贖罪の時(2) 騒-3
流浪


「(もぎゅもぎゅ)ほれで、アメリア(ごっくん)。一体どういうことになってるわけ?(ごくごく)」
「どういう、といっても。一体どこまでご存知なんですか?」
 いつもの、二人の食事風景にやや腰を引きつつ、アメリアが答えた。ちなみに、ガウリィは食事に夢中で聞いちゃいない。
「そうねぇ。(ずるずる)あんたのじいちゃんが(ずず〜)なんか、わがまま言って、あんたが見合いをすることになった。ちょっと、ガウリィ!!それあたしのよ!!(ばりばり)んで、相手を募集したところ収拾がつかなくなって、(もしゃもしゃ)大人数の合同見合いパーティが開かれることになった。なんか、各国の外交官とかも呼んで、親睦会も含んでるらしいわね。ちなみに、あんたの場合はそのパーティ終了後(はむはむ)、決定した婚約者とともに誓いの儀式に、一直線」
「なんか、身もふたも無いですけど、その通りです。で、何をお聞きしたいんですか?」
「あんたねぇ!!一体自分が何やろうとしてるのか、わかってるの!!!」
 がん!!と机を叩いて立ち上がった。横を見れば、ガウリィまでも真剣な様子でアメリアを見つめている。あの、二人が食事を中断してまで人のことを心配しているのだ。
「一応、分かってるつもりですけど?」
 二人が、何を言いたいのかは分かっているつもりだった。だから少々首を傾げて見せる。今、自分が何をしようとしているのか。知っているからこそ、とぼけて見せる。
 そんなアメリアの気持ちを察したのか、リナが静かに腰を下ろし、テーブルにあったワインを一口含んだ。
「ねぇ、アメリア。あんたはそれで良いの?確かに、あんたが逃げ出したらセイルーンの顔はつぶれるわ。けど、フィルさんだって、分かってくれるはずでしょ?何も、あんたのじいちゃんだって今すぐ死んじゃう、って訳でもないんだしさ。ほとぼりさめるまで、どっかに 身を隠しとけば良いじゃない!」
 噛んで含めるように、一言一言区切りながら告げる。
「リナの言う通りだぞ、アメリア。自分のことを一番に考えろよ。……まぁ、リナほどにならん程度にな」
「何ですって!!」
 すぱぁぁぁぁぁぁぁぁん!!
 リナ、必殺のスリッパあたっくがガウリィの頭にヒットした。いつもの事だが、一体あのスリッパはどこから……
「とにかく!!あんたが単独で家出したのなら、確かにセイルーンの顔は丸つぶれよ?でも、それが誰かに攫われたのなら話しは別だわ」
「要するに、俺達がアメリアを攫ったて事にすれば、全部丸く収まるって事か?」
「そういうことね♪で、どう?アメリア」
 リナが、アメリアの瞳を覗き込むようにしてたずねた。その赤いひとみがきらきらと輝いている。なんだか、懐かしい予感が背中を駆け抜けた。
「とーさんに言われたんですか?」
 ぎくぅ!!あからさまに、リナの顔が引きつった。
「や、やぁねぇ、アメリア。私達はかつて一緒に戦った仲間として……」
「そうだぞ、アメリア。リナとしては、結構安く引き受けたんだぞ」

         
「インバース・くらぁぁぁぁぁぁっしゅ!!!!」
 ガウリィのあごに、リナのすぺしゃるなアッパーがヒットする。
「やっぱり。で、一体いくらですか?」
 飛んでいくガウリィを見ながら、勤めて冷静にアメリアが聞いた。その目は、すでに冷めきっている。
 リナの頬に一筋の汗が流れた。口元が引きつっている。
「えぇと、でも、ほら私達も心配で・…」
「じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「で、ちょ〜と、ついでにお小遣いも稼げたら良いなぁ、なぁんて(はぁと)」
「かわい子ぶってもだめです」
 ぴしゃりっ、と言われてしまいリナがあからさまに嘆息した。
「まったく、そういうかわいくない受け答えだけはゼルに似てきたわね」
 "ゼル"という名に、アメリアの表情が一瞬固まる。その様子をリナは気づいたのか、気づかなかったのか、更に嘆息する。
「まったく、こんな大変な時にあいつはどこで、何やってるんだか」
 ちらり、とアメリアに視線を送るが、先程までの凍りついた表情ではなく、落ち着いた王女としての顔があった。
「ゼルガディスさんは、きっと外の世界で忙しいんですよ。それに、リナさん。ガウリィさん」
 真正面にいる二人に向き直り、淡々とした口調で思いを告げる。
「お二人が、私と仲が良いことは国中のものが知っています。もし、お二人が来た後に私が姿を消せば計画的逃亡と思われるでしょう。もしそうでなくても、外交上そういう風にとることが常套手段なんです。ですから、私は逃げるわけにはいかないんです。セイルーンは各国の中継役。わが国が混乱すれば、周囲の国も混乱に陥るでしょう。それだけは、防がなくてはならないんです。それが、私が王女としてできることなんですから」
 そういって微笑むと、宮廷用のおしとやかな礼をして、二人に背を向ける。
「ちょっと、アメリア!!ゼルはどうするのよ!!」
 扉を出て行きかけたアメリアの背中に向かって、リナが叫んだ。アメリアの動きが一瞬止まり、その肩がかすかに震える。しかし、そのまま振りかえらずにぱたん、と扉を閉めていってしまった。


ameria
by絹糸様 
国という舞台 王女という仮面
 彼女は踊る 泣きながら
 仮面の下で 泣き続ける 

    

