啓、御寒う御座います。不相変御無沙汰致して居ります。此間は、「掃除」の事で御注意をうけまして誠ニ恐縮千万、深く/\陳謝致します。実ハ弁解がましう御座いますが、木下サンの咳の薬りが「チツト」もきヽませぬ。三度程薬を変へられましたが、一日位一寸キクがすぐ、ダメになります。……薬代も、嵩みますので中途三度程服薬を、中止しましたが、又、ヒドクなるので又、呑んで見る……が少しもキカヌ……処ではない……夜寝ると、「咳」き出します。ソレガ実に、ハゲシイので腹の中、胃腸をもみにもむと見えまして、「咳」くと同時ニ、「吐」き出します。そして、夜、一目も寝られません。その為、「腹」がスツカリ弱り切リ……朝、早くから目はあいて居ても、オキル元気がありません。オキてもスグ、たふれさうになり又、フトンにはいると云ふ有様、目下、スツカリ、弱リヌイテ居ります。ソヲ云ふワケデ、「掃除」も、私は大ニスキで、これ迄ヤツテ来たのですが……ソレをやる勇気がないのであります。ソレデ、ウラのお婆サンが、山や畑に行かない時、析々タノンで火を、おこしてもらつたり、「掃除」してもらふのですが、思ふ様に行きません……で、とう/\此間の、御注意をウケル事になりました。何卒、今暫く、此力ラダ達者ニナル迄、偏ニ御許しを乞ひます。
ソレデ、「咳」の方ハ木下氏ニスツカリ、あきれましたので、断然、ヤメテ、私ノ考デ、此ノ頃、ノドに、シツプをして見たのです。処が之が、薬よりも大分、キヽメが有る様に思ひますので、之ヲ、ツヾケテ見る考で居ります(糸瓜の水五合モラツテ来て呑みましたがダメです)
扨、……先日のオ大師ハ二十日ハ旧念仏連五十人余も見え、二十一日ハ新念仏連其他四十人位も見え、にぎやかな事でした。……其ノ前ニ……此の近所のオバーサン連の話し合だとて、私の処に相だんヲ持ち込みました。ソレハ……先の庵主ハオ夜食(豆めし位)ヲ出シテ、十銭二十銭位もらつたとか、ソレデナケレバ、せんべ出すとか……私ハ一向寝耳ニ水デスカラ、……一度西光寺サンニ相談に行ツテクレ、ヤル可キモノナラ、ヤラネバナラヌト申せし処果して、ソンナ事御承知無し。処デ……私ニフダン、オバーサン連ニオ世辞ガマズイと云ふ弱味があるものですから、呵々、……とう/\二十日と二十一日とに一円宛のセンベを、おごらされました。そして二十日の夕の時ハ、此連中ノ中ニハ(酒ズキ)ガアルカラ、酒ヲ出シタ方ガヨイと云フ又、……内命ガ私ニ下リマシテ、……御尤/\と、酒一升……人間は弱いものであります……マア而し、ニギヤカニ無事にすみまして結構な事でありました。ソレカラ、タクサン御集りでしたから、一寸アイサツして置く方ヨカロと思ひまして、『私ハ甚、オ世辞が下手クソでありまして、イツモ此ノ机デ、ダマツテ居ルノデ……色々とアナタ方のゴキゲンをソコネル様ナ事ガアリマセウガ、実ハ私ハ東京ノ者デ、大地震ノ年后、京都ニ行キマシテ、三年間、オ寺デ暮シマシタ、処ガ西光寺の御ヂユツサンとは、古い/\おともだちでありまして、此庵が、アキましたので、入れていただきました、なにしろ、無一文の私、全く、西光寺サンの御かげで無事ニ、其の日を暮させて行つております、扨、京都ノ三年間、オ経は習つたか有じませんが、オ世辞ヲ一向習ひませんでしたので相済まぬ事であります。只今申上た通り決して怪しいものでもなく、ツキ合ツテ下されバ悪い人間でも決してありません、且、此ノ「庵」は何時デモ、アナタ方の倶楽部として、常に奇れいにして置きますから、イツ/\なり共御遊びに御出下さる事を御願いたしておきます』……と云ふ意味の事を申述べて置きました次第であります……新年来、カラダは、疲労の極ニ達して居りまするし、殊ニ、此間カラ如上のやうニ、ゴタ/\してまして、一向ニ句作ニ向へません……之が一番残念にたへません。明日頃から是非、如何ニ疲労してゐても、寝て居ても、精進したいと思つてゐます……
此間の御報告と、御無沙汰御わび努々、匆々頓首
玄々子様 八日 放哉生
啓、金の催促手紙になつてしまつて、是はアンタのポケツトを煩はし、况やソレが、御母サンの、供養に送られる分をいたゞくとは、どうも、なんとも、恐縮の外ありません、一月三十一日、三週忌の事は、必ず致します、実は北朗氏は、知つて居たか知らぬが、私の亡母と、亡姪二人及び先に白骨になつて来て、ひとばん、とまつて行つた、一燈園時代の友人の、名前と、この四人の名前が、チヤンと、オ大師様の前に、張りつけてあるのでありまして、それで、私が、オ経をよむ度ニハ、即供養の心持にもなつて居る次第です、今後は、アンタのおつ母さんの戒名もいつしよに書かしてもらひまして、コレカラ、年中供養いたしませう、之も妙な御えんと申せばさうも思へる、私は、例の層雲社の句会の時……。
桂子サンが、二階にタクサン菓子を、もつて来られた時、別嬪サンだなあ、と思つた時、その時、アンタが、黒足袋の親ゆびの辺を、糸で盛につゞくつた足袋を、はいて居られたので、コレハと思つた時その時、なんかの用事で、下におりて、おつ母さんにお目にかゝつた事が、ありました切りですがな……。つく/゛\御礼申します』(中略)
アノ家の、アノ谷の、雪景色は、よいでせうなあ……行つて見たいなあ、ホントに行つて、話したい……御礼状
井師 座下 十三日 放哉生
啓、
此ノハガキ、拝見……放哉甚、気持が悪いので、失礼ですが、御かへし申します。〈同封して置きます〉、……此のハガキ、甚不まじ目なハガキと拝見しました。放哉ハ未ダ、三円五十銭いたゞくのに、オ大師サンを保証人に立てて嘘ついてアンタに御願申す程、ダ落して居ない考也。……今迄、放哉ハアンタニ不まじめな手紙カイタ事は無し。
△例の頑強ナ「咳」で身心疲労の処へ短冊モ、ウンと書いて……益々弱つて居る処ヘ、コンナ、不まじめナハガキを見て、非常に、気持がわるくなりました。……「酒」が呑ミタケレバ、酒が非常ニ呑ミタイカラーー内密ニコレ丈送ツテクレト、アンタの事故、放哉ハヱンリヨしませんから請求しますよ。……何を苦しんで三円五十銭ヲ「嘘」ツイテ、ヒソカニ酒にしませうかだ、ソンナ放哉と思つて居たのですか?
