贖罪の時(5) 治-5
約束


「御見事!!!!」
 その様子を黙ってみていたフィリオネルが、パンと膝を打った。
「誰も血を流さず、大きな問題にもせずに収めるなど、まさかできるとは思ってもおらなんだ!!!」
 素直な賞賛の言葉に、ゼルガディスが軽く口を歪めた。まさか、裏取引をしました、とはいえない。
「そこまで誉めてもらえるのは、光栄の至りだが…。少しフィルさん達に、いや、セイルーンに頼みがあるんだが?」
「おお!!なんでもいってみなさい!!わしにできる事なら力になろう」
 笑顔で言いきるフィリオネルに、重臣達の中の幾人かが、困惑した視線を投げかける。が、フィリオネルもゼルガディスも、それを無視して話を進める。
「すまないが、しばらくル・アースの事を見ていてくれないか?」
「ほう?まぁ、ジャベル殿が失権した今、混乱は必須。それで、保護を求めるのは分かるが、ゼルガディス殿が戻れば、それで済むのでは無いか?」
 何気なく言われた言葉に、ゼルガディスは頭を横に振る。
「ガキの頃に、レゾの後見でついて以来、政治の場に出た事はないからな。いまさら俺が戻った所で、混乱が大きくなるだけだろう」
 それよりも、と言葉を切って、まだしがみついているアメリアの体を、そっと離した。
 そして、レイスに向き直る。
「レイス・グレイワーズ。只今を以って、お前をル・アース公国の大公とする」
 唐突なゼルガディスの言葉に、レイスが息を飲んだ。
「な、なんで?!どうしてだよ?兄さん!!!兄さんなら、誰も反対しないし、混乱だって、きっと上手く収められる!!僕には、そんな事できないよ!!!」
 混乱に陥りかけているレイスの肩を、ゼルガディスが優しく叩いた。
「大丈夫、何も一人でやれ、と言っているんじゃない。信頼できそうな人間を教えてやるから、その人達の意見を聞いて、良く考えて、そうやれば、お前にも十分できる」
 宥めるようなその言葉に、レイスが少し考え込む。
「・・・・・・・…兄さんは、帰ってきてくれないの?」
 すがるような視線を振り切るように、ゼルガディスが首を横に振った。
「この体を元に戻すまで、俺はどこへも留まるつもりはない」
 その言葉に、アメリアの体がぴくん、と小さく反応する。が、それには、誰も気付かなかった。
 ゼルガディスが、ルーシャの腕をとって降りてくる。そして、彼女をレイスの横に立たせた。
「ルーシャ、レイスを頼むよ」
 途端に真っ赤になる二人を見つめて、ゼルガディスが、ほんの少し淋しそうに、けれども柔らかく微笑んだ。
 しかし、その和やかな空気は突然破られた。

「認めん!!認めんぞ!!そのような身分の低いものを我がグレイワーズ家に入れるなど!!そのような事、断じて認められるかぁぁぁぁ!!!」
 狂ったような叫び声に、レイスが顔を歪めた。父親らしい事など一度もされた事は無い。しかも、彼女の目を潰すようにと命令したのさえこの男である事は知っていた。
 けれど、それでも父親だった。これ以上、憎みたくなどなかった。

reis 
  by絹糸様
 何も言えない
 何もできない
 僕は何? 僕は何?
 逆らえない
 糸を切れない
 もう止めて 頼むよ 父さん

    

 ゼルガディスが、蒼い炎のような瞳をジャベルに向ける。
「誰も、お前の意見など聞いてないんだよ、ジャベル。貴様の発言権はすでに存在しない。こうなったら、せめて二人を祝福してやれ」
 突き放したもの言いに、ジャベルの中で、何かが切れた。
「発言権なぞ無くても、喋る事はできる!!とめたかったら、儂の口でもつぶせ!!伝統ある我が家に、そんな訳の分からない混ぜものをしてたまるか!!!目でも潰せば諦めると思って、せっかく命だけは助けてやったのに、この馬鹿娘が!!」
 その言葉に、ルーシャがびくり、と身を強張らせる。レイスがその震える体を抱きしめ、混乱に陥った父親を苦しそうな瞳で見守る。

jabel 1
 糸を繰(ク)る手は 楽しげだ 
 糸を伝って傀儡が動く
 思い通りの動きの中で
 傀儡は哀れな目を向ける   
jabel2
by絹糸様
 繰る手に糸が絡まった
 どんどんどんどん絡まった
 糸は繰り手を巻き付けた
 繰り手は二度と繰り出せない
 傀儡は哀れな目を向ける 



