贖罪の時(4) 乱-3
視野


 周りの風景がよく見えない。
 見えるのは、正面にいる、魔族。
 ぬるり、と感じるのは、彼女の血。
 まぶたに浮かぶのは、朱にまみれた、少女。
 自分を見た瞬間、泣きそうになった、あの顔。
 決して、許せるはずなど無い。
 右の瞳に熱が宿る.
 そんなことも気にならないほど、心が締め付けられる.
 自分が、許せない、と思う存在は今目の前にいる・….
 
 完全に閉じた空間の中で、リナ、ガウリィ、ゼルガディスの3人は、ゼロスと向かい合っていた。
 3人とも、今は完全にその怒りを隠そうともしていない.
 そんな3人を見つめながら、ゼロスはにっこりと微笑んだ.
 「おやおや、リナさん達まで入ってきちゃったんですか?」
 どこか困ったような声を出して、ゼロスはぽりぽりと頭をかいた。
「あの?、できればこのまま、お帰り願いたいんですが…」
「却下よ!!あんたがゼルに手を出すって分かっていて、帰れるわけ無いでしょ!!」
「そういう事だ!」
「…ですよねぇ。困りましたねぇ、リナさんたちに関しては命令が出ていないんですけど…」
 そんなことを、全然困っていない表情で告げてくる.
「しかしまぁ、これも現場の判断、という事で、獣王様に納得していただきましょう」
 一人で納得すると、一つうなずいてゆっくりと3人に一歩踏み出した.
 3人が、その動きに合わせて一歩引く.
 その場にいる3人とも、人間達の中ではトップクラスの強さをもつもの達だが、獣王の片腕であり、高位魔族であるゼロスに対し、生半可な攻撃で倒せるとは思ってはいない。
 その警戒心が、彼らに一歩を退かせた.
 おかしそうにゼロスが咽を震わせる.
「どうしました?逃げていては、僕に勝てませんよ?」
 相手を追い詰める魔物そのものの残酷さを、瞳にたゆたわせて、にっこりとゼロスが微笑む.いつもの人を食ったような微笑みではなく、魔族そのものの笑み.
 その笑みを睨みつけながら、3人が小声で声をかわす.
「どうする、リナ?」
「ちょっと、待ってよ.今考えてるんだから!」
「そんなこと言ったって、あいつは待っちゃくれないぞ」
「分かってるけど…」
 切羽詰った状況が、ますます考えを失わせていく.戦うにしても、考える時間がほしかった.

 そう思っていると、また一歩ゼロスが近づいてくる.
 また一歩下がった.その時、思いきったようにゼルガディスが口を開いた.
「俺に考えがある」
「どんなやつ?」
「時間が無いから、手短に言うぞ。まず、旦那と俺でやつの動きを何とか止める.そこにリナのラグナブレードを食らわせてくれ」
「けど…、接近戦であいつに当てられるかどうかの保証は無いわよ」
「かまわん.他にてはあるか?」
 リナとガウリィが首を横に振った.
「なら、決まりだ」
「わかった!」
「OK」
 3人が、同時に頷いた.

「ご相談は終わりましたか?」
 ゼロスが、その余裕そのままに、優雅な足取りで近づいてくる.
 その、圧迫感.
 破壊への喜びをあふれさせながら、近づく力.
 全身から、冷や汗が流れるのが分かる.
 しかし、3人とも何故か口元に浮かぶのは笑みだ.
 思い出すのは2年前.
 目の前の敵よりも強大な、魔王に、たった3人で挑んで行ったあの時。
 今よりも、絶望的だった.けれど、自分達は今生きている.
 ならば、今回だって生き抜いてやる!!


1st members
by絹糸様 
  奮える体
 流れる冷や汗
 わき上がる高揚感
 知っている この感じ
 絶望と期待の交錯
 そう これは
 戦い

        


「いくわよ!!二人とも!!!」
「おう!!」
 ガウリィが腰の剣を抜き放つ.刀身が薄紫色に輝くそれは、その切れ味ゆえに伝説となった「斬妖剣」.
「アストラル・ヴァイン!!!」
 ゼルガディスのブロードソードが赤い輝きを放ち始める.
「ふ、ん?接近戦ですか?二人掛かりとはひどいなぁ」
「何とでも言え!!」
 ゼルガディスが、先に間合いを詰める.
 突き出される赤い刀身を、難なくよけながら、すれ違い様にその背後に杖を叩きこもうと振り下ろす.
「俺を忘れるなよ!!ゼロス!!」
 杖がゼルガディスに届く寸前に、ガウリィがそれをはじき返す.
 ぎぃぃぃん!!という、重い音とともにガウリィとゼロスが自分の獲物を手に睨み合う.