「まったく、本当にめんど臭いったら!!」
 リナが両手で頭をかきむしった。そのリナの頭の上に、ぽんっ、と大きな手のひらが置かれる。
「でも、放って置けないんだろ?」
 見上げると、優しい光を宿した瞳で自分を見つめているガウリィの顔があった。頭に置か れている手に、なんとなく安心しながらリナも微笑む。
「まぁ、ね。とりあえずは一緒にパーティにでも出て、アメリアを悪い虫から守らないとね」
「飯も食えるしな!」
 顔を合わせ、にっと微笑む。いたずらを思いついた子供のようだ。
 そのリナの顔がふっと曇った。
 きりっと、親指のつめを噛む。
「リナ?」
「それにしても、ゼルのやつ。本当にどこで何やってるのよ」


 フィリアの店からセイルーンまでの距離の3分の2ほどのところにある、小さな街。
 その片隅にある、食堂兼宿屋の二階。そこの、客室のベットに彼はいた。
「大丈夫ですか?ゼルガディスさん」
 手に氷水の入った洗面器と、タオルを持ったフィリアが心配そうにベットを覗きこんだ。
 熱があるのか、荒い息をしながらゼルガディスが眠り込んでいる。フィリアの声に反応する様子もない。
「一体どうしたのかしら」
 氷水にタオルをつけ、固く絞ってからゼルガディスの額にのせる。彼が急に倒れて二日が過ぎていた。その間、一回も意識が戻っていない。
 最初は、ただの不眠症だった。
 しかし、それはフィリアの背中の上で眠ることで解消されたかに見えた。
 けれど、その次の日。彼は急に高熱を出して倒れたのだ。慌てて、近くの街に彼を運び込み、宿を取った。
 最初の頃は、何かに耐えるかのように身を丸くして、痙攣のような発作を起こしていた。うわ言で、よく分からないことを口走っては頭を押さえる。その繰り返しだった。
 一日経つと、少々落ち着いて、ただ眠っているだけのように見えた。その、異常なほどの高熱が無ければ。
 人間の医者に見せようにも、彼の姿を無断で人目にさらすのに気が引け、やめた。仕方なく、竜族に伝わる解熱剤を薄めて飲ませてみたが、全く効果が無い。こんなこと、今までは無かった。
「薬が効かないなんて。病気じゃないって事なのかしら?」
 額に浮かんだ汗を吹きながら、フィリアが呟いた。高熱があるというのにうめきもせずに寝ているゼルガディスの顔を覗き込む。
 その時、背後の扉が静かに開いた。振りかえってみると、手に野花を持ったヴァルが立っている。
「ヴァル。どうしたの?」
 優しくたずねると、ヴァルが泣きそうな顔で手の花を差し出した。
「ゼルにぃ、いつ治るの?これ、見てくれるかな?」
 ゼルガディスが倒れたときから、ずっと心配だったのだろう。鼻をすすりながら、それでも泣き出さないように、懸命にこらえて中の様子をうかがっている。今まで、うつるといけないから、とヴァルを部屋に入れなかったのだ。
 そんなヴァルを、フィリアは手招きをして呼んだ。病気の可能性が消えたわけではないが、心配は無いような気もしていた。それに、会えない、という事は否が応にも不安をあおる。
 なるべく足音を立てないように、ヴァルがゼルガディスの枕元にやってきた。
「ゼルにぃ。お花、持ってきたからな。早く、良くなってよ」
 そっと、顔の横に花を置く。
 そのとき、ゼルガディスの瞳が少しだけ開いた。
 横で驚きに目をみはっているフィリアと、泣きそうなヴァルのほうに視線を動かす。
 そして、片手をそっと出すと、ヴァルの頭に手を置いた。
「泣くな・…。男の子、だろ・。もう、ちょっと…・、だから・・」
 消え入りそうな声でそれだけを告げると、再びそのひとみが閉じられた。ヴァルの頭においていた手が、がくんっと落ちる。
 フィリアはどきんっ、として慌ててその腕を掴んだ。脈はある。熱はまだまだ高いが、呼吸もしている。ほっとして、再びシーツの中に腕を戻した。
「ゼルにぃ、大丈夫?」
 ヴァルが、不安な瞳をフィリアに向けている。
「大丈夫よ。ヴァルも聞いたでしょ?もうちょっとだって、ね。だから、ほら男の子が泣かないの」
 こつんと、指先でその額をつつく。彼女自身不安でもあったが、これ以上ヴァルに心配をかけたくなかった。
「さ!ヴァルもご飯にしようか?!」
「うん……!!」
 やや不安げではあるが、さっきよりも幾分明るくなったヴァルの背中を押して、扉を開ける。
 扉がしまる寸前、そっと後ろを振り返った。そこには、ただ静かに眠るゼルガディスの姿だけがあった。狭まる視界に彼の姿を捉えながら、さっきの彼のことあを反芻してみる。
(もうすぐ…・?一体何がもうすぐだと言うの?)
 尽きせぬ疑問を抱き、けれど、解決法は分からぬままに、今日も夜がふけていく。

zelgadis
 by絹糸様 
大事を成す前に 事件は起こる
事にたどり着くための 試練か妨害
越えたところに 何かがある

   



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