△特ニ、此ノハガキを書いたアンタの、心理状態ヲ怪む……実ニ不快也。
△「俳春」の……不時の収入ノ件話してオコウ。福島県梁用町ニ「波紋社」ト云フモノアリ、下山一水氏主幹「波紋」ト云フ小サイ雑誌ヲ毎月出シ、毎月、送ツテクルケレ共別ニ放哉ト手紙の通信ヲシタ事も無く、只「雑誌」キタトキ、オ礼ノハガキニ小生ノ「一句」宛カイテ、オクル之ヲ翌月ノ雑誌ニ「一句」出ス……之丈のカンケイ干系デアツタ処ガ、丁度「北朗」来る十日程以前ニ、突然、(十円)送ツテ来夕。曰ク、(同人十人)ヨリ献金シ、放哉氏ノ米塩資ニ送ル……と申来り、鷲イタ。出シヌケノ事、今迄、何等通信シタ事ノナイ人々、……マア大ニ悦ニ入ツテ、色々、ウマイモノ盛ニ牛肉ヲクツタリ、此時…,酒モ買ツテ来テ呑ム、大ニブルヂヨアヲキメテ居夕〈北朗)マツテモ/\来ナイ……今日モ来ヌカナ……と夜ハ一人「酒」ニスル……〈北朗〉来テ以来引ツヾキ、大ニ喜んで呑む、ソレデツマリ十円ハ使ツテ猶、最後ノ支払ニ、三円足ラナクナツタワケ也……之ヲ(北朗)ニ請ス……北朗又……色々、大ゲサニ、井師ニ話シタロウ……井師ニ、マヂメデ心配する……半バハ面白く……トハ、「不足ガチノ時ハ、支払ハ事タリーー不時収入デ、足ツテ来レバ、支払ニ不足ス……」之ガ「禅」ノ「公案」ノ様デ面白いから(俳春)ニカイタ迄也……アンタ禅の(公案)ト云フモノ知ツテマスカ? 事実ヲカイテ……未通信の下山氏ノ厚意ヲ御報告シテオキマス。(終)
小生ハ、「悟ツタ人間デモナンデモ無イ」故ニ癪ニサワル時ハ大ニ、ハラガタツ、只ソレヲ、一時デ、サラリと捨テ去ル事丈ヲ修業シテ居ルノデス(毎日/\)
△以上、書イタ手紙……実ニ不愉快極マル事也、但、アンタヲ決シテ、一ツモオコツテハ居ラン……コンナハガキヲ、アンタをして書かした事ハ、其の罪ハ全く、放哉から、出て居るのだから、自分ヲ責メナクテハナラヌ、マヅ。
◎オ経デモ読ミマセウ……サヨナラ。
星城子様座下 十七日 放哉生
啓、御手紙御礼。短冊つきましたか。少しは御気に召した様で、放哉どんなに嬉しいかワカリません。「タ立からりと晴れて大きな鮪をもらつた」……は夕立ノ気分が出てゐるので、近来大分評判よい句でした。「山は海の夕陽をうけかくす処なし」之れも評判はよかつたのだが、御説の如く、一番早ワカリがして、素人受けは、一番よささうですな、呵々。
変な未来派ノ様な句ハ、アンタがイヤがるから一つも書きませんでしたよ、……タトヱバネ……「すばらしい乳房だ蚊が居る」……ナンカ大分近来問題になつた句であつたけれ共、呵々/\
△ノ件、御邪魔しましたよ。全く、只今の放哉には世捨人として、別に、大問題ぢやありませんよ。只々妙な処から(京都カラ)……妙な事を知らせて来るもんだから、放哉も一寸好寄心にかられた迄にて、呵々……、若し△が銀行に来まして私の話になつたら、此ノ奥ノ院で、全く、世捨人の庵主として、一日俳句を作つて、焼米、ボリ/\水カブ/\をやつてると申して置いて下さいませよ。アイツ而し、実にけしからぬ女ですよ……、世捨人で無い彼女として、総卒業后、イロ/\と御世話になつてる事故、一度位、御礼ニ顔出しす可きが人間也ーードウモ小生等には一寸解りかねる心理状態だな……オコツテ見ても、あれは、なほりますまいよ、呵々。只、アンタはじめ、オツ母サンにすまぬ事だな。世すて人放哉も時々コンナ事を人間並ニ考へて見て、すまぬなと思ひますよ、呵々。……今年の年始にも行きませんでしたか? どうも遂ニ、ワケの解らぬ処のある女ですな? それより、アンタからだの方ノ具合如何、まさ子サンも如何……大元気らしいから安心してますが、アノ、天埋教ノ大祭ニおでかけではありませんでしたか、ヱライさわぎらしいですな。ヱライもんだ……只一人の「婆サン」が……アノ「力」ヲ起したと思へば、おそろしいもんですなーー
チヨイ/\御便り下サイマセ。オツ母サン、マサ子サンによろしく/\。世捨人故、アンタと交渉シテル丈デ、オ宅ニ年始状モ出シマセヌ、……之ハ世捨人ナルガタメ也、呵々。
やす政様 二十日 放生
啓、何かと御いそがしい事でせう、御上京中は、色々用事があるでせうな、島ハ今日、旧の十二月十四日であります、アト半月計りで、大節季を済まして、お正月となるわけであります。只々烈風は依然たるもので、サゾカシ寒いお正月で御座いませう、チヨイ/\こゝ、そこ、の支払も、奇れいにして、私も島の人並に、お正月のお餅をたべたいものだと思つてゐます、二月分の例の○、出来ますれば、なるべく、此度は早く送つていたゞきたいと思つて居ります、勝手千万な申分ですが、大抵、旧ノ二十日頃から勘定をしめるさうですから、ソノ方にも、奇れいに払ひたいと思ふのであります……決して足は出さぬ考……御安心を乞ひます……不時の収入は、其の後一文もありませんから、之又、御安心して下さい。
△今日、送りました、句稿百句……御序に御在京中に見て置いてもらふと有りがたい、コノ最近の百句ハ、非常に苦吟しましたが、アトで見ると、割合に、その結果が、現はれて居らぬ様で残念であります……勉強致します。(中略)
此の頃妙ニ、ウナギのかばやきと、マグロのスシを、思ひ出します、不思議です、死ぬ迄に一度たべたいものだと思ひます。
一寸、風が、今、コヤミになつて居ります。
井師 座下 二十七日 放生
啓、御手紙御礼(二日分封入難有受領仕候)今日ハ一月三十一日、放哉謹んで御尊母のために真心より一灯をさゝげて読経仕候次第に有之候。
△伊豆の温泉!茨ましいですな……伊豆山? 伊東? 修ぜん寺?……イツゾヤ……伊豆山から、長文の手紙を差上げた事がありましたツケ。そして其の御返事の中に、たしか、……神奈川辺の農学校にアンタが入学しかけたら、文学士なるが故にといふ名目で、入学不許可となつた話しをきいたのを、覚えて居りますよ。
△アノ三階の家を全部措りられるのですか。ソレハ広くてよいですな。そして三階は、さぞ眺望がよいでせうな! 行つて見たいな! 恒、アンタお一人(れうチヤンが居るとしても)では、一二階から下迄全部では、チト又、広すぎはしませんか、但、広いにこした事はないのですけれ共。
△雑誌ナンでもよから送って下サイ。
△扨、析角、東京から、温泉から帰つて、のび/\として居られる処に又、コンナ厄介な手紙を待ち込む事其の罪、誠に深しと思ひますけれ共、不得止、申上げますから、御きゝとり下さいませ。ツマリ私ノ(病気)ノ事であります……別ニ大体ニ於てはカクシテ居たワケではありませんが、ナル可ク筒単にかきます。
△昨年九月初旬以来……感冒……医者ニカヽル事ハ知ツテ居レ共、オ金がナイ故ホツテ置く……売薬デモイカン、旅人君ニ(薬)ヲ送ツテモラツテ呑メ共、診察セヌ事枚、之又、ハカ/\シク無シ、ダン/\コヂレテ来ル、「咳」はげしくナル、痰出ル、ヤケ酒ノ荒療治ヲヤリタレ共、キカヌ、(之ガ先年一二君ナドニ物議ヲオコサセシ……根本原因ニ候、実ハ荒療治デナホス気ナリシ)……愈々……降参シテ、西光寺サンニ行キ、氏ノ世話ニテ木下医師ニカヽリ、真後、服薬デツヾケル……之ガ又、ハカ/\シクキカヌ、「咳」ガ止マヌ……(薬代)ハフエルシ、(薬)ハキカヌので、……イヤニナリ今日迄ニ中途二三回(薬ヲ呑マズニ居リシ事アリシモ、又、ヤリキレ無クナリテ……服薬ヲハヂメルと云ふワケ……北朗来庵ノトキハヤケデ(薬)ヲヤノテ酒ヲ呑ンデ居タトキ也(不時ノ収入デ)処ガ、北朗帰ル一両日前ニ如何ニモ苦シクナリ、(咳)……又、ウラのオバアサンにたのんで、……医者ニ(薬)ヲトリニ行ツテモラヒ候。(北朗之ハ知ツテル筈ニ候)……北朗帰庵後、……益々病勢ハゲシク成リ……咳ク/\、……夜(枕)ニツクト、特ニ咳キ込ミ/\……遂ニ、(吐)キ出ス……直ニ起キ上り、遂ニ夜中、一目モ寝ズ……之ガ毎夜/\ツヾキシ為4……遂ニ疲労又疲労、衰弱ノ極ニ達シ申候。
