贖罪の時(4) 乱-6
眠り


「ゼルガディス!!」
 異変に真っ先に気がついたガウリィが、倒れかかったゼルガディスの体を途中で支えた。

         

 そして、そのままゆっくりと大地に横たえる。
「ゼル……・!フィリア、こっちに来て!!!」
 リナが、ガウリィに駆け寄りながら叫んだ。
「あ、はい!!」
 一通り回復したアメリアを、神官たちに預けたフィリアとヴァルが駆け寄ってきた。
 そして、大地に横たえられたゼルガディスをみる。
 特にひどい外傷はない。強いて言えば、何かに強くぶつけた後が背中にあるだけだった。しかし、フィリアもまた、見ていた。彼が、黒き虚無の刃を振りかざしていたことを……。
 恐らく、そのために意識を失ったのだろう。
 そう、思って、そっとその額に手を置いた。途端に、ひやりとした感覚が手のひらに伝わってくる。
「・…熱が、下がってる?」
 その呟きに、リナが気付いた。
「ゼルは熱があったの?」
「あ、はい。三日くらい意識が無くて、意識が戻ってからも、熱は下がっていなかったんです。さっきまでひどい熱があったはずなんですよ」
 信じられない、という風に首を振った。
 原因は、分からない。けれど、戦闘によってゼルガディスの熱が下がったことは事実。今は、それしか分からない。

 ガウリィが、ゼルガディスを抱き上げた。
「ま、分からんことを考えても仕方ないじゃないか。今は、ゼルガディスを休ませるのが先だと思うぜ?」
「うっ!ガウリィにしてはまともな意見」
「………お前は、俺のことをなんだと……。いや、いい。それより、ゼルガディスはどこで休ませるんだ?」
 何か反論しかけたリナの先手を制して、ガウリィがあたりを見渡した。
 周囲には、物見高い貴族達が未だに群がっている。その視線には、興味と恐怖、好奇心、嫌悪感などがたゆたっている。

「そうね、私達の部屋にでも・・…」
「待ってください!!」
 運ぼうか、と言いかけたとき、背後から突然声がかけられた。
 いい加減なれてきたその声に振り返ってみるとは、やはり"ゼルガディス・グレイワーズ"だった。その緑の瞳に、悲しみと喜びの光りを微妙にない混ぜて、ゆっくりとガウリィに近寄って行く。
「その人は、我がル・アースの縁者のもの。よろしければ、私の部屋で休ませたいのですが?」
「縁者?ゼルが?」
 そのリナの言葉に、"ゼルガディス"の顔色がさっと変わった。
「やはり、ご存知だったんですね?わた・・、いえ、僕が"ゼルガディス"ではないという事を・…」
 驚愕、というよりは納得という表情で"ゼルガディス"が、呟く。
「そりゃ、まぁ。一緒に旅をした仲間だからなぁ」
 ガウリィが、眠りに落ちたゼルガディスの顔を見た。さすがにこれだけ長い付き合いをしていれば、ガウリィも忘れないらしい。
「そう、なんですか。では、僕は一人で踊っていただけなんですね…。でも、これだけは真実ですよ。僕が、あなた達のファンだという事だけは」
 "ゼルガディス"はどこか淋しそうに微笑んだ。その淋しそうな、微笑みが、何故かゼルガディスの微笑みに重なる。
 心の大きな傷を抱えたものだけができる、深縁を覗き込むような、底のない微笑み。
「……けれど、その人は僕にとってとても大切なんです。お願いします。僕を信じてはいただけませんか」
 まっすぐに、その場にいるもの達に視線を向けた。
 その瞳が、強い光を帯びて輝いている。何か譲れないものがあるとき、人はいくらでも強くなれる。それが、今目の前にいる青年にはあるのだ。
 そう、全員が直感した。
 修羅場をくぐってきたゆえに、そういう事は敏感に感じ取れるのだ。
 フィリアが、ガウリィが、リナを見た。
 最終決定権は彼女にゆだねられている。
 それを感じとって、"ゼルガディス"もリナを見つめた。

