会報29号  巻頭論文
哲命師を偲ぶ
「放哉」南郷庵友の会 三枝祥三
 四月七日、毎年、西光寺本堂須弥壇脇に座って哲命師の密教儀式と諦経を見聞する。張りのある、大きな頭に共鳴するようなその音声と、木魚のリズミカルな音は薄暗い空間を満たして、 参列している者の想念にある空自をもたらす。それは妄想とも空想とも瞑想とも云へるような、ある飛翔する夢の叫のようなもである。哲命師の横顔にふと恍惚とした表情が浮かぶ。経文に感応する僧侶の 独特の顔貌であろうか、しばし見入る。放哉さんは、哲命師の脳髄の中にどんな表情で登場しているのだろうか「入れものが無い何事で受ける」〜門前の子どもたちとお遍路さんの交流の景か、 「墓のうらに廻る」〜南郷墓地の情景か、「雨の舟岸により来る」〜余島辺りの岸辺の景か〜心地よい意味不明の経文の響きに、われわれ衆生の脳髄も感応して飛翔する。幼馴染のわれわれは、 哲命師の先導で高野山奥の院の最奥の霊廟に参拝し、目前におわす生ける弘法大師のお姿を想像し、粛然としていると、修行中の空海のこんな漢詩が浮かんでくる。

後夜聞仏法僧鳥」 空海

閑林独座草堂暁 (かんりんどくざすそうどうのあかつき)

三宝之声聞一鳥 (さんぼうのこえいっちょうにきく)

一鳥有声人有心 (いっちょうこえありひとにこころあり)

声心雲水倶了了  (せいしんうんすいともにりょうりょう)

 早朝の荘厳な壇上伽藍の、新旧様々の堂宇を巡りながら、在学中の哲命師は何度この場所に佇み、森羅万象に感応したのだろうか、こんなところに居れば誰だって敬虔な気分になり、高揚感に満たされるだろうな、なんで放哉さんはここに来なかったのだろう?若し、来ていれば西光寺での「放哉忌」は無かったのだろうし、哲命師の読経も聴けず、放哉句もまた趣の異った、仏法僧鳥の声や五輪塔の苔に感応した句を、われわれは読むことになつたかも知れない…。
 「あたままろめて来てさてどうする」一二さんが問えば、放哉さんは黄葉した大銀杏を仰ぎつつ 「声心雲水倶了了」と応えるかもしれない。哲命師は客殿の縁に座って二人の問答に「一鳥有声人有心」と独り言ちて、本堂への石段を登ってゆくかもしれない。三人の有縁はもうこの世にいないのに、飛翔する想念は、降り注ぐ大銀杏の黄葉の下でこんな情景を妄想する。
 「西光寺わんばく会」 のメンバーも、もう八名が旅立ってしまった。「三宝之声聞一鳥」 のも七名のみとなった。凡夫は精々、鶉やムクドリの声を聞いて、大銀杏に寄り添い、長生きするよう心掛けてゆきたいものだ。
父母のしきりに
  こひし雉子の声
       はせを翁

高野山奥の院芭蕉句碑 池大雅書 安永四年(一七七五)建立
写真省略

井泉水と放哉(3) ―井泉水日記「放哉を島へ送る時」―
      日本放哉学会 小山貴子

編者注 井泉水と放哉(1)(2)(3)と纏めました。こちらをクリック 
―井泉水日記「放哉を島へ送る時」
名優  橋爪功氏の転機は
          ー海も暮れきるー
                  「放哉」南郷庵友の会 森克允

 大村明美会員から忙(せわ)しげな 電話がありました。
「毎日暑いなあ、爪さんがねぇ …8月4日にNHKの土曜ス タジオパークに出演するん やって…番組担当の河野さ ん云う方から電話があって なあ?橋爪さんに役を演じて 印象に残って 『転機』 になつ た作品をたんねたらしいや、 ほたらなあ 『海も暮れきる』 やと云うたらしい。何か解ら んけどなあ、25日に東京から 私をたんねて来て、当時の話 を聴きたい云うんや(略)咄嵯に 『放哉記念館』がえいと思うてなあ (略)」縁(えにし)を感じ何か繋がっている と原作者・吉村昭さん命日近 くの収録に、南堀シゲ役を熱演した大村明美さんは、感慨 深い口調に身振り手振りで取 材に応えた。
  (写真省略)