 さらに、ジャベルが叫ぶ。
「貴様もだ、ゼルガディス!!!おとなしくわしの傀儡にでもなれば、と思うて助けてやったのに、よりによってレゾに泣きつきおって!!!」
 子供よろしく、地団駄を踏む。あまりにも短期間に、ほとんどの物を失ったゆえに、精神の均衡を崩しかけているのだ。
「そもそも、お前の母親からして怪しいのだ!!赤法師の血縁など、どうやって証明する?!どうせ、あの体で赤法師をたぶらかして連れてきたんじゃ……!!」
 その言葉に、ゼルガディスが剣を抜きかけた時、フィリアが勢いよく立ち上がった。
「いいえ!!それを証明する方法はあります!!!」
 突然の発言に,その場にいた全員が硬直する。それを無視して、ずんずんと下りてくるとさっさと壇上に上がった。
 そして、手に持っていた古い本を掲げて見せる。
「ここには、竜族の研究が記されています。これによると、死者の魂を血縁者の血によって召喚できるのです!これで、ゼルガディスさんが,その赤法師を呼び出せたのなら、ゼルガディスさんの事は全面的に信用できるのですね!!!」
 ジャベルを初めセイルーンの重臣達の中にも、未だにゼルガディスがレゾの血縁者である事を疑っている者はいる。それらを睨みつけつつ、フィリアがバンッと机を叩いた。
 その力の強さに、ずごしゃぁ!!という音とともに、机がこなごなに砕けた。
「お返事は?」
 会場中の人間全てが、ただの首振り人形と、化した。

「で、大見得切ったはいいけど、どうやってレゾを呼び出すわけ?」
 フィリアの入れた紅茶を飲みながら、リナがちろりと視線を走らせた。
 再びアメリアの個室に戻ったリナ達、リナ、ガウリィ、ゼルガディス、アメリア、ヴァル、が、やはりのんびりとお茶を飲んでいるフィリアに視線を向けた。
 ちなみに、レイスとルーシャは、フィリアの机割に少し自我を取り戻したジャベルを部屋に運んで言った。だから、今はこの場にはいない。
 お茶を飲み干したフィリアが、満足げなため息をついた。
「は〜。やっぱり、叫んだ後のお茶はおいしいですわね(はぁと)」
『それはもういい(です)』
 全員の冷たい声が揃った。
 その時、フィリアが、ふふんと鼻で笑い、何処から取り出したのか小さな丸メガネ(鑑定用)をかけた。
「いいでしょう、ご説明いたします!まず、呼び出したい人の血縁者が必要、という事は言いましたね?」
 一同、頷く。
 そこでアメリアが手を上げた。
「レゾさんの血縁者って、レイスさんとかじゃだめなんですか?」
「ああ、レイスにはレゾの血は流れていない。レゾの血縁者だったのは俺の母親で、グレイワーズ家の当時の当主に見初められて結婚したらしい。他に兄弟もいないし、その母親も、俺が7歳のときに死んだからな。だから、グレイワーズ家でレゾの血をひいているのは俺だけだ」

         