       
 ふっと、ガウリィがその力を弛め、ゼロスが体勢を崩した隙に一歩下がる.
「エルメキア・フレイム!!!」
 きゅぉぉぉぉぉ!!
 青白い閃光がリナの手から放たれる.
 普通の人間なら、体制を崩された所にいきなり打ち込まれればよけられない.が、ゼロスは魔族だ.接近する青白い閃光を確認するや否や、すっとその姿が掻き消える.閃光は、ついさっきまで彼がいた場所をむなしく通りすぎた.
「一体どこに?!」
 ガウリィが自分の周囲を見渡した.
 魔族であるゼロスは、自由にその身をアストラル世界に戻せる.
 そして、次ぎに現れる場所は消えた場所とは限らない.
「ガウリィ!!ゼル!!固まって!!」
 後ろから襲われれば一たまりも無い.3人はお互いに背を向けて、一所に固まった.

「どこから来る?」
 そう、リナが呟いたとき、唐突にゼルガディスが二人を突き飛ばした.そして自分もその場を飛び退る.
 その刹那.
 黒い力の塊が、真上から降ってきた。
 凄まじい爆発が3人を吹き飛ばす.
 3人が、なんとか身を起こしたとき、どこかからゼロスの声が聞こえてきた.
「どうしました?あなた達の力はそんなものですか?」
 小ばかにしたような口調に、リナがぎっと唇をかんだ.
「アストラル世界からこそこそ攻撃しといて、偉そうなこと言ってんじゃないわよ!!この、パシリ魔族!!」
 どこにいるのか分からないので、とりあえず空中を見つめながら叫ぶ.
「それとも何?!獣王の腹心は、たかが人間を恐れて、怖くて出てこれないのかしら?!!それは、光栄と思っていいのかしら!!!」
 挑発して、何とか姿を見せれば、ラグナブレードを叩きこむチャンスができる.しかし
「あなた達が『たかが人間』じゃ無いことは、僕がよく知っていますので確実な方法を取らせていただきますよ」
 さすがに、獣王の腹心は乗ってこない.落ち着いた声がゆっくりと遠ざかると、空間は再びじっとりとした沈黙に包まれた.
 再び固まった3人が、隙なく構えながら周囲に目を凝らす.
 それを破ったのは、再びゼルガディスだった.

「ガウリィ!!後ろだ!!!!」
「!!!」
 その声に、まさに本能と言っていいほどのスピードでガウリィが反応する.
 構えていた剣を逆手に持ちかえると、そのまま右の脇の下越しに刀身を後ろに突き出す.
 一拍の間.
 次ぎの瞬間、そこの空間を引き裂いて黒い人影が落ちてきた。そのわき腹に、ガウリィの突き出した刃が突き刺さっている.
「…つぅ、これは、ちょっと、効きますね。さすが、覇王様を退けただけはあります。しかし…」
 少し、顔をしかめながら「斬妖剣」から体を引きぬく.そして、ふわり、と空中に浮いた.そして、再びその姿が掻き消える.
「お遊びはここまでにしておきましょう!!」
 まぐれでもなんでも、彼の体に傷をつけたことで、本気になってしまったようだ.その声からは、紛れも無い殺気が感じられる.
(ガウリィの野生の勘も、アストラル界にはきかないだろうし.どうする?)
 そう思って、視線をさまよわせたとき、ゼルガディスの姿が目に入った.
 何かを必死で追いかけるように、その目を宙に向けている.ゼロスの出てくる所を探しているのか、と最初は思ったが、次の瞬間、それが違うことがわかった.
 彼の視点が、どこか一点をいつも追いかけているのだ.その目は、確実に何かを捉えている.
「……まさか!!ゼル、あんた、見えるの?!」
 信じられない思いで叫んだら、ゼルガディスはわずかに頷いて見せた.
 あまりの事に、戦いのさなかだというのにゼルガディスの顔を見つめてしまった.
 そして、一つのことが頭に浮かぶ.
「その力のために、魔族に…?」
 確かに、アストラル世界が見えるなんて、魔族にとっては、自分の家をフルオープンで見ているようなものだろう.
 そう、思ったとき、ゼルガディスの鋭い叫びが彼女を現実に引きもどした。
 戦いは、まだ、続く.



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