土曜スタジオパークを見て
 放送の本体は、ドラマ「夕 凪の街桜の国」2018特集 の生番組で、スタジオには 常盤貴子さん、橋爪功さん、 渡辺直美さん、足立梨花さん、 放送局アナ原口雅臣さん進行の番組で、放哉関係の口述を活字に起こした。

「小豆島の放哉」が転機

原口 橋爪さんの転機になった作品を紹介します。(略)  1986年にNHK放送 されたドラマで、「海も暮れきる」 これはですねぇ  …実は俳優として出演さ れているのは橋爪さんだけで、あと出ていらっしやる方は全員小豆島の一般の方、そういうドラマだったんですねぇ。
常盤・渡辺・足立 へえー
渡辺 そんなんあんまり問いたことないですねぇ…どうして一般の方なんですか (略) NHKの人ばっかり
橋爪 知りません (スタジオ 笑)
渡辺 謎のまゝ…アツハッハ
足立 謎…最初それは聞くじゃないですか周りは俳優じゃないって
橋爪 最初はラジオだったんですよ説明は それで思ったら小豆島へ行ってもらえませんか橘高という人がねぇ 小豆島へ行ったんですよ そして高速艇を降りたらねぇ 衣装着替えて下さいって云うんですよ
渡辺 ヱエーふうん…
橋爪 それでしょうがねえから衣装に着替えた "でんすけ″持って、"でんすけ"ってこのでっかいのね!
原口 録音機ですね
橋爪 録音機最初それから始るんですよ それが導入部で、あとは色々その色々な人が出てくるから全部その似たような所へ行きます ラジオなのにほぼテレビと同じような現場に移って、ラジオで行ったんです。不思議なラジオドラマで…それですから何時か撮りたいねぇ言ってゝ 何年か後にテレビでやるようになつた
渡辺 ドラマになつたんですね
橋爪 出演者はほぼ同じ役で出ているので人はねぇ!
原口 それが結構NHKのドラマとしては、チャレンジングなものになつていましてちょつとご覧下さい 」

場面−南郷庵の前庭(甘露庵)
宥玄 「どうかされました、お顔の色が悪いようですが  …夕べお酒をやられましたねぇ」
放哉 「はあー…しかし月4円じゃ生活出来ません」
宥玄 「えぇまあその点わたしもそうおもいます そのことでヤケ酒を飲まれると いうこと無いと思います」
−場面−南郷庵八畳の間
谷崎 「はよう庵主さんに酒あげんかいな」
女1 「はい」
放哉 「あっどうも」
女1 「庵主さんどうぞ」
放哉 「はいいただきます」
谷崎 「皆酒好きな人ばあーやからなあ 酒見たらもうやらにゃ もてんからなあー」
女2 「お机に向ってお勉強ばあしておいでるけど本当にえらい人やなあー」
女3 「ほんま偉い人やなあー」
女4 「庵主さんは何が楽しみでこんな所におるんですか」
女5 「こんな淋しい所になあー」
放哉 「俳句作っているんですよ」
女6 「そうですか?」
放哉 「海見て俳句作っているだけで幸せなんですよ…」