十四五貫アリシ放哉、只今、十貫目位ノモノナラン、ヤセテ骨ト皮也、筋骨ナド、ゴロ/\シテマス。カクテ、新年ニ入ル。……病勢依然、今ハ、朝、起キルト火ヲオコス元気無ク、掃除スル勇気モナシ。只、寝床デボンヤリシテル有様、コンナ事デハナラント、大イニ決心シテ、木下医師ニ最後ノ手紙ヲ発シ……之デハ「咳」よりも、身体ノ疲労で正ニ死ンデシマヒマス事明白也、且、無一文ノ尾崎、……西光寺サンが〈薬代〉ヲ払ツテ下サルト云フ御厚志ニ対シテモ、カウ便々トシテ居ラレマセン……是非共……今回ハ、「咳」ヲトメテホシイ……「ゲキ薬」デモ「毒薬」デモカマハヌ、己ニ三ケ月咳キツヾケ且、服薬シテダン/\不治デ衰弱デハ、西光寺サンニ対シテモ面目ナシ……と放哉最後ノ決心ヲ申シヤリ候処……ソノタメデモアルマイガ、此度クレタ(散薬〉……大イニヨロシク、「咳」ガ止ツテ来タ、シメタと思ひました。従ツテ、夜、吐キモセズ寝ラレル、故ニ追々と元気モ出ル、元来、此ノ四ケ月間(咳ヲ出シテ今日迄)……熱ノ出タ事ナシ、便通ヨシ、少食(一日「一合」位)ナレ共、オ粥デモ、ゴハンデモ甚ダウマイのです。デスカラ、「咳」サヘとまれバ……追々と元気が出て来てモトの身体ニナル事ハ、キマリ切ツテルノデス。此間、西光寺サンに(病)ノ経過ヲハナス可ク、行く考ヲシタノダケレ共、……(ね床)カラ出ルト、フラ/\して歩けないのです……ソレデ手紙にしました。ソレデ裏のオバアサンにチヨイ/\来てもらつては、イロンな事をしてもらふ、……さうしなけれぱ、茶も呑めず……めしもクヘない事がアルノデス元気がなくて、其ノ支度が出来ないです、其位、弱りました。近来(咳〉が止つたので少々元気出て来ましたが。
扨、「咳」が止ツテ大イニ有難イト思ツテ居ルト、次ノ問題ハ(薬代)ノ大問題デス。如何ニ、西光寺サンガ出シテヤルと申されたとて、三円ヤ五円ナラヨイデスガ……何しろ長い事デシテ、(本日、木下サンニ請求シマシタラ正ニ十六円アルノデスヨ)西光寺サンニ知ラヌ風ハしてる事が出来ぬノデあります、……後援会ハ近い内ニ打ち切られる事ですが……特に放哉と近い交際をしてゐる同人間で、今回ノ十六円丈けでナントかして作つてもらへますまいか、其の方法ヲ御案出下さいますまいか、……之が御ねがひなのです……そして、之丈は西光寺サンニ是非御かへし申し度い、放哉全く死ぬヨリツライのです。(中略〉シカラバ其ノ咳が今止つて居る(薬)ヲ、コレカラ先呑むノハドウスル? といふ問題になりますので……木下医師ニ私ノ無一文生活ノ現状ヲ打アケテ、タノミマシテ……(木下医師ハ、アンタノからだハ普通のからだでないから(肋膜己往症ノ事)長く服薬せぬとイケマセント云ふのです)……心よく、病名と、只今のヨクキク散薬の処方箋を書いてくれる事になりました、之レヲ、旅人君ノ処へ送つてヤル事ニ、旅人君ト打合セガスミマシタノデス、ソレ丈送ツテクレルト病名モワカルシスルカラ……(薬)ハナンボデモ送つてヤルカラとの親切デスカラ、之カラ将来の(薬代)ハモハヤイラヌ事となりました。(今回ノ十六円ダケナノデス)それで、ソノ為メ、木下医師、明日更メテ来庵シテ呉レテ、委シク今一度診察スル事ニナツテマスが……私ノコノ病名ハ、……ツマリ、
△ユ着性筋膜炎後ニ来ル肺労(肺が非常に弱ツテ居ルノダサウデス〉恒シ、無熱性ノモノ故、決シテ心配ノ要ナシトノ事ニ候、但し、ウマイ滋養分ヲ食ヘンハ閉口(ヤキ米とお粥(芋)ノ話しハシマセンでしたヨ、呵々)ソレニ、湿性気管支加答児ノ合併症ダサウデス、故ニ、肝要ナ事ハ只、気長ニ服薬セヨト云ヒマス。
以上が御願ナノデあります……。(咳)がトマリマシタ故、之カラハ、元気が付イテ行クー方、お王月、又、御へんろ時期ニハ必、元気ニナツテ大活動スル決心デス。「咳」ト「痰」トガ止マレバ、無熱故、外ニハ何等ノ異状がナイのですから……決シテコレカラハ御心配下サイマスナ。……旅人君が(薬)ヲ送ツテクレヽバ、それを呑んで…どし/\元気ニナツテ行キマス。……以上、放哉……此ノ島ニ来テ、コンナ病ヲ発し(一燈園来四年目ニナリマスが、今迄ハ、ナントモナカツタデスガナ)
アナタ始め御親切ヲウケ、西光寺サンノ御配意ヲ蒙り、ナント申す、……深い御縁であらうと時々不思議ノ感ニ打タレテ感謝してゐます次第。一二君は、コノ大節季デ非常ナ大繁忙ノ由ニ此間キヽマシタカラ、私ノ病名ノ事も、疲労ノ事も、オ医者の事も、西光寺サンノ事ハ勿論、ナンニモ申してやりませんのです。……
○以上、折角、温泉がへりの、カロ/\とした御気持の処ヘ、コンナ事申上げ、切ニ御許を乞ふ次第であります。
一月三十一日夜
(旧十二月十八日、観音さまノ日ダサウデス)
井師座下 放哉生
啓、今日ハ風落ち、少々暖かい気持大変ニ落付いて心持がよい、此間節分もスンだのだから……日も少々長くなり、寒さも幾分滅じて来るかも知れぬ、ありがたい事也。
只今、夜也……一人机の前に座ハる……「熱」も今日は無い様だ……アク迄禅の心的修養の鉄石心を堅めて、……万事に超然として行かうと思ふ。神戸の旅人君大に心配して来て、「注射」ヲシロと云ふ、呵々。己ニ朝せん、満洲ニ於テ、二回の肋膜の時、其時ハ、ブルヂヨア故、呵々、ヤレ(カルシユーム注射)だとか何とか称して、大凡三ケ月ニ旦つて、注射をしたものだが(一本一円位だつたな)何がキクものか、呵々……此ノ「病」ヲ 一体「薬」で治すなど馬鹿な考は、起サヌ事也、只々(心的修養の鉄石心)ノ鞭うつアルのみ(小生の、旅人氏ヨリ、モラウ「薬」ハ……コノ「咳」がとまる「薬」です。故ニ、「咳」がトマツタラー切ノ「薬」ヲ呑まず、……放哉一流ノ療法ニカカル決心也、(但、時々、牛肉ノ〈スキヤキ)デ舌鼓ヲ打ツカモ知レヌガ、呵々/\(オ金ヲモラツテモ決シテ足ハ出サヌ、コンドハ放哉モ少々真面目ニ努刀シマスヨ、呵々)。
△扨、別の話し、アンタ剣道大分、ウマソヲだな、そこ迄熱心になるには、一寸素人ぱなれがシテ来ないと、だめ也……中々、つかへると見えますな、至嘱/\、私ハ学校ニ居たトキ運動ズキデ(三年間一高ノ寄宿舎で剣道、柔道、テニス、なんでもヤツタが上手にならぬ、其ノ頃ハ、柔道ハ「講道館」で無段カラ、初段(黒帯となリ)二段三段四段と上つて行く、剣道ハ、道に、「級」デ、十級、九級、八級、七級……三級、二級……と登つて行く、数ノ少ない方が、ヨカツタ〈柔道ト異ツテ、アンタ今何級位かな、呵々)、べースボールはやらなんだ、……只、(ボート)は無闇にスキでね……マダ其頃ハ第一、「日比谷公園」が無かつた、従而、「警視庁」も「帝国劇場」もソンナモノかげも形ちも無いアノ辺一帯ハ日本橋通り迄……草茫々たる、広い野原デ、我々ハ〈三菱力原)と呼んで居た。神田橋ニ行つて少々、賑になる、只、満目籍々たる草ツ原デスカラ中々凄い、昼間デモ、カナリ淋しい……夜になると、トテモ遠く日本橋通りの灯を望ム丈けで、ソレニ、宮城二重橋の灯、……淋しい/\全く一人歩けバオ化けが出る……其頃その原で、若い美人で、「お艶」と云ふ女が穀された事がある。「お艶殺し」……とて中々、東京を騒がしたものでしたよ、呵々。……(冬の夜話しをサセテ下さい、今夜ハ気持がよいのだから)……考ヱテ見れば、古いモノさ…アンタ東京に住んで居られた事アル由(麻布区デシタカ?〉日比ヤ公園の辺は十分知つて居られるでせうから、マア以上の私の記述と比べて見て下さい……マルデすつかり変つてしまつたでせう? 呵々)……第一、マダその頃東京に電車といふモノが無かつた……女学生の海老茶衿といふものが無かつたか、非常ニ、ハイカラでめづらしかつた……漸、之が、今から三一十五六年前の事ですよ。その二十五六年間ニ、東京ハスツカリ変つて、ヤレブルヂヨアだのプロだのヤレ赤化ダのなんだの全く鷲いたもんですなあ……呵々、扨、話しが此、電車がマダ無かつた頃の事から私の(ボート狂)ニ話しが逆もどりするのです。本郷(一高、大学ノアル処)から……勿論……電車ハ無いのに、〈ボート)の艇庫が……隅田川の吾妻橋のも一ツ、テマイに両国橋との間に厩橋と云ふのがあります其の橋のそばニ一高の艇庫がありました、そして、(ボート〉ハ骨、そこニアルから、(ボート)に乗りたければ、厩橋迄行かねバならぬ……君イ元気ハヱライもんですネ……毎日/\学校がスムと(午後二時頃)……一同で、テク/\本郷から、隅田川の厩橋迄歩いたものですよ、そして、(ボート)ヲ下ろして、ズン/\上ニのぼる……吾妻橋カラ、大橋ヲコエテ、ズン/\上の方に登つたり下りたり、……言問の(イザ言問はん都鳥の名所)、言問団子を、岸に、丸をつけて何度、タベニ堤ニ上つたものか? ソレニソノスグ傍の長命寺の桜餅……之が又ナントモ云へぬウマイ……それで、暮れてから又、(ボート)ヲ、艇庫の中ニ、ギリ/\/\と巻き上げて、鍵を下うろして、ソレカラ、テク/\、又つかれて、ヘト/\ニなつてるのに、……本郷迄帰つて、食堂ニとび込んで、……盛ニ喰ふ、ホントに、十杯位其位タべタでせうな、……とても電車が出来てからの学生には、出来ない芸当ですね、……デスカラ、人間は、どうにでもナルものですよ。