 さらりと言いきるゼルガディスの横顔に、なぜか陰が走ったのにアメリアは気がついた。けれど、何も言わずに一つ頷くと、フィリアに話しを進めるように目で合図する。
 フィリアが頷き返して、古い、ぼろぼろになった本を取り出した。
「それで、この地図にはその研究施設の位置が載ってあったんですけど、どうも、そこに行かなくても呼び出せるようなんです」
 フィリアの言葉に、ゼルガディスが、ぴくんと反応した。
「……ほう。じゃぁ、何処でなら、いや、何が必要になるんだ?」
 ゼルガディスの問いに、フィリアが本をぱらぱらとめくる。
「ええ、と、ですね。血縁者の血で描かれた魔方陣。スィーフィードの加護深き土地。邪なるものを退ける結界。それと、魂を導く巫女。以上です。……って、あら?どうしました、皆さん?」
 寝ているガウリィと訳がわかっていないヴァルを除いて、全員が脱力したように、机に突っ伏している。
「あの〜、私、何か変な事、言いました?」
 恐る恐るフィリアが尋ねると、がばっと、リナがはねおきた。
「だぁぁぁぁぁ!!要するに、セイルーンの神殿借りれば今すぐできるって事じゃないの!!!散々じらしといて、その程度?!!さっさといえばいいじゃない!!」
「い、いえ。じらした方が、感動的かなぁ、なんて。てへ(はあと)」
 口元で両拳を握り、小さく舌を出すフィリアをゼルガディスが苦々しく見つめる。
「てへ(はぁと)じゃない。全く、ばかばかしい」
「でも、良かったですね。これで、もとに戻る方法もわかるかもしれないんでしょう?」
 我が事のように喜ぶアメリアに、ゼルガディスが目を細めた。
「かもな」
 期待に顔を輝かせたりしない。けれど、静かなその声には、隠し切れ無い緊張が潜んでいる。
 それを和ませたくて、わざと明るい声を出す。
「じゃ、早速神殿を借りれるように、言っておきましょう!!」
 勢い良く立ちあがると、外に控えている警備のものに、神殿への伝言をたくす。
 くるり、と振りかえると、ちょうどフィリアがお茶を入れなおしていた。
「それにしても、今回も大騒動でしたねぇ」
 しみじみ言うフィリアに、リナが頷き返した。
「そうよねぇ。ゼルもアメリアも、いつもあたしがトラブルを呼びこむ、なんて言ってるけど、自分達だって十分騒ぎの中心にいるわよねぇ。特に、アメリアなんか、ゼルがいないって、ご飯は食べない眠れないで、どれだけ心配させられた事か」
 ちらり、と自分に向けられる視線に赤くなりながら、アメリアが元の位置に座った。そう、ゼルガディスの隣。
 そのゼルガディスに、フィリアがにっこりと微笑みかける。
「それにしても、ゼルガディスさんって、アメリアさんの事になると、無敵になりません?熱があるのに、歩きで旅を続けるなんて」
 ゼルガディスが、顔を思いっきりそむけた。が、その顔が赤いのは明白だった。
 にたり、とリナとフィリアは笑いあった。
 今回は、この二人に十分振りまわされたのだから、ちょっとくらいからかっても罰は当たるまい。
 そう思った、その時。

「僕も仲間に入れてくださいな(はぁと)」
 のんびりした声が、頭上から降ってきた。
 全員が見上げる先で、すぅと、空間を割いてゼロスが現れれる。
 ぐわちゃん!!!
 フィリアがカップを乱暴にソーサーに戻した。ぎりっ、とゼロスを睨みあげる。
「ああ、もう!!!またまた出たわね!!このゴキブリ魔族!!」
「ゴ、ゴキブリ・…・・・・・…!!!」
 フィリアの金切り声と台詞に、ゼロスの口元が引きつった。
「追い払っても、追い払ってもわいてくるんですから、ゴキブリと一緒じゃないですか!!!」
「わ、わいてって、そんなぁ……」
「…………ゴキブリは、一匹いたら、後30匹はいると思え、と言うな」
 ぽそり、と呟かれたゼルガディスの言葉に、フィリアがぴしぃっと固まってしまった。何を想像したのか、「ゼロスが30匹、30匹……」などと呟いている。
 それを見て安心したのか、ゼロスがふわりとゼルガディスの正面の椅子に座った。そして、組んだ手の上に顎を乗せてにっこりと微笑む。
「ゼルガディスさん。約束果たしてもらいに来ましたよ(はぁと)」
 にこにこにこにこ。上機嫌に笑みを浮かべるゼロスに、ゼルガディスはひらひらと手を振った。
「分かってる。今すぐか?」
「お願いできますか?」
 ゼロスの言葉に、ゼルガディスが溜息をついて頷いた。正面のゼロスの視線もそうだが、その他大勢の興味津々の視線を感じるからだ。
 この状態では、後回しになどできないだろう。
 陰鬱な気分で、自分の憶測を語り出した。

