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はじめに
 ここに公表される放哉の句稿集は、一九九六年七月、鎌倉の荻原海一氏宅にて発見されたと言われるものである。放哉の句稿は散逸したものと思われていただけに、二七二一句に及ぶ句が書き綴られた句稿が発見されたことは、まさに驚くべきことであった。勿論、句稿と「層雲」発表句とは同一視することはできないけれども、井泉水の選に漏れた句の中にも新しい視点で注目すべきものもあるに違いないし、何より今後の放哉の研究に多くの示唆を与える点において、格段に貴重な資料ということができる。
 発見された当時、放哉研究家として長年の実績のある大阪府立高校教員の小山貴子氏が活宇化していたが、(※編者注 小山氏の論究「句稿にみる放哉俳句」もご参照ください。)このたび当記念館が荻原家からこれを買い取った機会にすべてを掲載する。

小山氏による句稿の整理手順は以下の次第である。
(1)発見された時に綴じられていた束ごとに番号をつける。1から31まであるが、句稿の番号は、句稿中にある「層雲」掲載句をみて、その発表順に従い若い方から付けた。
(2)句稿の中には、井泉水によって、「層雲」掲載時に付けられた題名が記入されている。
(3)旧字体は新字体に直した。
(4)句稿の中には、井泉水への通信文がある。それもそのまま記した。

句稿(1)
※○小浜ニ来て
層雲雑吟 尾崎放哉
○小浜のオ寺で

今日来たばかりの土地の犬となじみになってゐる
を世話になる寺をさがして歩くつヽじがまっ盛だ
竹の子竹になって覗きに来る窓である
朝から十銭置いてある留守の長火鉢
其の侭はだしになって庭の草ひきに下りる
和尚とたった二人で呑んで酔って来た
汽車通るま下た草ひく顔をあげず 背を汽車通る草ひく顔をあげず
あかるいうちに風呂をもらいに行く海が光る
カンヂキはいて草ひくかげが一日ある
重たい漬物石をくらがりであげとる
僧の白足袋ばかり見て草ひき話す
今日来たばかりで草ひいて居る道をとはれる
石だんあがって行くたそがれの白足袋である
女枕をして兎二角寝てしまった
雑草に海光るお寺のやけ跡  雑草に海光るやけ跡
くらい戸棚をあければ煮豆が腐って居た
たきものたくさん割って心よきくたびれ
竹の子の皮をむいてしまってから淋しい
あたまをそって帰る青梅たくさん落ちてる
そったあたまが夜更けた枕で覚めて居る 放哉
脚気でふくれた足に指をつっこんで見る
手紙入れに行く海風落ちた夕方
たった一人分の米白々と洗ひあげたる  一人分の米白白と洗ひあげたる
草ひけばみゝず出て来る春日ゆるやか
青梅たくさん落ちて居るみどりのくらがり
石だん上る人あり草ひく旅人として
草をぬく泥手がかはく海風の光り  草をぬく泥手がかはく海風光り
障子切り張りして守番している顔だ
火ばしを灰に突っこんでいんでしまった
だれも居らぬ部屋に電気がついた 放哉