(文明ナラ文明の様ニ、不便なら不便の様に、ナントカ押し付けて行きますな、呵々)扨、此ノ〈ボート)の熱心、ムナシからず遂ニ(ボート〉丈けは……上手になつて(失つ張り私ハ水ヤ海がスキなんだ、呵々)……英法科の選手に、ヱラマレテ……独法科と、仏法科と三科の競漕となり、一回ハ、独法ニマケましたが其後、二回……勝利の記憶ヲ持つてます、其頃メダルもたくさん持つて居タニ…其時の競漕ニカツタ時の(記念写真)……七人共運動着で、……ヲウツシ之が、七人ノ処と、一高の講堂にはかかつて居るワケ也、呵々……放哉実ニ元気デシタな……今と比して如何? 呵々。其の七人の選手の中で? (a)一人は……一時、大蔵次官迄シタ事のある青年大雄弁家……青木得三、之ハマア何レ大臣モノでせうな、(b)一人ハ朝せん全北の内務部長、(c)一人ハ大阪商船の大連支店長をしてゐたが今洋行してるとかきいた、(d)一人ハ、東京デ長く弁護士をヤツテます、(e)一人ハ勧業銀行(東京)の九州のドツカの支店長ニナツテ行ツテル筈、(之ハ、山本達雄と云ふ、大蔵大臣がアリマシタガ、之レノ親類で、ソレデ、どん/\進みました、イヅレ本店の重役モノでせう、(f)一人は、……大学卒業前ニ死にました、……非常によく出来る奴だつたが、借しい事をしましたよ。扨、一人は某海上保険会社の支配人ダツタのだが、只今ハ、乞食になり、且、結核になつてボロ/\然として、「俳句」を只一つ、うなつてゐるさうであります。此男……七人中、一番変人にして且、死期、尤早かる可し、(イヤ第二番目か)と、暦に書いてあるか、よく存じません、呵々/\/\/\
夜話はドコにでもとぶ……層雲二月号昨日来れり、アンタの句の中で、例の此前見タ、△犬なら尾をふらねばならぬ……(少シ、イヤ味あると思へ共)△地の暗さから水吊りあげた、△時雨る山の温泉の風鈴(平凡ニ傾キマスガ)等、マアマアよいと思つた、呵々。妄評/\。其外の、△山から山芋うりに来た、△菊も枯れてしまつた庭で焚火さからす、△寺の雀に擦置いて雷れた、等ハ、アンタの句として、ナンダカふるくさい気がして、ピタリと来ない、望御精進(剣道と同一歩調で、呵々)△此間……中津同人の「句」が、一向ニ、ダレテ居てなつて居らん、……私が選句し出してからチツトモうまくならない、寧ろ、マヅクなつてる位実ニ、イヂ/\する……放哉只、○ヲチヨイ/\付けて(月ニ一回〉そして、三円炭代モラツテ居れば、天下太平なんだケレ共、どうもソレデハ気がすまぬ、……イツ迄もコンなダレ調子で進境が見えないのなら……ソレハ放哉が選者としての適任者で無いのだから、いさぎよく、選者を辞退す可きだと迄自分では、自責の念にかられますので……此間二度、丁翁氏ヘ、(先生ヲ代表者と見て同人、全部「句」ニ「熱」少しも無き事、少しも最初カラ、うまくナラレタ、形跡が見えない事、イクラ、いそがしい、生活の商売を皆、もつて居られるにした処が、今少し、「熱」が出テホシイそして、も少し、(句作)とソレカラ(古人の句)並ニ、井師はじめ先輩の句集を読む事ヲセラレタシ)ソレデ無ければ、何時迄タツテモ、上達の見込なし。
只毎月一回の句会に出て、作句ニオ茶を濁して、ソレデ来月ハ層雲へ何句出るかなあとポカンと待つてる様な事デハ、とても/\将来の見込無し、と大苦言を呈し候。丁翁よりは、端書で、大ニありがたい苦言だが、何分、イソガシイので……云々と申来候。大ニ勉強サレル由故、喜ンでますが……何分、イソガシイのでの遁辞ハ放哉一番キライ也……カヱツテ、一番、いそがしい、頭が緊張して居る時ニ電光の如く、チラツ/\とよい句が出て来る事があるものですよ……今日ハ日曜日でヒマだから俳句デモ作つてヤロで、胡座をかいて、タバコ、吹かし出したら、ソレコソ、ろくな「句」ハ出来ませんよ。コンナ事申してやりました。……放哉全く、ヨ計な事の様なれ共只、○ヲ月ニ一度宛ツケテ、(今少し自然ヲ見つめて……ナンカ云つてる、気持ニナレない……アヽ進境が少しも見えないではネ……放哉坊主も、割合責任観念は強いですな、呵々/\。……『此ノ道、今人捨てて土の如し』乎。『手を、ひるがへせば雨、手をくつがへせば雲、片々たる軽薄、われ何ぞ責むるを用ひん』ですかね……大に剣舞でもヤリたくなつた、呵々……但少しも、気は狂つては居ませんから、乞御安心。夜話が長くなつた……又少し、(ヱライ苦しい)様だ、ねませう/\。サヨナラ。
此手紙も、オ宅アテに出しますよ、アンタの手にうまくは入るかな?
星子座下 二月七日夜 放哉生
啓、今日、只今、慥に(薬代)到着しました。
又、なんか書いて下さるのですか、ホントになんといふ御縁だやら……御礼』今朝から風が珍しく落ちて、よい気持で落ち付いて居ります、風が無いと空気もうすらぎますし、例の木を打つたり、砂をとばしたりする雑音が、バタリと無くなるので、それこそ、オコリが落ちた様な気になつて、ポカンとしてゐます。菜の花が咲いて、お遍路のスヾガちり/\なつて、雲雀が囀る頃はよいでせうな……待遠しい事ですな、島の人にきくと、五月六月はなんとかいふ大暴風が吹く時ださうです、それが暴風としては、冬期よりもひどいさうです、ソレが済むと、……夏のソヨ/\とした海風が岡から吹きこむ、涼しい、よい季節になります、八月からは知つて居るのだから……この五月六月の大暴風といふ奴に、今からオヂケをふるつて居ます。それにしても実によく吹く処ですな、瀬戸内海の島に、こんな処があることは、ホントに夢にも思はぬ意外な事でした、島の人は、子供の時からの習慣ですね……烈風には、平気なものですな、そして裏のオ婆サンなんか……(コンナにひどい風がよく吹くから、此の島は空気がよいのです)と、心から信じてゐるのだから……益々手がつけられませんのです。呵々……(中略)
層雲二月号来ました、……ポツ/\読んで居ります、……裏の写真の処にある「わらやふるゆきつもる」には、スツカリ感心させられてしまひました……短詩形なるものが、皆、かう行くと異議無しデスケレ共、中々、それは大問題ですな……此頃、妙な短詩形にはイヤになります……一度読んでみて、ピタリと来ても、二度よみ、三度よんでゐると、始めと異つたダラシの無いものになつてしまふのは、どういふモノでせうか、何等か、そこに恐ろしい「力」といふものゝあるとなしとの相違でせうな……「力量」の相違は、怖いですな……「わらやふるゆきつもる」……読めば読む程しんみりして来る、批評を許しませんね……近頃コレ程、こたへた句はありませんでした、然も此頃、大いに苦吟しましたのですが……どうもホメてもらへさうなものが無いので、ガツカリします、然し大いに苦吟してるのですよ……サヨナラ
御礼の序に、ゴタ/\書きました。
井師 座下 二月八日 放哉
啓、旅人サンが、まだ「薬」を(咳の)……送つてくれないものですから……引つゞきこゝのお医者の「オ薬」を呑んでましたら「今日又、別な「請求書」を、よこしまして、至急に払つてもらひたいらしい事を申して来ました、……私は三十日迄に(旧の)払へばよいと思つて居たのですけれ共カウ……「旅の者」には……毫末の信用無く…さいそくされては、どうも、落付いて居れませんので……不足の処を……西光寺サンから御拝借して、只今、全部、オ医者に支払つてしまひました…早く旅人君が、タヾの「薬」送つてくれゝばよいなあと、それのみ、首をのばして待つて居る次第であります。……どうも重ね/\で、ナントか、かとか、行違ひになりまして、相済まぬ事ダラケです、御許し下さい……至急に……此前に、モラツタ(請求書)と、今回(本日モラッタ)請求書に(受領判)を押してもらひまして御手許迄差出します……いつなり共、又御序に、不足弐円弐拾五銭、を送つて置いて下さいませんか。西光寺サンに御かへし致します。
又、ナンカ、あなたが、半折のものでも書いて下さるのですか!実に/\恐縮千万の次第であります、あゝ、此の御恩、常時に、思ひ出す事であります……
少々「咳」がコヂレましたので、大いに閉口いたしました。
アナタはお達者で何より結構ですね……ドコもお悪い事は無いですな、アンタのお悪かつたと云ふ様な、記憶が一寸ありませんですな、ありがたい事であります。
