贖罪の時(2) 騒-2



 セイルーン王家主催の異例のパーティ『大見合いパーティ』の前日。
 アメリアは衣装部屋でパーティのための衣装の最終打ち合わせをしていた。
 色とりどりのドレスや宝石に囲まれ、お付きの女官たちにメイクを施されているアメリアは、間違えようも無いほどに美しくなっていた。
 しかし、彼女の表情は、いつもからは考えられないほど暗く、着付けの間も誰とも一言も口を聞いていない。周りの女官たちも、彼女の憂鬱な気分を察して、決して楽しそうにはしていない。ただ黙々と彼女を飾り立てている。
 アメリアは、手に握っているものを見つめた。
 いつも身につけていたトレードマークのブレスレット。今は片方しかない。
 思い出す。別れを告げられた日のことを……


 東の空がほんのりと色づいている。日が完全に開ける前の、ほんの数瞬の光と闇の交錯の時。
 セイルーンからあまり離れていない小高い丘の上。眼下にはセイルーンの六紡星が見下ろせる。
「もう、ここでいい」
 朝焼けに目を細めながら、ゼルガディスが傍らの少女に告げた。
「そんな!もうちょっと平気です!!」
 彼のマントを握り締め、下から懇願するようにゼルガディスを見つめた。しかし、彼はそんなアメリアの視線をふいっと、避ける。そして、彼女の頭にぽんっと、手を置いた。
「いいから、帰れ。あまり遅くなるとフィルさんが心配する」
 小さな子供に言うような口調で言われ、アメリアは少々ムカッときた。ぷぅっと、頬を膨らませて、マントを更に強く握った。
 そんな様子を、ゼルガディスが困ったように、しかし、その瞳には隠し切れないある感情をのせて、軽く微笑んだ。
 頭においていた手を、そっと彼女の頬にすべらせる。驚いて、アメリアがゼルガディスを見上げると、優しく微笑んでいる目とぶつかった。
「ゼルガディスさん…」
「そんな顔、しないでくれ。攫いたくなっちまう」
 冗談とも、本気ともつかない口調で言われ、アメリアの頬が一気に紅潮する。
 頬に当てられている意外と大きな手から、彼のぬくもりが伝わってくる。最初に出会った頃は触れ合うことすら恐れていた彼の、手。今は、何のためらいも無く差し出してくれる。
 そっと、その手に自分の手を重ねる。
 途端、ずっとこらえていた涙がその大きな瞳から零れ落ちた。
「ずっと、……ずっと、……待ってます。だから、きっと、帰ってきてください。体が元に戻らなくても、それでも、…・わたしは、 待っています。だから・・…!!」
 攫いに来て下さい!
 言いたいけれど、言えない言葉。胸に押し込めて、あとはただ嗚咽が漏れるだけ。
 視界がぼやけて、何も見えない。ただ、頬に当てられたゼルガディスの手の暖かさだけが、いとおしくて、そしてそれゆえに悲しくて。止まらない涙を、自分でもどうしていいのかわからなくなりかけた時。
 もう片方の頬にも彼の手が添えられた。
 少し顔を上に上げられる。そして唇で、そっと涙をすくわれた。そのまま、ためらうように彼女の唇に自分の唇を重ねる。
 掠めるような、一瞬の口付け。
 どきんっと、心臓が高鳴る。嬉しさに、心臓が飛び出しそうだった。
 目を上げると、苦しそうな、ほろ苦い笑みをたたえて、ゼルガディスが自分を見つめている。
「笑っていてくれないか?アメリア。俺はきっと帰ってくるさ。まぁ、確かな約束はできんかもしれんが、一応約束する」
 困ったように、何とか自分を安心させようとしている彼の不器用さがおかしくて、でも嬉しくて、くすりっ、と小さく笑ってしまう。
 その様子に、ゼルガディスがアメリアの頬から両手を放した。
「そのほうがいい。アメリアは笑っているほうが……」
 少し淋しそうに告げた。
 その様子に、アメリアが再び紅潮する。彼女は彼の、そういう淋しそうな所が放っておけなかった。彼は、とても優しいのに、その容姿と過去ゆえに人を避けて生きてきた。
 それさえなければ、彼は世に出て思いどうりの人生を歩めたはずだったのに。
 けれど、今のこの感情は、同情ゆえではない。彼という存在が、そのすべてがいとおしいと感じる。彼の寂しさを少しでも埋めたいと思って、彼にまとわりついてみた。けれど何気なく、いつも優しく見守っていてくれたのは彼のほうだった。
 傷つく辛さを知っているがこそ、他人に優しくなれる。そんな彼に惹かれたのだ。
 するり、と自分のはめていたブレスレットをはずした。
「持っていってください。私との約束の証拠に!いつか、絶対に返しに来て下さい!!」
 ゼルガディスが一瞬目を見張り、そして差し出されたブレスレットを躊躇いがちに受け取った。
「いつになるかわからんぞ?」
「じゃぁ、私がお嫁に行く前に返しに来て下さい!!」
 取りようによっては、逆プロポーズである。が、本人は気づいていない。
 ゼルガディスがおかしそうにのどを震わせる。受け取ったブレスレットを大事にしまうと、アメリアに背を向けた。
「絶対、返しに来て下さいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 遠ざかる背中に向かって、アメリアが大きく手を振った。
 それに、ゼルガディスは振り返らないまま、肩のあたりで小さく手を振り返しただけだった。
 けれど、アメリアにはそれで十分だった。
 きっと、来てくれる。
 はっきりとした約束を交わしたわけでもないのに、アメリアはそう確信した。
 それが、8ヶ月以上も前のこと。