−スタジオに戻って一
渡辺 すごうい!(拍手)これはもう見た事無いドラマの空気感ですよねぇー
足立 ちょつとドキュメンタリーに近いんじゃないんかのリアル感がありましたけど…
渡辺 何故この作品が転機になつたんですか
橋爪 素人でしょう皆相手だから俳優さんのような芝居しないじゃないですか…と同時に僕が良くなつていくと輪かけて向こうの人が良くなつていく…あのこうやって芝居するから(身振り手振り)
渡辺 ハァーなるほどなるほど
橋爪 そういう顔してかぶってくるからね…雰囲気醸していると相手の人もそうだと思うからどんどんどんどん だから何回も本番やらされちゃうと困っちゃうんだよ…(全員の笑い声)
橋爪 このくらいで止めてよぐらいすごいの!ああ…
原口 一年がかりで振られたから…やっぱり
橋爪 そうです
原口 やればやるほど地元の方もだんだん何だかこう馴れてくる
橋爪 えぇ僕本当に僕…最後に看とるおばあちゃんがいるんですけどその人は未だにお付き合いしているんですけど何か他のテレビ見て具合悪いと電話かかってきて「ヱエ」どこが悪いのっていうんです
全員 ワッハッハッ!
橋爪 だから芝居やないって言うと…分かっているけどなあアツハッハ
渡辺 わかってる
足立 可愛い…
原口 お話にでたその方がねぇインタビューに応えてくれましたんで、いま84歳お元気でいらっしやいますVTRどうぞ!

大村 「橋爪さんこんにちはお久し振りです小豆島のシゲさんが貴方にお会いできないけど、このテレビのカメラでお会いできること、いままでの懐かしい思い出を今から語らしていただきます」

場面−すき焼きを食す放哉−
原口 大村明美さんは尾崎放哉の身の周りの世話をするシゲを演じました
放哉 「うまあ」
シゲ 「庵主さん前からお聞きしようと思うとうたんやけど 奥さんはどうなさったんですか」
大村 「いちばん最初の今のシーンのときに、そのとき私もちょっと緊張しましたよ初めてだから緊張しましたけど」
休憩のときに橋爪さんが柿を買ってきて食べちゃいなたべちゃ いな「休憩の時に橋爪さんがその休憩のあと直に橋爪さんが柿を下の八百屋さんから買ってきて食べたいな食べたいなあ自分で買ってきて皆にふるまっていた本当に優しい人だなあと思いました」