雑吟  尾崎放哉

かまどが気持よく燃える春朝
時計が呼吸する音を忘れて居た
豆腐屋朝をならし来るよい男だ
爪の土を堀ってから寝てしまう
時計が動いて居る寺の荒れてゐること  時計が動いて居る寺の荒れてゐる
万年筆がもたるゝ漬物臭い手である
和尚茶畑に居て返事するなり
あたへられたるわが机とていとしく
いつからか笑ったことの無い顔をもって居る
洗いものしてしまって自分のからだとなる
木の下掃きつゞけるよいお天気となる
下手な張りやうの侭で障子がかわいてしまった
のびたあごひげなでてのみなつかしみ居る
月夜となってしまった遂に来ぬ人
松葉数えて児等が遊べる術(すべ)を知らず
乞食に話しかける心ある草もゆ  乞食に話しかける我となって草もゆ
血豆をつぶす松の葉を得物とす  血豆をつぶさう松の葉がある
考え事をしてゐる田にしが歩いて居る
風が落ちたまゝの駅であるたんぼの中
朝の青空のその底見せきれず 放哉
寒い顔して会釈し合った
林檎の真ッ赤な皮が切れ/\にむかれた
さっきから晩の烏がないて居る草ひくうしろ
舟の灯を数えてから寺の門をしめる
雪の戸をあけてしめた女の顔
蟻を見付けた大地に顔触れさせて居る
妻が留守の朝からの小雨よろし
障子に針がさしてあるさびた針
障子のひくい穴から可愛いゝ眼を見せる
児の対手をして絵本を面白がってる 放哉
お山の晴れを松葉かき居り声あげんとす
米とぎ居るやあかつきの浪音
たくましい手できざみが上手にまるめられる
たった一軒の町の本屋で寄られる
くるわの中の赤いポストの昼である
和尚が留守の豆をいってるはぢける
するどい風の中で別れようとする
銃音がしてせっせと草をぬいて居る
どんどん泣いてしまった児の顔
晴れて行く傘で肩に乗せられる 放哉
窓に迫り来る雑草の勢を見る
大根ぶらさげて橋を渡り切る一人
新緑の山となり山の道となり
ポストに落としたわが手紙の音ばかり
急いで行く径の筍が出て居る
鏡の底のわが顔ひげのばしたり
草花一つ置き夫婦のみの夜更けたる
地図を見て居る小さい島々ある
鶏小舎鶏居らず春なり
たった一つ去年の炭団が残って居る 放哉
怪しからず凍てる夜となり炭団火にして参らす
去年の炭団がいつまでも一つごろ/\して居る
夕ベ煙らして居る家のなかから泣くよ赤ん坊
赤ン坊動いて居る一と間切りの住居
雑踏のなかでなんにも用の無い自分であった
家をたてること話し雑草やかれる
みんな泣いて居る人等にランプが一つ
病人の蜜柑をみんなたべてしまった
めし粒が堅くなって襟に付いて居った
淋しさ足らず求め足らず 放哉
層雲雑吟 尾崎放哉生
樋のこわれをなほし水だらけになってゐる
海いっぱいに尻を向け石だんの草をひいてる
田舎の小さな新聞をすぐに読んでしまった
猫が斜に出て行った庫裡の昼すぎである
あす朝の茶の芽をつむ約束をして和尚と寝てしまった
フトつばくろを見し朝の一日家を出ず
畳のその焼け焦げの古びたるさへ
麦わら帽のかげの下一日草ひく
きせるがつまってしまったよい天気の一人である
毎朝ごみ捨てに来て若い藪の風に立つ
縁に腰かけて番茶呑む一人眺めらる
ひょいとさげた土瓶がかるかった
若葉にむっとしてお寺をさがして居る
冷え切ったを茶をのんで別れよう
蚤がとんで見えなくなった古い畳だ
夕陽の庫裡は茶潰をすゝる音ばかり
へりが無い畳の淋しさが広がる
あすの米洗いあげて居る月の障子となる
頭をそって出る小さい町の海風
花火をあげて海に沿ふて小さい町ある 放哉
雑吟 尾崎放哉
ひねもすどこやら水音がして山寺なりけり
すゝけた障子にわがかげうつる夜となる
山ふところの水遠くひく太い青竹
庫裡の大きな柱に古い五寸釘が打ってある
土瓶がことこと音さして一人よ
どろぼう猫の眼と睨みあってる自分であった
番傘ひらいては干す新緑の寺のしゞま
雨があがったらしい児等が遊んで居る声が近い
魚釣り見て居るわれに寄りそう人ある
寝ころぶ一人には高い天井がある 5/21
層雲雑吟 尾崎放哉
筍筍いそいで竹になってしまった
大きな古足袋もらってはきなれて居る
白い衣物ばかりたゝんで居る夜である
小さい茶椀で何杯も清水を呑む
かん詰の缶を捨てる早春の藪
留守番をして地震にふられて居る
焼け跡己に芽ぐまぬ木とて無く
落ちそうな大岩の下で清水絶えず
木の芽かゞやきあつい茶を出される
雪ふるにまかせ赤い灯に集ってゐる
歯みがき粉こぼし朝の木の芽の道
バケツがころがって泣く夕風
力いっぱいの二た葉持ちあげたり
夜通し水走る宿で夢を見てゐる
手を振り足を振り朝は新らしい空気
澄み切った空で眼が覚め出す
青梅木の下すかせば見え来る
白たゝけた爪の色を眼の前にしてゐる
かまどの暗い口に火をつけてやる
静な朝の雀をさがす一つ居る 放哉
せんべい布団にくるまって居る剃り立ての頭である
腹の臍に湯をかけて一人夜中の温泉である 臍に湯をかけて一人夜中の温泉である
針の小さい光る穴に糸を通す
窓から女の白い手が切手を渡してくれた
病人らしう見て居る庭の雑草
浪音淋しく三味やめさせて居る
豆を水にふくらませて置く春ひと夜
姉妹仲よく針山をかれる 放哉

句稿(2)
※○村の呉服屋
層雲雑吟 尾崎放哉

古い汽車の時間表を見て居た二人であった
石のぬく味を雑草に残して去る
蜘妹が巣をつくってる間に水を打ってしまった
はぢめての道の寒夜足になじまず
橋に来てしまって忘れたものがあった
土瓶のどっかにひゞがあるらしい
お寺にすっこんでそれから死んでしまった
豆ばかりたべて腹くだしをして居る
古椅子ひっぱり出して来て痩せこけた腰を下ろす
きせるのらをを代へるだけの用で出て行く
烏がひょいひょいとんで春の日暮れず
一文菓子屋の晩の小さい灯がともる
かぎりなく蟻が出てくる蟻の穴音なく  かぎりなく蟻が出てくる穴の音なく
ネクタイが鏡のなかで結ばれる
いつしか曇る陽の草ひくかげが消えた
古くなった石塔新らしい石塔
木の梅を売る双手を組む
人にだまされてばかり円い夕月ある
いち早く朝を出てしまった船である
水引がたんとたまった浅い箱で 放哉
れいめいの味噌すり鉢がをどること
すりこ木すり鉢にそへて庫裡の朝ある
遠くへ返事して朝の味噌をすって居る
汐干の貝が台所でぶつぶつ云ってる
ほんの一ちょうしで真ッ赤になってるよ
熱のある手を其侭妻に渡す
ころころころがって来た仁丹をたべてしまった
あごひげをそる四角な鏡である
わが歳をかぞえて見る歳になって居た
木の芽を盗みに来る窓で叱らねばならぬ 放哉
柿若葉の頃の二階を人に貸してる
かまどちょろ/\赤い舌出し明けそむ
朝のかまどの前に白いあぐらをくんでる
地震の号外をたゝき付けてとんで行った
読んだ手紙もくべて飯が煮えたった
火消壷の暗に片手をつっこむ
猫に覗かれる朝の女気なし
豆腐をバケツに浮かべて庫裡の夕となる
大がまで煮て居る筍うらの筍
青梅ふみつぶして行く新らしい下駄
かまどが真ッ黒な口あけてるだけの庫裡 放哉
冷酒の酔のまはるをぢっと待って居る
いつもうたって居る竹藪の中の家
吹けど音せぬ尺八の穴が並んで居る
竹藪ほったらかして障子が釘付けにしてある
米をはかる時竹藪の夕陽 ある
お茶の葉をむす湯気の中の坊主頭である
老ひくちて居る耳の底の雷鳴
手作りの吹き竹で火を吹けばをこるは  手作りの吹き竹で火が起きてくる
茶わんのかけを気にして話しして居る
冷え切った番茶の出がらしで話さう 放哉

