贖罪の時(2) 騒-4
始会


セイルーン主催の"大見合いパーティ"初日の夕方・・…。
 アメリアは薄い新緑色のドレスを身にまとい、派手ではない、が宝石をふんだんに使ったティアラやイヤリングをつけ、ぼんやりと椅子に座っていた。右腕には、一つだけ残ったブレスレットを着けている。
 そっと、それについているアミュレットに指を沿わせる。
 昨日、別れたっきりリナとガウリィには会っていない。何かを考えているのか、自分達もパーティに出席するとだけ伝えてきた。そのため、フィリオネルが張り切って彼らの衣装を準備していた。
「リナさんがドレスアップなんてしたら、いろんな人を吸い寄せちゃうんだろうなぁ」
 ぼんやりと、そうなったときのことを想像してみる。そうすると、やはりその傍らには金髪碧眼のガウリィがくっついている。
「…そうだな。ガウリィさん、黙っていれば貴公子なんだから近寄りがたくなるんだろうなぁ」
 それ以前に、二人でパーティの食べ物をむさぼっているため誰も近寄れない、と言うほうが信憑性があるような気がする。
 そう思って、溜め息が漏れる。いつでも、どこでも、二人らしい二人。
 でも、彼女はそうはいかない。旅から帰れば、守るべき国、という重荷を背負っていかなければならないのだ。彼女は王女なのだから、それからは逃れられない。
 いや、逃れられるのかもしれない。父や、彼女を愛してくれている国民を無視して去れば…・。けれど、そうするには彼女はあまりにも国を、そして家族を愛しすぎていた。
「…ごめんなさい、ゼルガディスさん。私、お嫁に行っちゃうかもしれません……」
 握り締めたアミュレットに向かって、そっと呟いた。涙が一滴、その上に零れ落ちる。


"大見合いパ−ティ"の会場である、セイルーンの中庭。
 いつもは広々としているその空間は、色鮮やかな料理を載せているテーブルとふんだんに掲げられた照明、虎視眈々と"玉の輿""逆玉"を狙う、外交関係の貴族達、約三百人によって絢爛豪華な野外会場と化していた。中央にある噴水の前には、なぜか舞台まで設置されている。
 そして、そこではテーブルに並べられた料理を、お預けくらった犬よろしく見つめている、ドレスアップしたリナ&ガウリィの姿が合った。
 リナは、燃えるように赤い、体にややぴったりしたドレスを身につけている。肩のラインが大きく出ていて、かなり似合っている。
 ガウリィは青を基調とした詰襟の正装で、少々窮屈そうではあるが、だまって立っていればどこぞの王子様と言われても納得できるだろう。腰には旅で手に入れた剣を下げている。
 すでに二人には、かなりの数の熱い視線が注がれているのだが、二人とも目の前の料理に集中しているため、まったく気づいていない。鈍すぎるぞ、お前ら!!

           
「やぁぁぁぁっぱり、セイルーンは豪勢ねぇ。この招待客の人数に、この料理の数。んんん〜。来てよかたぁ(はぁと)」
「うまそうだなぁ。リナ、まだ食べちゃぁ、いかんのか」
「まだよ、ガウリィ。なんか、舞台のほうで、今回のパーティに出席する各国の王子、王女の紹介してからだって」
 皿の上の料理に手を出していたガウリィのを、ぴしゃりと叩き落とした。
「ちぇっ」
「子供か!お前は?!」
 ぷぅっと、頬を膨らませてじと目を送るガウリィにスリッパでつっこみを入れようとしたとき、突然、照明が一斉に落ちた。
「なに?!」
「敵か?!リナ?」
 会場中がパニックに陥る寸前、スポットライトが舞台の上にあたった。
 そこには、いつの間に現れたのか、全身派手なラメ入りタキシードを着た、オールバックの若い男がマイク片手にポーズを取っていた。
『なんだぁ?』
 その場にいた全員が唖然とした声を出した。しかし男は、そんなこと気にも止めず、おもむろにマイクを構えた。


謎の人物X
   by絹糸様 
ズンダンズンダンズンダンズンダン♪
起これ歓声 光れ照明 
出てこい出てこい狸と狐 
隠しきれるか下心♪
手に入れられるか 富と権力!
さあ、パーティーの始まりだあ!!


 