西光寺サンの(もち搗きで)…(もち)を、大きな本箱にいつぱいと(白砂糖)たくさんもらひました……(餅)も(砂糖)も多過ぎますので……放哉面喰つて、恐縮して居ます、トテモ一人ではタベ切れない……(水餅)にしても長くあるだらうと思つて居ます……西光寺サンは、ドカリ/\と、……(ケチ/\せずに)親切して下さいますので……放哉の様な気持の奴は……大いに感銘する次第であります……之も亦ありがたい事であります……(二枚同封……請求書、受領証……)今日はタラズメの御願やら……何やかや申上けます。敬白
井師 座下 二月八日 放生
井師 榻下 二月十日 放哉生
啓、今日は、旧二月二十八日……アト二日でお正月元日、今日、西光寺サンが久し振りで来られて、二人で、お大師サンの花を全部「松」に取代へました、(お地蔵サンも同様)
一寸お正月らしい、今迄、話して帰られた処です。(中略)
昨日、旅人君から(薬)を送つて来くれました、……愈々、コレカラは、たゞの「薬」がいたゞけるワケになりました……旅人君とは、一度、其のオ宅に泊つて、大いに発展して、放談万丈の交渉が、タツタ、一日一夜あつた切りなんですけれ共……大変な親切にしてくれました、……今回も、先生の新薬の注射薬を是非ヤレ(咳がとまる)と云ふて……オコル様にすゝめて来ます…実にありがたい事だ……大いに注射する考であります、ホントにありがたい事だ、南無阿弥陀仏。
元日に、一二君の処へ、大いに、放哉、心からの敬意を表して(庭先迄ナリ共)行く気であつた処が……今日、西光寺サント色々はなして居て……放哉、頭はははげて居るし……黒の法衣を着てゐるのだから……ソンナものが元日の朝早くから、フラフラとびこんでは……呵々、二日にしたらどうです?……で異議なし、徹(ママ)回……呵々……イヤ、色々の事がありますよ。
此頃、「句作」の「熱」と申しますか、「気分」と云ふか? 馬鹿に旺盛になりまして……寝る時も頭を錬りつゝ寝入る、朝オキルと、床の中で、ねて居る間又考へて居る……処が、不思議な事は夜寝入る時に、一寸よいな……と思ふ句が、一句二句浮ぶことがありますが……それを、朝は皆忘れてゐます、……ソレ切りです。(時々昼時分思ひ出す句もありますが)手帖をモツテ寝ません、只(作句の頭を錬る)丈の必要ナンデスカラ、只、考ヘナガラ、錬りナガラ、ねるのです……何故、カウ……自分でも(茲半月ばかり前からですよ)……「熱」が出て来たのか?不思議に思つて居ります……次の句は如何
△わが夜の雪ふりつもる
例の、アンタのまねヲシタのだが……ドウモくさい……矢張り、(藁屋)は動きませんな、(読めば読む程、コタヘテ来ますね)
△大晦日暮れた掛取も来て来れぬ
△四角な庵の元日
△つきたての餅をもらつて庵主であつた
△夜中の天井が落ちて来なんだ
アナタの便りに「句」を書く事なんか、ホントに珍らしい気がします。(下略)
啓、ヱハガキ着御礼、……(見付ケの景)とありますが、……アノ湯河原の這入り口らしくもあるし、大変立派に見えるので、……此ノ絵を見て居ると、よい気持になりますな。
追加入用の件……只々御礼。
今日ハ、一月元日であります……何だか妙な変な元日の気分でアリマス、……面白い事は……午前何時頃でしたらう? ……障子ヲガラリあけてはいつて来たのが……「立石信一」君なんですつて……三十歳になるやならずに見える青年、……オールバツクにして、黒い大きな輸のセルロイドのめがねをかけて居ります、色の白い……オトナシサウな、而し中々話しもシヤベル青年、ツイ土庄と淵崎との中間位な処で、……アコヤと云ふ部落の生れ、……只今デハ高松市の専売局にツトメテ居る、お休で一寸婦つて来た、(小供と妻をつれて……お正月デ……)と申すワケ……其ノ途中で一寸、訪庵と去ふ、……中々面白う御座んした、立石君が此辺の人トハ放哉一向知ラズ、ソレガ突然の訪問で……三時間も話しましたらうか?……
今日、放哉ハ、一二君処へ年詞ニ行く可き処、昨夜から、下痢しまして、大いに困り、……大いに弱り、ヘト/\になつてゐます、……それで年礼がオクレルことわりを、丁度此の、立石君にたのんで……立石君ハ「庵」を去つた道で、自宅に帰る途中、一寸足をのばして、一二君宅によるさうです、(私も、イツシヨに行きたかつたのだけれ共、トテモ弱つてしまつて居りまして、行ケマセン)……其時、私の事、コトワリをたのんで、……お別れしました、気持のよい青年ですな、旧の元日は之をもつてケツ作と致します、そして御報告致します。
明日ハ大阪に御出の由、(俳だん会)デスカ?
にぎやかでせうな……
デハ今日ハ之デ失礼します。
井師座下 二月十三日 放哉生
幻亭様 放哉生
(前略)アナタ方の句のスタイルが、だん/\上つて行くのが何よりのたのしみでありますーー扨大変にホメていたゞいて、御礼申します。……処が私自身では、私程、ツマラヌ者は無いと、あきらめて、此の生活にとぴこんだのですがね……曰く不可解ですがネ、それや、さうでせうよ。自分でも、ヨクわからないのだから、人サンに、わかる道埋がありませんからネ、呵々。「奉仕生活」と申せば……何物か「奉仕生活ならざらん」で……一燈園のは……「下座の奉仕生活」……大抵の人がイヤガル「奉仕生活」を、自分で進んでやらうと云ふ処に在るのです……ですから豈便所掃除のみならんや……こで、只「人のいやがる仕事を進んでする」のです。第一、「信仰」……ヘの修業の路は……自分を全く、消滅させ、取消してしまふ処から出発します……「犬死一番」トハ即ち、これであります、自分は巳に死んでしまつたのだ……自分は無いのだと思へば……「法学士」何者ぞや……第一、私は大学を卒業しまして、其の卒業証書を、モラワズに四年間も大学の倉庫(事務室の)中に、ホツテ置いたものです……決して、テラツタのでも無し、物ズキでもなかつたのです……只ソレ程、価値を認めなかつたから……学問した結果は……自分の「頭」の中に、シマツテある筈……卒業証書の上に乗つては居ないと云ふ様なワケで、呵々……中々元気でせう……卒業して、会社にツトメテ四年グツト、延期してゐた、「徴兵検査」がヤツテ来たのですよ、其の時には是非此の「証書」が入用なのです、ーー何故廿七八歳迄延期したかーーを立証するため、「卒業証書」を持つて行かなければならぬ……ソコデ、大学に行つて四年ふりで「卒業証書」を手に入れたといふワケ、呵々。其時、事務室の事務員が……「実に怪シカラン、四年モ倉ニ保管させて……倉敷料を出しなさい」といふ……両方で、大笑した事でした、其の時に面白い事がある……其の「事ム室」の「事ム員」の中ニ、ーー野間清治……〈講談倶ラ部ヤ、面白クラブヤ、キングヤ出して、今、出版界の第一人者ニナツテルデセフ)君が事ム員の一人で居りましたのです、ソシテ、高等文官の試験を受けて落第して、大に悲観してゐました。其時、同君は、役人になりたかつたのです……事ム員で試けんをウケルのだから、惟に、勉強家ダツタのですネ、……若し此時、野間君が幸に、試けんに及第して居たらどうでせう……今日ノオ金もちになれるでせうか……呵々……人間には運といふものがあります……私も若し、役人になつて知事にでもなつて居たら、此の四年間、ホリ出しの「卒業証害」の一件なんか……新聞なんかに『己に学生時代より偉彩あり……なんか、逸話として書きたてるでせうネ、呵々……之も運ですよ……兎に角、私は大学時代から、哲学だの宗教の方に、心を寄せて居たものですから、ツマラヌ社会的価値よりも……「人間」としての、ネウチを高上せしめる「人間礼讃」と云ふ方に、熱心ダツタものと見えますよ。
ナンダカ非常に脱せんシマシタ……之デヤメマス、又、時々、コンナ面白い話しを、夜長にきかせてあげませう……
此の話しは一寸面白いから、能保流さんにもきかせてあげなさい、キツト笑ふでせう。呵々……兎に角、私は今「生れ代つた人間」と信じて、只今の生活を喜んで〔一字不明〕して居るのですよ、ーー今迄の社会的の自分と云ふものは、消滅してしまつたのだと……或は、アナタの言葉の様に、私は、遂に死ななければ(此肉体)が社会に入れられない人間かも知れぬ……コンナイヤナ、ウツだらけの社会にはですよ、呵々……中々、マダえらい元気でせう……若い人には、マダ/\意気に於て決して、マケヌ考で居りますよ。(後略)
荻原井泉水宛 大15・2・18 小豆島・南郷庵