句稿(3)雑吟 尾崎放哉
竹切る音の人が顔を見せない
遊びつかれた児に寝る灯がある
椿の墓道を毎朝掃くことがうれしい
釜の尻光らして春陽に居る
寺はがらんとして今日の落つる陽ある
車屋貧乏くさい自分を見て通った
自分の母が死んで居たことを思ひ出した
白い小犬がどこ迄も一疋ついてくる
たぎる陽の釜のふたをとってやる
犬がもどって来ない夕あかりに立つ 放哉
今朝の花のどの枝を切らう
暮れ切った坊主頭で居る
戻りは傘をかついで帰る橋であった
焼け跡一本の松の木に背をもたせる
蔵の横の残雪に痛む眼ある
時計がなりやむ遠くの時計がなり出す
月が出て居る障子あけんとす
菊の鉢買って来て客とはなして居る
傘をくる/\まはして考え事してゐた
好きな花の椿に絶えず咲かれて住む 放哉
いちにち山椒煮る醤油の香にしみ込んで居る
貧乏徳利をどかりと畳に置く
寺の名大きく書いた傘ばりばり開いて出る
妻を風呂に入れて焚いてやる
雨を光らして提灯ぶらさげて出る
バラの垣が無雑作に咲き出した
桜が葉になって小供が又ふえた
咲き切った桜かな郊外に住む
花の雨つゞきのわらじが乾かぬ
山吹ホキと析れて白い 放哉
朝寝すごして早春の昼めしをたべとる
古本の町の埃をばたばたはたいてゐる
たった一つ残ってゐる紙鳶に青空ある
うしろから襖をしめてもらう泥手である
うす陽一日くもらせて庭石ある
日曜日の庭を歩いてゐる蔓草
小さい布団で児がふか/\と寝てゐる
埃が立たぬ程の雨の女客ある
笑ふ時の前歯がはえて来たは
から車大きな音させて春夕べ 放哉
処女の手のひらのやうな柿若葉の下に立ってる
蟻にかまれたあとを思い出してはかいてゐる
筍堀った穴にふっくり朝の陽がある
筍堀りに主人の尻について行く
眼の前筍が出てゐる下駄をなほして居る
ごみ捨場に行く道が雑草でいっぱいになった
障子張りかへて若葉に押されてゐる
はでな浴衣きて番茶をほうじてゐる
妻の下駄ひっかけて肴屋の肴見に出る
漬物桶の石がぎっしり押して居る 放哉
お寺はひっそりして国旗出してゐる
みどりの下かげの若い人等の話し
お寺の青梅落ちる頃を児等は知ってゐる
ボタンが落ちた侭でシヤツを着てゐる
わが行く手の提灯一つ来るさま
いっぱいつまってゐる汽車に乗りこんでしまった
水の輪ひろがる山の池の出来事
空っ風の日の児等はどっかへとんで行ってしまった
泥手で金勘定をしてゐる風の中
梅も咲いて居る小さい流れありけり 放哉
(注)「思ひ出してゐる」↓「恩ひ出した」

