贖罪の時(4) 乱-1
狂宴
今回の仕事は、楽しかった。
打算、欲望、悲哀、絶望、嫉妬と羨望。
ありとあるゆる負の感情が溢れていた。
特においしいと感じたのは、アメリアの感情だった。
表には出さず、内に溜め込んだ感情は、他の人間の何倍も大きかった。
だから、彼を待つ間に暇つぶし程度で、司会をやってみた。
ガウリィの人間ばなれした直感から逃れるために、異世界の人間(?)の姿まで借りた。
パーティが終わりに近づくにつれ、アメリアの負の感情が大きく、強くなっていった。
そして、誓いの儀式。
彼の偽者に口付けをされた瞬間、彼女の感情は、停止した。
それと同時に、心の琴線に何かが触れた。
それは、待ち望んでいた、彼の存在。
気配が、予想よりも早く、ここに近づいていることが分かった。
だが、彼以外の存在は、感じられない。
一人で、近づいてきているのだ。
彼女を、守るために。
だから、彼の目の前で彼女に止めをさせなければならない。
魔族を憎むように。
それを倒すために、力を望むように。
予想外にもここにいる、あの二人に邪魔されずに行わなければならない。
だから・・……
「彼が来るまでに、虫の息ぐらいにしておきたいですね・・…」
そう思って、彼らの周囲に、力を解き放つ。
「ゼロス!!!何をするつもりなの!!」
不可視の壁に拳を叩きつけながら、リナが叫んだ。
祭壇には、姿を現したゼロスと、突然のことに呆然としている"ゼルガディス"、そして未だに放心しているアメリアがいる。
彼の目的は、一体どっちなのか、彼女には分からなかった。しかし、獣神官ゼロスが相手となれば、生半可な理由ではないことは分かる。
そんな彼女を、ゼロスは面白そうに見つめると、ゆっくりとアメリアの腕を引いた。アメリアは、とくに抵抗するでもなく、彼の傍まで歩み寄る。そのぼんやりとした瞳には、何の感情も表れてはいない。
「今回は、アメリアさんに用があるんです」
「何のために!!」
「もちろん、それは、秘密です(はぁと)」
いつもの台詞を、いつものポーズで言ってのけた。その時、
「アストラル・ヴァイン!!!」
ぶん!!
『なっ!!!』
リナとガウリィの声がはもる。
ゼルガディスの呪文を唱え、ショートソードの魔力を込めたのは、彼本人ではなかったからだ。
「アメリア姫を、はなせぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
"ゼルガディス"が赤く輝くショートソードを、ゼロスにむけて振り下ろす。
なかなかの太刀筋ではあったが、あっさりとゼロスにかわされる。
ニ度、三度と攻撃を繰り返すが、全て余裕でゼロスはかわす。実力が、違いすぎるのだ。
「おやおや、なかなか勇敢ですねぇ」
彼の攻撃をかわしながら、ゼロスがのんびりと呟いた。
「ですが、いつまでも僕の邪魔をされても困りますね、『偽者』さん」
「な!!!」
その台詞に、一瞬だけ"ゼルガディス"の動きが止まった。
ゼロスが、その腹部に杖を叩きこむ!
「う・ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
為すすべもなく、後ろに吹っ飛ばされた。恐らく、一箇所だけ壁を取り除いたのだろう、"ゼルガディス"が舞台の上から転がり落ちた。
「おい!!大丈夫か!!」
駆け寄ったガウリィが、慌てて抱き起こした。肩を支えて抱え起こすと、"ゼルガディス"が赤黒い血を吐いた。内臓をやられたのかもしれない。
「回復のできる神官を!!」
リナが叫ぶと、ゼロスの登場とともに、舞台から一定距離を置いたギャラリーを押し分けるように、神官たちが現れた。そして、急いで『リザレクション』を唱えると、安心させるようにリナ達に向かって頷いて見せた。
それにしても、彼の叔父であるはずのジャベルはまったく姿を現していない。自分の血縁者のはずの彼が、こんなにも傷ついているのに。そのことに深い憤りを抱いた。そして、彼を呼びつけようとしたとき、背後からものすごい足音と、声が迫ってきた。
「アメリアぁぁぁぁぁぁ!!まっておれぇぇぇぇぇぇぇ!!いま!この父が、助けてやるぞぉぉぉぉぉ!!!」
フィリオネル王子が、涙を流しつつ駆け寄ってきたのだ。
「ぬうぉぉぉぉぉぉぉぉ!!ちぃぃちぃぃのぉ、あぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
いつもの調子で叫ぶと、ゼロスの張った結界に向かって拳を繰り出した。
ごぃぃぃぃぃぃぃぃんん!!
