贖罪の時(4) 乱-5
陽炎
「ラ・ティルト!!」
きゅおぉぉぉぉぉ!!
青白い光りがゼロスを包み込む.が、それが完全にゼロスを捉える前に、彼は下に舞い降りた.
そこにガウリィとゼルガディスが同時に切りかかる.
「おおおおおおおお!!!!」
ガウリィの斬妖剣がゼロスに向かって振り下ろされる.が、紙一重でかわされ、ゼロスの肩を掠める.
「ちぃ!!」
ゼルガディスの、赤く輝く刃を.ゼロスが杖で防ぐ.
息をつかせぬ攻防が、閉じられた空間に振動を与える.
ゆれる空間の中で、ゆっくりとリナが息を吸い込んだ.
「ゼロス!!じいちゃんなんだから無理すんな、よ!!」
ガウリィが、人間ばなれした剣の技を繰り出す.
それをよけつつ、ガウリィに杖を叩きこもうとした.
が、ひゅっ、という軽い音とともに突き出された赤い刃に阻まれる!
「く!」
「ゼルガディス!」
「油断するなよ!ガウリィ!!」
ゼルガディスがちらり、とリナの方に視線を向ける。リナが、静かに呼吸を整えているのが視界に入る.
「よそ見とは、余裕ですね!」
ほんの一瞬の隙.
しかし、ゼロスにはそれで十分だった.
杖の先端を、思いっきりゼルガディスの腹部に叩きこむ。
「く、あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ゼル!!」
何とか剣の腹で受け止めたものの、勢いを殺しきれなくて、そのまま後方に吹っ飛んだ.
どかぁぁぁぁぁ!!
鈍い音を出し、結界の壁に衝突して、そのままずるり、と大地に倒れこむ.
皮膚が岩でできているのだからダメージが少ないはずだが、それでも普通の人間なら致命傷になっている攻撃だ.
「ゼルガディス!大丈夫か!?」
心配そうに駆け寄ろうとするガウリィを、ゼルガディスが片手を挙げて制した.
ゆっくりと体を起こし片膝をつくと、そのまま腹部に手を当てる.どうやら回復呪文を唱えるつもりのようだ.
その様子に、ガウリィとリナは、ほぅ、と息をつくと再びゼロスに向き直った.
リナが、小さな声でカオスワードをつむぎ出す.
――――――――――悪夢の王の一片よ
世界の戒め解き放たれし、凍れる黒き虚無の刃よ
「ラグナ・ブレード・…我らの母の力….しかし、当たらなければ意味はありませんよ?」
呪文を唱えるリナの姿を視界の隅に捉えながら、ゼロスが薄く笑った.
その様子を見つめながら、リナの脳裏には、さっき囁かれたゼルガディスの言葉がよみがえる。
『リナ.ラグナ・ブレードのカオスワードを、ゼロスにさりげなく気付かれるように唱えてくれ』
『さりげなく、って、何考えてるのよ?気付かれたらよけられるじゃない!!』
『ああ。しかし、ゼロスはお前がラグナ・ブレードを使えることを知っているし、警戒もしているはずだ.それに当てられると思うか?』
『…けど、他に方法は・・…』
『……試したいことがあるんだ.頼む』
『リナ。ゼルガディスを信じよう』
『……分かったわ。ゼル、あんたにかけるわ』
『ああ』
「僕が最後まで、それを唱えさせると思いますか?」
どこかうれしそうにゼロスが囁くと、ぎゅん!と間合いを詰める.
その杖が、リナにむけて振り下ろされた.ぎぃぃぃぃぃん!!!と、甲高い音を立てて、それは彼女に届く寸前にはじき返される.
「おっと!!リナには近寄らせないぜ!!」
「・・敵に回ると厄介な、過保護ぶりですねぇ!」
がっ!!!
ゼロスの杖と、ガウリィの薄紫の刃が交差し、まばゆいばかりの火花を散らす.
――――――――――――我が力、我が身となりて
ともに滅びの道を歩まん
「させません!!」
苦痛を覚悟で片手でガウリィの剣の刃を掴むと、自由になった杖をリナに振り下ろす。
「同じく、させん!!」
ガウリィが叫び、がら空きになったわき腹に渾身の力をこめて蹴りを叩きこむ.
ダメージを受けなくても、バランスを崩されて目的があやふやのなった杖を、リナが軽く身をひねってかわす.
―――――――――――神々の魂すらも打ち砕き!
「・…いい加減に!!」
「うお!!」
どかぁぁぁ!!
黒い力の塊が、ガウリィを吹き飛ばした.そのまま、くるりと向き直ると、最後の力ある言葉を解き放とうとしているリナに向かって、力をためる.