「レディィィィィィィス・エェェェンド・ジェントルメェェェェェン!!!!お待たせしました!ただいまよりセイルーン主催の"大見合いパーティ兼親善会"をはじめたいと思いまぁぁす!!」
 そこまで言うと、すちゃっとマイクを会場のほうに向けた。最初、やや放心していた貴族達だが、はっと我に帰ると割れんばかりの大声で答えた。
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
「ん〜。皆さん元気ですねぇ。さて、皆さんもご存知の通り、今回は各国のえりすぐりの皇族の方達の見合いパーティです。選ばれたのは男女ともに20人づつ!!もちろん、基本的に彼らが主役です!!しかぁし、この場で生まれる愛は誰にも止められません!!!!」
「おぉぉぉおおおおおおおおぉぉ!!!」
「そうです!!この場にいる全員にチャンスがあるかもしれません!!皆さん、張り切っていきましょぅぅぅっぅぅ!!!」
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 そこで、マイクをくるくると回し、高々と掲げ司会者は少々の間を置いた。なんだか余韻に浸っているようにも見える。
「の、乗りの良い貴族さんたちね……」
「げ、元気よすぎだろう…・・」
 頬に汗を一筋たらし、やや逃げ腰のリナと、その横でやはり引いているガウリィが呟いた。確かに、桜でもいるんじゃないかと思うくらいに息が合っていて、怖い。
 その時、舞台の上でポーズを取っていた司会者がおもむろに動き出した。
「では、そろそろ今回の主役達の紹介と参りましょう!!司会は、僭越ながら私"キース・レンタル"が勤めさせていただきます!!それでは、まず女性陣から行きましょう!!!一人目は…・・!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 舞台の上で、次々と姫君達が紹介されている。なんだか、そのたびに大きな歓声が上がっていて、ついリナが『こいつら、のどをつぶさないのか?』と、心配したほどだった。
 そんな心配をよそに、舞台では着々と紹介が済んでいる。全員が舞台の上に立ち、一言づつコメントしては流れていく。その間も、司会者によるプロフィールの紹介が行われていて、見ている分には面白い。
 その内、とうとう最後のアメリアの番になった。
「さぁあああ!!皆さん、お待たせしました!!今回の主催であるセイルーンの第二王女、アメリア姫のご登場です!!!」
「う・お・おおおおおおおおおおおおおお!!!」
 司会者の声に導かれるようにして壇上にアメリアが現れる。貴族達の歓声がひときわ大きくなる。
「す、すごい人気だな、アメリア」
「当たり前じゃない!!このセイルーンの第3王位継承者なんだから!!!」
 あまりの周りの騒音に辟易したように呟いたガウリィの言葉に、リナが鋭く切り返した。
 いつもならここでガウリィが納得して引く、というのが常なのだが、今回はちょっと首をかしげ、不満そうに呟いた。
「じゃぁ、"アメリア"を見ているわけじゃないのか・・…?」
「…………そうよ……」
 ガウリィの厳しい指摘に、唇をかみ締めながら答える。
 そして、ガウリィの視線を避けるように壇上のアメリアに視線を戻した。
 壇上ではアメリアが舞台の中央に立っていた。そして、ゆっくりと優雅に礼をする。再び上げた顔は、化粧のためか、それとも憔悴のためなのか、いつもより大人びて見える。
「アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンです。どうぞよろしくお願いします」
 それだけ言うと、さっさと後ろに引っ込んでしまった。
 いつも元気いっぱい、全力疾走というイメージをものの見事に裏切られて、会場中が水を打ったように静まり返ってしまった。
 しかし、司会者はくじけてはいなかった。
「ははぁ、さすがのアメリア様も、一生のパートナーを決めるとあって緊張されているようです!さぁ!あの可憐な王女の心を射とめるのは一体誰か!!! 次はその筆頭候補達をご紹介したいと思います!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁ!!!!」
 貴族の少女達の黄色い歓声が飛んでいく。
 司会者は再びマイクをくるくる回すと、びしぃっとポーズをつけた。一体どこを見ているんだろう……。

 そんな様子を、リナとガウリィは放心したように見つめていた。外交パーティも含んでいるはずなのに、このハイテンションは一体なんだ!!頭の中はそれでいっぱいである。
 だから、背後から声をかけられたときは本当に驚いた。
「…・ナさん、ガウリィさん!大丈夫ですか?!しっかりしてください!」
 囁くような声に、びくぅっとして振りかえる。
 そこには、あまりの驚きように目を丸くしているアメリアの姿があった。
「ア、アメリア!!あんた、舞台にいなくて良いの?!」
 なんだか格好悪いところを見られたようで、照れくささを隠すように慌ててたずねた。
「はあ、女性陣は舞台の外から観察したほうが良い、ということなんで降りてきたんです」
「あっそ」
 なんだか拍子抜けした気分で答える。ちょっとだけ期待してしまったのだ。一緒に逃げる、と言い出さないかと。
 そして、その視線を落としたとき、その右手につけられているブレスレットが目に入った。いつも二つ一組でつけていたものだ  
「アメリア。あんたそのブレスレット、どうしたの?」
「おお、もう片方にもつけてたよなぁ、確か」
 何気なくたずねたのだが、アメリアがはっと身を強張らせアミュレットを握り締めた。
「ア、アメリア?」
「これは、……」
 アメリアが口を開こうとしたとき、舞台から聞き捨てならない台詞が降ってきた。
 すなわち
「次の方は!幼い頃から、あの、赤法師レゾのもとで学び、片腕とも言われた天才青年!!!頭良し!!顔良し!!家柄良し!!の三拍子揃った好青年!ゼルガディス=グレイワーズさんです!!」
 と…………。

ameria
by絹糸様 
   思い出す度心が揺れて
口にする毎涙を流す
求めて叶うはずがないのに
その人の名が 今ここで



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