句稿(4)
層雲雑吟  尾崎放哉

芭蕉の広い葉であふがれて居る蒼空
のびた爪切れば可愛いゝわがゆびである
暗がり砂糖をなめたわが舌のよろこび
犬が一生懸命にひく車に見とれる
干した茶を仕舞ふ黒雲に追っかけられる
百姓らしい顔が庫裡の戸をあけた
ごはんを黒焦にして恐縮して居る
味噌汁がたぶづく朝の腹をかゝヘ込んでる
朝のごはんの大根一本をろしてしまった
洗いものがまだ一つ残って居ったは
晩をひっそり杓子を洗ふいろいろな杓子
眼鏡かけなれて青葉
ほったらかしてある池で蛙児となる
板の間をふく朝の尻そばだてたり
漬物くさい手で(一字不明)句を書いて
そろはぬ火ばしの侭で六月になった
今日切りのわが茶椀に別れようとする
書きよい筆でいつも手にとられる
古下駄洗って居るお寺はたれも来ぬ
針箱を片付けてから話す 放哉
暦が留守の畳にほり出してあるきりだ
暦をあけて梅雨の入りを知った顔である
空家の前で長い立話しをして居た
児等が大きくなって別荘守がぼけとる
釘箱の釘がみんな曲って居る
水のつめたさに荷が下ろされて居る
夫婦でくしやめして笑った
二人の親しみの長火鉢があるきり
青梅酢っぱい顔して落ちとる
道でもないところを歩いて居るすみれ 放哉
和尚の不自由な足が夜中の廊下で起きとる
一茎の草ひく蟻の城くづれたり
ひねもす草ひく晩の豆腐屋の声を身の廻りにして居る
草ひくことの毎日のお陽さんである
鳶ひょろひょろ草ひくばかり
一日歩きつゞける若葉ばかりの山道
そっとためいきして若葉に暮れて居る
かたい机でうたゝ寝して居った
提灯と出逢って居る知った人である
蟻にたばこの煙りをふきつける 放哉
かくれたり見えたり山の一つ灯が消えてしまった
送って来てくれた提灯の灯にわかれる
わが眼の前を通る猫の足音無し
お寺の灯遠くて淋しがられる
昼寝起きの妻が留守にして居る
豆を煮つめる一日くつくつ煮つめる  豆を煮つめる自分の一日だった
こんな山ふところで耕して居る
二階から下りて来てひるめしにする
火事があった横丁を風呂屋に行く
鍋ずみが洗っても洗ってもとれぬ朝である 放哉
桜の実がにがいこと東京が遠い
煙管をぽんとはたいてよい知恵を出す
顔の紐をゆるめて留守番をしてゐる
淋しい池に来てごはん粒を投げてやる
葉になった桜の下でたばこを吸はう
すねの毛を吹く風を感じ草原
蛙大きな腹を見せ月夜の後ろある
いり豆手づかみにしてこぼれる
蛙を釣って歩るくとぼけた顔だ
花活けかへた日の午后の客あり 放哉

句稿(5)
層雲雑吟 尾崎放哉

久々海へ出て見る風吹くばかり
半鐘ならされた事無き村のこの海
障子がしめてある海があれて居る
海がよく凪いで居る村の呉服屋
高下駄傘さして豆腐買ひに行くなり
よい月をほり出して村は寝て居る
池水しわよせて京に来て居る
マッチの棒を消す事をしてみる海風
さんざん雨にふられてなじみになってゐる 放哉
筍すくすくのび行く我が窓である
障子の穴から小さい筍盗人を叱る
餅を焼いて居る夜更の変な男である
古釘にいつからぶらさげてあろものを知らず
蜘蛛がすうと下りて来た朝を眼の前にす
銅像に悪口ついて行ってしまったは  銅像に悪口ついて行ってしまった
探し物に来て倉の中で読んで居る
雨のあくる日の柔らかな草をひいて居る
たもとから独楽出して児に廻して見せる
今日も一羽雀が砂あびて居るよ草ひく 放哉
とんぼが羽ふせる大地の静かさふせる
きちんと座って居る朝の竹四五本ある
蛙ころころとなく火の用心をして寝る
破れうちはをはだかの斜にかまへる
所在不明の手紙がこっそり戻って来て居る

只今居る常高等といふオ寺は妙心寺派の禅寺で中々立派なものです(非常に荒廃して居ますが)淀君の末の妹(京極家ニ嫁して)が建立されたもの、問題にならぬ程あれはてゝ居るけれど庭は実に見事なものです淀君の妹といへば美人であったろうと思います、---一人庭の草ムシリをしながら次の九句をつくって見ました 放哉

一と処つヽじが白う咲いて廃庭
廃庭大きな蛙小さな蛙
蛙がとんだりはねたりして池の夜昼
とかげの美くしい色がある廃庭
廃亭に休らうわれは大昔しの人
昔しの朝の風吹かせ一木一石
女がたてた大きなお寺だ
廃庭雑草の侭の数奇を尽す
ホキと折る木の枝よい匂ひがする
○以上、九句廃庭吟御叱正下さりませ

青梅憂然と落ちて見せる
青梅かぢって酒屋の御用きゝが来る
青梅白い歯に喰ひこまれる
節穴さし来る光り尊し
梅雨入りのからかさに竹の葉さはらせる
小供を抱いてお客と話してゐる
児の笑顔を抱いて向けて見せる
折れ釘も叩きこんで箱をつくってしまった
佛のお菓子をもらう小供心である
赤いお盆をまんまろくふいて居る 放哉
蛙たくさんないて居る夜の男と女
蛙たくさんなかせ灯を消して寝る
小鳥よくなれて居て首をかしげる
鳥寵下ろす二の腕の春だ
はつかしさうな鶯遠くへ逃げてはなく
下手くそな鶯よ山路急ぐとせず
雪国の長い家のひさしに逗留してゐる
はるか海を見下ろし茶屋の婆つんぼであった
もるがまヽにつかって居る一つの土瓶
豆のやうな火を堀り出し寒夜もどって居る 放哉

