贖罪の時(4) 乱-2
朱と金


 血が、流れ出す。
 滴るそれが、舞台の上に大きな、赤い池を形作る。
 『アメリア!!!』
 リナとガウリィが叫んだ。アメリアの顔から、どんどん血の気が失せていっている。
 このままでは、出血多量でその命さえ危うい。
「ゼロス!!なんなの!!一体何の囮なの!!それぐらい教えてくれたっていいでしょう!!!」
 時間がほしい。ゼロスの隙を誘えるような、時間が。何よりも、これ以上アメリアを傷つけさせないための時間がほしかった。
 だから、何とか注意をこちらにむけさせる。
「そうですねぇ。じゃぁ、一言だけ。ゼルガディスさんに対する、囮です(はぁと)」
「ゼルガディスの?!」
 ガウリィが驚きの声をあげたが、リナは特に驚かなかった。ゼロスほどの魔族が出てくるのなら、相手もそれなりの実力を持っているとは思っていた。しかも、アメリアのために命をかけられるもので、ゼロスが相手を勤める、となればその範囲は思いっきり限られてくる。そして、思いつくのは一人しかいなかった。
「何で、いまさらゼルを引き入れようと思うのよ?今まで一緒に入ても、そんなこと考えもしなかったくせに!?」
 下からゼロスを睨みつけた。ゼルガディスとゼロスは、結構長い間いっしょに行動していた。しかし、今までそういうスカウト関係はしていなかったはずだ。しかも、こんな強引な手段をとる事は無いはずだった。
 何が、変わったのか?
 それを口に出しても、相手は決して答えない、とわかってはいたが、時間を稼ぐために口に出す。

「あんた達が急に興味を示すってことは、ゼルになんかあった訳よね?一体何があったの?ゼルはどこか変わったわけ?」
 ほんの少し、ゼロスの表情が動いた。それをリナは見逃さない。
「やっぱり。で、何があったわけ?しらを切ろうってんなら…・」
「切ろうってんなら・…?」
 顔を引きつらせつつ空中で一歩引いたゼロスに、リナはにっこりと微笑みかけた。
「故郷のねぇちゃん呼んでやる(はぁと)」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!それだけはぁぁぁぁぁ!!!!」
 汗をだらだら流しつつ、本気でおびえる獣神官。一体どんな人なのだろう、スィーフィード・ナイト……。
 リナは、にやり、と笑みをつくった。
「じゃ、教えてくれるわよねぇぇぇぇぇぇ!!」
「…そ、それは!!」
 ぐっ、と言葉に詰まった、その刹那。
「何!!」
 ゼロスは、上空に気配を感じた。

 振り仰いだ先には、金の光に包まれた三つの人影。

         
 
 金髪の、すらりとした美女が最初に降ってくる。
「フィリアさん?!!」
「アナク サルム ナタク サクム・・・・カオティック・ディスティングレイト!!!」
 カッ!!どこぉぉぉぉん!!!
 フィリアの放った神聖魔法がゼロスの結界を破壊する。
「く!!よくも!!」
 爆煙の中、敵の姿を探してゼロスが目を凝らしたとき、両肩に何かが触れた。
 薄い緑色の髪をした幼い竜族。それが、彼の両肩に手を置いて顔を真正面に持ってきている。
「ヴァル君?!!」
「ぉぉぉおお!ディフレッシャー!!!!」
 きゅぉぉぉぉぉ!!!
 ヴァルのレーザーブレスがゼロスの顔面を襲った。
「くぅ!!」
 至近距離で食らったために、ゼロスが吹き飛ばされる。
 そのため、アメリアにかかっていた束縛が解かれ、その体ががくん、と傾いた。
「アメリア!!!」
 最後に降ってきたゼルガディスが、空中でアメリアを抱きとめ、その体をしっかりと抱きしめる。
「レビテーション」
 静かに唱えた呪文が、ふわり、と彼の体に浮力を与えた。ゆっくりと地上に舞い降りる。