啓、旅人君、ハガキをよこして曰く「君の病名の事は井師に丈け白状せり」ト……呵々……何も、コチラから広告して歩く必要も無いのだから、ワカル迄、当分、ダマツテ居てくれ、又心配サレルからと申し、旅人も、大賛成なりしが、ソレが、忽ちにして(みなとの会のトキ?)…「白状セリ」は、心細い男だな、呵々……アゝ……事実は事実でありまして……例の左ロクまく全部ユ着が……モトで、此の「島」の人外境の烈風、寒風にヤラレたんですな……マア、済んだ事は仕方がありません、此の咳薬で「咳」がとまつたら、「薬」は何にも用ひぬ考です……そして、ヤスイものでも、自分が、はらのへツタ時うまいと思ふモノを喰へば、ソレが、滋養分と思つてますから……其の余は……例の心的修養と……静座……俳句三昧とで……完全に信じて居ます……「咳」だけで(昼は出マセンが、夜、ネルと出ルノデコイツに参つて居るのですよ)……未だ「血」も出さず、他に異状ありません……旅人君が……注射ヲセヌトなぐるぞ(同氏考案の、ヨク咳ヲトメル薬の由也)と申来り、なぐられては大変故、今日、第一回を自分でヤル考ナレ共、此の不器用者の放哉……「注射」のヤリ方に大困りですよ、呵々……但、旅人君に感謝してます。(中略) 一人ダト実に絶対安静ナンカ、心的修養!ニタヨルほかありません……大いに「読経」もします考……読経してるときは、全く(放哉)ハどつかに、とんで行つてしまつて無いのです「読経」ヤメルと……又、立もどつて居ります、イヤ、其の早い事/\、呵々
之丈、御報告……非常に衰弱して、慥に、死期は早めたでせう、ケレ共、近々、元気ニナツテ行く心持ですから……大丈夫、メツタに死にはしません……死ぬ気がしたら御報告申します。呵々……
此間「暦」を買つて来ました、(旧暦が入用故)……シカシ(放哉死ぬ日)とは、どこにも書いてありません、呵々……旅人君の白状ニヨリ……之丈、事実を報告します……
井上氏……西光寺サン……マダ御承知アリマセン(医師ニモサウ話してあります)……決して御心配下さいますな……サヨナラ
寒風が冷タイ、困ル/\
今少シデ、「暖」ニナルト辛抱シテマスヨ
井師 座下 二月十七日 放生
啓、今日は七日正月だと云ふので、アチコチで、三味線ひいたり、唄つたりして、酒を呑んでます。島の人々は、イツ迄唄つてイツ迄酒を呑んだら満足するのか? 不思議な事ですな、然し不相変の寒い烈風中ですよ、潮が強いのか、潮風が強いのか、この辺一帯には、(梅の木〉も〈桃の木)も一本も無いさうです。寒い「殺風景」な処ですな……梅の木、梅の花の咲かぬ処、桃の花の咲かぬ処、なんと云ふ淋しい春でせうか? 只遠く離れた、山の奥の方から(梅の木)や(桃)を売りに出て来るさうです……実に、ナサケナイ土地ですな、第一、(オ米)といふものが出来ぬので、(サツマ芋)が出来る土地柄なんだから実にあきれますな……(梅の木)が一本も無いからと云つて(鴛〉も居らぬと云ふ理窟はあるまいな、などと、一人で考へて見たりしますよ。呵々……マア……「暖か」になりかけてから、「夏分」にかけて、ヨイ土地なんでせう、(シカシ、六月に一年中の大暴風がアルさうですけれ共、呵々)
△此の土地……冬、寒気、烈風……書いて居ても、イヤなれ共……放哉、此の庵が気に入つてしまつた……考へて見ると、スツカリ周囲から解放されて、他人の顔を見ないでもよし、他人と話をしないでもよし、只、イツモー人で……静で……此の厭人主義ノ私ニ、スツカリ気に人つた、冬は寒風ハイヤだが、……なる可く……こ此の庵で……他人と、スツカリ(手紙以外ニハ)……交渉を絶ツタ……(不自由、貧弱ダケレ共)……自由勝手な、放哉一人の天地デ、死なしてもらひたい……「薬」も呑まねば……死期もせまるだらう、或は激変もあるだらう、そして、早く、……此の「庵」で死なしてもらひたい。此ノ「庵」ヲ出ル位なら、全く、死んだ方が〈目下の放哉としては尤も適切に)よいのです。一人でいろんな事ヲ考へてます、御許し下さいませ。……何等一ツノ「執着」をも持つて無い放哉故……全く、今の「死」は「大往生」であり、「極楽」であります。
△此事は己に申上げましたかな?……静座して、オ経をよんでゐると、……放哉、ドツカニとんで行つてしまつて……只、オ経の声ばかりであります……外にはなんにもない……オ経ヲヤメルといつの間にやら放哉坊主、チヤンと、もどつて来てゐます、イヤ、その早いこと/\。読メバ、どつかに居なくなるし……ヤメルト……チヤンと、もどつて来て座つてます……困つた放哉坊主だよ……
どつか、行つてしまつた切りで、永久に、もどつて来るなよ。咄、咄』
井師座下 十九日 放生
啓、「三月分」封入の御来書、御礼/\。
風が、追々に、衰へ来り、大に喜んで居ります。セキハ、服薬のためにトマツテ居ます、それで、旅人君の、注射、已に、五回やりましたよ……十回迄ヤレバ「服薬セズ」共、「咳」が出ないといふ約束で……それがタツタ一ツのうれしさで、ヤツテますよ、「咳」がとまりサヘすれば……絶対に(服薬)セヌ考ですから……どんなに呑気でせう、、晴々するでせう!
後援会の事ヤラ、コン度のオヘンロ時期の収入の事ヤラ、ソレニヨリ、その後の方策にツイテの事ヤラ……只、放哉……仏に感謝する外、言葉をもちません、ナント云ふ、幸福な男だらう!……と思ひました。
△此頃……オ酒呑ンデ見ヨウかと、思つても、呑めない……カラダが、ダメになつたのです……オ酒……と思つても……ウンと呑める時に呑んだ方が、よいなと思ひますよ、呵々
滋養分ノ件、例の此の前申上げた通り……ア、うまいなと、思ふものが、滋養になる(ヤスイものでも)と思つてます……ソレハ……卵もスキだし、バナヽもスキだけれ共、そんな、ゼイタクを申し上げられる放哉では、絶対に無いのですよ、呵々、マア(分相応ニ)甘んじて……喜んで、如何なる天運でも甘受します、決して、滋養分の事心配して下さいますな……(下略)
井師 座下 三月一日 放哉生
啓、(雄弁)三月号着御礼申します、……(雄弁)ヲ見ルト思ヒ出が一番多いですな、何故ナレバ……只今立派ニナツテル講談社々長、野間清治君が……私ナンカ学生ノ時、法科ト文科との大学の事務室の一事務員として、三十円か四十円位モラツテ居た時です……私ナンカ、ヨク、授業料ヲオサメニ行ツテ、(コレがオクレガチニナル故、呵々)野間君もヨク知ツテ居ました、……其時、野間君……高文の試験二度か、ウケテ、美事ニ落第、大イニ悲観のどん底に居た時、……名案を出して来て、一高の弁論部ト、大学ノ弁論部との連中ニタノミ……オ金イラズの原稿ヲもらつて……之ヲ雑詰にして、(雄弁)と号して出した、……タダの原稿デ出来タ(雄弁)が何しろ、「一高」「大学」ノ名デ……日本全国の中学生ハ皆、之ヲ買フト云フ大アタリ、野間君、高文ニ落第して、……此ノ知意ヲ出し、今デハ五大雑誌トか、なんとかデ、ヱライオ金持なんでせう、……人間ハワカラヌ者に候。其の最初、「タダの原稿」ヲもらはれた連中ニ、青木得三や、鶴見祐輔やが居ますよ……イツカ、東京デ、電車の中で、ヒヨツト鶴見君ニアツテ、久しぶりデ此ノ話しになり……「野間君ニスツカリ、学生連がヤラレましたネー」……アノ当時には……かう云ふ大笑ひの思出話があります……故に、此の「雄弁」といふ字ヲ見ルト、ヒヨツとして時々、なつかしい気持がします、呵々。
……下らぬ事かいてしまひました。
今、電気がつきました。今日ハ朝から一日雨、……雨の日、部屋の中ハ、暗くて/\(例の小サイ窓一ツノ外ハ、荒壁故ニ)なんにもワカラヌので、今迄、ランプを出して灯して書いて居た処であります。ランプは面白いもんでスナ、……但、石油ヲツグのに、どう注意ヲ深くして見ても、必、其ノ辺シミタリ、手ヲヨゴシテ居ますね。
京都ノ春ハほんものになりましたでせうな。サヨナラ。
井師座下 十日 放哉生
啓、心配せぬ様にと、色々、なぐさめの御言葉いたゞき、感佩します……私、アナタ宛の手紙は、例の、用が無ければ書く、淋しければ書くと云つた風なんですから……勿論、読みツ放しにしていたゞきたいのですよ……バナナ……松茸の話、思ひ出しても可笑しくなりますね、呵々……それに、此頃、のどが痛くて(セキ)をするので……たべものがノドにつかへてイタイ、(卵子)が一番よいのですけれ共ネ、(ネーブル)……此間一二君に申してやつたら、皆売つてしまつてナンニモ無い、之がおしまひだと、五ツ六ツ、小さいのをもらひました……残り一つも無いさうです……おへんろ出かけますがマダ……ほんものになりません……ポツリ/\ですな。
私の句、イロ/\なほしていたゞいてありがたし/\……全く、モウ(句作三昧)より外、只今は、毎日、何も致しませんのですよ。
十五日 放哉生