ameria
by絹糸様 
あの人とのことは良い思い出
そんな言葉で片づけられない
言葉一つで片づけるには
悲しいまでに美しすぎる 
   


 アメリアの着付けが終了した、その時。扉が破壊されるのではないか、というような大きな音とともに開いた。扉の向こうに立っているのは、やはり、フィリオネル王子だ。
「おおおおおおお!!娘よ!!なんと、美人になって!!」
 感涙にむせびながら、どたどたと駆け寄ってくる。
「娘よぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「とーーーーさん!!!!!」
 ひしっと、抱き合う。いつもの光景なのか、女官達は黙々と後片付けをして、さっさと出て行く。
 抱き合っていた親子は、そのまま窓枠にいつのまにか立っている。
「娘よ!かわいいそなたにこのような苦難を与えてしまったわしを許しておくれ!!」
「いいえ!とーさん!!国民の期待にこたえるのは王家の義務!!それこそ私の至上の喜び!!任せてください!セイルーンの名に恥じぬ殿方を捕まえて見せます!!」
「むすめよぉぉぉぉ!!」
「とーーーーーーさん!!」
 再び、ひしぃっと抱き合った。その時、後ろから遠慮がちな声がかかってきた。
「あの〜。お取り込みのところ悪いんですけどぉ。いつになったら私達のこと思い出していただけます?」
 振り返ってみると、扉のところに懐かしい顔があった。
 一人は、栗色の髪と赤いひとみをした17〜8の少女。黒づくめの魔道師ルックに、体の割に小さな胸。不敵な表情をしている少女は"盗賊殺し""どらまた""魔王の便所の蓋"など、数多くの異名で恐れられている天下御免のリナ=インバースだ。
 そして、その隣に立っているのは、長い金髪の青い瞳のだっまてたってりゃ貴公子。口を開けばぼろが出る、頭はくらげ、剣の腕は超一流のガウリィ=ガブリエフ。
「リナさん!ガウリィさん!!」
 アメリアは窓枠から飛び降りると、二人に駆け寄って飛びついた。
「お久しぶりです!今までどこで何してたんですか!?ガウリィさんの新しい剣って見つかったんですか?!いつセイルーンに来たんですか?!」
 矢継ぎ早に質問を浴びせ掛けると、リナが困ったようにアメリアの両肩に手を置いた。
「ちょ、ちょっと、アメリア。そんないっぺんに言われても困るわよ。もうちょっと、落ち着きなさい」
「すいません。嬉しくって、つい・・」
 アメリアが、抱きついていた体を離した。
「まったく、フィルさんと抱き合ってるだけあって馬鹿力なんだから・…」
「まぁ、アメリアはフィルさんの娘だからなぁ」
 少々咳き込みながら、リナがぼやくとガウリィが横からあまりフォローにならないフォローを入れた。
「まったく、親子の愛情表現も良いけど、私達のことも忘れないでほしかったわね…・」
 リナが半眼で、愛娘の艶姿に目尻を押さえているフィリオネルを睨んだ。
「すまん、すまん。娘があんまりにも母親に似てきたもんで、ついのぅ」
 フィリオネルがアメリアの隣に来てその肩に手を置いた。見つめるその目には、現在の娘と、遠い日の妻が映っているのだろう。
「まぁ、一緒に旅をした者同士。積もる話もあるじゃろう?別室に食事を用意させておいたから、どうか、ゆっくりしていってくれ」
「おおお!さっすが、フィルさん!!気が利くじゃない!!行くわよ!ガウリィ!!!!」
「おぅ!!!」
 いつもの調子で叫ぶと、案内のために控えていた衛兵を脅かしながら、猛然ダッシュで駆けて行ってしまった。
「リナさん、ガウリィさん……。相変わらず過ぎます」
 頬を引きつらせながら、アメリアが呟いた。
「うむ!あれぐらい元気があるほうが、見ているほうも気持ちが良いのぅ!!」
「そうですね」
 いつまで経っても変化していない二人の様子に、あきれながらも嬉しくなってしまうアメリアだった。

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