贖罪の時(4) 乱-4
深紅


「リナ!よけろ!!」
 ゼルガディスの叫びに、慌てて体ごと前に倒れこむ.その真上を、黒い円錐状のものがかすめ、消えた.
 記憶にある.確かゼロスの本体.
「ぼぅっとするな!!次が来るぞ!!」
 瞳を宙に向けたままのゼルガディスが、その姿勢のまま怒鳴った.
「分かってるわよ!!」
 叫び返しながら、あわてて身を起こす.
 そして、ちらり、とゼルガディスの視線を向けてみた.いつもの通りの姿なのだが、どこかに違和感を感じる.
 しかし、今は戦いの最中.すぐに視線を戻すと、自分の唱えるべき呪文を口にのせる.
 ゼルガディスが彼の姿が捉えることができ、ガウリィが魔族にも有効な魔法剣を持っている.
 これなら、当たるかもしれない.
 万物の母たる存在から生み出されし、虚無の刃が.
――――――四海の闇を統べる王
       汝の欠片の縁に従い
        汝ら全ての力もて
         
     我に更なる力を与えん―――――――
 四つのタリスマンが、リナのキャパシティを一時的に増強する.
 それを確認して、ガウリィがサポートに回るべく彼女の横に立った.
 後は、ゼルガディスの声一つ.

 右の瞳が熱い.
 痛みは不思議と無かった.
 その熱が、彼にアストラル世界の映像を伝える.
 ひどく粗雑で、かすれかすれではあるが、見える.
 その姿を追いながら、ゆっくりと息をする.
 相手は、まだ自分が見られている事に気がついていない.
 ならば、気付かれない内に叩かなくてはならない.
 隙をつけるのは、もうこの手しかなかった.

「ガウリィ!!右後方!!」
「そ・こかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 振り向きざま刃を横に払った。
 がきぃぃん!!
 何かにぶつかる音と、衝撃がガウリィを貫いた、が一瞬の後にそれが消える.
「リナ!!左斜め上!!」
「くぅ!!」
 リナが右後方に飛び退る.その一瞬後を見なれた杖が通りぬける.
 ガウリィがリナの前方に立つと、その剣を構えた。
 しばしの静寂.しかし、すぐにそれは破られる.
「ガウリィ!!リナ!!その場を離れろ!!!」
 切羽詰ったゼルガディスの声に、二人は別々の方向に駆け出す.リナのマントが一瞬間に合わず、空間からそのまま出てくる無数の黒い錐に貫かれた.
「ああぁぁぁぁぁぁ!!!この間おろしたばっかりなのにぃぃぃ!!高かったのよ、これ!!」
 裂かれたマントの端をつまんで、リナが怒鳴る.
「もう!!ぜぇぇぇったいにゆるさないんだからぁぁぁぁぁ!!!!ゼル!!つぎは?!!」
 ばっと、振り返ってゼルガディスを見ると、額に汗を浮かべて苦しそうな表情の彼がいる.アストラル世界を見る、という事は、かなりの体力と集中力を必要とするようだ。
(ゼルの限界が近いかもしれない) 
 そう感じた.だから、ゆっくりと息を整え、来るべき瞬間に備える.

 長い長い時間だったような気がする.けれど、ほんの数瞬間.息を潜めて、ゼロスの出かたをうかがう.
 右の瞳は、相変わらずゼロスの姿を捉えてはいる.
 しかし、そのゼロスの行動がおかしい.
 いぶかしんで、それでも視線ははずさないように必死で追いかける.
 唐突に、そう、それは突然ゼルガディスの前に姿を現した.
「こんにちは。ちょっとお話があります」
「何!!」
 にっこりと笑うと、対応などするひまも与えず、どこに力があるのか分からないような細腕で襟首を掴まれる.そして、そのまま共に宙へと舞い上がった.
「ゼル!!」
「ゼルガディス!!」
 足元でリナとガウリィが彼の名を呼んだが、ゼロスは気にした風もなくその杖を彼の首に押し当てる.
 ぐ、と杖で首を押さえつけながら、ゼロスがじっとゼルガディスの顔を覗きこんだ.
「何故、僕のことが見えたんですか?いつからそんな妙な力が?」
 本気で知りたがっている声だった.だからこそ、ゼルガディスは鼻で笑う.
「ふん、知らんな.お前らの方が詳しいんじゃないのか?」
 半ばは真実、残りは単なる嫌味.呟いた瞬間、咽もとの杖がさらに押し付けられる.
「くぅあ…」
 その息苦しさに、首がのけぞる.
 その瞬間、ゼロスの瞳が見開かれた.いつもののんびりした表情が完璧に消え去った.

        

 片手でゼルガディスの首を圧迫しながら、残る左手でその顎をつい、と持ち上げる.
 そして、その右の瞳、を覗きこんだ.
 一瞬の沈黙.
「なるほど。ルビー・アイ様の血の証明、ですか…」
 納得したように、にやりと笑みをつくった。
 そう。ゼロスが覗きこんだ右の瞳.
 それは、本来あるべき青い色ではなく.血の様に、いや、血よりも赤い深紅に染まっていたのだった.
―――魔王の子孫――――――
 それが、ゼルガディスに影響を与えているのだ.
「しかし、あなた自身は人間のようですね.魔王様の一部分が受け継がれているようで…」
 ゼロスの言葉が途切れた.完全に動きを封じられているはずのゼルガディスが、赤く輝くナイフをゼロスの腕につきたてたのだ.
「…つ!」
 一瞬、ゼルガディスを束縛していた力がゆるむ.その隙に彼は、するり、とその身を束縛から抜き出す.
  そのまま、落下する速度に身を任せ、地上に激突する寸前に唱えていた呪文を解き放ち、地上に降り立った.
 自分が、魔王の血を受け継いでいるなんて.戸惑いだけが大きくて、まわりに対してどう振舞ったらいいのか分からなかった.
 しかし、すぐにリナとガウリィが駆け寄ってくる.

 どういう顔をしていればいいんだろう、などと考える必要など無かった.
 二人とも、駆け寄ってくるなり、ゼルガディスの顔をのぞきこんできたのだから.
「ゼル!!目ぇみせて!!おお!ほんとに色が変わってる!!!」
「どれ!おおお!!一体どうやったんだこれ?」
「い、や。すきでなったわけじゃぁ…」
「ええ!!自然になったのかぁ!!ゼルガディスって、変わってるんだなぁ!」
「いや、本気で感心されても……(汗)」
「そうよ!ガウリィ!!こんな便利な力、自然になるやつなんて他にいないわよぉ!!らっきー!」
「らっきー!って、なにをさせる気だ!!」
「え?。結構話題になるかなぁ、な?んて♪」
「…俺は見せもんじゃない」
 いつも通りの会話が展開される.
 気負っていたものが、一気に抜けてしまった.そう、彼らにとっても自分にとっても、変わる事はなんにもない.
 自分は、自分.外見が変わってもそれだけは変わらない.譲れない.
 そう思って、くすり、と笑みがこぼれる.レゾのキメラに変えられた頃のは、そんなこと思えもしなかった.変わったのは、彼らのおかげ.自分を受け入れてくれた奇想天外な奴ら.


zelgadis
 by絹糸様 
 人ではない
 人だけど
 まともじゃない
 俺だけが
 でも

 仲間が いる

            
 


 ガウリィが頷いた.そして、リナがにっこりと微笑む.それに頷き返して、視線を宙に向けた.
 そこには、相変わらず笑みを浮かべたゼロスが浮いている.
「さて、ゼロスにお灸を据えて、帰るわよ!!!」
『おう!!!』



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