句稿(6)
層雲雑吟  尾崎放哉

葉桜の暗夜となり蛍なりけり
木槿の垣に沿ふて行く先生の家がある
桜葉になってしまってまだあき家である
葉桜の下で遊びくたびれて居る
木槿の垣から小大がころがり出す
木槿壇の上を豆腐屋の顔が行くよ
木槿の葉のかげで包丁といでいる
松山松のみどり春日ならざるなし
燃えさしに水かける晩の白い煙り
すくすく松のみどりの朝の庭掃く
竹の葉がふる窓で字を習ってゐる
底になった炭俵の腹に手を突っ込む
豆腐屋の美くしい娘が早起きしてゐる
田舎の床屋で立派なひげをはやしてゐる
少しの酒が徳利ふればなる
久し振りに英語の字引の重たさ手にする
池で米とぐかきつばたは紫
池一つ置いて静かなあけくれ
お池のなかの黒ン坊のゐもり
蠅が障子にぶつかる元気がよい 放哉
寺に来て居て青葉の大降りとなる
サッとかげる陽ある躑躅まっ盛り
物干で一日躍って居る浴衣
汐ふくむ夕風に乳房垂れたり
砂山下りて海へ行く人消えたる
芹の水濁らかすもの居て澄み来る  芹の水濁らすもの居て澄み来る
桜咲き切って青空風呼ぶさま
青葉日かげの石段高々とある
桜ひとかたまりに咲き落ちて池水
軒のしのぶが手をのばす夕月 放哉
借金とりを返して青梅かぢって居る
落葉ふんで来る音が犬であった
四角にかり込まれた躑躅がホツ/\花出す
池の朝がはぢまる水すましである
ぱく/\返事をして豆がいれる
落葉どっさり沈めて澄み切った池だ
煙草のけむりが電線にひっかゝる野良は天気
煙草のけむりがひっかゝる高い鼻である
小米花数限りなく白うて
池の冷めたさにごらす米のとぎ水 放哉
土塀に突っかい棒をしてオルガンひいてゐる学校
児にヨジユームを塗ってやる朝の空気だ
黒い衣ものきて後ろ姿を知らずに居た
夜の枕があたまにくっ付いて来る
今朝はどの金魚が死んで居るだらう
話しが間遠になって町の灯を見る
言ふ事があまり多くてだまって居る
小さな人形に小さいかげがある
鯖を一本持って来て竹を切っていんだ
話しずきの方丈にとっつかまって居る 放哉
梅雨暗れの七輪ばたばたあふいで居る
筍くるくるむいてはだかにしてやる
茱萸の小さい提灯が赤うなって来た
石油かんを叩いてへこましてしまった
茶の出がらしが冷えてゐる土瓶である
茶椀の欠けたのが気になってゐる朝である
墨すり流しつヽ思はるること
消し炭手づかみにしてもって来る
たばこを買ってしまって一銭しか残らぬ
山吹真ッ黄な蛇をかくしてゐる 放哉
口笛吹かるゝ四十男妻なし
うつろの心に眼が二つあいてゐる
花火があがる音のたび聞いてゐる
天幕がたゝまれて馬がひかれて行った
一日曇ってゐる手習ひしてゐる
破れたまんまの障子で夏になってゐる
夜がらすに啼かれても一人
淋しいからだから爪がのび出す
電燈が次の部屋にもって行かれた
重たいこうこ石をあげる朝であった 放哉
髪を切ってしまった人の笑顔である
蛙が手足を張り切て死んでゐる
肉のすき間から風邪をひいてしまった
裸の人等のなかの風呂からあがってくる
屋根草風ある田舎に来てゐる
障子のなかに居る人を知ってゐる
赤ン坊火がついたやうに泣く裏に暮れとる
寝そべってゐる白い足のうらである
板の間光らせて冷へた茶を呑んでゐる
苔がはえて居る墓の字をよまんとす 放哉
襖あけひろげ牡丹生けられたる
たくさんの墓のなか花たててある墓
牡丹あかるくて読まるゝ手紙
山の茂りの人声下りて来る
人を乗せて来た戸板でさっさといんでしまった
米粒一粒もたいなく若葉に居る
汽車でとんで来たばかりの顔である
痛い足をさすりさすり今日もくれて来た
女房大きな腹をしてがぶがぶ番茶を呑んで
物を乞はれて居るわれは乞食
放哉何くれとなく母の手助けをして女の子である
なぜか一人居る小供見て涙ぐまるる
他人同志が二人で寝起きしてゐる
貧乏ばかりして歳頃となってゐる
わが歳を児のゆびが数へて見せる
橋までついて来た児がいんでしまった
母の無い児の父であったよ
牛乳コトコト煮て妻に病まれてゐる
卵子たくさんこわしてあいそしてくれる
今朝も町はづれの橋に来てみる 放哉
裸ン坊がとんで出る漁師町の児等の昼
波音になれて住む若い夫婦である
渚消されずにある小さい児の足跡
小さい橋に来て荒れとる海が見える  小さい橋に来て荒れる海が見える
一本松とて海真ッ平らなり
海の旭日ををがんで二階から下りる
えぼし岩目がけて朝の釣舟をやる
ひとひらの舟に乗る深い海である
島に人住はせて海は波打つ
手からこぼれる砂の朝日 放哉