井師 座下(病気……元気ハアルノデスガネ 呵々)
井師 座下 三月十五日 放哉生
啓、全く夜になりました、又書きます、……旅人君の親切ニテ(おくすり)を呑み、注射をなし、元気の処は中々よくなつたのですが……一寸永い間のもの故、身体衰弱甚しく、非常にヤセて…肉体の一挙手一投足が、少しも云ふ事をきいてくれませんのです……カラダの自由がキカヌこいつには大いに困つて居ます、……処が、十日程前から(或はモット以前から?)咽喉が痛みはれ……めし(オ粥デモ)が、のどが痛くて、コシ兼ねるのです、蜜柑の汁でも、素敵に、のどにしみるのです、オ薬と水とは(熱く無ければ)しみませんが、中々はれてゐるので、らく/\とのどヲコサズ……のどヲコス時、痛い……ツキモドス……そして(声)ハスツカリつぶれてしまつて、少しも発声出来ず……ドンナうまい物、目の前にあつて、ハラがヘツて居ても……のどがイタクテたべられぬ……正に餓鬼道也、大いに閉口……毎日、昼時分ニナルト、少シ、ハラガヘル故、(オ粥ニ卵子ヲカケテ)……痛いのを(のどの)がまんして、二杯位流し込む……ソレ丈にても……痛いので、益々食欲少しも無し……之ハ大変ナ事ニナツタト、放哉モ少々、驚キ候……処デ不得止、例の医者に来てもらつた処(医者の処までヒヨロ/\して歩けぬ故に)……医者の方が……大いに驚いてしまつて、困つて居ます……とりあへず(ウガイ薬)ヲヤツテ居マス……之がキイテ、痛ミガ取レルトヨイガ……若シ、トレナケレバ、めしがたべられぬ故……衰弱餓鬼道に依るオダ仏也……只今の処、(ウガイ)ヲ盛ニヤリ居リ申侯、茲、一週間計リノ間ガ……放哉ノ「命」ヲ少シデモ長ク、トリトメルカ、どうかと云ふ、七分三分ノカネ合、エライ大変ナ処ニ候…(一寸旅人ニ報告丈シタリ)オ医者ニ又オ金ヲ払はねばならぬ……スミマセヌ/\』
放哉モ、此度ハ一寸、驚いて、大いに考へて居マス、然し平生ノ如ク、安静也……乞御安心──自分乍ラ感心シテ居マスヨ 呵々……
どう、ころぶ事か……一週間後ニハ御報告出来る事と思つて居ます……旅人も心配して居るでせう……一寸、アンタ丈に御報告してオキマス……オン敵、いよ/\ヤツテ来たかな?南無阿弥陀仏
啓……今日ハ、久しぶりニ御懇切極まる御手紙いたゞき放哉正ニ感泣致しました……但し……康サンにも申上げた通り……こ此度ハ医者の方が面喰つて泡くつてしまつてオド/\してますので……私もイツシヨに連れられる形、呵々……コ、一週間タチマセンと……〈ヌリ薬)と(ウガイ薬)の効果が現はれません……其の結果……(右向ケオイ)か(左ムケオイ)かにキマリます、呵々……ソレ迄ハ放哉正ニ悠然たるもの也。
曰く、△致し方なき事は致し方無シ▽……只アナタの御懇切の結果、一寸困る事がありますので、コレ丈は是非ヤメテほしい、(カヱツテ御親切が放哉を苦しめますから)
(一)泣かぬ事、呵々
(二)鳥取ナンカニ絶対ニ申サヌ事
(三〉カオルなんかに之又、絶対ニ云ワヌ事
(四)アナタの命令通りニナツテ看病してもらふ事
之ハ一寸懸案としてもらひたし……ソレハ別の意味で即ち……私が今デモ己ニヒヨロ/\して居て疲労して、肉体が少しも云ふ事ヲキヽマセヌそれで……(若し愈寝込んだ時ニ……此ノ病ニオソレヌ人で……日常ノ帰除ヤ、身ノ週リノ世話をしてくれる人が是非入用ノワケデスガ、ソレ……オ金を出して雇ふワケニ行かんでせう。此点大ニ考ヱテ居タノデスガ……只今ハウラに一人おばあさんがオリまして、之が用事の無い時ハ毎朝来てチヨイ/\手助をしてくれるのです……別だんオ金ヲヤラナイのです、ケレ共、コンドの御通路の収入デモ少々ヤラネバなりますまいね……マア此の問題ハ大問題デアツテ或ハ、アンタにお願スル様になるか……それとも……外ニ方法を見付る事になるか……今の処不明故……懸案にしてもらひます但、私ハ(死ヌ迄此ノ庵を出ない〉ト云フ事ヲ承知下サイ……故ニ看病してくれる人は、コヽ迄来てくれなけれバ、ナラヌ事になりますよ、呵々……但コレハどうなりますか全く、疑問故、此話、ソツとして置いて下さい……(一)(二〉(三)迄はアナタの御厚意ヲ感泣してヤメテもらふ由、康サンにも一寸通知しましたが、此ノ(四)の件ニツイテハ康サンノ手紙ノ中ニは何も書きませんでした……右の通』
切手御礼/\/\。……
いそぎ御返事を、サヨナラ。
三月十八日 感佩しつゝ 秀生
まさ子さま
啓、島は此頃又、メッキリ寒くなりまして、風が弱つて居る時でも寒くてたまりません、アンマリ淋しいので、ウラのおばあサンにたのんで探してもらつて、(木瓜)の小サイ鉢植ヲ弐拾銭で買つて来てもらひました、蕾の大きなのが二ツ三ツ見えるやうであります……以前カラ私は此の(木瓜)と云ふ花が好きです……此頃、例の山海の珍味何一つ(タトヒ目前にありとしても)たべられないのだから……自然、眼で見るもの、匂ひをかぐものに限ります
毎日、盛んに(ウガヒ)と(ヌリ薬)と……一生懸命なれ共、其効果中々……
○非常ニウマイたばこが呑んで見たいのです……
満洲に居たとき(スリー キヤツスル)と云ふたばこ…慥か、英国製を盛にのみました、…実に私の口にあつてウマかつた……アチラで関税がかゝらないで五拾銭でしたから……東京では税金が中々タカイ故、三円もしますかな、(五十本入りの丸い缶で)アンタにはたのんで計し恥かしいから……コレ迄ナンニモねだつた事が無いから……此際ではあるし、(タバコ)一ツ位ねだつてもよからうと思つて……今日、武二君の処ヘタノンデやつた処ですが?……武二君、裸木氏其他二三氏と云ふ処で、五十銭宛もハズンでもらつたら……(スリー、キヤツスル)五拾本人りの缶一ツ位出て来さうなものですが……タノンデやつてわるかつたでせうか?……ヨイ匂ひが頗る恋しい……紫の煙りが恋しい
○アノ三階デ、生ビールで、ウマイものを、ウントたべてからでないと死ニ切レナイなあ、呵々(註曰、マグロすしも、カバヤキも、(エビテンプラ)モ今ハダメになりました……イヤ/\今一度、必、タベテ見せるぞよ、呵々/\/\)サヨナラ
井師 座下 三月十九日記 放哉生
啓、ーー勿論、アンタは了解して下すつてる筈と、思ひますが、今日、旅人が、コンナハガキ(同封)ヲ、オコシましたので、為念に又、一筆書きます、(中略)……どうやら、此の調子デハ(早く死なれさうだな)と内々、自分デハ喜んで居るのです……全くの処、アンタ丈ニハ解つてもらへると思ふ……どうして、京都ナンカニ出かけて養生する気は毛頭無し……只、此の風寒くて、イヤな庵でサヘ……此ノ〈庵)ニ居レバ(人の顔を見る必要が無いので厭人病者ニハ尤よし)尤落ちつく故……、ココデ死にたい……(此ノ庵を出る位なら、死んだ方がましだ)……と堅く自分で自分に約束して居ります次第、どうやら、早く死ねさうで喜んで居るのですよ……此の間西光寺サンが見えた時……笑話の末が、全く此ノ庵ヲ出ル位なら、私ハ今(食を断つても)死期を早めます決心也……西行も、そのキサラギのもち月の頃と、申したぢやありませんかと申したら、西光寺サンも、笑談ぢやない……養生して下さいな、と見舞に来てくれられたのです……私の考と、旅人の考とは根本的に、ちがふのだから……此の点、アンタは、十分了解して下すつてる事と思ひます……此ノ私ノ根本観念は、いつぞや私の、病気報告の手紙の中に、(イノー番に)たしか、アンタに書いて置いたと思つて居ります、御記憶くださいませう、どうか安心して放哉を、死なして下さい……御願であります。
○放哉、元気ハ頗ル盛ナリ……手紙も、ドシ/\書きます、只、是がフラ/\します……又、書きますが……旅人のハガキが気になつたから一寸書きました。
○此ノ手紙も、東京宛に出しませう。(ヒガンの中日に候)サヨナラ。
井師座下 三月二十一日 放哉生
二伸お遍路、マダ、中々寒くて出かけません……殊に今頃のは、伯耆、因幡、値馬、備前者で……(ローソク)なんか、タテヌと云ふ話です……エライ事があるものですな、呵々……扨、腰ヌケタリと難、放哉、机ノ前ニ座ル……ウラの婆さんなるもの、大ニ奮発して(ローソク)代をあげる事に約束ズミ故……大した事ハアルマイが、相応にはあがる見込也……何しろ放哉、元気甚だ盛故、万事、乞御安心(只コノ庵デ是非共、死ナセテモラヒマス……無埋ヲシテモ、呵々)。
東京ハ之カラ(桜)ですな。サヨナラ。
拝啓、今朝御手紙久し振りにありがたく御礼申上候
封入の御厚志により、扨、何を買ひませうかな? 呵々