「残念ですよ、リナさん!!!」
黒い輝きを、瞠目しているリナに向かって解き放とうとした瞬間.
ひゅぅ!!!
空を切る軽い音とともに、数本の赤く輝くナイフがゼロスの胸に突き刺さった。
「く!ゼルガディスさん!!」
視界の隅に、口元から血を流しつつにやりと笑っているゼルガディスの姿が映る.注意が、一瞬リナからそれる.
その隙を、リナは見逃さなかった.一気にゼロスに駆け寄ると、最後の言葉を解き放つ.
「ラグナ・ブレード!!」
ぎゅぉぉん!!
リナの手の中に、黒い刃が現れる.それをゼロスに向かって一気に振り下ろした.
「食らいなさい!ゼロス!!」
「お断りします!!!」
振り下ろされた刃が、ゼロスに届く寸前.再びその姿が掻き消えた.
「避けたのか!リナ!!」
「そうよ!逃げられたわ!!変わりに……」
駆け寄ってきたガウリィの疑問に答えるリナの叫びと同時に、手の中の黒い刃も掻き消える.
その一瞬の後、ぴしり、とどこかにひびの入る音が響いた.
ぴしぴし、と軽い音がすばやく広がって行く.
「結界を切っただけよ!!」
リナの叫びを合図のように、ゼロスの張った結界の一部が崩壊した.
青い空と眩しい太陽の光りが差し込んで来る.結界が崩れたために、異空間が消えたのだ.その下には、突然のリナ達の出現に目を丸くしている貴族たちの姿がある。
しかし、今はそんなことをかまっているひまは無かった.
消えたゼロスは、まだほとんどダメージらしきものを受けてはいない.このままでは、負けてしまう.そう思って、崩れていない結界内に視線を戻した.
「いやぁ。今のは危ない所でした」
再びのんびりとした口調で、ゼロスがリナとガウリィの背後に現れる.
「ですが、当たらないと意味はないですよね♪さて、それでは……」
「ラグナ・ブレード!!!!」
唐突に響いた声に、ゼロスがざっ、と振りかえった。
目の前にゼルガディス.その手の中に、黒き虚無の刃が生まれる.
『何!!!?』
ゼロスだけでなくリナ、ガウリィの声がその場に響いた。
彼らの驚きは、単純なものではなかった.
一つは、もちろんゼルガディスが「ラグナ・ブレード」を発動させた事に.
それともう一つ、驚くべきことがあった。
虚無の刃を握ったゼルガディスの姿に薄く重なる、姿.
きらめく銀の髪を揺らめかせ、輝く瞳は右が赤、左が青、白皙の肌をした美しい青年.陽炎のようなその姿は、万人が美しいと認めるであろう。見つめていた、貴族達が一様に息を飲んだ.
が、ゼルガディスはそんなことは構いもせずに、手の中の刃をゼロスに向かって振り下ろす.
「食らえ!!!」
「ち!!!」
慌てて身をひねるが、完全にはかわしきれない。
虚無の刃が、ゼロスの左腕を叩ききる!
「くぅぅああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
激しい痛みがゼロスの全身を駆け巡る。
切られた左腕を庇うようにしながら、一気に空中高くへと舞い上がる.
それと同時に、ゼルガディスの手の中の虚無の刃が消えうせる.ついで、揺らめくように重なっていた陽炎も消えうせた。
後には、蒼白になり、脂汗を流しつつも空中のゼロスを睨みつける、いつも通りのゼルガディスの姿があった。
周囲は、不気味なほどに静かだった。
突然姿をあらわしたリナ達に驚いていた貴族たちも、息を潜めて様子をうかがっている。
そんな中、ゼルがディスは息を乱し、額には汗を浮かべつつも、背筋を伸ばし空中にあるゼロスから視線をそらさない。
ゼロスもまた、傷つけられた左腕をかばいつつ、ゼルがディスから目をそらさない。
ゼルガディスとゼロスは、お互いを睨みつけたまま微動だにしない。双方ともに、疲労とダメージが大きいはずなのに、その姿勢からはそんな様子を微塵も感じさせない。
しばらくの沈黙。
しばらくの間、その空間に響くのは、ゼルガディスの荒い呼吸の音と、今なお崩れつづける結界の、乾いた亀裂音だけだった。
彼らの間に流れる緊張感に、リナも、ガウリィも動けなかった。
沈黙を破ったのは、ゼロスの小さな嘆息だった。
それを合図のように、全身から発していた殺気を収め、ふわり、とゼルガディスの前に降り立つ。
リナとガウリィが、慌てて彼らの間に入った。限界以上の力を使っているはずのゼルガディスに、今ゼロスを退けるすべは無いはずだからだ。
しかし、ゼロスはそんな二人の敵意のこもった視線を無視し、ゼルガディスの向かって軽く微笑んで見せた。
「…無茶をやりますね?下手をすれば死んでいましたよ。僕も、そしてあなたも…。」