句稿(7)
層雲雑吟 尾崎放哉
※○足のうら

妻楊枝噛んでは捨てるなん本でもある
だんだん風が強くなって来て泊る気になって居る
煙草の煙りにごまかされて出て来た顔である
この蟹めと蟹に呼びかけて見る
かはいや小さくても赤い蟹の親ゆび
松かさぼんやりして居る庵にたゝき付けられる
雨のあくる日がよく晴れ松かさからりと落ちる
火が消えて居る火鉢をかきまはしてほり出す
呼び返して見たが話しも無い
海を前に広げて朝から小便ばかりして居る
あらしが一本の柳をもみくちやにする夜明けの橋  あらしが一本の柳に夜明けの橋
あらしの部屋にはランプが一つ灯いて居る
みんな寝込んで居る家並の上に赤い雲を流し嵐はぢまる
あらしの中のばんめしにする母と子
あらしのあとの馬鹿がさかなうりに来る
あらしのなかの虫一つなく一つなきけり
あらしの晩で椎拾ふ相談が出来た
あらしのあとの小さい鶏頭起してありく
風が落ちた神主の顔に夜があけて居る
よい凪の月無きかゝる夜島島生れし
波にかくれる島にて舟虫はひけり 放哉
芒がどんどんのびて行く島のお天気つゞき
雨の日は遠くから燈台見て居る
ゆっくり歩いても燈台に来てしまった
旅人若く島の芒穂に出でず
風がどこに行ってしまったか海
波のうねりのだんまって居る力
島々皆白波の祠を抱き
白波打ちかへし渚秋なりけり
ひょいと呑んだ茶椀の茶が冷たかった
朝のあついお茶をついで呑む 放哉
いつの間に風が落ちたか暮れとる
石油の匂ひが好きな女であった
水平線をはなれ切った白雲
石炭酸の匂ひがする裏町ぬける
砂山砂から顔出して石塔
道しるべ横さまに打ち込まいでもよさそう
小鳥飼ふ事が上手でだまりこんでゐる
うたが自慢でおばゞ酒をほしがる
朝皃の蔓のさきの命ふるはす
風の藤棚の下ベンチが無い
緋鯉がにじんだ侭で暮れる 放哉
大きな鯉も居る藤も垂れて居る
雨蛙がぴったり手に吸ひ付いた朝風
なぜか逢ひともない人の顔だが
鳶だんだん大きな輪をかいて高いぞ
針箱しまって晩のにぎやかさにかゝる
ボケの花が一番すきな木瓜の花
数えて居るうちに鳩の数がまぎれて来る
そうめん煮すぎて団子にしても喰へる
づいぶん強い風であった柘榴が落ちない
庭下駄庭石にくっ付いて居る 放哉
もう汽車に乗ったかな土瓶がからっぽだ
焼米ゆびからこぼれる音を拾ふ
小包の紐をたんねんにほどいてたばねる
庭石格好よく据えてあすのことにする
風が落ちたやうだ小供の泣く声
ハンケチ洗って干す秋陽となり
蝉がちっとも鳴かぬやうになった大松一本
歯みがき粉がこぼれて留守にして居る
墓へ行った足音が今戻って来る
藤棚洩れる秋陽を机の前にす 放哉
海辺の畑の垣とても無く夾竹桃真ッ盛り
石が火になって炭とをこって居る
血を吸ひ足った蚊がころりと死んでしまった
田を植えて行く村のお医者さんが通られる
こんな町中の三角の水田であった
(槌か大久保新田、辺りの記憶)
鎌を光らして朝の山にはいる
口をあけないでしまった柘榴だ
洗濯竿にはわがさるまたが一つ
足のうら洗へば白くなる
すら/\書ける手紙で二三本書く 放哉
涼しさ担ひ来し荷を下ろす
石山虫なく陽かげり
石山雨をふるだけふらせて居る
青梅落として居る留守らしい
ざるから尾頭ぴんと出して秋風
自分をなくしてしまって探して居る
帯のうしろに団扇をさしてお婆よく歩く
三味線の稽古して御詠歌をしへて居る
帽子にとまった蛍を知らない
蛍籠の蛍の匂ひ 放哉
河原の蛍が光る部屋に案内される
昼の蛍の襟が赤い兵隊さん
蛍すいすい橋は風ある
叱られた児の眼に蛍がとんで見せる
そんな遠方までとんでもよいか池の蛍
夜更かしてもどる蛍がよく光ること
どうせ濡れてしまったざんざんふりの草の蛍  どうせ濡れてしまった夜空の草の蛍
風よ高々忘れたような蛍
光らぬやうになった蛍寵吊るして居る
光ること忘れて死んでしまった蛍 放哉 蛍光らない堅くなってゐる
人一人焼いた煙突がぼかんとしてる夕空
はやり風邪で死ぬ人を焼く煙突がいそがしい
大松一本雀に与へ庵ある
大松によりかかる蟻の音全く無し
根も葉も無い話しで田舎の夜が更ける
月の出がをそいからの庵にもどる
への字動かすきりの烏が遠くなってしまった
雨の烏がだまって居て無精者で
蚤とり粉たくさんまいてくしやみして居た
堤へあがる海への道消えたり 放哉