 3対の瞳に見つめられて、リナが大きく息を吐き出した。
「いいわ。ゼルのことはあなたに任せる」
「本当ですか!!」
「ただし!!条件が二つあるわ」
 喜びに、今にも踊りださんばかりの"ゼルガディス"に向かって、ぴっと指を二本立てる。
「なんですか?」
「一つ目は、あんた達が隠していることを全部話す事・・…」
「そ、それは!!」
「………と言いたかったんだけど、脅されてるあなたがそんなことやったら、脅しのネタをどうにかされるでしょうから、パス」
 さらり、と言いのけたリナに、"ゼルガディス"が瞠目した。
「何故、脅されてるって…?」
「そんなの、態度見てたら分かるぞ。普通は叔父さんにあんなに下手にはでないだろう」
 のほほん、とガウリィが言ってのける。"ゼルガディス"が諦めたように首を左右に振った。
「すいません・・…。あなた達には本当のことを言いたかったんですけど・・……」
「いいのよ、気にしなくて。じゃぁ。条件その一。部屋にはガウリィを一緒に入れるわ。もちろん、あなたが信用ならないんじゃなくて、あのおっさん予防のためよ」
 軽く片目をつぶるリナに、"ゼルガディス"が頷いた。
 名を語り、アメリアの婚約者〔仮〕を手に入れたのに、今オリジナルに出てこられたらすべてが無しになる可能性が高い。というよりも、確実であろう。
 それを阻止するには、オリジナルの存在を、人知れず抹消すること。だからこそ、眠りに落ちているゼルガディスに護衛をつける必要がある。
 それがわかるからこそ"ゼルガディス"も頷いたのだ。
 その時、リナのマントがくいくいと引っ張られた。下を見ると、ヴァルがリナのマントの端を掴んでいる。
「僕も、ゼルにぃの傍にいる!」
 子供ならでわの頑固さを瞳に宿している。さっきから血まみれの人間ばかりを見ていて、少し怖かったらしく、鼻をぐずつかせながらも、真剣なまなざしで見上げてくる。
 その様子に、リナはほんの少しゼルガディスの特性を垣間見た。
(アメリアといい、ヴァルといい、"ゼルガディス"といい、ゼルってば、子供っぽい子に好かれる体質のようね・・…)
 呆れるようなその特性に、ほんの少し笑えた。そして、ヴァルの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「いいわ!一緒にいてあげなさい」
「うん!!」
 元気に答えると、てくてくとガウリィの足元に歩いて行く。どうも、すでに護衛の気分のようだ。

「さて、条件その2、行ってみようか!」
 和やかになった空気を引き締めるように、リナがパンと両手を打った。その音に、"ゼルガディス"が、はっと身を強張らせる。
 その緊張した顔の正面に、指を一本突き出した。
「最後の一つ。ゼルが目覚めたら、ちゃんと、今の状況を説明しなさい。あたし達に言えなくても、ゼルになら言えるでしょ?」
 "ゼルガディス"がこくん、と頷いた。
「なら、全部話して。ゼルならきっと、あんたを助けられるでしょう。頭だけはいいから…」
「頭だけって・・…。ゼルガディスさんが聞いていたら、怒りますよ、きっと」
 呆れたようなにフィリアが呟いた。それに対し、リナは大きく胸を張り、ぎんとゼルガディスを睨み付けた。
 アメリアが苦しんでいたのに、この男ときたら…!!ありったけの大声でその耳元に向かって叫んだ。
「いいのよ!!!肝心なときにいない奴のことなんて!!!こぉの、甲斐性なしぃぃぃぃ!!!」
 リナの大声にも、ぴくりともせずに、ゼルガディスは眠りつづける。


 セイルーンの奥にある、王族達の部屋。
 その内の一つ。最も日当たりのよう部屋にアメリアは寝かされていた。
 天蓋付きの、やわらかな寝心地のベッドの中で、アメリアもまた、眠りつづけている。

 ここはどこ?
  ―ここは婚約の場。
 隣に立つこの人は誰?
  ―これから続く、偽りへの第一歩。
 私は、何?
  ―セイルーンの巫女姫。
 それだけ?
  ―人が望むあなたはそれだけ。
 逃れる術は?
  ―今目の前にいる。
 ゼロス、さん?
  
  全身に走る激痛。目の前に広がる、深い死の闇。
 その中で、アメリアは不思議と落ち着いていた。
 あの時、彼女には、死は解放にしか映っていなかった。
 ゆっくりと、死の腕が彼女を捕らえていく。
 眼下には、悔しそうに自分を見上げる、かつての仲間。
 目前には、自分の苦痛への感情を食っている、かつて共に戦った、魔族。
 一瞬だけ、あの白い貫頭異が視界を掠めた。

 その瞬間、 視界が暗転する。

 あの人は死神?
  ―迎えに来てくれた。
 このくちづけは死への誘い?
  ―優しい抱擁。
   =ならば願おう。今は、唯一の望みを、あの人にに似た、この死神に。
      
           『連れて行って………』


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