あなたのいない世界で
7
がしゃぁぁあん!!
激しい物音が響き、採光用の天窓が粉々に砕け散った。
きらきらと光を反射する破片と一緒に降ってくるのは、その窓を破ったもの。
白いマントが重力に逆らってばたばたとなびく。両手で頭を庇いながら、騒動のど真ん中に舞い降りた。
魔術で浮遊していたらしく、着地地点にいた何人かが障壁に吹き飛ばされた。
あまりにも突然の登場に、黒服の男達も衛兵も賓客達も、誰も反応できなかった。一瞬動きを止めて、誰もが現われた人影に注視する。
フィリオネルもその1人だった。
少し離れた所からでもはっきりと見えた。白い巻頭衣で顔を隠し、全身白尽くめが目立つ剣士姿。
「ぜ、ゼルガディス殿?!!」
沈黙の名かに響いたフィリオネルの声を合図に、止まっていた時間が動き出した。
訓練を受けているもの達が、最も早く回復する。黒服の男達は、目標にゼルガディスを加え、一気に飛びかかる。
ひゅぉん
軽い音と共に、いつの間にかゼルガディスの手にブロードソードがあった。それは魔力を宿し、赤く濁っている。
一拍の間を置き、ゼルガディスは軽く剣を振るった。
と、先ほど飛びかかっていた男達の体にぴっと線が走る。
それを無視して、ゼルガディスはその横を駆け抜けた。赤い刃の死を撒き散らしながら。
真っ赤な鮮血が飛び散り、葬儀の場を汚していく。ゼルガディス本人にも返り血が降りかかり、その剣技とあいまって悪鬼のようにも見える。
再び響く悲鳴と叫び。断末魔の声が轟き、勢いづく衛兵達が気合の声を叫ぶ。
その中を無言で、静かなほどの勢いで突き進む。
彼の技量とその静けさで、前方にいるもの達が敵も味方も傍観者たちも我先にと避ける。運悪く目の前に飛び出してしまった黒服は、あえなくゼルガディスに切り伏せられる事になった。
真っ赤な、文字通りの血路を開きながら、彼はアメリアの元へと辿りついた。
それは、5年ぶりの再会。
「……アメリア」
目の前に横たわる人物を見下ろして、ゼルガディスは虚ろに呟いた。
5年前から成長した姿の、アメリア。少女らしい面影を残したまま、女性らしく柔らかな曲線をえがくその肢体。黒いドレスでさえ、彼女の純粋さを隠す事はできていない。
しかし、その黒い服は血に濡れ、表情のない顔が蒼白に歪んでいる。その口元にだけ笑みが浮かんでいるように見えるのは、彼の錯覚なのだろうか。
「すまん………」
アメリアの血で赤く染まったフィリオネルが、立ち尽くすままのゼルガディスに頭を下げた。
何に対しての謝罪か、それは言わなかった。きっと、色々とありすぎて言葉にならないのかもしれない。
ゼルガディスはその言葉にはっとし、そしてゆっくりと首を振った。
まるで壊れた機械人形のようにぎこちなくアメリアの横に膝まづくと、そっとその首に手を当てた。
「……まだ、息はある」
だが、出血量が多い。このままでは、それほど時間をかけずに意識を手放してしまうだろう。
細いアメリアの呼吸音を聞きながら、ゼルガディスは口元のマスクをひきおろした。
5年前とほとんど変わらない容姿。彼の中にある異物達が彼の寿命を引き伸ばしていると聞いていた。
けれど、明らかに5年前より変わっているところがあった。
その顔は疲労に濃く翳り、険が増しているように見える。5年前よりも確実に、彼は疲れていた。
「……悪いが、俺は"リザレクション"が使えない。だが、他に手もない。"リカバリィ"では、アメリアの体力がもたないかもしれない」
暗に、賭けるか?とフィリオネルに問いかける。その事をくみとって、フィリオネルはじっとアメリアを見つめた。そのままで、答えを返す。
「…………貴殿に救われた命じゃ。……預けよう」
フィリオネルの言葉に、ゼルガディスは頷いた。
そして傷口に、そっと手を当てる。
『リカバリィ』
柔らかな光がアメリアを照らす。
相手の自己回復能力を極限まで高める代わり、その分体力を消費する呪文。いくら体力の塊のアメリアと言えど、この状態でその呪文を使う事は大きな賭けだった。しかし、他に賭ける所がないのだから、やるしかなかった。
(アメリア………)
呪文に集中しながら、心の中で呼びかける。
俺は、お前にこんな所で死んでもらうためにアイツと取引をした訳じゃない。
ああ、お前なら『そんな事は望んでなかった』というだろう。
俺のわがままだ。
それでも俺は、お前に生きていて欲しい。
太陽のように明るく真っ直ぐで、全てをありのままに受け止める。
一度だけ、お前の話を聞いた。
俺を捕らえた、性悪魔族に。
記憶を失ってからも、お前は変わっていなかった。
けれど、ひどく苦しんでいた。
自分の知らない"過去の自分"と『今の自分』の違いに。
誰も言わなかったのか?
例え記憶があってもなくても、お前の本質は変わっていないと。
行動力も、真っ直ぐな所も、誰かを愛しいと思う事も。
俺のわがままは、お前を苦しめるだけだったのか?
過去を忘れるということは、もう一度生まれるということ言われるが。
違う。
お前は、お前。
変わらない。
だから………―――――
「…………――――――――生きろ!」
←BACK NEXT→