まぐろのスシも、カバヤキもダメになつたのだから……実はアンタ宛手紙二本東京層雲社宛に送つてあるのです、(ラヂオ吹込上京と思ひ)……其手紙内容ハ別ニ変つた事はないが、(旅人から妙なハガキが来たので……そして、京都出養生の事など書いて来たので……之は大変、旅人は、放哉の心持知らない……放哉は、此の「庵」にくつ付いて、例の死ぬる考……「庵を出ぬ」考でせう、厭人病から、呵々…目下、已に、「食」が絶断せられて居ると同様……之レニ一ツ、意思的ニ輪をかければ、直に大往生をとげる事必然也……(ドウヤラ早く死ねるヤウだと喜んでる、放哉の気持が旅人には解らぬのですよ、呵々)
処が、茲にどうも奇跡らしいものあり……アンタガ(大へんな事です)と云ハレシ(喉頭結核)と来ると……期して、死をまつ可し(ナンにも入ラヌ故)……但、之デハ死ニキレナイ、外ニ心残リハないが、スキやきで一杯ヤツテ死にたいな……と云ふので、大いに、ウガイ、ヌリ薬ヲヤル……島ノ医者ハ、医者の方がもはや近々死ヌルモノとキメテ、一人で泡を喰つてるから面白い……処が、十日程たちましたが、少し、何も出ナンダ(声)が少し出カケタ、塩からいのや、アツイのは絶対イケヌが(バナナ)位は少し、シムのをがまんスレバ、のどをこし出した事ですよ……医者ハ大イニ又面喰つてます、奇跡らしい、呵々──のどに物がはいり出した処で、死期は大抵わかつて居るのだが……(喉頭結核)の苦しみ丈ケ、免れさしてクレヽバ放哉正ニ大往生也……矢ツ張り、スキやきで一杯やれるワケですよ……実に奇跡也/\、大いにウガイ、ヌリ薬の事/\/\……さう云ふ目下の有様ニ候……足がタタヌ故、腰ヌケの様なれ共、お遍路に対する準備は之又、よく出きたもので……ウラのお婆さんが主任として大活動の事となる……大いに成績上る可し、呵々/\。……
昨日一二君の処から、彼岸中日のゴ馳走もらふ……大部分、婆サン氏ヘヤツタが、大分のどを越したモノもあります……全く此の咽喉は奇跡也/\(只一時的の現象でない様にと念じてゐます……いつときは、水もは入りカネて、サスガの放哉……ボンヤリ致し候よ、呵々)ウガイ、ヌリ薬、大いにヤツテ居ますよ……
〇此間(のどの食欲)と云ふ、面白い、経験を得ましたが……又、何れかいて見ますよ、のどにアレ程の食欲がアルものとは今迄知りませんでしたな、御礼状がこんなに長くなりました。
○目で見る方や、匂をカグ方へ……気がとられ(水も、のどにハ入りかねる時ハ)此間(木瓜)を弐拾銭也で小サイ鉢を買つて来てもらつて「蕾」をみてゐるのです……私は此の(木瓜)がスキでしてね、昔から。
井師 座下 三月二十二日昼 放哉生
(葉書)
啓、廿五日出(京都)、おはがき拝見……よくワカリました、解りました、勝手なこと計り申し御許し下さいまし。丁寧に、口金をアケテ、其儘スグ、すへる様に迄して置いて下すつて(タバコ)ありがたし/\、竹のパイプが、は入つて居ました、以前ハ、無かつたものだが……不相変紫の煙はよい、ウマイな、どうして日本に、コンナ、タバコの葉が、出来ないでせうかな?……島ノ烈風猶止まず、コイツ一番困りものに候 匆々
啓、あんたも近来、気持が余りよくないらしい処ヘ、遂に此の手紙を書かなければならなくなつた、乞御許……(丁翁ノ手紙二枚同封す)
△其ノ前ニ是非、書かねバならぬ事あり、乞御読。
二十日程前ニナリマスカ、其以前カラ例ノ合併症湿性咽喉カタルと云ふ奴デのどが素敵ニワルクなつて居たのですが……二十日程前から、ダン/\ひどくなつて来て、遂ニハのどが、痛くて、めしモ、オ粥モ、は入らぬ様になつて来た。そして(声〉が少しも出ない……そして水モ湯も、呑むと、逆流して、鼻にはいるか、気かんニは入るやうで……ツマリ何も、のどが受付ケヌ様になつた。……サア大変……放哉……此奴には参つた、医者に来て見てもらふと……医者大ニ驚き、正ニ喉頭結核に来れり余命幾日も無かる可し……お覚悟あつて然る可しと云ふ……私も、多分さうヂヤないかと思つて居たのだが、……マア、兎に角、此の、(ウガイ薬)と(ヌリ薬)とを一週間ヤツテ御らんなさい……ソレデきいてくれバ、末だ、喉頭デは無かつたのだが多分ハ怪しい云々……放哉全く此の一週間ハ、丹田に呼吸をひそめて……忠実ニ、(ウガイ)と(ヌリ)とをやり……まつて居た処が、此頃に至つて、少しよくなつて来た、シメタな勿論……めしも塩からいものも通らぬが、湯や水、オ粥位は……がまん……シテは入る様になつて来た……シメタな……医者曰く……全く奇跡也/\……放哉曰く全く仏恩也/\……。処デ腹ニ物がはいらぬ故……疲労益々ひどし……ヤセる事益々此上無し。今ハ庭ニ下りタラ再、上ニ、はつて上ルが困難と云ふ処……トテモ話にならず……こタトヱ此の、のどは、ウマクなほるとするも、……此の疲労では、全く、星城子君、長からざる内お別れですよ、呵々……のどニ驚キ、井師ト、旅人ニ報告シ両氏大ニ鷲キ、京都ニ出テ来イと来り! 其頃ヨリ、のど、漸くよくなれり故ニ京都出養生ハ一寸、只今中止ノ形ち也……それにネ……放哉ハ病院で死ぬよりも此の庵の自然の風物の内で死にたし……如何……呵々。
△そこデ問題ハ、例の、オヘん路時期デ(旧三月ト四月ト)モーケル六十日(即チ一ケ月五円ノ生活費ヲウミ出スための)が、トテモ其の半分も、今の処では上りさうにも無い……之ハ勿論ノ事也……後援会もモト/\此のオヘん路時期迄、放哉が生キテ行く費用ヲ送ツテヤル意味のもの、今更ソレ程後援会ニ、厄介カケルわけに行かず……処デ、別方法ヲタテ……選句の御礼デ、五円ヲ出ス事ハ出来まいか?……之ヲ考ヱテ見タノダが、中津同人ハ、果して、コウなつて来た,……コレニ今更、(四人丈シカ残らぬ事ニナル故一寸困ル、(参円ノ御礼ハ)(但し、全く島ハ寒いので、四月いつぱいは、どうしても炭代が、ナントカして今迄通り、ホシイなあ……之ハ別の話しなれ共……、よく、丁氏と相だんシテ下サイ)処デ、放哉の考として、中津の同人が四人残る(丁氏、静之、二火、清二郎)ソレニ、あんたと次良サンとを加ヱ(月兎郎氏ハ??)六人……所謂一人になつてモヤル連中と思ひますで、此ノ同人から、毎月、一日円五十銭か、二円位出ないもんでせうか。放哉……のどが、ナヲツテモとても長くはありませんから……助けて下さい。其ノ外ハ……台湾台中ニ、一燈園時代の友人が、(バナナ果物会社)ニ出テ居テ……私が最初、タヅネテ行きかけた人間也……之が時々、一円五十銭也、二円也、月給の中から今迄、送つて来てくれますから……之レニ事情ヲ話して、必、毎月、弐円位送つてもらふ事ニし……猶不足の壱円程ハドツカに「同人の選」デモ、ないだらうか、(御礼が金一円と云ふ、呵々)考ヱテ下サイナ……又ハ、井師ニデモ、キイテ見れパ、ドツカに出来はしないかとも思ふのだけれ共……マア以上ノ三ロヲ合計すれバ、どうやら……此ノ際ノオ遍路の収入は、アテにしないでも、収入ハ無くても……毎月、五円の生活費が出て来ると云ふ。甚苦しい考を、思ひ付いたモノニ候、マア之も、生きてる内ハ考へねバならぬ事だし……実際、決して余命長くなしと思ひます……其ノ御同情で……どうか、丁氏とよく、無理の無い様ニ、イヤな気を、おこさせぬ様に……打とけて御相談して見て下さいますまいか……ソヲスルト、放哉、大ニ安心してオ遍路の事ハ心配せずに、安静したいと思ふのであります……ソレカラネ……何しろ此ノ寒さで、四月イツパイは、「炭」をタカネばとても住めぬですが……之丈ケハ余分としてなんとか、送つて下さる方法ハあるまいか……之モ押し付けがましくない様、無理のない様に、丁翁と御相談下サイマセ……そしたらアトは、何しろ中津ハ四人になる。アンタ方二人と云ふ事になる故……前述の方法ヲ、御相談ねがひたい……決して、イツ迄も/\ではありますまい。必ず長くはありません…どうか御願申します、(モウ苦しくなりましたよ)皆、ヤセがまんで、押してるのですネ……アンタも気分ノワルイ処ヲ正ムヲヱヌと許して下さい。サヨナラ。
星子座下 二十七日 放生
西光寺サン電報ノ件……気休メユ「一軒」知ラシテオキフマシタ、(親類ノ名ヲ)乞御安心。
(アンタニハ、私ガコロリト参ツタラ土カケテモラフ事ダケ、タノンデ有リマス)ト西光寺サンニ申シテオキマシタ。
親類ト云フ名ヲ……キイテモ、イヤニナル、呵々。
中々、マダ死ニマセンヨ/\
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