「ゼロス。貴様は俺に枷がはめられていて、しかも外れかかっていると言ったな?」
 確認,というよりも、知らない者達に教えるという意味合いでゼルガディスが尋ねた。ゼロスが一つ頷く。
「俺は、この9ヶ月間外の世界を旅していた。周知のように、外の世界では魔術はほとんど発達していない。そんな所じゃ、魔術を使う機会というのも少なくてな、この9ヶ月ほとんど使っていなかったんだ」
 そこまで言って、ゼルガディスは顎に手を当てた。少し考え込んで、再び口を開く。
「俺のキャパシティは本来のものよりも、抑え込まれていたらしい。要するに、無理やり小さくされていたんだ。その上に、長い間、魔術を使わなかったおかげで、小さくさせていたキャパシティを圧迫するようになった。ガウリィ、風船に空気をいれ続けたらどうなる?」
「そりゃぁ、割れるなぁ」
 ゼルガディスが頷いた。
「そう、許容範囲を超える内容物は、入物を破壊する。俺の場合は、小さすぎるキャパシティを魔力が破った、と考えられる。ただ、それが風船のように破裂したのではなく、一部が破れたんだろう。そこからあふれ出た魔力が体に蓄積され、体に負担をかけるようになった。それで、熱が出たんだろう」
 そこで言葉を切った。リナが怪訝な表情で、首を傾げる。
「じゃぁ、何?あんたのキャパシティを押さえつけていたものが、魔術を使わなくなっていつも満タン状態の魔力に耐え切れなくなった、と。つまり、その、キャパシティを抑えつけている枷?が、いつのまにか破綻して、今のキャパシティ以上の魔力が体には蓄積されてた、って?」
 リナの言葉に、ゼルガディスが頷く。
「って、そんな事が可能なの?!!!」
「可能かどうかは知らん。が、憶測すれば、これしか分からなかった」
「それで、肝心な所がまだですよ?ゼルガディスさん」
 ゼロスが急かした。ゼルガディスが、ぽりぽりと頭を掻き、再び口を開いた。
「溢れだし、異常なほどに高く蓄積された俺の魔力は、眠っていた素因さえも引き出したんじゃ無いか、と思う」
「素因、ですか?」
 傍らで首を傾げるアメリアに、そっとその右目をむける。今は、深紅に染まった、その瞳。
「強い魔力に、魔王から受け継いだ素因が反応したんだろう」
 そっと、その目の上に手を置いた。レゾが持っていた、いや、魔王と同じ色。もっとも、瞳もない、ただの紅玉のようなあの目とは違うのだけれども・・。
「まぁ、これは魔族の方も予想外だったようだがな」
 小馬鹿にしたようなゼルガディスの視線を受けて、ゼロスが小さく笑みをこぼす。
「いやぁ、ほんとに予想外でした。まさか、見られてるとは、ねぇ」
 ははは、と,さして気にした風もなく笑うその顔に,一筋の汗が流れている事に、その場の全員が気付いた。さすがに、軽視できない事のようだ。
「で、だ。蓄積された魔力は、一時的にキャパシティを増幅させたんじゃないか、と思う。凝縮されたエネルギーが解放されると、異常なほど広範囲にエネルギーが広がるからな。まぁ、火事場の馬鹿力みたいなもんだろう。その増幅したキャパシティがあったおかげで、俺はラグナ・ブレードを発動できた、というわけだ」
 全てを聞き終わった時、ゼロスは満足げに微笑んだ。
「十分です。これで、僕もゆっくりできるかも、知れません。じゃぁ、これで失礼しますね。またお会いしましょう」
 にっこりと微笑むと、その場で消えてしまった。
「二度と来ないで頂戴!!!!」
 フィリアの絶叫が、ゼロスの消えた空間を震わせた。
 ゼルガディスの右の瞳だけが、アストラルサイドで可笑しそうに笑うゼロスを捉えていた・・・・・・・…。