句稿(8)
層雲雑吟 尾崎放哉

海が少し見へる小さい窓一つもち事たる  海が少し見へる小さい窓一つもつ
わが顔があった小さい鏡を買うてもどって来る わが顔があった小さい鏡買うてもどる
こゝから浪者きこえぬほどの海の青さの
畳がえしてもらった其の日から庵の主人で居る
わが庵とし鶏頭がたくさん赤うなって居る
すさまじく蚊がなく夜の痩せたからだが一つ
久し振りに島の朝の木魚叩いて居りけり
人の親切に泣かされ今夜から一人で寝る
井戸水汲みに行くまっ昼西瓜がごろごろ寝てゐる
日が暮れゝば寝てしまうくせの窓一つ残し
わが手わが足の泥を洗ひ今日の終り
七輪あふいで居れば飯が出来汁が出来
とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた
どっと山風に消えたちょろ/\風呂の火
藁をたいた土の匂ひをふと嗅いで寝る
ほりかけの石塔の奥で晩酌やって居る
小さい窓から茶がらをこぼす新月
どうせ一人の夕べ出て行くかんなくづの帽子
新らしい石塔がたった夜のわれは寝るとす 放哉
をさな心のランプを灯し島の海風
島の墓にはお盆の夕空流れ
晩のかげがうつる項となる二枚の障子
四五人静かにはたらき塩浜くれる
四五本ほちほちくゆらし蚊とり線香
夜更けの麦粉が畳にこぼれた
壁土が落ちること昼の虫なく
炭をもらった夜の火鉢土瓶たぎらす
色々思はるゝ蚊帳のなか虫等と居る
今朝は松の青い葉がたくさんある掃く 放哉
いつも松風を屋根の上にをいて寝る
海辺はをなじなりはひの家々晩の煙りをあげ
洗濯竿をじゃまにして立話して居る
夜中ひやひや起こされて居る窓の海風
船がはいったぞと知らしてゐる窓一つ暮れとる
蚤とぶ朝の畳の裸一貫
店の灯が美くしくてしゃぼん買ひにはいる
松かさも火にして豆が煮えた
屋根の上から見えてゐる山も島の山かな
女の笑ひ声もして盆の墓原 放哉
こんなところに打ってある釘を考えて居る
島人の訛りになれて木槿白き夜の
無暗に打ってある釘をぬく小さな住居とし
大声あげて呼ぶ野良はひろびろ
茄子をもいで来たあんまにもんでもらう
ひとばんでしぼんでしまった白い木槿
御佛の灯を消して一人蚊帳にはいる
みんなで汲まれる井戸の水がうまくて真夏
井戸のほとりがぬれて居る夕風
西瓜がつけてある井戸水深々汲み去る 放哉
葬式のかねがなる昼月出て居り
さゝったとげを一人でぬかねばならぬ
麦粉を鼠がねらう夜が長いぞ
わかれてから風邪薬をかって寝にもどる
なん本もマツチの棒を消やし海風に話す  なん本もマッチの棒を消し海風に話す
新らしい釘を打って夏帽をかける
松の葉風無くて淋しい朝よ
山に登れば淋しい村がみんな見える
もらった新芋がある葱があるたべ尽くされず
横顔そっくりの顔がちがって居った 放哉
蚊帳の吊り手の朝風に用なくて居る
腰をろす石をさがす暮れちかく
待って居る手紙が来ぬ炎天がつゞく
夜更けの舟をろす月にひそかなる
漕ぎもどす舟の月夜はなれず
お茶を呑むわが茶碗が一つ
よびとめられた晩の道茄子もいでもらう
片眼の女がうりに来る島のくだもの
ボラがたくさん釣れるこの頃の丸い月夜
まっくらなわが庵の中に吸はれる 放哉
夕べもどって来る庵の障子があいて居った
荷萄の種子を吐いて居るランプの下
梅干を大事にしてお粥をたべとる
人来る声してみんな墓場へまがる
土のほこりの窓低き鶏頭
半分よんだ本がなか/\読み切れぬ
畳はく風の針が光って見せる
庭をはいてしまってから海を見てゐる
半紙が二三枚とんで居る庵であった
昼の蚊御佛を礼讃し刺すよ 放哉
白足袋がよくかはいて暮れてしまった
天井のふし穴が一日わたしを覗いて居る
般若心経となへ去る朝の第一燈
海風たんとたもとに入れ晩を遊びに出る児等
恋を啼く虫等のなかでかゞまって寝る
かりそめのたなを吊って乗せるものがたんとある
障子の穴が大きうなって朝晩涼しうて居る
裏山にあがって朝の舟を見てこよう
土瓶の欠けた口に笑はれて居る
麦粉を口いっぱいに頬ばっても一人 放哉
燃えさしに水をかけて泣かせてしまった
東京へ手紙かきあげて島の夜にだかれて寝る
石塔ほる前の家の女がめくらであった
一銭置いてお茶をみんな呑まれてしまった
妻楊子買って来て一本もたいなく抜く
今ばん芋を煮ようか茄子を煮ようかとのみ
京の女を思ひ出す鏡見て居る
扇子を大事にし大事にし蝿を叩く
お経よむ気にもなれず米とぐ日ある
お光りに佛てらされ給ふ朝は 放哉