奇妙な反響音とともに、一瞬だけ壁が揺らめいた、ような感じがした。が、いくらフィリオネル王子が人間離れしているとしても、それはあくまで人間の範疇で、だ。
魔族において、高位に入るゼロスの張った結界が崩れるはずもない。
「ぬぅぅぅぅ!!おのれ、悪の御使いめ!!!我がセイルーンが狙いなら、正々堂々とわしを狙うが良い!!!」
なおも拳を結界に叩きつけつつ、憎悪の入り混じった凄まじい顔でゼロスを睨んだ。心臓の弱いものなら、それだけで発作を起こしてしまうだろう。だが、その視線をさらりと受けて、ゼロスはにっこりと微笑んだ。
「いえいえ、今回は別にセイルーンが目的ではありませんから、安心なさってください」
その台詞に、あからさまな安堵のため息がギャラリーから聞こえた。
自分の身に火の粉が降りかからないのなら、と安心したのだろう。しかし、その態度は当事者達にとっては、憎悪の対象にすらなる。フィリオネルは、ぎりっと唇をかみ締めると、ゆっくりと、拳を握り締めた。
「では、儂の娘に一体何の用があると言うのだ!!」
かすかにその体が震えているのは怒りのためだ。
「う〜ん、しいて言うなら、単なるおとり、ですね。僕らの目的のための」
人差し指を口元に当てると、さらり、と言ってのけた。
「なんじゃと!!!!」
激昂したフィリオネルが、さらにその拳を壁に叩きつけようとしたとき、ぽん、とその肩に小さな手が置かれた。
「フィルさん。悪いけど、あいつには人間の力なんて通じないわ。ここは私達に任せて」
「うんうん。ゼロスじゃ、いくらフィルさんでも、素手じゃ無理だよなぁ」
悔しそうに、フィリオネルの顔が歪んだ。自分の娘が危ないというのに何もでき無い無力感が、その心を襲う。が、彼も一国の指導者。引くべきときは心得ている。ゆっくりと頭を下げると、ただ一言だけ呟いた。
「よろしく頼む」
と。血を吐くような声で、それだけいうと、一歩下がった。
リナは、そんなフィリオネルに頷くと、未だ舞台の上にいるふざけた獣神官を睨みつけた。
「いやだなぁ、リナさん。そんな怖い顔で。僕だって仕事でしょうがなくですねぇ・…」
「だったら、私達の妨害を素直に受けなさい!ガウリィ!!」
「おぅ!!」
腰にさしてあった剣を抜き放つ。
『斬妖剣』。薄紫色のその剣は、その切れ味ゆえに伝説になっている。
それをしっかりと握り締めると、目の前にあるはずの壁に向かって構えた。
それに対し、別に慌てた風もなく、ゼロスはのんびりと首を傾げた。
「う〜ん、そういう訳にもいかないんですよねぇ」
そういうと、ふわり、とその体を宙に浮かせる。それにともなって、アメリアの体も宙に浮き上がり、十字架に駆けられたように宙に張りつけられる。
「それ以上、妙な真似をしないでくださいね。何か行動を起こせば、即アメリアさんを殺します」
薄く目を開いて、優しい声で囁いた。手に持った杖がアメリアの首に当てられる。彼は、本気だった。
それが感じられたからこそ、二人の動きが止まる。
それを確認して、ゼロスがにっこりと微笑んだ。
「でも、結局は殺しちゃいますけどね(はぁと)」
「なん(ですって)(だと)!!!!」
ざしゅぅ!!