「明日の朝になら、使用の許可が出るそうです」
 伝令が伝えてきたその言葉に、ゼルガディスは「そうか」と頷いただけだった。そして、さっさと部屋を後にした。
 アメリアがついてきたそうだったが、フィリアに呼びとめられて、名残惜しそうな視線をゼルガディスに向けていた。
 リナとガウリィとヴァルが、夕飯の内容を聞いて小躍りする音を後ろに聞きながら、扉を閉める。
 少しの間、一人になりたかった。いや、一人にならなければ、震える手を見られていただろう。
 ゆっくりとセイルーンの王宮内を歩いていると、外の景色が目に飛び込んできた。
 焼けるように赤い、真っ赤な夕日。
 窓枠に身を乗り出して、そっとその体を宙に投げ出す。
「レビテーション」
 風の力に支えられて、ふわりとそのからだが浮上する。
 ゆっくりと浮上していき、セイルーンで最も高い塔の先端に降り立つ。
 そこで見えるものは、まさに絶景、だった。
 緩やかにカーブを描きながら、何処までも広がっている緑の大地。
 夕日の描く、赤のグラデーション。
 東の空には、濃紺の夜空が広がりつつある。
 眼下には、仕事帰りでごった返す人、家路を急ぐ子どもの姿。
 全てが、命に溢れ輝いていた。
 そこまで思って、ゼルガディスは自嘲に口を歪めた。
「いつから、こんなにゆっくりと外を見ていなかったか・・・・・・…」
 彼が見ていたのは、血と闇が支配する、暗い世界。
 そこには、命の輝きを見る事は無かった。いや、そんなものを見てしまえば、もうその世界で生きていける事など、できなかった。
 だからこそ、聞こえてくる声に耳をふさぎ、飛び込んでくる景色に目を瞑り、差し延べられる手を振り払って生きてきた。
 全ては、復讐のために。


zelgadis  
 by絹糸様
出口から光が零れてる
 背後に呻きが響いてる
 足下からは黒い手が
 俺はここから出れるのか

   

 けれど、ジャベルを前にして、それ程の憎悪は溢れでなかった。
 あの時、自分の心を占めていた感情は、強いて言うなら『憐憫』。彼は、自分では全てを持っているつもりでも、何ももってはいなかった。
 自分が何を欲しいのか気付いてなくて、手に入るあらゆるものを求めてしまった。富が、権力が、集まれば集まるほど、彼の心は飢えていった。
 一歩間違えれば、自分もああなっていたかもしれない。

 そう思って、溜息をついた時、下から来る人の気配に気がついた。
 見下ろすと、白いドレスが見えた。アメリアだ。
 一呼吸遅れて、アメリアがゼルガディスの存在に気がついた。
「ゼ、ゼルガディスさん?!!どうしたんですか?こんな所で?!!」
「お前の方こそ、そんな格好で・・・・・・…、って、ああそうか。ここが一番高い場所だから、か」
 ずばり、と言い当てられて、真っ赤になりながらふわりと降り立った。
 さっきと同じ、セイルーンの正装を身にまとい、ほんのりと頬を染めながら、すとんとその場に腰を下ろす。
 しばらく沈黙が、その場を支配した。
 ゼルガディスは、ぼんやりとアメリアを見つめた。白いドレスが、夕日に光を吸収して、赤い色に染まっている。
 その色に、レゾを思い出し、ついっと視線をそらした。
 その事に勘違いしたのか、アメリアがそそくさと立ちあがる。
「あ、すいません!!勝手に座り込んじゃって。私、お邪魔でしたよね?すぐに降ります」
 慌てて立ちあがると、塔の端に立った。
 その時、ゼルガディスは思わずその腕をつかんだ。
「ゼルガディスさん?」
 怪訝そうな、けれども赤い顔をちらり、とゼルガディスに向ける。が、ゼルガディスは顔を俯かせたまま、動かなかった。
 数瞬の間。
 やがて、搾り出すようにゼルガディスが口を開いた。
「邪魔じゃない」
 短い、けれども、苦しそうなその声に、アメリアはずきん、と心が痛んだ。
 − 一人でいたいなんて、もう無理かもしれない……。
 ゼルガディスが想う。
 − 私がいても、いいですか?
 アメリアが想う。

ameria 
     by絹糸様 
 全てうまくいくように
 わたしは祈り 信じます
 全てが終わったそのときに
 あなたが笑顔でいられるよう 

  
 そして、二人はどちらともなくその場に腰を下ろした。
「明日、ですね?」
「ああ」
 会話はそれだけ。
 後は二人で、静かに沈んで行く夕日を眺めていた。
 ゼルガディスは、尋常では無いほどの安堵がその心を満たしていっているのを、心地よい想いで感じていた。
 傍らの少女がいれば、それだけでいい、とさえ想う。
 けれど、自分の手の甲を見つめ、溜息をつく。
『化け物!!』
 遠くの記憶がよみがえる。
 そばに在りたい。だからこそ、戻りたい。そのために旅をする。
 気が狂わんばかりのこの気持ちに、少女はさせる。
 けれど、明日、それは終わるかもしれない。
 そう、全ては、明日に……・・・・・…・・・・・…。


Back  Next