句稿(9)
層雲雑吟 尾崎放哉

雨の椿に下駄辷らしてたずねて来た  雨と椿に下駄辻らしてたづねて来た
何かもの足らぬ晩の蛙がなかぬことであつた
(此島米ヲ産セズ故、水田ナシ)
わが髪の美くしさもてあまして居る  髪の美くしさもてあまして居る
浴衣きて来た儘で島の秋となっとる
バケツー杯の月光を汲み込んで置く
閾の溝に秋の襖をはめる
いつも淋しい村が見える入江の向ふ
障子の穴をさがして煙草の煙りが出て行つた
夏帽新らしくて初秋の風
鶏のぬけ毛がとんで来ても秋
藁ぐまにもたれて落ち込んでしまった
波打際に来てゆっくり歩きつゞける
しとしとふる雨の石に字がほってある
淋しくなれば木の葉が躍って見せる
叱ればすぐ泣く児だと云つて泣かせて居る
窓いっぱいの旭日さしこむ眼の前蝿交る事
今朝、五時頃ノ実景デ、ナンダカ馬鹿二サレテ居ル様ナ気ガシマシタ、彼等、第一義諦ヲ知ル筈トデモ云ヒタイ様ナ気持デ、彼等八実二堂々タルモノデス、旭日直射シ来レバ彼等ハ即歓呼ヲ挙ゲテ交ル、
秋風吹断一頭慮(?)
旭暉眼前蒼蝿交
マゾイ偈デスカ、マダ死ネソヲニモアリマセンカ

あく迄満月をむさぼり風邪をひきけり
さあ今日はどこへ行って遊ばう雀等の朝
はちけそうな白いゆびで水蜜桃がむかれる
石のまんなかがほられ水をたゝえる
山ふところの風邪の饒舌
花がいろいろ咲いてみんな売られる花  花がいろいろ咲いてみんな売られる
青空の下梨子瓜一つもぐ
塩のからいに驚いて塩をなめて居る
はく程もない朝々の松の葉ばかり
盆芝居の太鼓が遠くで鳴る間がぬけて居てよし 放哉
落葉生きてるやうにとび廻って見せる
枝をはなるゝや落葉行方も知らず
たまさか来るお遍路の笠が見送らるゝ秋は
追憶の夕ベ庭先き蟹がはって見せる
今日はも一つお地蔵さまをこさえねばならぬと石ほる
障子の破れから昼のランブがのぞくも風景
なれてしまへば障子の破れから景色が見える
荒壁ほろほろわが夜の底に落ちる
秋風の石が子を産む話し
投げ出されたやうな西瓜が太って行く 放哉
忘れた頃を木槿又咲く島のよい日和
いつも泣いて居る女の絵が気になる壁の新聞  壁の新聞の女はいつも泣いて居る
鴨居とて無暗に釘打ってあるがいとほし
此の釘打った人の力の執念を抜く
われにも乏しき米の首がやせこけた雀よ
下手になく朝もよろし島の鶏
海風に筒抜けられて居るいつも一人
海風至らぬくまもなく一本の大黒往
たまたま窓から顔出せば山羊が居りけり
海風べうべうと町までの夜道 放哉
朝から曇れる日の白木槿に話しかける
うらの畑にはいつて盆花切ってもらう
アイスクリーンを売って歩く島の昼は開けた
うっかり気が付かずに居た火鉢に模様があった
お盆の年寄が休む処とし庵の海風
盆休み雨となりぬ島の小さい家々  盆休み雨となつた島の小さい家々
島から出たくも無いと云って年とって居る
お盆の墓原灯をつらね淋しやひとかたまり
死ぬ事を忘れ月の舟漕いで居る
朝ばん牛乳を呑んでやせこけて居る 放哉
山々背中にあすの天気をさしあげて居る
ビクともしない大松一本と残暑にはいる
全く虫等の夜中となりをぢぎして出る
稲妻しきりにする窓焼米かぢる音のみ
蚊帳のなか稲妻を感じ死ぬだけが残ってゐる
屋根瓦すべり落ちんとし年へたるさま
アノ婆さんがまだ生きて居たお盆の墓道
島ではぢめての蛇を見て唾吐いてしまった
女手でなんとも出来ない丸い漬物石
早起の島人に芝草をのゝき喜び 放哉
白い両手をついて晩の用をきゝに来て居る
やゝはなれてよくなく蝉が居る朝を高い木
焼米ほつりほつり水呑むわが歯強かりけり
壁にかさねた足の毛を風がゆさふつて居る
すね小僧より下にしか毛が無い秋風
今日は浪音きこえる小窓はなれず
風邪を引いてお経あげずに居ればしんかん
ろうそく立てた跡がいくつも机に出来た
風音ばかりのなかの水汲む
よい墨をもらって朝からうれしい 放哉
すっかりお盆の用意が出来た墓原海へ見せとる
鼠にジャガ芋をたべられて寝て居た
蚊帳の吊り手が一本短かくて辛抱してゐる
白木槿二つ咲きいつも二つ咲き
今日一日は七輪に火をせなんだまヽ
山のやうに芝草刈って山に寝てゐる
草履をはたいてもはたいても浜砂が出る
魚釣りに行く約束をしたが金がなかった
島人みんな寝てしまひ淋しい月だ
窓からさす月となり顔一つもち出す 放哉
友にもらって来た歯磨粉が中々つきない
島の土となりてお盆に参られて居る
小さい船下りて島に来てしまった
茄子を水に清けて置く月夜であった
墓近くなる盆花うる家家
萩かな桔梗かな美くしくなった盆のわが庵
まっくらな戸に口をあけて秋山の家である
海人の親子が呼びかはし晩になっとる
草履が一つきちんと暮れとる切りだ
犬が逃げて行くかげがチラと晩だ 放哉

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