「ゼル!!」
「ゼルガディス!!」
「アメリアぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 大地に片膝をついたゼルガディスの傍に、フィリオネル、リナとガウリィが駆け寄った。
 そんな三人に、ちらり、と視線を向けるとかすかに頷いて見せた。そして、自分の腕の中のアメリアを見つめる。血が、彼の白い衣装さえも赤く染め上げていく。
 全身ぼろぼろで、出血が激しい。着ているものの色さえ分からないような出血の量。失血性のショックを起こしているのかもしれない。痛みのために呼吸が荒く、顔にはチアノーゼの徴候が現れている。瞳の焦点が、合ってはいない。
 そのアメリアの耳に、優しく囁く。
「アメリア。…すまなかった」
 そして、懐から小さな丸薬と水を取り出すと口に含んだ。
 そっと、アメリアの唇に自分の唇を重ね、口に含んだ丸薬を水と一緒に流し込んだ。
「今は、眠れ・…」
 アメリアの荒かった呼吸が、徐々にゆっくりとしたものに変わっていく。焦点の合っていなかった瞳が、一瞬だけ彼の姿を捉えた。唇が、何か言葉をつむいだようだが、それはゼルガディスにしか聞こえなかった。瞳がゆっくりと閉じられた。
「ゼル?今のは…?」
「強力な睡眠薬だ。これ以上痛みを感じていると、そのせいで呼吸ができなくなる可能性も有るからな」
 けれど、呼吸が正常に戻ったとしても、彼女の怪我は命取りになるものばかりだ。
「フィリア!!頼む!!!」
 少し離れた所で、ヴァルとともにゼロスを警戒しているフィリアを呼ぶ。人の白魔法よりも竜族の術の方が強力なのだ。
「あ、はい!!」
 慌てて駆け寄ると、アメリアの様子を見て一瞬足を止める。その凄惨な様子が、彼女をひるませた。
(これを、ゼロスが・・…)
 認めたくは無かった。けれど、これではっきりする。彼は、魔族なのだという事が。
 ゼルガディスの傍らに座り込むと、そっとアメリアの傷ついた体を受け取った。ぬるり、とした血の感触が手に張りつく。
 なるべくそっと、アメリアの体を大地に横たえると、竜族特有の回復のための呪文を唱え出す。アメリアにかざした両手が淡く輝き始める。
「助かるか?」
 その瞳に、悲痛なほどの痛みを秘めて、ゼルガディスが尋ねた。顔が青ざめている。同じような感情を宿したもう三対の瞳も彼女に突き刺さる。
 フィリアは目をアメリアからはずさないまま、頷いた。
「出血がひどいですけど・・…何とか、なると思います…・・」
 その言葉に、全員がほっと息をついた。

「むめよぉぉぉぉ!今すぐ、あの卑しい闇の使いを捕まえてやろぅ!!そして、二人で正義の道へ呼び戻そうではないかぁぁぁぁ!!!じゃから、じゃから、早く元気になるんじゃぞぉぉぉぉ!!」
 ぶっ壊れた涙腺全開で涙を流し、血にまみれたアメリアの手を握ってフィリオネルが泣き叫んだ。そして、やおら立ち上がると、いつのまにか立ちあがって、こちらを睨みつけているゼロスに向き直る。
「そこへ直れ、小悪党!!!」
「小、小悪党…」
「今からわしが、正義の何たるかについて、教育してやろう!!!居ずまい直して、心して聞くが良いわぁぁぁぁ!!では、正義の道、第一章!!いかにして、悪を更正させるべきかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「いえ、僕は元々魔族ですから・…更正も何も・…」
「聞かぬ!!!わしの言葉を聞けば良い!!!」
 張りきって口を開きかけたとき、腕を掴まれ、思わぬ強い力で引き戻された。つかんだ手の主を見ると、意外にも、華奢な体をしたゼルガディスだった。
「すまないが、フィルさん。あれは、俺の、だ」
 静かな、けれど有無を許さないその口調は、セイルーンの実質的指導者を一瞬ひるませ
た。
 その隙に、フィリオネルの巨体を押しのけてゼロスに向かい合った。リナとガウリィがその両隣に立つ。