軽い皮肉を込めた口調に、ゼルガディスが唇の端を上げた。
「まさか。俺はおまえなんかと心中するつもりはないさ」
その答えに、納得したようにゼロスが頷いた。
「まぁ、そうでしょうね。貴方は行き当たりばったりの行動を取る人ではないですから……。でも、どうしてあのお方の力が使えると思ったんですか?」
小さく首をかしげて、探るようにゼルガディスの目をのぞきこんだ。今は、左右の色の違う、その瞳を。
「それは……」
「秘密だ、なんて言ったら、今この場でドラグスレイブぶっ放すわよ!」
突然、会話にリナが割り込んできた。鮮やかな赤い瞳が、挑戦的にゼルがディスを見上げている。そして、一歩にじり寄る。
「キャパシティの増幅もなしに、どうして呪文が発動できたの?!あたしでも、増幅しないと撃てないのに!!!」
どうも、彼女の負けず嫌いな性格が現れているようだ。瞳が、好奇心と探求心で、きらきらと輝いている。
救いを求めるように、ガウリィのほうを見たが、軽く肩をすくめられただけだった。
さらに、そこにゼロスが加わる。
「さぁ、ゼルガディスさん。答えないと、リナさんが本当に暴走しちゃいますよ!」
十分に脅しを含んだ声音で、一歩ゼルがディスににじり寄る。
『さぁ!答えてもらいましょうか!!』
リナとゼロスが、声を重ねて、さらに一歩にじり寄った。
その気迫に、ゼルガディスが小さくため息をついた。
「分からん」
『へ?』
間抜けなくらいリナとゼロスの声が、きれいに重なった。いきなり肩透かしを食わされて、リナの顔から力が抜ける。しかし、それはすぐに怒りのそれの取って代わられた。
「わからんですむかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「そうですよぉぉぉぉぉ!!そんなこと、獣王様に報告したら叱られちゃいますぅぅぅぅ!!!」
リナの怒声と、ゼロスの泣きそうな声が返ってきた。
ゼルガディスにしてみれば、ゼロスが獣王に叱られようが、嫌われようが知ったことではない。
だから、正直に答えた。
「ただ、なんとなくできそうな気がしたから、やっただけだ」
さらり、とこたえた言葉に、リナは言葉をなくして立ちすくみ、ゼロスはあからさまにショックを受けた表情を作った。
凍てつくような沈黙の中、それを破ったのはガウリィの軽い声だった。
「まぁ、本人がこう言ってるんだから、ほんとに分からないんじゃないか?な、ゼロス。ホントのこと報告すればいいじゃないか!それにさ、リナ。まぐれかもしれないし!」
「まぐれでできるかぁぁぁぁぁぁ!!!」
どごしぃぃぃぃぃ!!!
リナがガウリィのおなかに、とび膝蹴りをかましているのを横目に見ながら、ゼロスがゼルガディスに向かってにっこりと微笑んだ。
「貴方には、ここで死んでいただきたかったんですけど、状況が変わりました。まさか貴方も、あの御方の力を使えるとはね」
「また使えるとは限らんぞ」
唇の端を上げて答えるゼルガディスに、ゼロスはすっと、目を開いた。
「使えた、ということ自体が問題なんですよ。できれば、このまま力ずくで獣王様の元に運びたいんですけど…」
「ラ・ティルト、一発で死にそうなおまえが、か?」
小ばかにしたように、鼻で笑う。が、ゼロスはさして気にした様子もなく、再び、意味不明の微笑を浮かべた。
「お互い様でしょう?まぁ…………・」
ふわり、と宙に浮く。
「今回は、痛み分け、ということで、これで失礼させていただきますよ。貴方に対する行動は、まぁ、獣王様のお心一つですね。また、お会いしましょう」
そういうと、かき消すようにその姿が闇に溶け込んだ。
その姿を、ゼルガディス、リナ、ガウリィが苦々しい思いで見送った。
また、と言った以上、もう一度現れるだろう。その時、再び彼を退けられる保証はどこにもない。
けれど、今は、終わったのだ。
その時、ゼルガディスの心の中に張り詰めていた緊張の糸が、ぷつり、と音を立てて切れた。
忘れていた疲労が、一気にのしかかってくる。
視界が、急速に狭まる。
大地が、ゆっくりと近づいていく。
倒れる、と思った瞬間に、誰かに支えられた。
誰かが、声をあげている。
駆け寄ってくる人の気配。
それが、ゼルガディスが知覚できた、最後の感覚だった。
「アメリア……」
呟きは、声にならなかった。
あとは、その意識は闇に飲まれた。
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