リナとガウリィの声と同時に、鮮血が飛び散った。
アメリアの両足の腱が風に切り裂かれたのだ。
「……ぅぁぁああああああああああ!!!!」
その痛みに、放心していたアメリアが叫び声をあげた。顔が、苦痛に歪む。
『アメリア!!!!』
「う〜ん、苦痛の感情もなかなか(はぁと)。ですが、まだまだです」
ゼロスが杖を振り下ろすと、再び風がアメリアを切り裂く。今度は、腹部を。純白のドレスが、彼女自身の血によって深紅に染め上げられていく。
「くぅぅぅぅ、はぁ、はぁ、はぁ…・」
痛みに、アメリアがうめき声を漏らした。遠巻きに見ている貴族達の何人かが、その凄惨な様子に気を失った。
けれど、それだけでは彼は止まらない。
「…・今度は、腕ですね」
そう呟くと、そっとその腕をとった。優しい、とさえ思える仕草で。
「!!!ゼロス!!やめなさい!!!」
ぼきぃい!!
「あ、ああああ・あああああ!!!」
鈍い音が響いた。ゼロスに掴まれた腕が、奇妙な方向に捻じ曲がっている。アメリアの間接を握りつぶしたのだ。その痛みに、声があふれる。
「けっこう、元気ですねぇ。ではこれでどうです?」
ふっと、その姿が消えた。と、同時に、無数の円錐状の者がアメリアに多数の、細かな傷をつけていく。
「あぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!」
アメリアの絶叫が、パーティ会場を貫いていく。その純白だったドレスはぼろぼろになり、彼女の血によって元の色さえわからなくなっている。
その凄惨な様子に、こらえきれなくなってリナが叫んだ。
「いい加減にしなさいよ、ゼロス!!アメリアをそれ以上傷つけたら、あんたを絶対に滅ぼしてやるわ!!!」
「ゼロス!!もういいだろう!!いい加減にしないと、アメリアが死んじまう!!」
ガウリィが、斬妖剣を構え直した。が、
「邪魔しないでください、と言ったじゃないですか」
そう囁くと、すいっと、杖を横にふった。その瞬間、凄まじい力がガウリィを襲う。
「ぐぅ!!」
その衝撃を何とか剣で受けたものの、支えきれずに後ろに吹き飛ばされる。
「ガウリィ!!」
「リナさんも・・…、邪魔しないでくださいよ。僕がその気になれば、ここにいる人たち全員の命を奪えるんですから」
「…!あんたは!!」
にっこりと、くぎをさすとアメリアに向き直った。しかしその時、ゼロスの表情が怪訝なものへと変わった。
「どういうことですか、アメリアさん?」
苦悶に歪む、アメリアの耳元に顔を近づける。
「……何故、あなたはそんなに喜びの感情を出すのですか?あなたに待っているのは、死だけだというのに」
確かに、彼女からは痛みに対する負の感情があふれている。しかし、それに負けないほどの正の感情もあふれているのだ。それは、強いて言うなら"安堵"という感情だ。
「なぜです?」
ゼロスの声に、アメリアはゆっくりと意識の奥へと落ちていく。
体中が熱い。
何故?
命の源が流れているから。
私は、死ぬのだろうか?
では、全てから解放される。
国からも、民からも、その義務からも。
何もかも投げ出せたら、どんなにか幸せだろう。
そう思っていた。
今、それが叶う。
魔族に殺されるのなら、仕方が無い。
そう思われる。
それならば、誰もセイルーンを責めはしない。
それで、いい。
最後の心残り。
あの人を待てなかった。
約束したのに。
ブレスレット、返してもらうって……。
まぶたに浮かぶのは、最後に見たあの人の、姿。
ameria
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by絹糸様
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心の破壊は
儀式の始まり
血と叫びがあがる時
かの少女は彼を想う
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