を取り始めます!!神官は、続きましてこの私、キース=レンタルが勤めさせていただきます!!!」
そう、叫ぶと、タキシードの襟に手をかけた。そして、勢いよくそれを引っぺがす。
一体どういうトリックなのか、タキシードを剥ぎ取ったはずのキースは、何故か隙なく神官服に身を包んでいた。
「おい、リナ。あれどうやったんだ?」
「ああ、もう!!知らないわよぉぉぉ!!あんな人外魔境な奴のことなんてぇぇぇぇ!!」
泣きそうな声で、リナが頭をかきむしった。
そんなことはお構いなしに、舞台の上には祭壇が創られていく。
「さぁ、祭壇も完成しました!!早速誓いの儀式と参りましょう!!」
「ええ!!ここでですかぁ!!」
「はい!善は急げというじゃないですか!!」
素っ頓狂な声をあげた"ゼルガディス"に、にっこりとキースが答えた。そして、その手にはいつのまにか聖書が現れている。
「で、でも!!心の準備が!!それに、アメリア姫だって!!」
「心の準備なんて後で十分です!それにアメリア姫は異存ないようですよ?」
後からやるのは、準備と言わない。しかも、アメリアは、ほぼ放心状態にあるのだから、異存も何もあるはずがない。
けれど、外見からだけでは、おとなしく誓いを待っているようにしか見えない。その様子に、これ以上騒ぐのはアメリアに悪いような気がして、"ゼルガディス"は黙り込んだ。
その様子に、キースが満足げに頷くと、祭壇の壇上に上がった。
「では、ただいまから誓いの儀式〔仮〕をはじめたいと思います」
「おおおおおおおおおおお」
騒ぐ聴衆をキースが片手を上げて、黙らせた。
「さあ、お二方。前へ」
その言葉に、"ゼルガディス"がぼんやりしているアメリアの手を引いて、キースの前まで歩を進めた。
偽りのはずの、誓いが、始まる。
「リナ、何にもできないのか?俺達」
「これは、国家レベルの問題よ。私達が下手に首を突っ込むと、余計にややこしくなるのよ!」
悔しそうに、祭壇を見つめるガウリィに、リナは泣き出しそうな声で返事をした。
ここが、アメリアが大切にしている国でなかったら、思い切り破壊してしまっているだろう。
それがわかるからこそ、ガウリィは、リナをそっと片手で抱き寄せた。
今回だけは、リナは文句を言わずに、変わりにその腕を抱きしめた。
ぼやけた視界の向こうで、誓いの儀式が進行している。
「……辛いな。何にもできないってのは・…」
「………・」
優しい労りと、リナに劣らないほどの無力感を含んだその声に、彼女はただ頷くことしかできなかった。
「では、最後に誓いの口付けを」
「えええええ!!今!ここで、ですかぁぁ!!」
「はい(はぁと)二人の愛を皆さんに見せ付けて差し上げてください!」
「しかし!!」
なおも食い下がろうと、"ゼルガディス"が口を開こうとしたとき、舞台の下から怒声が飛んだ。耳障りなその声は、何回聞いてもなれることは無い。
「ゼルガディス!!うだうだ言ってないでやらんか!!わしの命令だ!!」
豚のような両手を振りまわし、興奮に真っ赤になった顔で、まくし立てている。その様子に、悔しそうに唇をかみ締めると、意を決したようにアメリアに向き直った。
そっと、その頬に片手を添える。
その、放心したような幼い顔立ちを見つめ、一瞬躊躇う様に視線を伏せる。
が、ゆっくりと顔を近づけると、そっと、その唇に己のそれを重ねた。
そのとき、アメリアは、呆然とその様子を感じていた。
目の前に、迷うような緑の瞳が見えた。
一瞬の逡巡。
迷った瞳のまま、近づいてくる、最近知り合った男の顔。
重ねられる、相手の唇。
脳裏に浮かぶのは、あの日に交わされた一瞬の口付け。
相手は、彼では無い。
望んだ彼は、ここにはいない。
絶望が、心に染み込んでいく。
もう、全てがいやだ。
何もかも、投げ出して、死んでしまいたい。
イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ
心を埋め尽くす、ただ一つのイメージ。
心が・・……壊れてしまう・………。
「はい、そこまでです」
唐突に響いた言葉に、最初その場にいた全員が対応できなかった。
声を発したのは、キースだった。
鋭利な刃物を思わせるその微笑みは、リナ達にある人物を連想させた。
「ガウリィ!!!」
「ああ!!なんで今まで気がつかなかったんだ?!」
そう叫ぶと、舞台に向かって駆け出した。
しかし、舞台の周囲にはすでに不可視の結界が張られていた。両手をそれに叩きつけて、リナは壇上で薄く笑っている人物を睨みつけた。
「一体、どういうつもりよ!!ゼロス!!!!」
リナの叫びに呼応するかのように、キースの姿がぐにゃり、と歪んだ。
ゆっくりと、その姿を現したものは。
間違いなく、9ヶ月前、ともに戦った魔族。獣神官ゼロス、だった。
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