第61号 2016年9月5日発行
入庵記念展示
『南郷庵へ行ってみよう!!』
8月19日(金)〜30日(火)まで中央図書館・エントランスホールにて、展示を行いました。
尾崎放哉は大正14年8月13日に渕崎村の井上一二宅を訪れました。そして、8月20日に西光寺奥の院『南郷庵』に入庵し、大正15年4月7日に亡くなるまで小豆島で生活していました。 庵は『小豆島尾崎放哉記念館』として、当時と同じ場所に復元した建物です。その基とされたのは放哉の随筆≪入庵雑記≫でした。以下、枠内に文章の一部分を紹介します。
※≪入庵雑記≫は7章で構成されており、層雲大正15年1月号から5回に分けて連載されています。
1月号・島に来るまで/2月号・海、念佛/3月号・鉦たたき/4月号・石/5月号・風、灯
また、庵についてだけではなく、世話になった荻原井泉水や杉本玄々子らに対する思い、母の慈愛、その他小豆島での生活内容などが綴られています。放哉全集や尾崎放哉全句集に掲載されています。
「島に来るまで」より
この度、仏恩によりまして此の庵の留守番に座らせてもらう事になりました。庵は南郷庵と申します、・・・(中略)・・・
庵は、六畳の間にお大師様をまつりまして、次の八畳が、居間なり、応接間なり、食堂であり、寝室であるのです、其次に、二畳の畳と一畳ばかしの板の間、之が台所で、其れにくつ付いて小さい土間に竈があるわけであります、唯これだけでありますが、一人の生活としては勿体ないと思ふ程であります。庵は、西南に向つて開いて居ります、庭先きに、二タ抱へもあらうかと思はれる程の大松が一本、之が常に此の庵を保護してゐるかのやうに、日夜松籟潮音を絶やさぬのであります。
・・・(中略)・・・
東南はみな塞がつて居りまして、たつた一つ、半間四方の小さい窓が、八畳の部屋に開いて居るのであります、此の窓から眺めますと、土地がだんだん低みになつて行きまして、其の間に三四の村の人家がたつて居ますが、大体に於て塩浜と、野菜畑とであります・・・
「海」より
八畳の座敷の南よりの、か細い一本の柱に、たつた一つの背をよせかけて、その前に、お寺から拝借して来た小さい低い四角な机を一つ置いて・・・
「念佛」より
六畳の座敷は、八畳よりも七八寸位ゐ高みに出来て居りまして、ここにお大師さまがおまつりしてあるのです・・・
「鉦たたき」より
庵のぐるりの庭で、草花とでも云へるものは、それは無暗と生えて居る実生の鶏頭、美くしい葉鶏頭が二本、未だ咲きませぬが、之も実生の十数株の菊、それと、白の一重の木槿が二本……裏と表に一本宛あります・・・
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夏会期中は、多くの方々にお越しいただきました。夏休みという事もあり、特に学生さんが多く見受けられました。 ありがとうございました。
今月のお茶会は笹山恵子先生です。
赤色 広報発行日 紫 休館日
茶色 図書館休館日