場面−病床の放哉とシゲ一
大村 「寒い冬のなあシーンの時すごく寒かったの暖房も何も無いしな寒いな寒いな言うた時になあんたは寝とったらええな言うた何にも暖かく無いよシゲさん俺だってゴツゴツ布団で寒いよと言うた。あんたは寝とったらええけど言うた何にも暖 かくないよ シゲさんオレだってゴツゴツ布団で寒 いよ  
「あっはっはっ そういう本当にそういうな雰囲気なの放哉記念館の落成式日かなあ ようくこのあの忙しい橋爪さんがよく来られたねぇと言うたんやってぇ」  「ほたら冗談かどうか知らんけど こなんだら明美ちゃんに怒られるもん言うたんやてぇ あっはっは」  「だからまた小豆島に来て小豆島のロケなんか考えて…NHKさんも頼みますわ!来て下さいよ爪さんも来てよ」
 (スタジオ拍手と笑い)
常盤 すごい…優しい方ですね
渡辺 大村さんとの共演いかがでしたか?
橋爪 あのぅ結局結核であの南郷庵で小豆島のお寺の上に在る所で亡くなるんですよ放哉という方はね酒ぐせが悪くて肺病を病んでねて 最期はもう本当の下の世話も全部してもらうんですよあの方に  実際じゃ無いけどねそれで死ぬ時本当に臨終のような俺がよ顔々 顔って変だけど心配で居ても立っても居られないような…  
芝居という中どうかな良く分からない だからねぇ  あのぅ俺死んでいくんだけど感動しちゃうんだよね
渡辺 ウワ一
橋爪 感動してはいけないんだよねぇ死人はねぇ!
足立 アアーでもすごい
橋爪 そんなやっぱりものすごい緊張感いうものが現場に漂っていましたねぇ  もうああした自分…芝居の原点てこれなんだなあて  …
ただこれやってからもう僕はどっちかいって言うといちびりでねぇ…
原口 お銚子者ですねぇ
橋爪 お銚子者だからついついそのやらなくてもよいことをやっちゃゝつんだよ  
…でそれ自戒の念って云うか自戒していますそれやってからそれても直りませんけどね!エッヘッヘ (スタジオ笑い笑い)
渡辺 直りませんか
原口 大村さんから伝言いただいて、ねぇ ドラマって云うのは人生で何ものにも代え難いものになりましたこれは橋爪さんのお陰ですよ是非もう一度生きているうちにお逢いしたいとおっしゃっていました。「全員ヱエーヘッヘッヘッ」  「生きてる内に…笑いの渦!」
橋爪 そうですか
足立 小豆島に来てもう一回なんか撮って下さいと おっしゃってましたねぇー・
橋爪 これ松山放送局なんだよねぇ
原口 これNHKの松山放送局です
橋爪 四回に分けて行ったんです最初はスタッフ十人十人ちょっとしかいなかったんですみんな色々なものをやったんです  段々予算が増えていって  最後松山放送局は今年の  予算全部使って良いから  ドゥンとね中々松山放送局大したものだねぇ (笑い  笑い)
原口 じゃあ今度鶴瓶さんの番組か何かで小豆島を訪れるという企画だったらどうでしょう!
足立 イイネエそれ良いですね
渡辺 家族に乾杯!
常盤 ナレーションやってます
渡辺 アアそうだあみんな繋がってる (笑い)
足立 ヱエーあの撮影の時も印象とか何か今でも覚えていらっしやいますか
橋爪 あぁいっぱいあちこちねまあ土庄という所が主だったのでその何だろう 
 うん北そっちの方はあんまり知らないんだけど時々ときどきとか今オリーブがとてもあれでしょゝつっ‥
原口 小豆島名産ですねぇ
橋爪 まあオリーブかみさんと一緒に何だろう…見学と云うかオリーブ畑のそんなこともしましたけ  ど?
常盤 ウンうん!
橋爪 あと僕の親友とかあの…親友と云うと何かおこがましい…まあ済みませんそれいいや(笑いで濁す)
渡辺 気になる気になる(立ち上がって)親友の話
原口 思いだしたらお話頂いてよろしいでしょうか(略)  

収録で河野さんがつぶやく …
橋爪さんは、朝のテレビ小 説「まんぷく」 に出演が決定 している、大阪商工会の会長 で実業界の大物三田村亮蔵役 を演じることを、口外禁止の 約束で知った。勉強熱心で役者経験の豊富な方には仕事が つきに付くと「海も暮れきる」 の助演女優、小豆島シゲさん は感慨に耽けての収録だった。
ロケを支えた人を思い出しこの作品のカメラ担当の永野勇ちゃんは後に、NHKテレビ大河ドラマ撮影担当に抜擢、美術全般を担った足立正美さんは全く手抜きの無い技巧師、化粧はチャーミングな 新田晶子ちゃん、時代背景を考え撮影現場に大道具、小道 具調達した「そらそうじや」 の藤原紀代治課長、相棒山本 明ちゃんは演出家を夜の接待、その知恵袋が毎日新聞記 者の三好浩氏、藤島モーちゃんは巧妙な話術で素人役者を かき集めた。
初対面の橘高さ んを役場につなぎ、自身も井上一二の妻を演じた松本廣子さん、放哉の妻馨を演じた 石床和世さんは島の風物詩、 春を告げる桜咲く寺の石畳みを歩みドラマは終了。眼を閉 じれば、懐かしい顔々が走馬 灯のように浮かんだと、おシ ゲさんはすこし小首をかしげ ほほ笑む。「爪さん!小豆島 に来て…生きてるうちに」。 あれから36年経て、尚且つ島 の発展を願う大村さんは、心 に響く良い役者だった。
障子あけて置く海も暮れ切る
【開館25周年記念特輯稿】 放哉に会報せつかれ庵に居る           
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