「アメリアに手を出したな?」
 静かな、声だった。しかし、その場にいた者全員の背筋に、氷水を流されたような悪寒が駆けぬけた。それほどまでに、深い怒りと憎悪をはらんだ声だった。
その声に、意識が朦朧としていた"ゼルガディス"も気がついた。ぼやける視界で、必死に状況を探ろうと目を凝らす。その瞳が、新たに増えた人影を捉えた。
 大地に横たえられたアメリアを回復している金髪の美女。
 その横で、彼女を除きこんでいる薄緑の髪の少年。
 そして、先程の声の主。白い貫頭入に身を包まれた男は、鋭いまなざしを目の前の魔族に向けている。その視線の鋭さに、彼はある人物を思い出していた。けれど、彼の皮膚は、岩で。耳は、尖っている。しかし…。
 彼の思いは、ゆっくりと浸透していく。

 あからさまな殺気を放つゼルガディスに、ゼロスは悪びれた風もなく、にっこりと微笑み返した。
「はぁ、これぐらいしないと、ゼルガディスさんは仲間になってくれないでしょうから」
 ははは、と軽く笑いながら頭をかいた。
 ゼルガディスの殺気が、危険なほどに膨らんでいく。ともに旅をしていたリナとガウリィでさえ、鳥肌が立った。
「…返事は、まだしていなかったはずだが?」
「ですから、いつでも殺せる、と言う事を知っておいていただこうと思いまして。まぁ、あなたが仲間になってくださるのなら、僕も二度と手出しはしませんが」
 その言葉に、リナは気付いた。ゼロスはアメリアの命と引き換えに、ゼルガディスをスカウトしていたのだ。しかし……。
「あの様子では、そのまま殺すつもりだったんじゃ無いのか?」
 ゼルガディスはちらり、とアメリアを見る。普通の回復魔法では間に合わないかもしれないほどの、傷。自分の服に付いた血を見ながら、確信を持つ.
「さぁ、それはどうでしょう」
 この期に及んでしらを切るゼロスの態度が、気に障る。
「では、ここで返事をしてやろう。答えはNo.だ」
「ほぅ。では、アメリアさんの命がどうなってもいい、と?」
 ゼロスが薄く目を開いて、揶揄するように問いかけてくる。
「よく言うぜ。俺が仲間になろうとなるまいと、アメリアを殺すつもりだったくせに」
 さらり、と言い捨てた言葉に衝撃を受けたのは、当のゼロス以外のもの達だった。

「ちょっと、ゼル!どういうことよ!!」
「一体、何がどうなってるんだぁ?!」
「ゼルガディス殿!それでは、娘は、アメリアは、これからも狙われると言うのか?!!」
 三方向から大声を出され、ゼルガディスが少々顔をしかめた。
「考えれば簡単なことだ。俺が仲間にならないといえば、アメリアを殺して魔族に対抗する力を求めるようにする。そうなると、魔族の仲間にでもならんことにはゼロスには勝てない。こっちの方は分かるな?」
 全員が頷いた。
「で、俺が仲間になる、と言えば、俺を魔族なりに改造した後、やはりアメリアを殺す。これは、魔族に寝返った俺が、再び人間の方に付かない様にするための、いわば予防策だな」
 すらすらと自分の推測を並び立てながら、ゼロスの反応を盗み見る。しかし、ゼロスは訳の分からない微笑を保ったまま、こちらを見つめている。
「以上が根拠だが、反論は?」
「あなたは、本当に頭が切れますね。ですから、余計に惜しいですよ。もう一度聞きます。我らの仲間になるつもりは?」
「ない!」
 きっぱりと断ると、両隣にいる二人が無言で肩を叩いた。下手な言葉よりも、ずっと、嬉しかった。


zelgadis  
by絹糸様 
愛しい者をこの腕に
 その願いは果たされた
 愛しい笑顔をこの瞳に
 全てを終えて
 果たしてみせる

 


「そう、ですか。まぁ、枷も外れかかってますし、生きていられても困るんで、死んでもらいましょうか」
 にっこりと微笑んで、ふわり、と宙に浮く。
「さぁ、行きましょうか」
 その言葉を合図に、周囲の空間が変化していった。ゼルガディスがその空間に取り込まれそうになる。
『ゼルガディス!!!』
 その気配をいち早く察知したリナとガウリィが、ゼルガディスの肩をつかんだ。3人が、発生した空間に飲み込まれていく。
 だから彼らは聞かなかった。
"ゼルガディス"が叫んだ言葉を。
 異空間に消え行くゼルガディスに向かって叫んだ、その言葉。
「兄さん!!!」
 という、言葉を……。




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